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2011年2月 9日 (水)

ベルナール・ウエルベル「蟻の時代 上・下」ジャンニ・コミュニケーションズ 小中陽太郎・森山隆訳

 アリの世界では、触覚の節から発信するフェロモンの匂いで会話をする。フェロモンは、体内から外にでるホルモンで、空中を飛び、他のアリの体の中に入ることができる。あるアリが、感じたことを伝えたいと思うと、全身を使って発信する。すると、まわりのすべてのアリが、そのアリと同じ感情を持つことができるのである。

どんな本?

 フランスの作家ベルナール・ウエルベルによる、極上のエイリアン小説「蟻」の続編。前作の奇妙奇天烈ながらも合理的、ある意味残酷ながらも調和的な世界観はそのままに、新たに昆虫好きの男の子の妄想を具現化したような、ワクワクする仕掛けをわんさかと追加した、センス・オブ・ワンダーに溢れるファースト・コンタクトSF。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Le Jour Des Fourmis, Bernard Werber, Albin Michel 1991。私が読んだのはジャンニ・コミュニケーションのハードカバー上下巻、1996年5月26日の初版。2003年に角川から文庫が出ている。縦一段組みで9ポイント、上巻約305頁+下巻約267頁。42字×15行×(305頁+267頁)=約360360字、400字詰め原稿用紙で約901枚。長編としては、やや長め。

 訳も前作と同じコンビ。文章も前作同様、普通に物語を語る素直な文章なので、スイスイ読める。ただし、登場人(?)物や舞台背景は前作を踏襲しているので、いきなりコレから読むのは無茶。一応は「これまでのあらすじ」が載っているけど、荒唐無稽すぎて意味わかんないと思う。素直に前作の「蟻」から読み始めよう。

どんなお話?

 前作同様、大きく分けて二つのパート、つまり人間パートと蟻パートからなる。時間は前作の一年後、舞台は前作と同じ(たぶん)フランスの都市フォンテーヌブロー。

 人間パートでは。敏腕警視メリエスと雑誌記者レティシア・ウェルによる、フォンテーヌブローの殺人事件の謎解きを軸に進む。密室で三人が死んだ。セバスチャン,ピエール,アントワーヌのサルタ兄弟だ。三人とも化学者で、殺虫剤などを作るCCG社で働いていた。外傷も凶器もないが、みな恐怖によって表情が変形していた。

 読みどころは蟻パートなのも、前作と同じ。ベロ・キウ・キウニに代わる新女王シリ・プー・ニを得て、更なる進歩を遂げた赤アリの都市ベル・オ・カン。新し物好きで知識を重んじる新女王シリ・プー・ニは、多くの技術改革を成し遂げ、新技術開発にも余念がない。前作で多くの冒険から生還した歴戦の勇者103683号改め103号に、新女王は大きな任務を課す。

「<指>がこの世界を侵略しようとしている。大軍を率いて<指>を討伐せよ」

感想は?

 相変わらず真性なのかネタなのか判らないベルナール君の奇怪な妄想は、この続編でも健在。やはり読みどころは103号が率いる「十字軍」の試練に満ちた冒険と、彼らが披露する新兵器・新戦術の数々。

 前作でも自走砲や戦車など男の子大喜びのガジェットでサービスしてくれたが、今作ではなんと空軍と海軍が登場する。地表と地中に加え、空中と水上まで蟻が制覇するとは。最早ベテラン兵の貫禄がついた103683号改め103号、大部隊の遠征軍を指揮する傍ら、パイロットとしても大活躍するんだからたまらない。どうやって飛ぶのかというと、ヒントは前作で仄めかされてます。

 「黒く平べったい虐殺魔」が行き交う東の果てを越え、十字軍が目指すは<指>の本拠地。その途中、同じ昆虫である蜂や白アリ、鳥やトカゲの襲撃をかわし、正体すらわからぬ<指>を、皆殺しにできるのだろうか。

 こういったアリの大冒険の場面は、前作と変わらず魅力的なアイデアに満ちている。今作はそれに加え、エドモン・ウェルズの遺した著作『相対的かつ絶対的知識のエンサイクロペディア』が随所に引用され、これが語る人類史上の不思議な出来事や、奇妙な生物の生態が、カレーライスのラッキョウのように読者の頭脳を巧くリフレッシュする。例えばトコジラミ(南京虫)の生殖行動。例えばコンテナ船の冷凍庫に閉じ込められた男の話。例えばアカキア(アカシア)・コルニゲラとアリの共生。ちょいと、【方向】の一部を引用しよう。

 大昔から、人間は太陽の動きを追い、この火の玉がどこに沈むかを追求したのである。ユリシーズ、コロンブス、アッチラなど、皆西の方にその謎の解答があると考えていた。西に向かって進むことこそ、未来を知ることに通じたのである。

 すると、シリ・プー・ニが東に十字軍を送り出した理由は…

 まあ、このエンサイクロペディア、「どう考えても怪しいだろ」的な所が多々あるんだが、生物の生態に関しちゃソレナリに信用できる部分があるからタチが悪い。じゃオカルト万歳なのかというと、ユーピア実験の失敗のエピソード等も入っていて、この辺が、ベルナール君が真性なのかネタなのか悩む所以。とりあえず、彼が幼い頃は昆虫好きな少年だったのは確信した。

 ただ、ハードウェアの描写は彼の苦手とする分野らしく、これが「星々の蝶」でも散々だったんだよなあ。その分、エイリアンとしてのアリの描写はブッチギリのセンス・オブ・ワンダーを持っている。そんなわけで、メカ描写の悲惨さを許せるか否かが、SF者としての評価の分かれ目。

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