久馬一剛「土の科学 いのちを育むパワーの秘密」PHPサイエンス・ワールド新書
「ムギは肥料でとるが、コメは地力でとる」
どんな本?
ド素人向けの土壌学の入門書。土壌学が何かについては Wikipedia の土壌学の項を見ていただくとして、この本では農学部教授の著作に相応しく、農業の土台として土壌を見ている。入門書とはいえ新書であり、あくまでも読者は素人を想定していて、正確さや土壌学の基礎固めより、読み物としての面白さを優先している模様。副題からニューサイエンス的なアレを心配したけど、その辺はまっとうな本だったので安心した。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2010年7月2日発行。新書で縦一段組み、本文約190頁。9ポイント39字×15行×190頁=約111,150字、400字詰め原稿用紙で約278枚。比較的軽く読める新書の中でも、これは特に軽い方かな。一部に窒素酸化物などを表す分子式が出てくるけど、窒素のN・酸素のO・水素のH・リンのPぐらいを覚えておけば充分。文章も「理系の教授」っぽくなく、くだけた雰囲気なので気楽に読める。
構成は?
まえがき
第1章 土とつながるいのち
第2章 呼吸する土
第3章 土はどうやってできたのだろう
第4章 モンスーンアジアの水田とその土
第5章 日本の畑の土が水田を広めた?
第6章 いま土が危ない
第7章 土の中の生きものたち
第8章 土を肥やす
第9章 土を生かす
あとがき
参考文献
そもそも「土」とは何か、土にはどんな種類があってどんなモノを含んでいるのか、それはどうやって出来たのか…と、学者さんらしく順々に説いていき、第6章あたりから現代社会の抱える問題を語る、という素直な形式。第4章や第5章など、日本の農学者らしく水田に多くの頁を割いているのが嬉しい。
感想は?
この本を読むきっかけは、単純な疑問だった。「麦は連作が効かないけど、米は連作が効く。なんで?そもそも、土が痩せるって、どういうこと?」その疑問の解は、おぼろげながら解かった。
農作物が育つために重要な肥料は、主に三つ。固定窒素とリンとカリウム。19世紀末だと、窒素がボトルネックになっていた。カリウムは植物の灰をリサイクルして賄っていたし、リンも動物の骨などの堆肥を使っていた。
さて。イネなんだけど、陸生のイネ、つまり陸稲だと、やっぱり連作障害が起こるのですね。つまり、水を張るのが重要な鍵を握っているわけ。
土の中には様々な生物や細菌がいる。水を張ると酸素供給が途絶え、好気性の細菌や菌類が死に、嫌気性の細菌が繁殖する。生態系が大きく変わるので、病原性の生物の繁殖が抑えられる。
嫌気性の生物は還元作用を促進させ、土のphを上げる(酸性を中性に近づける)。phが上がるとリン酸が溶けやすくなる上にリン酸鉄も還元されるので、イネはリンを充分に吸収できる。
さて、問題の窒素。水を張ると嫌気的な条件になるので、有機物が蓄積されやすく、土中の窒素含有量が増える。また、生物的窒素固定量も大きい。土中のクロストリディウムなど嫌気性細菌と、イネの根元のシアノバクテリア(藍藻)が窒素を固定する。これは10アールあたり3~4kgで、畑の2~3倍。稲籾で150~200kg、一石(玄米で150kg)程度に該当する。
また灌漑水がカリウム・カルシウム・マグネシウム・ケイ酸などをもたらすので、塩分含有量の少ない日本の水でも、カルシウムやマグネシウムは一作に必要な量の何倍もの量が、灌漑水で得られるとか。
とまれ、実は窒素も1913年に工業的なアンモニア合成が可能になり、これが20世紀の農業の飛躍的な発達を促し、爆発的な人口増加を招いたわけですが。
肥料で怖いのが、リン。実は日本のリンは完全に輸入に頼ってる。アメリカは1998年に輸出制限を始め、中国も2008年から高い輸出関税をかけている。20世紀前半に各地でリン鉱脈の発見が相次ぎ、今後90年ほどは枯渇の心配がないとはいえ、ちと不安になるなあ。
危ないといえば、怖いのが塩害。低緯度の乾燥地だと天気もよく病原菌も少ないんで、灌漑すりゃ作物はよく育つ。ところが、そういう所の土や水は塩分濃度が高く、日本の10~20倍もある。私もインド西部で生水を飲んだ経験があるが、しょっぱかった。
そこに水をまく。水は一端、下に向かうが、やがて土中の塩分を溶け込ませながら毛管現象で上に上り、蒸発する…地表に塩分を残して。
または、下に溜まった水が地下水位を上昇させ、塩分の濃い地下水が地表に溢れる「ウォーター・ロッギング」なる現象もある。
排水路や配水管で土中の地下水位を低いままに保てば予防できるんだが、数十年後の塩害に対応するため高い投資をする余裕はないそうな。
マレーシアやインドネシアの湿地帯はいかにも農地に向きそうなんだが、これも長持ちしないとか。一般にこういう所は泥炭地で、多くの水を含んでいる。そこを排水すると、スカスカになる上に泥炭そのものも分解して、地盤沈下する。沈んだ分だけ、更に排水路を深くしなきゃいけない。また、土が二硫化鉄を含む場合が多く、それが分解して硫酸になり、土が強い酸性になって植物の育成に適さなくなってしまう。
農業の事ばかりを紹介したけど、前半部は土の素材や生成過程など、地学的な内容が中心で、後半への基礎固めといった感がある。後半でも、日本でのマツタケ不作の原因の推測など、面白話は多い。水と光さえあれば植物は育つと思ってたけど、それほど単純ではないんだなあ。
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