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2011年2月 4日 (金)

フィリップ・ショート「ポル・ポト ある悪夢の歴史」白水社 山形浩生訳

 その後三年にわたり、人口七百万のうち百五十万人が、サロト・サルの発想を実現しようとして犠牲になる。処刑されたのはごく少数、残りは病死、過労死、または餓死だった。
 自国民のこれほどの割合を、自らの指導者による単一の政治的理由による虐殺で失った国は他にない。

どんな本?

 映画「キリング・フィールド」で有名な20世紀の悪夢、カンボジアの大虐殺を引き起こしたクメール・ルージュ。そのボスであるポル・ポトの伝記の形を取りながら、20世紀後半のカンボジアの歴史を掘り起こす。登場人物も基本的にはポル・ポトおよびクメール・ルージュを中心としながらも、元国王のシアヌークの私生活にも多くの頁が割かれ、ベトナムのレ・ズアンやレ・ドク・トも重要な役割を果たす。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Phip Short, Pol Pot: Anatomy of a Nightmare(Henry Holt, 2004)。日本語訳は2008年2月10日発行。容量が凄まじい。A5ハードカバー縦一段組みで本文~あとがき約680頁に加え、巻末の「注と出所」が約200頁。45字×20行×680頁=612000字、400字詰め原稿用紙で約1530枚。そこらの本なら三冊分の大容量。

 山形さんの文章そのものは日本語として読みやすい方なんだけど、いかんせん内容が複雑すぎる。登場人物がやたらと多く、それぞれ本音と言う事が違う。当時のカンボジアの国内情勢も烏合離散の繰り返しで、ベトナムや中国など周辺諸国の思惑もねじれまくってる。おまけにクメール・ルージュの連中は途中で名前を変えるんで、注意深く読まないと何がナンやら。

 という事で、中身はとっても充実しているものの、それだけに読むにはソレナリの覚悟が必要。

構成は?

  謝辞
  発音表記など
  序文
第一章  サル
第二章  光の街
第三章  反乱軍への参加
第四章  カンボジアの現実
第五章  胎動
第六章  理性の突然死
第七章  浄化の炎
第八章  黒服の男たち
第九章  未来完了
第十章  世界のお手本
第十一章 スターリンの病原菌
第十二章 崩壊した理想郷
  後記
  訳者あとがき
  登場人物
  注と出所

 出てくる人物がやたら多い上に、馴染みのないカンボジア人やベトナム人の名前なんで、登場人物があるのはありがたい。「注と出所」があるのはいいが、本文中に「注がある」由を示す印(例えばこんなの*)がついてないんで、どの文章に注や出所がついてるのか分からない。約200頁も使って出展には細心の注意を払ってるのに、これは勿体無い。

感想は?

 量といい質といい、クメール・ルージュの興亡を知るには格好の一冊。その分、解像度が高すぎるんで、手軽に概略を把握したい人にはお勧めできない。とまれ、カンボジア情勢は複雑すぎるんで、「手軽に概略を把握する」なんでのが、そもそも無茶なんじゃないかって気もする。

 後にポル・ポトと名乗るサロト・サルが育った20世紀初頭のカンボジアは、「バッタンバンの州知事でさえ百人以上の妻を持って」いる国。男尊女卑で長幼の序列は厳しい、封建主義社会。クメールは上座部仏教を根底としたインドに近い文化で、中国文化で儒教社会のベトナムに劣等感を交えた敵意を持っている。共通点は、どちらもフランスの植民地という事。

 富農の倅サロト・サルはパリに学び、留学生仲間とともに共産主義に目覚めて帰国する。独立を求めるカンボジアは多様な派閥が相争う内戦状態で、中でもベトナムが支援する(というよりベトナムの傀儡)共産主義勢力が勢いを増している。ベトミンを恐れるシアヌークは欧米にカンボジア独立の保障を訴える。

「我々は共産主義の奴隷状態がどんなものか知らない。だがフランスが課した奴隷制ならよく知っている」

 当時のシアヌーク、やる事はともかく、スピーチは巧い。以降もシアヌークは度々顔を出すのだが、カンボジアの国家運営はともかく、政治争いで生き延び復活する手腕には、やたらと長けてる。
 サロト・サルはベトナムで共産主義革命の手口を学ぶ。だが、その共産主義はマルクスや毛沢東のモノとは全く違う、クメール流のものだった。

 毛沢東が労働組合のまとめ役から共産党員として歩み始め、ホー・チ・ミンが甲板員やロンドンのレストランの皿洗いを経験したのに対して、サロト・サル、ヌオン・チェア、イエン・サリ、ソー・ピムをはじめとするカンボジアの主導者は、だれ一人として労働階級の生活を経験したことがなかった。かれらは農民か農家の出身の学生か、その両方だった――工業はかれらに理解できないものだった。

 シアヌークおよびロン・ノル統治下のカンボジア国民の窮状も相まって、カンボジアでは革命の舞台が整う。ベトナムの力を借りてカンボジアを席巻するカンプチア統一戦線は、ベトナム人が主導する国内の共産主義勢力を、次第にカンボジア人主力に置き換えていく。当初は比較的穏やかだったクメール・ルージュの支配だが、やがて爆撃からの避難を理由に強制移動が始まる。

「すべてが協同所有になると、家畜も家禽も病気になって死んでしまった。農作物にも被害が出た。だれも農作物や田畑の世話をしなくなったからだ」

 私的財産を否定した集団農場計画は、最初からコケる。ところが共産党は、「清く誠実な社会を作る」という目標で、自らの失敗を省みない。教養のある者は腐敗の元凶として殺される。その根底には、農村生活者による都市生活者への妬みがあるのでは、と著者は指摘する。

 一般的な社会組織に携わる人数が削減されるほど、生産に寄与する人数は増加し、国家はより早く富を手にできる。したがって合理的な社会秩序化のためには非生産的活動の規制に努め、できる限り多くの人々を生産活動に携わらせなければならない。

  こういう単純な思考で国民の尻を叩くが、クメール人ときたら。

シアヌークは1950年代に村を訪れたアメリカ人の援助専門家の体験をあげている。かれは米の収穫高が倍になるからと村人たちに化学肥料を使うよう説得した――「確かに収穫期になると倍の作物が実り、人々は喜んだ。(中略)(だが翌年に)ふたたび訪れた専門家は、農民たちが農地の半分しか耕していないのを見て愕然とした。『農地の半分を耕せば同じだけ収穫できるんだから、全体を耕す必要はないでしょう』」

 著者は理由を農民の無欲と怠情または知恵と言ってるけど、実際はどうなんだろ。必要以上に働いても、無駄になるような収税制度だったんじゃないだろうか。

 まあいい。こういうクメール人を働かせるために、クメール・ルージュは自由市場を導入する代わりに、恐怖と強制による支配を使う。無茶なようだけど、これが最初は巧くいっちゃうんだ。都市住民はともかく、農民には最初から自由なんてなかったから。ところが次第に…

 なんでこうなったのか。その解は、人それぞれだろう。そして、それぞれの解は、少しづつ正解を含んでいるんだと思う。

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