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2011年1月19日 (水)

アハメド・ラシッド「聖戦 台頭する中央アジアの急進的イスラム武装勢力」講談社 坂井定雄・伊藤力司訳

 わたしは本書で、いま中央アジアで誰が戦っているのか、なぜ戦っているのかを説明したいと願っている。(略)わたしはカギとなるプレーヤーたちは誰なのか、主要な問題は何なのかを、明らかにしようと努めた。しかし、本書が読者の疑問のすべてに答えを出すとは期待しないで欲しい。

どんな本?

 アフガニスタン情勢の解説本としては現時点で最高傑作の「タリバン」の著者による、現代中央アジア情勢の解説本。主なプレーヤーとして登場する国家は、カザフスタン,キルギス,トルクメニスタン,ウズベキスタン,タジキスタンの五カ国。対するイスラム勢力として、IRP(イスラム再生党),ヒズブット・タハリール(HT),ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)が登場する。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は Ahmed Rashid 著 "JIHAD: The Rise of Militant Islam in Central Asia"(Yale University Press, New Haven & London, 2002)。日本語版は2002年4月19日発行、えらく急いで出してるなあ。ま、前作があれだけの傑作なんだから当然か。A5ハードカバー縦一段組みで約370頁。9ポイント43字×17行×370頁=270470字、400字詰め原稿用紙で約677枚。前作に比べると、訳文はやや急仕事の感が残るかな。

 ただ、解説している状況そのものが複雑なため、わかりにくさを文章のせいにするのは、短絡的かもしれない。前作は舞台がアフガニスタンに限定されている上に、プレーヤーもタリバンという判りやすい焦点があった。しかし、今作では、入り組んだ国境線が象徴するように、各国の利害が複雑に絡み合っている上に、イスラム勢力も多数が入り乱れている。おまけにパキスタンやロシアなど周辺国が、気まぐれに態度を変え、更に状況を複雑怪奇にしてるんで。

構成は?

まえがき 正体不明のイスラム武装勢力
序章 中央アジアのイスラム戦士たち
第一部 中央アジアのイスラムと政治――過去と現在
 第1章 征服者たちと聖者たち
 第2章 ソ連時代の地下イスラム運動
 第3章 独立後の10年間
   カザフスタン――浪費された巨大な資源
   キルギス――狭間に捕らわれて
   トルクメニスタン――指導者崇拝の下で
   ウズベキスタン――嵐の真ん中に
   タジキスタン――失われた一つの機会?
第二部 1991年以降の中央アジアでのイスラム運動
 第4章 イスラム再生党(IRP)とタジキスタン内戦
 第5章 ヒズブット・タハリール(イスラム解放党=HT)――カリフ制の復活
 第6章 ナマンガニとウズベキスタン・イスラム運動(IMU)
 第7章 ナマンガニと中央アジアのジハード(聖戦)
 第8章 新グレート・ゲーム? 米国、ロシア、中国
 第9章 中央アジアと隣人たち
 第10章 不確かな未来
訳者解説
付属文書 ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)による「ジハードのよびかけ」
用語解説
注釈
索引

 序章で軽く中央アジア諸国の歴史をおさらいし、第一部では中央アジア諸国の政治事情を解説する。第二部では、前半で各イスラム武装勢力を紹介し、後半で関連諸国との関係を解説している。

感想は?

