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2010年12月の18件の記事

2010年12月30日 (木)

ウイリアム・H・マクニール「疫病と世界史 上・下」中公文庫 佐々木昭夫訳

 アステカ人がコルテスと彼の部下を首都から追い払ってから四ヵ月後、天然痘が首都に突発した。(略)おそらく全住民の1/3か1/4が死んだ。
 その上、インディオは倒すが、スペイン人には痛くも痒くもない病気なるものの与える、心理的効果も考えてみる必要があろう。(略)相争う二者のどちらの側が神の恩寵に浴しているかは、ここで一目瞭然である。

どんな本?

 人類の歴史を、疫病との関係という視点で捉えなおした教養書。医学が発達した現代と異なり、かつての疫病は人に制御できず、かつ圧倒的な力で人に襲い掛かってきた。人は疫病の前に無力だった。革命や戦争と異なり、疫病は人の意思と無関係に襲ってくる。そのため、疫病は歴史家から注目を浴びる事はなかったが、時として帝国すら滅ぼした。ペストや天然痘が歴史にどのような影響を与え、人はどう対応してきたか。そして疫病の多くが征服された今、新たにどんな問題が起きているか。斬新な視点で人類史を捉えなおす、興奮に満ちた本。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は William H. McNeill, Plagues and Peoples, Anchor Press / Doubleday, 1976. 訳本は1985年5月、新潮社から出た「疫病と世界史」。それに序を加え上下にわけ文庫にしたのが本書で、2007年12月20日初版発行。上巻275頁&下巻301頁の計575頁。訳文は…まあ、堅い内容のわりには、読みやすい方かな。

どんな構成?

上巻

序論
第一章 狩猟者としての人類
第二章 歴史時代へ
第三章 ユーラシア大陸における疾病常生地としての各文明圏の交流 紀元前500年から紀元1200年まで
原注
下巻
第四章 モンゴル帝国勃興の影響による疾病バランスの激変 紀元1200年から1500年まで
第五章 大洋を越えての疾病交換 紀元1500年から1700年まで
第六章 起源1700年以降の医学と医療組織がもたらした生態的影響
付録 中国における疫病
原註
訳者付記
文庫版訳者付記
索引

 時間軸は人類発祥からまっすぐ現代に向かう、素直な構成。それぞれの時代の中では、やはり欧州が中心となり、その後にインドや中国を語るパターンが多い。上巻は残っている文献が少ないために推測が多いが、下巻に入ると多くの文献を参照しながらの緻密な考察が増えてくる。

感想は?

 全般を通して、これでもかという具合に疫病が人類に与えた脅威を、繰り返し述べられるので、読了後はナマモノを食べたり人ごみに出かけたり、または旅行に行くのが怖くなるかもしれない。次々と疫病による人類虐殺の模様が出てくるんで、「人の命ってはかないものなんだなあ」と、虚無感に陥ったりする。

 だが17世紀までは、ペストは随時突発し、一年間に或る市の総人口の三分の一ないし半分といった多数の生命を奪い去る事態はごく普通のことだった。

 そんな具合で不規則都市住民が大量死したんじゃ、文明なんて持たないよね…と思わせて、こんな風に話を続けていく。

 ヨーロッパ文明を代表する中心地としての地位が地中海世界から次第に失われ、もっと北の諸地方の重要性がはっきり増大していったという転換には、長い間繰り返されたペストの流行が果たした役割が非常に大きい。ペストが流行するのは、地中海の港湾諸都市からすぐ近くの、用意に到達できる地域に、ほぼ完全に限定されていたからである。

 冒頭の引用はコルテスによる南米の征服を語った部分だが、そこで著者は面白い問いを投げかけている。

なぜインディオの方では、侵入者スペイン人を掃滅してくれるような自分たちの疫病を持っていなかったのだろうか。

 この解は、下巻をご覧あれ。結構、身も蓋もない解だったりする。

 現代の我々が浴している健康観念の発生、これがナポレオンの陸軍発祥だった、などという面白い話も出てくる。軍医制を取り入れて軍内部での医者の地位を保証し、当時最新の牛痘種痘などを取り入れて新兵の健康管理に勤めた。従来は大量の兵を招集し一箇所にまとめると、疫病が蔓延して全滅する恐れがあったのが、健康管理で大量の兵員の動員が可能になったとか。

