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2011年1月14日 (金)

「神林長平トリビュート」早川書房

 現在、死は死亡率のトップを占める。いずれ百パーセントになるだろうという予測さえもが存在する。死で死ぬなんて間抜けなことだ。そうした意見は今でも根強い。  ――死して咲く花、実のある夢 円城塔

どんな本?

 8人の若手作家による、SF作家神林長平のカヴァー集。ポップ・ミュージックだと、ビートルズやグレイトフル・デッドのカヴァー集などが結構あるんだけど、小説家では珍しい。一種キワモノ的な印象もあるにはあるが、作家それぞれで料理の仕方が違っていて、統一感とバラエティの双方が味わえて面白かった。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年11月15日発行。A5ハードカバー縦一段組み約290頁。43字×18行×290頁=224460字、400字詰め原稿用紙で約562枚。元がややこしい屁理屈の多い神林作品ながら、可読性については厳しい要求にさらされるライトノベルの市場で鍛えた人が多いためか、オリジナルより読みやすい作品が多かった。とまれ、さすがにあのトボけたリズムまで再現した人はいなかった。

誰が何を書いてる?

序文 ――敬意と挑戦  神林長平
狐と踊れ  桜坂洋
 元は、薬で抑えないと胃が体から抜け出してしまう奇妙な世界で、胃を失った男の物語。これを桜坂氏は、逃げ出した胃の一人称による冒険物語にアレンジした。
 真面目に考えれば、元の世界は馬鹿馬鹿しいわけで、その馬鹿馬鹿しさを徹底的に突き詰めて大馬鹿な法螺話に仕立て上げてる。冒頭にコレを配したのは正解だと思います、はい。神林作品は小難しい理屈が多くて、読む側としちゃ少々力んじゃうんだけど、コレでドッと肩の力が抜けた。公園にタムロする胃たちの可愛らしさったら。
七胴落とし  辻村深月
 原作は、少年少女だけがテレパシーを使える世界で、まもなくテレパシーを失う少年の葛藤を描く。最後の一行が衝撃的だった。
 アレンジという点では、これが最も見事。原作は少年期の恐れと苛立ちに満ちた、陰鬱でトゲトゲしい印象なのに対し、これは実にほのぼのとして懐かしさと切なさに満ちている。やっぱりねえ。だから人は猫が好きなのかな。
完璧な涙  仁木稔
 原作は、砂漠化した地球で、感情を持たない少年・宥現と、不老の少女・魔姫が、戦車から逃げる話。
 二木氏のアレンジは、原作の挿話。何処とも知れぬ無人島で一人で暮らす男の前に、突然女の赤ん坊が現れ、消える。それから何度も、その子は男の前に現れ…
 エンディングは、いかにも神林らしい世界解釈。仁木さん、よくわかってらっしゃる。
死して咲く花、実のある夢  円城塔
 異世界に迷い込んだ3人の兵隊が、「自分達は死んでいる」という仮説を検証する物語が原作。
 「死とは何か」というテーマに対し、いかにも円城塔らしくシュレディンガーの猫や数列のトリックで、読者を煙に巻いていく。
魂の駆動体  森深紅
 原作は自動車が全て自動操縦となった世界で、老人達がクルマを再生させる物語。
 機械好きの青少年の心を揺さぶる原作に対し、なんとまあ、真っ向勝負を挑んだものだ。この作品は老人達が「クルマを再生させる」場面、メカ好き青少年にとってのハイライトを、見事に描ききっている。具体的には、エンジンの設計者と、車両の設計者が組んで、手に入るパーツでガソリン車を復活させようと試みる、「油臭い」お話。
敵は海賊  虚淵玄
 原作は、跳梁する宇宙海賊に対し、海賊対策課の刑事ラテル・相棒の「黒猫」アプロ・戦闘艦ラジェンドラが挑む活劇またはドツキ漫才。
 この作品は、研究目的で開発され、自意識が芽生えた人口知性体の一人称で語られる。自我とは何か、価値とは何か。結末で明かされる正体、それを考えると、作品中で語られる価値観は、いかにも相応しい。
我語りて世界あり  元長柾木
 個性が失われた世界で、アイデンティティを取り戻す物語が原作。すんません、覚えてないです。
 女子高生の殲戮佳がコーヒーショップで友達とたむろって騒いでいると、うざい白人が「もう少し、静かにしてくれませんか」などと絡んできて…
 よくも悪くも厨二病が炸裂している。白人の名前には大笑いした。
言葉使い師  海猫沢めろん
 原作は、テレパシーが発達した世界で、禁じられた言葉の使い手 "言葉使い師" との交流を通し、言葉の本質に迫る。
 テーマはそのまま、全く異なった世界で、やはり言葉の持つ力、言葉の機能を突き詰めていく。子供向けのお伽噺のような語り口でありながら、味わいはディックのように目が回る酩酊感がある。
各編・巻末解説 前島賢

 幻想的・哲学的な話が多いなかで、とことんマテリアルな感触に満ちた「魂の駆動体」と、「大人への成長」という原作と同じテーマを扱いながら、原作とは全く違った味に仕上げた「七胴落とし」が良かった。どっちも知らない作家だけど、今度から注目してみよう。

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