 著者の主張を極めて荒っぽくまとめると。
 「抑圧的な独裁者が貧富の差を放置して、穏健なイスラムまで弾圧するから、急進的な原理主義者がはびこるんだ。
  普通に職に就けて普通に食えて普通にお祈りできりゃ、ドンパチなんか誰もやらねーよ」
 …なんか、すっごく、当たり前で常識的な意見に思えますが。

 そういう常識的な結論にたどり着くために、著者はややこしい中央アジアの歴史をわかりやすくまとめ、大量の資料を漁って現状を分析するだけでなく、中央アジアをくまなく旅して秘密のベールに包まれた武装勢力にまでインタビューしている。

 ロシアの南下でロシアの支配下に入った中央アジアは、それを引き継いだソ連により、スターリンの都合のいい、すなわち各民族同士が争いあって統一勢力を形成できないよう、恣意的に国境線を引かれる。入植したロシア人は綿花など換金作物を促進し、無茶な灌漑でアラル海を干上がらせ土地を疲弊させる。ソ連の支援で生き延びてきた各国は、ソ連崩壊で支援を失うが、原油などを輸出して自立しようにも、パイプラインがソ連経由であるなど、ソ連のインフラに頼らないと何もできない。

 そういった苦しい状況で権力を握った中央アジア各国の権力者は、自らの支配権強化だけに関心を集中する。例えばカザフスタンのナザルバエフ。

 2000年6月、ナザルバエフはさらに権力を強化した。かれに生涯を通じた政治的、法的権利を保障し、かれの家族全員に対して、過去と未来のいかなる行為も免罪とすることを認めた法律を、議会で可決させたのである。

 そういうのを日本語では絶対王政と言います。トルクメニスタンのサバルムラト・ニヤゾフ大統領も、かなりキてる。

 1991年、ニヤゾフが自らの像を立て、「トルクメンバシ(トルクメン人の父)」と記した肖像写真を国中の壁や街角に飾り立てたのに始まり、個人崇拝はビル、街路、全市までかれの名前を付けるまでに至った。かれの亡母の崇拝すべき像も立てられ、かれの生地と出身校は神殿になった。

 某上半島かい。
 彼らは手強い政敵になりそうなイスラム勢力を弾圧する。土着のイスラム勢力は、共産主義体制化で地下活動を余儀なくされたため、強力な組織を持たない。そんな空白地帯に、例えばサウジのワッハーブ派など他国の原理主義勢力が入り込む。

 比較的民主的だったのが、キルギス。そのキルギス、ロクな地下資源がなく、内陸国なんで周辺国と関係が悪化すると経済が破綻してしまう。隣国のウズベキスタンとカザフスタンはキルギスの民主路線を快く思わず、またイスラム原理主義勢力の弾圧を求め、カザフスタンは提供していた石油と天然ガスを止める。中国も、キルギスのウイグル人が新疆ウイグル地区の反乱を煽っているとしてキルギス政府を非難、キルギス政府も抑圧的な政策を取る羽目になる。

 原理主義勢力でも、比較的暴力的ではないのが、ヒズブット・タハリール(HT)。なのだが、その主張は凄い。今時、カリフ制ですぜ。

イスラムのシューラ(評議会)で選出されるカリフが、高度中央集権制度の下で独裁的権力を握ることを前提とする政治構造を想定している。カリフは軍隊、政治システム、経済、外交を掌握する。イスラム法(シャリーア)が国法に、アラビア語が公用語になり、一方で女性の権利は制限されるだろう。

 そんなイスラム武装勢力と深く関わっているのが、アフガニスタン。例えばパンジシールの獅子アフマド・シャー・マスードはタジク人で、タジキスタンを補給基地にしていた。対するタリバンは、ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)と相互に退避地域を提供しあっている。IMUはタリバンと組んで麻薬の密売に手を染め、中央アジア各国に麻薬中毒患者を量産し、アフガニスタン・タジキスタン国境を警備するロシア国境警備隊の将校まで腐敗させている。

 そのタリバンと結びついているのがパキスタン軍統合情報部ISIで…などと、話はどんどん広がり、アメリカ・中国・サウジアラビアを巻き込んでいく。

 本書がカバーする範囲は広く、かつ記述は詳細で深い。私がここに挙げた部分は、本書の限られた一部分でしかなく、視点が大きく偏っている、とお断りしておく。是非、あなた自身の目で、本書の内容全般をご確認いただきたい。

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