スティーヴン・キング「ランゴリアーズ」文芸春秋 小尾芙佐訳
「ぼくに訊いてもだめなんじゃないかな。ラリー・ニーヴンかジョン・ヴァーリーがこの飛行機に乗っていなかったのは、かえすがえすも残念だ」
どんな本?
ご存じアメリカのベストセラー作家、スティーヴン・キングのホラー中編集。収録しているのは二編、「ランゴリアーズ」と「秘密の窓、秘密の庭」。「ランゴリアーズ」は大仕掛けの群像劇で、いかにも映画にしたら派手な特撮が映えそうなのに対し、「秘密の窓、秘密の庭」は、じっとりと手に汗握るサイコ・スリラーに仕上がっている。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
原書は Four Past Midnight Ⅰ,1990年の作品。日本語版は1996年9月一日第一刷。今は文春文庫から文庫が出ている。ハードカバー縦二段組で410頁、読み応えはたっぷりだが、文章の読みやすさは言うまでもない。キングの作品というと、現代アメリカの有名人の名前や商品名が頻繁に出てくる印象があるので、慣れないと戸惑いがちになる、という印象があったけど、この作品集に限れば、そういうクセは比較的控えめ。
収録作は?
- ランゴリアーズ
- ロスアンゼルス発ボストン行き、ボーイング767の夜行便で、それは起こった。国際線のパイロット、ブライアン・エングルは、東京→ロスアンゼルスの仕事を終え、ボストンに帰宅するため、アメリカン・プライド29便に乗客として乗り込んだ。疲れのため離陸直後に眠ったエンゲルは、小さな女の子の悲鳴に叩き起こされる…なんと、11人を除いて、乗客が全て消えていたのだ。
異常な現象で危機的状況に取り残された者たちによる、生存をかけた群像劇。怪しげな推理を披露する作家、一見マトモそうながらワケありで危険な匂いを放つ凄腕の男、イキがって肝の据わった所を見せたがる若者、この期に及んでビジネスの事しか考えないヒステリックなビジネスマン、ヤク中っぽい雰囲気のパンク少女など、いかにもドラマっぽくエキセントリックな登場人物はさすがキング。特にトラブルメーカーのビジネス・アニマルなクレイグ・トゥーミーと、可憐な盲目の少女ダイナ・ベルマンの対比が見事。ダイナかわいいよダイナ。
物語もキングらしく二重底三重底で、「これ以上酷い状況はあるまい」と思ったら更に…という感じで、話が進むにつれどんどん絶望が深くなっていく、娯楽物語のお手本の様な筋書き。
ラストシーンは目に見えるような鮮やかさで、「こりゃ映画にしたら映えるだろうなあ」と思ってたら、やっぱり映像化されてた。そりゃそうだろうなあ。 - 秘密の窓、秘密の庭
- 「あんた、おれの小説を盗んだな」
人気作家モートン・レイニーの家に、突然男が現れ、盗作されたと喚きだした。ジョン・シューターと名乗る南部訛りの男は、剽窃の言いがかりをつけ、「秘密の窓、秘密の庭」という小説の原稿を置いていった。妻のエイミーと離婚して以来、モートンの筆は進まない。シューターが置いていった原稿をしぶしぶ読み始めると…
平穏な日常に突然訪れる招かれざる客と、それに乱されていく平和な日々。たった一人の狂人のため、モートンの精神はギリギリと締め上げられていく。前作「ランゴリアーズ」のように派手なシーンはないものの、それが逆に真綿で首を絞めるように、否応なしに恐怖とパニックを盛り上げる。
両作品の冒頭、キング自身が序文で舞台裏を紹介している。コアなファンにはたまらないおまけかもしれない。しかし、私も正月から何を読んでいるのやら。
関連記事:
| 固定リンク
「書評:フィクション」カテゴリの記事
- ドナルド・E・ウェストレイク「さらば、シェヘラザード」国書刊行会 矢口誠訳(2020.10.29)
- 上田岳弘「ニムロッド」講談社(2020.08.16)
- イタロ・カルヴィーノ「最後に鴉がやってくる」国書刊行会 関口英子訳(2019.12.06)
- ウィリアム・ギャディス「JR」国書刊行会 木原善彦訳(2019.10.14)
- 高木彬光「成吉思汗の秘密」ハルキ文庫(2019.06.19)
コメント