スティーヴン・キング「図書館警察」文芸春秋 小尾芙佐訳
図書館警察の厄介になるべからず!
よいこは本の返却日をかならず守りましょう!
どんな本?
「ランゴリアーズ」に続く、アメリカのベストセラー作家スティーヴン・キングのホラー中編集。収録作は「図書館警察」「サン・ドッグ」の二編。いずれもアメリカ東部の小都市を舞台とした物語。特に「サン・ドッグ」は、キングが好んで描くキャッスル・ロックを中心に物語が展開する。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Four Past Midnight Ⅱ,1990年の作品。日本語版は1996年10月1日第一刷。既に文春文庫が文庫版を出している。ハードカバー縦二段組で約410頁、分量は充分。文章はいつものキング節で、翻訳物にしてはかなり読みやすい方だと思う。
収録作は?
- 図書館警察
- サム・ピーブルズは、アメリカ東部の小都市ジャンクション・シティで保険と不動産を扱う、自分一人の小さい事務所を開いている。地元に馴染むため入ったロータリークラブの会合で、突然スピーチをやる羽目になった。なんとか原稿を仕上げ、バイトのナオミに見てもらった所、「良い出来ね、詩やジョークを引用するともっと良くなる」との事。アドバイスに従い、図書館で「アメリカ愛読詩集成」と「講演者必携」を借りた。ここの司書のアーデリア・ローツがいけすかない威圧的なオバサンで、「貸し出し期限は一週間です、図書館警察にあなたを追跡させたくはありませんですから」なんぞと脅す。
と、ここまでくれば次の展開は想像がつくだろうし、実際、そうなる。が、そこから先がキングの腕の見せ所。意外な人物の意外な素顔が、次々と出てきて、読者に鮮烈な印象を残す。ほんのチョイ役かと思われた人物が明かす、感動的な挿話の連続に翻弄されっぱなし。
物語の構造としては IT に似ていて、主要な登場人物は、目の前の敵と同時に、過去の亡霊にも立ち向かわねばならない。恐ろしく忌まわしい現実を直視し、勇気と誠実さを武器に、それにケリをつけようとする人物達の姿は清々しく頼もしい。 - サン・ドッグ
- ケヴィン・デレヴァンは、15歳の誕生日のお祝いに、父のジョンからポラロイド・カメラを貰った。喜んだケヴィンは早速使ってみたが、どうもおかしい。撮れる写真ときたら、変な黒い野良犬ばっかりなんだ。学校のベイカー先生に相談すると、「雑貨屋エンポーリアム・ガローリアムのポップ・メリルなら直せるかも」との事。そのポップ・メリル、海千山千の業突張り爺さんで…
キングご用達のキャッスルロックを舞台にした物語。解説によると「ニードフル・シングス」の前日譚との事。他にもクージョなんて名前が出てくるんで、キングのファンには嬉しいおまけが潜んでるっぽい;すんません、キングの作品には詳しくないんで細かくは勘弁して下さい。他にも「ダンウィッチ」とか、そっちの趣味の人が大喜びのイースター・エッグがアチコチに埋め込まれている。
アメリカン・ホラーの定番である奇妙な古物で溢れる雑貨屋が、重要な役割を担う作品。とはいえそこはキング、雑貨屋の内情にまで踏み込んで語っているのが斬新な所。胡散臭さがプンプン漂うポップ・メリルの、アコギでこすっからい人物像が見事。彼が行商に出るくだりも、奇矯な人物のオンパレードで楽しい。あの姉妹なんて、実にいい雰囲気を出してる。そういった奇人変人と、成長期の息子 vs 白髪の出始めた親父の父子関係が、鮮やかな対比を見せている。
図書館警察では、地方都市を舞台とした新参者と地元民の関係が、サン・ドッグでは田舎町での父と子の関係が、映画的な写実感で描かれるのも見所かも。こういう、日本とは少し違う「現代アメリカの普通の市民感覚」を、楽しみながら自然に味わえるのも、キングの作品の面白さの一つなんだと、私は思っている。
ところでこの本、年末に図書館で借りたんで、貸し出し期限は明日なんだよね。キチンと返さないと…
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