 クリミア戦争(1953~56年)で、イギリス兵は、赤痢による病死者の方が、ロシア軍の武器による戦死者の合計より十倍も多かった。(略)
 組織的な予防接種と厳重な衛生管理がいかなる成果を挙げ得るかが、日本人によって示された。すなわち、日露戦争(1904~05年)での日本軍の病気による損耗は、敵軍の軍事行動による死者の四分の一以下だったのである。

 かつて、都市は近隣の農村から人が流入しないと維持できない場所だった、というのも目から鱗。上下水道が整っていない都市は不潔になりがちなので病気になりやすく、かつ人口密度が高いので感染の危険が大きいとか。特に港湾の都市は船が他国からペストに感染したネズミを運んできたりで、検疫対策をしてないと大変な事になる、と。田舎の人がヨソ者を嫌うのも、故あっての事なのかも。

 そして現代。衛生管理が行き届き農村からの人口流入に頼らずとも人口が維持できるようになった都市は、新たな問題を発生させている。流入する人口を吸収できないがために、周辺にスラムができてしまうこと。抗生物質に抵抗力を持つ細菌も出てきて、疫病と人類の戦いはまだまだ続く模様。

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2010年12月27日 (月)

あなたの常識は私の英知

 このブログで最もアクセスがあるのは、「このアクセスは人?ロボット?スパム?」。アクセス履歴を調べていて、不思議に思ったアクセスについて調べ、その調査結果を自分用のメモとして作った頁だった。「これぐらい、ある程度ブログをやってる人ならみんな知ってるよな、今更んな事を偉そうに書いても己の無知っぷりを晒して恥かくだけじゃね?」とも思ったけど、実名でやってるわけじゃなし、笑ってもらえたならそれもよし、と開き直って公開することにした。まあ、アクセスがあると言っても、一日に10件程度なんだけど、閑古鳥が鳴いてるブログにとっちゃ、有り難い定番商品なんですよ、はい。

 こういう、「自分が欲しいから」って理由で始めたモノというのは案外とアタリが出るものらしく、最近ではサイト「マンガの中の聴覚障害者」の「Google 八分 の確認と対応の方法」にたいへんお世話になった。この頁も作者が自分の経験を元に作ったそうだ。とはいえ、ここまで緻密にデータを集めた作者さんの努力には、ひたすら頭が下がる。そういえば、プログラミング言語 perl も Larry Wall が自分の要求のために作った言語だったなあ。

 話を戻そう。今の私は、アクセス履歴のユーザー・エージェントに Google Wireless Transcoder とあれば、「ああ、携帯電話で見てる人がいるのね」と、脊髄反射で答えを出せる。つまり、既に私の中では常識と化した知識となった。でも、2010年8月の時点だと、私にとって未知の知識だった。色々と調べなきゃならないほど、謎めいたアクセスだったんだ。

 人って、自分にとって馴染みの深い知識は、常識であり誰もが知っている無価値な知識だと思い込む傾向がある。「文化とは、その成員にとって『言葉にする必要すらない』と思い込まれている知識である」みたいな事を言ったのは、柳田國男だっけ。こういう「常識」のズレは、ソフトウェア開発の現場じゃ往々にしてトラブルの元に…って、んな事が言いたいわけじゃなくて。

 改めて「このアクセスは人?ロボット?スパム?」を見直すと、相変わらず「これぐらいみんな知ってるよね」みたいな姿勢が抜けきってないなあ、と思う点がチラホラある。例えば、whois やプロクシ,RSS なんて言葉を、何の説明もなく使ってたり。その辺を突っ込まれたら「おっしゃるとおり」としか言えませんが。

 まあ、そんなわけで。自分じゃ常識だと思ってる知識も、とりあえず文章にすると、案外と役に立つ事もあるもんだなあ、と。あああ、巧く〆られない己の文才の欠如が恨めしい。

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2010年12月25日 (土)

ジョセフ・F・エンライト&ジェームズ・W・ライアン「信濃! 日本秘密空母の沈没」光人社 千早正隆監修 高城肇訳

 世界最大の航空母艦「信濃」は、1944年11月29日、水曜日、処女航海において17時間で沈んだ。沈没箇所は、北緯33度07分、東経135度04分--最寄りの陸地より南東へ65マイル離れたところだった。

どんな本?

