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2010年12月17日 (金)

レスリー&ロイ・アドキンス「ロゼッタストーン解読」新潮社 木原武一訳

ナポレオンが上エジプトを研究するための委員会を作ったその日に、ヒエログリフを解読するものの一つがロゼッタで発見された。(略)崩れかけた壁を取りこわしているとき、ドプールという名の兵士が、片面に碑文のある暗緑色の石版を発見した。(略)ランクルが調べたところ、三つの異なった文字で記された三つの碑文があることがわかった。その一つがギリシア語であることは彼にもわかった。もうひとつはヒエログリフで、残りは未知の文字だった。(略)三つの碑文は同一の内容を三つの異なる文字で記したものであって、ヒエログリフ解読の鍵になるものと思われた。

どんな本?

 時は19世紀、場所は革命の嵐が渦巻くフランス。ナポレオンがエジプト遠征から持ち帰ったロゼッタ・ストーンを契機に、当時のヨーロッパで激しく争われた、古代エジプトの文字ヒエログリフ解読の競争を描くノンフィクション。主役を務めるのはフランスの天才ジャン・フランソワ・シャンポリオン。助演はシャンポリオンの兄で忠実な後援者ジャック=ジョゼフ、敵役はイギリスの医師トーマス・ヤング。不安定な政治情勢や学会の派閥争い、そして聖書の歴史観の転覆を恐れる教会の干渉など、当時の学問の世界の息苦しさがひしひしと伝わってくる。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2002年3月20日発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約320頁。娯楽として読むには少々読みにくいが、学術書として見ると読みやすい方、かな。

どんな構成?

時間の起源
第一章 エジプトの大地
第二章 生徒
第三章 大都会
第四章 教師
第五章 医者
第六章 クレオパトラ
第七章 王の知人
第八章 秘密を解いた者
第九章 翻訳者
第十章 言語と文字を与えし者
謝辞
訳者あとがき

 記述は基本的に時系列順で、視点もシャンポリオンが中心なので、お話の流れは理解しやすい。ただ、登場人物は多彩なので、人物一覧が欲しかったなあ。

感想は?

 全般的にヒエログリフそのものの記述は控えめで、シャンポリオンの生涯と、それをとりまく政治状況や派閥争いなどの人間模様が多くを占めており、起伏の富んだ人間ドラマが詰まっていて、文法論や暗号論などの小難しい内容ではない。テーマがテーマだけにヒエログリフの簡単な解説はあるものの、あくまでドラマの道具立てとしての役割に留まっている。

 主役のシャンポリオン君が、少年ジャンプの主人公のように強固な意志を持つ者ではなく、己の天才を充分に自覚しつつも、体が弱く気分屋で、何かと泣き言を言っては兄のジャック=ジョセフに泣きつく甘えん坊なのが面白い。12歳にしてラテン語とギリシア語に熟達し、ヘブライ語・アラブア語・シリア語・カルデア語を学び始める。その才能を認められエリート校リセに入るが、厳しい規律と教師の妬みに耐えかねて「辞めさせてくれ~」と兄に愚痴をこぼす。語学の才能の見事さは、次のエピソードに現れている。

偉大なヘブライ語学者、プロスペル・オードランは、ヘブライ語とともにアラム語など関連する言語を教えたが、シャンポリオンの並はずれた語学力にいたく感心し、(略)編纂中のシリア語文法書と、アラビア語とヘブライ語の比較文法書に協力を求めた。オードランがいかにシャンポリオンの能力に全幅の信頼を置いていたかは、この十七歳の少年にときどきヘブライ語の授業を任せていたことからもうかがえる。

 自分の生涯の目標をヒエログリフの解読に定めたシャンポリオン、肝心の資料となるロゼッタ・ストーンに恋焦がれるが、ナポレオンのエジプト遠征失敗のため、イギリスに持っていかれてしまう。そこでロンドンの王立協会に「複製を下さい」と手紙を書くが、その手紙を受け取った人物は、なんとヒエログリフ解読のライバルのトーマス・ヤングだった。こういう皮肉な展開が事実なんだからたまらない。

 ヒエログリフ解読を含むエジプト学は、教会からも注目される。というのも、エジプト文明の歴史が明らかになれば、教会の説く聖書に基づいた歴史が覆りかねないからだ。デンデラの黄道十二宮図の解読に成功したシャンポリオン君、幸いにしてこれは聖書年代学に矛盾しなかったため、後に当時の教皇レオ十二世に拝謁を許される。

 「フランス語をとても上手に話され、私がいくつかの発見によって、宗教にたいする、すばらしく偉大で立派な義務を果たしたと、嬉しそうに三回も私に言われました」

 教会の体質って、今も昔も変わってないなあ。まあ、その直後、同じシャンポリオンが発見した「王表」が聖書年代学を脅かす上に、黄道十二宮図もこの本の終盤で皮肉なオチがつくしんだけど。

 兄のジャック=ジョセフがまた出来た人で、そんなシャンポリオンに尽くしまくるのが切ない。シャンポリオンが幼い頃は読み書きを教え、次いで無理して高い授業料を払って私立学校に通わせ、学校が性に合わないと見ると家庭教師をつける。長じては博物館などのポストを用意し、アカデミーの席を世話する。シャンポリオンも、そんな兄に甘えっぱなしで、旅先でも頻繁に手紙を書いている。兄弟揃って筆まめな人たちだ。

 肝心の解読は、人名、それもプレトマイオスなど外国人の名前が鍵になっている。意外と書名のロゼッタストーンは大きな役割を果たさず、パピルスなどの雑多で大量の資料が鍵となる。「クレオパトラ」って、特定個人を示す名前ではないのね。さて、そのヒエログリフ、表意文字と表音文字が混じっているそうな。どっかの言語に似てるような。

 ナポレオン→ルイ18世→ナポレオン→ルイ18世→シャルル10世と目まぐるしく変わる政治状況、学会の派閥争い、教会の干渉など、人間臭いドラマ満載の中で、若い頃に定めた己の目標を、泣き言たらたらながらも執拗に突き進んだシャンポリオン。執念に憑かれたという言い方もできるけど、少々羨ましいなあ、などとも思う。

 関係ないけど、フォント関係で使う「サンセリフ」って言葉の「サン」、どこの言葉か分からなかったけど、フランス語なのね。

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