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2011年1月31日 (月)

スタニスワフ・レム「泰平ヨンの航星日記 改訳版」ハヤカワ文庫SF 深見弾・大野典宏訳

 私が行おうとした探索の目的は、森羅万象の創造だった。これまでにない新しい、どこかまったく違う宇宙を創造したという意味ではない。私たちが現在住んでいるまさにこの宇宙である。

どんな本?

 碩学スタニスワフ・レムによる、ユーモラスな大法螺連作短編集。博学多識で行動力旺盛、論理を重んじるが、いささか頑固で癇癪持ちな泰平ヨンが、時空をまたにかけて宇宙を飛び回り、奇想天外な星の住民の文化や生態を綴る形式で書かれている。一つの舞台に拘る長編と異なり、各編ごとに多様な舞台を設定できる短編集という形式は、深く幅広い知識と融通無碍な思考に支えられたレムの芸風を活かすのに、格好の形式かもしれない。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は DZIENNIKI GWIAZDOWE, Stanislaw Lem で2003年のポーランド語版を基にロシア語版で補ったもの。日本語訳は1980年2月のハヤカワ文庫版が初版で、この改訳版は2009年9月15日発行。レムは2003年までこの作品を改定し続けたそうで、この改訳は改定に追いつく意味もある。

 文庫本で約555頁、縦一段組み9ポイント40字×17行×555頁=377,400字、400字詰め原稿用紙で約944枚の大作。文章はレムらしくやや堅苦しいものの、Fiasko に比べるとたいぶ読みやすい。まあ、レムにスラスラ読める可読性を期待する読者は、まずいないだろうけど。

収録作は?

序文
第三版への序論
増補改訂版への序論
資料に関する覚書
 いきなり頭からレムらしい仕掛けが炸裂してる。往年のレム・ファンは、この辺から「うはは、これがレムだよねえ」と一気に引き込まれるだろう。
第7回の旅
 宇宙船の故障で、ペテルギウス周辺の重力渦に巻き込まれたヨン。重力渦が引き起こす時空の歪みは、奇想天外な現象を引き起こし…
 筒井康隆風の、ドダバタ・コメディ。
第8回の旅
 地球代表として、人類に惑星連合の代表権を与える審議に出席する羽目になったヨン。ところがその審議ときたら…
 短い作品ながら、審議に出てくるエイリアンの生態の多様性は半端じゃない。「宇宙とは拡大された地球ではない」というレムの信条が存分に発揮されている。その審議で述べられる地球文明の歴史がまた、なんというか。
第11回の旅
 ツェルベル星近辺で輸送船が消息を絶った。乗組員に虐待され狂ったコンピュータが何かしでかしたらしい。保険会社が何度も捜索隊を送るが、全て音信不通となる。ヨンが調査に赴くが…
 もしかしたら、スターリン体制を風刺してるのかな?
第12回の旅
 タラントガ教授が作った、時間を自由に伸縮できる装置を譲り受けたヨン。早速装置を積み込んで、ヨンは宇宙に乗り出し…
 お話は手塚治虫っぽい雄大さなんだけど、タッチは藤子不二雄っぽい軽さと皮肉が満ちている。
第13回の旅
 全生命の中で最も優れた人物の一人とされる、嗚呼師。この思想家に憧れたヨンは、彼のまれた姐蛇星へと赴くが、途中で魚察署の三人連れに連行されてしまう。
 いかにも東側らしい、思想先行の屁理屈社会の無茶苦茶ぶりがなんとも。
第14回の旅
 ブリザルド著「狗留伝竜と蛸鹿のなかで暮らした二年間」に感銘を受けたヨン。狗留伝竜狩りに憧れ、宇宙百科事典でエンテロピアを調べるが、堂々巡りに翻弄される。「これは自分で確かめねば」とエンテロピアに出かけるが…
 狗留伝竜狩りの奇想天外っぷりが凄い。
第18回の旅
 冒頭の引用は、この作品から。宇宙論とアレを結びつけるとはw
第20回の旅
 自宅で寛いでいたヨンは、意外な乱入者に誘拐され、地球の歴史を作る仕事に就く羽目になる。ところがプロジェクトって予定通りにはいかないもので…
 宇宙の創生から人類の歴史まで、ここまで徹底的に茶化されると、後のSF作家がネタに困るんじゃなかろか。
第21回の旅
 発達した文明を求めてジフトニアに飛んだヨン。いきなり拘束された彼は、とある教団に救い出され、ともに生活しつつ、この星の歴史を手繰る。
 進歩する科学に対し、信仰はどう対応し、どうやって生き延びるのか。そもそも信仰とは何か。根底に流れるテーマは深遠であるものの、ビジュアルとして展開する風景は滑稽かつグロテスク。多数の派閥が理想をぶつけ合う様は、やっぱりレムも東側の人なんだなあ、と思ってしまう。
第22回の旅
 サテルリナのスナックにポケットナイフを置き忘れたヨン。取りに戻ろうとしたが、近辺にはサテルリナという星が沢山あって…
 多数のアイディアを一つの短編に詰め込んだ、この短編集を象徴するような作品。ここでも相変わらずキリスト教が徹底的に茶化されます。
第23回の旅
 青と赤、二重の太陽の周りを廻るエルペヤに住むブジュト人。狭いこの星で生きるために、彼らがとった方法は…
 シンプルなワン・アイデア・ストーリー。駄目だよヨン、こんな便利な物を忘れるなんて。これがあれば強襲揚陸がとっても簡単に…って、私も充分に「地球人」だなあ。
第24回の旅
 正体不明の惑星に降り立ったヨン。そこには、50cmぐらいの円盤が規則正しく並んでいた。
 今の地球にある、ありとあらゆる社会体系をトコトン皮肉っている。どうないせいちゅうねん。
第25回の旅
 ムトリアとラトリダの両惑星を結ぶ路線の途中に、石雲がある。その石雲には、正体不明の怪物が出没するという噂が…
 起承転転転…と転がり続ける法螺話。
第28回の旅
 時間が錯綜した宙域に迷い込んでしまったヨンは、彼の祖先の生涯に想いをはせる。
 序文の仕掛けと相まって、全体の構造を裏返しては包み込む、この短編集の末尾に相応しい作品。
訳者あとがき
解説 野田令子

 ドタバタ・コメディから現代社会の風刺、宇宙の創生から信仰の実態まで、博覧強記な知識と冷徹な論理で縦横無尽に皮肉りコキおろす。バラエティも豊かだし、レムの入門用としては…悪くないけど、初心者には、少々、シャレがキツすぎる、かな?

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