 大和・武蔵に続く三番艦として就航する予定だったが、後に空母に改装された信濃。その信濃は、処女航海でジョセフ・F・エンライト艦長率いる合衆国潜水艦アーチャー=フィッシュの四本の魚雷により沈没する。信濃とアーチャー・フィッシュの戦闘を、日米双方の資料と丹念な取材によって生々しく描いたノン・フィクション。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は1987年の Joseph. F. Enright with James W Ryan, SHINANO! The Sinking og Japan's Secret Supetship,。日本語版は1990年12月6日第一刷。A5ハードカバー縦一段組み約350頁。軍人さんが書いたドキュメントにしては、文章はこなれていて読みやすい。軍物にありがちな「俺達のチームはサイコーだぜい」的なノリがある反面、上級士官らしく下品なジョークは控えめで、いかにも優等生的なのも、まあ味のうちかな。敢えて言えば、距離のヤード・ポンド法は括弧つきのメートル法を併記して欲しかった。

構成は?

序文
謝辞
プロローグ
1.接触
2.目標
3.回避
4.挫折
5.逃走
6.執着
7.楽観
8.実現
9.之字
10.猛襲
11.被雷
12.反響
13.消滅
14.勝利
エピローグ
注釈
解説
訳者あとがき

 時系列は真っ直ぐながら、信濃とアーチャー=フィッシュを交互に描く構成。これが見事に効果を上げて、互いにハンデを隠しながら手の内を読み会う様子が、ドラマを見ているかのような緊迫感を盛り上げている。

感想は?

 そのまんままるで潜水艦物の映画の原作と言っても通りそうなほど、ドラマチックで迫力に満ちた本だ。合衆国海軍の潜水艦乗りジョセフ・エンライトは、かつて決断の誤りにより帝国海軍の空母を逃すという大失敗を犯す。失意に沈み暫く陸上の仕事に戻り、再起を図って乗り込んだのが、このアーチャー=フィッシュ。

 対する信濃の安部艦長は、無茶な条件での重い責任を無口無表情の仮面の下に押し隠し、冷静沈着かつ誠心誠意で己の使命に全力を尽くす、謹厳実直なサムライに描かれる。

 新造艦でコンディション最高のアーチャー=フィッシュに対し、信濃の状況は酷い。元々が戦艦を改造した空母で構造的にかなりの無理をしている。加えて無茶な突貫工事で作業員は疲弊の極み、しかも機密保持で作業員の補充や交替もできない。厳重な機密保持が敷かれたため、写真もほとんど残っていない。スケジュールの無茶が進水式に祟り、ドックの扉が決壊して海水が雪崩れ込み、信濃の艦首はドックに衝突して破損。速攻で再度のドック入りとなる。

 信濃の不幸は始まったばかりで、横須賀から呉への初就航には航空援護すらつかない。空母だってのに航空機がないとは呆れる。防水扉などの気密検査もされず、これが信濃の命運に大きく関わってくる。

 その日、横須賀海軍工廠長から引渡証書を受け取った阿部艦長の手が、怒りのあまり震えていたことは、どうにも忘れられない。阿部艦長の反応を見て、その場にいあわせたものはみな察した。--艦長は引取証書の受けとりを拒否したがっている、それもれっきとした理由があって…

 護衛の駆逐艦は浜風・磯風・雪風の三艦。ところがこの三艦も満身創痍で、ソナーもレーダーもほとんど効かない。しかも、信濃のエンジンの軸受けは過熱し、全力が出せなくなる。「なんでここまで」と言いたくなるような不幸が、次々と信濃に襲いかかってくる。それでも阿部艦長は最善を尽くし、最も安全と思われる航路を取るが…

 著者ははアーチャー=フィッシュの艦長エンライトのため、それらは「幸運」と表現されているけど、読んでるこっちは「うわあ、不幸だあ~」と叫びたくなるような展開の連続。とは言うものの、その多くは、運と言うより人為的に引き起こされた事故に近い。

