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2010年12月 4日 (土)

木本雅彦「星の舞台からみてる」ハヤカワ文庫JA

「こんな無責任なシステムがあるから、悪いんだよねえ、世の中はさあ。悪いシステムなんか、使うべきじゃないんだよ」
「技術に良いも悪いもない。良く使うも悪く使うも人間次第だし、使ってみて初めて分かることもある。同時に使ってみて初めて現れる悪人というのもいる。でもそれは技術の責任じゃない」

どんな本?

 近未来の日本。今より少しだけコンピュータが進歩した世界を舞台に、コンピュータ技術、特にエージェントと呼ばれる技術が人間社会に与える影響と、それがもたらす軋轢を描くSF。というと、いかにもシリアスでお堅い印象があるけど、普通の会社員の視点で描かれるんで、それほどブッ飛んだ感じはしない。いや実はとんでもなく濃ゆくてブッ飛んでるんですけどね。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年5月15日発行。文庫本で縦一段組み約420頁。ライトノベルを思わせるカバーのわりに、意外と文章はクセが少ない。まあ、イタい登場人物は出てくるけど、あくまで「イタい人」として描かれてるあたりが、ハヤカワなのかな。

どんなお話?

 主人公は荒井香南さん25歳。「デキる女」を目指し派遣社員として働きつつも、本社の敏腕エリートを前にすると、少々揺らいでしまう、普通のOL。彼女が働く HCC 社の業務は、死者の死後処理だ。死亡通知を友人知人に知らせたり、ハードディスク中のアレなデータを消去したり。その日、香南に入った業務は、伝説の技術者・野上正三郎の処理だった。創業者の一人である野上は、なぜが一介の派遣社員である香南を指名した。仕事を進めていくうちに、香南は野上本人からと思われるメッセージを受け取って…

で、感想は?

 壮大なアイデアと普通に生きている人を巧く対比させた、ポスト・サイバーパンク。主人公の香南とギークの広野は、ニューロマンサーのモリイとケイスに近い関係なんだけど、印象は全く違う。危険で荒れたアンダーグランドな世界を舞台に、タフな男女がクールにビジネスをこなすニューロマンサーに対し、こちらは普通の会社員が普通の社会で自分の生き方に悩みつつ変な事件に巻き込まれる話。

 舞台と登場人物が現実的な分、中で使われるガジェットも現実的。で、実はコレ、結構凄い事なんだけど、なまじ描写がリアルな分、イマイチ凄さが伝わらないんで、その辺は損してるかも知れない。業界のホットなネタを惜しげもなくつぎ込んで、かつあまり理屈っぽくならずに自然に描いてる。あまりに自然すぎるんで、気を抜くと「たいした事ないんじゃね?」と思われがち。

 物語で重要な役割を果たすのが、「エージェント」と呼ばれる技術。人間とコンピュータの仲介を司る擬似人格で、いわば電子秘書。エージェントについては様々な定義や機能があって…まあ、以降は眉に唾つけつつお読みくださいな。

 例えば。携帯電話とPCなど、複数のマシンを使っている人は多いと思うけど、マシンごとに使い勝手は違う。それを、エージェントという層を一枚かまして吸収しましょう、というのが機能の一つ。Mac と Windows で使い勝手が違うってのも、考えてみりゃ理不尽な話。どっちもコンピュータじゃん。

 iTunes と iPod を使ってる人は、二つをケーブルで繋いで同期させてると思う。これ、いちいちケーブルを繋ぐのって、面倒でしょ。また、会社と自宅の双方でPCを使ってる人も多いんじゃないかな。双方のメールアカウントの使い分けや同期って、気を使うんでない?

 そんな、マシンごとの使い勝手の違いや同期作業は、コンピュータに任せましょう、ってのがエージェントの機能の一つ。あなたの「状態」はエージェントが管理する。エージェントは iTunes と iPod・会社のPCと自宅のPCをネットワーク経由で行き来する。あなたは、常にエージェントを相手にすればいい。その為には、エージェントが多くのコンピュータを「渡り歩く」能力を持たなきゃいけない。最近流行の「クラウド」は、この問題に、一つの解を示してる。

 もう一つは、情報検索などの作業。今でも Google のメール・アラートなんてサービスがあって、登録したキーワードに関係する情報がネットに上がったら、メールで知らせてくれる。あんな感じに、あなたが関心を持つ情報を常に監視して、見つかり次第、教えてくれたら便利だよね。
 他にも、スケジュール管理や道案内、ミーティングの予約など、現在は人間の秘書がやってる仕事を代行するのが、エージェント。

 今の Google メール・アラートと YaHoo の路線案内は、それぞれサービスの在り処を人が調べて、人がキーボードを打たなきゃいけない。それが、人間の秘書を相手にするように、普通の日本語で命令できたら、コンピュータが嫌いな人は、グッと減ると思う。ただ、それを実現するためには、コンピュータが日本語を理解しなきゃいけない。

 この電子秘書に、口調や性別などの擬似人格を与えると、親しみやすさが増す。この辺は、初音ミクが証明している。で、その擬似人格は、本当に擬似なのか、というと…

 なまじホットな話題を扱ってるんで、一部は「これ、あのサービスが実現してるんじゃね?」的に思えるネタも散見して、それがまた、この小説の面白い、そして損な所かも。

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