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2010年12月11日 (土)

ナンシー・クレス「アードマン連結体」ハヤカワ文庫SF 田中一江他訳

 ナノテクが町にやってきたとき、わたしは庭の草むしりをしていた。一ヶ月まえから都会にはナノテクが来ていたのだけれど、わたしは去年から都会に出ていなかった。近所の人たちのなかには行ってみた人もいる--教会仲間のアンジー・マイヤーズやエマ・カールソン、それにあの未亡人のミセズ・ブランストンも。

どんな本?

 プロバリティ・シリーズをきっかけに、続々と日本で作品が紹介されつつあるアメリカのSF作家、ナンシー・クレスの短編集。ヒューゴー賞受賞作の「アードマン連結体」・ネビュラ賞受賞作の「齢の泉」などを収録している。先の「ベガーズ・イン・スペイン」と対照的に、不眠人シリーズは含まない。いわゆるハードSFではなく、アメリカの普通の街に住む普通の人が、奇妙なガジェットや事件に出会ったら、どんな反応を示すのか。そういった、あくまで「人」に拘る、クレスらしい作品集。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年4月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約500頁。文章はやや翻訳調かな。最近のアメリカのSF作家と言えばコニー・ウイリスが思い浮かぶ。ウイリス作品の登場人物は、ソープオペラさながらの早口で喋り捲る。クレスの登場人物は、さすがにマシンガン・トークはしないものの、やっぱり癖は強い。オバチャンの井戸端会議風に、何の前触れも説明もなく、固有名詞をダラダラと並べ立てるのだ。それが、いかにも「あまり高い教育を受けてない普通の人」な雰囲気を醸し出しているものの、気の短い人にはイラッとくるかもしれない。

どんな作品が入ってる?

ナノテクが町にやってきた 田中一江訳
 アメリカの田舎町に、魔法の機械=ナノテクがやってきた。食料でも衣料でもスポーツカーでも暖炉付の部屋でも、大抵の物なら作れる。みんな浮かれてるけど、幼い三人の子を抱えるキャシーは、日々の生活に追われてそれどころじゃない。
 「なんでも作れる魔法の機械」があったら、社会はどう変容していくのか。アメリカの田舎町を舞台に、若いシングル・マザーの視点で物語が進む。視点は市井の女だけど、物語で起きる社会の変化は大きい。衣食住がタダで保障されたとき、人はどうするか。ジェームズ・P・ホーガンの「断絶の航海」と似たテーマだけど、着地点は大きく違っているのが興味深い。
オレンジの値段 中原尚哉訳
 ハリー・クレイマーの孫娘ジャッキーは、作家だ。ハリーはジャッキーが心配でしょうがない。やたら痩せてるし、書く作品は破滅的で暗い話ばかり。だから、いつも友人のマニーに愚痴をこぼしてる。そんなハリーには、ひとつ秘密がある。マニーに教えたいんだが、時折マニーは異様に頑固になっちまう。
 ドラえもん風の「ひみつ道具」も、昔を懐かしみ孫娘を心配する老人にかかると、なんとも陳腐で日常的な道具になってしまう。んな目的で使うなよw
アードマン連結体 田中一江訳
 理論物理学者ヘンリー・アードマンは、養老院セント・セバスチャンに住みながら、時折大学で講義を受け持っている。看護師のキャリーは、そんなヘンリーを尊敬し、丁寧に介護している。セント・セバスチャンには、多くの老人がいる。おしゃべりなイヴリン、信心深いジーナ、元有名バレリーナのアンナ、アンナにぞっこんのボブなど。その日、アードマンやアンアは奇妙な体験を…
 爺さん婆さん大行進の作品。いかにも科学者然としたアードマン、喋りだしたら止まらないイヴリン、ニューエイジのなれの果てのエリン、狂信的なジーナ。類型的ではあるけど、今のアメリカの団塊って、こんな感じなんだろうなあ。SF的には大きな仕掛けを使いながら、個人的な問題に立ち返るあたりが、いかにもこの作者らしい。
初飛行 中原尚哉訳
 宇宙軍士官学校の生徒ジャレドは、ヤバい状況にあった。成績は、悪くないんだ。ただ、素行が、ね。減点が嵩んで、飛行リストから外されそうなんだ。
 士官学校の訓練生ものの小品。最後の一行で大笑い。
進化 佐田千織訳
 抗生物質に対し、多くの菌が耐性を獲得した時代。河向こうのエマートン記念病院を、町の人は恐れている。病院で耐性菌に感染する危険がある、そう信じているからだ。効くのはエンドジンのみ。しかし、それも時間の問題。やがでエンドジンにも耐性を獲得した菌が出てくるだろう。恐怖にかられ、中にはテロに走る人もいる。
 医療の進歩と、菌の進化の、際限のない追いかけっこ…という大きなテーマが、ナンシー・クレスの手にかかると、町に馴染めない主婦の奮闘物語になるのが、なんとも。
齢の泉 小野田和子訳
 若い頃、一週間だけ愛し合った女・ダリアが、今も忘れられないマックス。昔は危ない橋を渡り荒稼ぎして前科もついたが、今は老人ホームで隠居している。四角四面な息子のジェフリーは、会社をまっとうな商売に立て直したけど、今も折り合いが悪い。そんな時、バカな孫が、彼女の髪が入ったネックレスを無くしてしまい…
 永遠の若さ・永遠の生命という大げさなテーマを、昔の女が忘れられない成金の前科者の爺さんと、ロマの相棒の活劇に仕立て上げている。愛と言えば聞こえはいいけど、これはなんというか、オスの証明とでもいいますか…まあ、男なんて、いくつになっても、こんなもんでしょ。
マリゴールド・アウトレット 嶋田洋一訳
 暴力的な父親から逃げる母子…と思わせて、実は…
 SFというより、児童虐待テーマのホラー小品。出口が見えない状況の中で、やり場のない怒りを膨れ上がらせていくティミーが、切なく哀しい。
わが母は踊る 小野田和子訳
「宇宙に生命が溢れているのなら、なぜ地球に宇宙人がこないのか?」というフェルミのパラドックスをテーマにした、少々風変わりなファースト・コンタクト物。このオチも酷いw

 「ベガーズ・イン・スペイン」も、家族の葛藤をテーマにした作品が多かった。今回も、大掛かりな仕掛けを使いながら、根本的な部分では、家庭内の葛藤が重要な要素を占めている作品が多い。ただ、前作が、子供や若者の視点で描く作品が多かったのに対し、この作品集では、母親や祖父の立場で描かれている。

 テクノロジーそのものではなく、それに対し人々がどう反応するか、という形で描いているのも、ナンシー・クレスの特徴。「ナノテクが町へやってきた」の展開は、「ベガーズ・イン・スペイン」を、妹の視点で描いているようにも見える。銃が市民に出回り、よく言えば独立心旺盛、悪く言えば政府への不信感が残るアメリカだと、やっぱりこういう展開が自然に感じるんだろうか。

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