西成活裕「渋滞学」新潮選書
京都の市内循環バスを待っていたときのこと、なかなか来ないと思ったら、急に同じ方向のバスが2台続けて来た。しかも前のバスが大変混んでいて、後ろは比較的すいていた。皆さんにもこんな経験はないだろうか。
どんな本?
道路の自動車の渋滞に始まり、人の混雑・アリの行列・インターネットの輻輳など、流れがある所に現れる渋滞。その渋滞の発生原因から避け方・防ぎ方などを、現実の統計データと数学モデルの双方から探り、一般読者向けに解説した本。工学者が著した本だけあって ASEP などの専門用語も出てくるが、冒頭の引用でわかるように、なるべく身近で具体的な例を挙げて、読者の興味を惹き理解を助ける工夫がなされている。
いつ出たの?分量は?読みやすい?
2006年9月20日発行。B5ソフトカバー縦一段組み約250頁。数学的・工学的・統計的な内容ではあるが、読者としては一般の人を想定しているため、数式などは控えめであり、また図版やイラストを多く収録していて、素人にもスラスラ読める。数学が得意で食い足りない人向けには、各章の最後に要点がまとめられているので、そこだけを拾い読みしてもいい。
どんな構成?
まえがき
第1章 渋滞とは何か
第2章 車の渋滞はなぜ起きるのか
第3章 人の渋滞
第4章 アリの渋滞
第5章 世界は渋滞だらけ
第6章 渋滞学のこれから
参考文献
あとがき
各章とも構成が巧い。最初に誰にもわかる具体例を出し、読者に「おお、それなら俺にもわかるぞ!」と思わせる。例えば第1章ではホースの水を例に出し、「先を絞れば水は勢いよく出るよね、でも車は道が細くなると渋滞する、違いは何だろう?」と、誰もが感じる疑問を提示し、次に解を示す。「なるほど、これで一つ賢くなった」と読者がいい気分になった所で、次第に専門的な話題へ移っていく。「いかに理解させるか」に加え、「いかに読者を楽しませるか」にも気を配った、科学解説書のお手本のような構成といえる。
感想は?
ASEPだのセルオートマトンだのと専門的な言葉も出てくるわりには、例として提示される現象などが身近で興味深いモノが多いためか、飽きずに楽しく読めた。現実に応用できそうな知識が詰まっているのも嬉しい。例えば、第1章の待ち行列理論の「リトルの公式」。
待ち時間×人の到着率=待ち人数
1分間に平均して客が2人来て、20人待っているとする。この場合、待ち時間はどうなるか?待ち人数を到着率で割ればいいのですね。とすると、20人÷2(1分間に2人)=10で、約10分という計算になる。
高速道路の渋滞の原因も興味深い。1位がサグ部で35%、2位が事故で29%、3位が合流部で28%。料金所は4位で4%と意外に少ない。サグ部とは穏やかな上り坂になる所で、大抵の車が自然とスピードが落ちるため、自然渋滞になるそうな。
渋滞で迷うのが車線変更。走行車線と追い越し車線の2車線ある所だと、実は走行車線の方が速く流れる場合が多いとの事。しかし、「本音をいえば、この結果は本書に書きたくなかったのだ」って、おい。
人の流れでは、非常口などの扉からの脱出も興味深い。整然と並ぶ集団と、先を争う集団と、どちらが速いかというと。「ドア幅が人の肩幅よりちょっと広い70cmより広ければ競争したほうが早く、70cmより狭いと譲り合うほうが早い」とか。このモデルでは、もうひとつ面白い結果が出ている。競走しあう場合、避難口の近くに障害物を置くと、避難時間が短くなる場合があるとか。
冒頭の引用は、バスのダンゴ運転。最初のバスはバス停での客の乗り降りに多くの時間が取られ、次のバスは客の乗り降りが少ないので追いついてしまう。電車では、このアンゴを防ぐ目的で「時間調整のため当駅で暫く停車します」と相成る。しかし、「この理屈がわかってもイライラが治まらない人には、イタリアにしばらく住んでみることをお勧めする」って、んな無茶なw でも確かに、公共交通網が発達していない所で暫く過ごすと、電車の待ち時間が気にならなくなるんだよね。
新潮選書というシリーズ名で、てっきり社会学的な内容かと思ったら、意外と理学的な内容なのに驚き、「これは難しそうだな」と思ったら、身近で現実的な話題が多いのに再び驚いた。新年早々意外な拾い物で、なんか幸先いいなあ。
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