 敗色濃い状況で逼迫したスケジュールが元で、蓄積した作業員の疲労がミスを招き、検査など手順の省略が欠陥の発見を不可能にする。典型的なデスマーチ突入のパターンだよね。しかも偉い人は末端の窮状がわからないから、書類の上で数字をいじって現場に責任転嫁する。沈没後、査問委員会まで開いたというから呆れる。

 後の話によると、「信濃」の士官たちは、委員会の詰問口調に憤慨したという。審問する士官の態度は、「信濃」沈没の責任は乗員たちにありと、審査の前から決め付けているという印象を与えた。

 …あー、すんません、身につまされて、つい熱くなってしまった。さて信濃。魚雷を喰らったのが1944年11月29日03:18、沈んだのが同日10:55。約8時間に渡り足掻き続けた計算になる。手抜き工事の即席空母とはいえ、さすが巨艦というべきか。

 書評の途中で感情的になってしまったけれど、それもこの本が丹念な取材に基づく傑出した臨場感に溢れているせい。潜水艦物のマニアは勿論、デスマーチに悩む計算屋にもお薦め。

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2010年12月24日 (金)

斎藤純「銀輪の覇者 上・下」ハヤカワ文庫JA

子供の頃、初めて自転車で遠乗りをしたときも、今と同じような喜びを覚えたものだ。坂を越えた向こうには見知らぬ世界が広がっていた。だから、上り坂を苦しいと思ったことはなかった。自転車で行動範囲がいっきにひろがって、ただそれだけのことで世界を手に入れたような気さえした。

どんな本?

 戦前の日本の自転車レースを舞台とした、緊迫感漂う自転車冒険小説。
 時は暗雲渦巻く昭和9年。日本の自転車競技を牛耳る帝都輪士会は、オリンピック招致を控えてアマチュア化を進める。それに逆らい、莫大な賞金を賭け、本州を縦断する大日本サイクルレースが始まろうとしている。主査者の山川には胡散臭い噂がつきまとい、開催すら危ぶまれるこのレース、競技用の自転車を、商業用の無骨な「実用車」サンライズ号に限定するという、異様なレースでもあった。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2004年6月にハードカバーで出た作品を、2007年8月に文庫化したもの。縦一段組みで上巻約340頁&下巻約380頁の計約720頁。戦前が舞台の小説のわりに台詞は堅苦しくなく、娯楽冒険小説としては理想的な読みやすさ。お話の吸引力が強いんで、読み始めたら一気に最後まで突き進んでしまう。

感想は?

 レース物ってのは、それだけで期待をよせてしまう。しかも、実用車による自転車レース。その種の人には設定だけでヨダレが止まらなくなるお話。

 自転車レースの面白い点は、ただ速く走るだけじゃ勝てない点。自転車で速く走るには、空気抵抗が大きな邪魔になる。そこで、他の誰かの後ろについて、先導してもらうと、ぐっと楽になる。前を走る者にしてみりゃ、ただ利用されるのは面白くない。かと言って後ろに下がれば順位も下がる。という事で、敵同士でありながら、微妙な協力関係が出来たり壊れたり…という、複雑な人間関係が展開される。

 普通の自転車レースなら、ちゃんと練習した者が強いに決まっている。ところがこの作品、レースそのものを胡散臭くして有名選手の参加を減らした上に、「実用車」という謎の制限を設け、素人が活躍できる余地を大きくした。なんで実用車かというと、読み進めればちゃんと納得できる説明が出てくるのでご安心を。

 そんなこんなで「うわ美味しそう」と思って読み始めると、レースの選手がまたクセの強い魅力的な連中が揃ってる。

 脳味噌筋肉で底抜けの馬力を発揮する望月慈介。一見、腰の軽い噺家のようでありながら意外な地力を発見せる越前屋平吉。陰険な頭脳プレイで食い下がる小判鮫こと小松丈治。いかにも「育ちのよいええトコのお坊ちゃん」な爽やか好青年の明善寺恒章。思い責任を背負いながらも勝負に徹しきれない日沖。その日沖をサポートしつつカムバックを狙う老兵の鶴岡彦七。圧倒的な強さを誇る徹底した秘密主義のドイツチーム。そして、経歴は一切不明でありながら、豊富なレース経験に裏打ちされた多彩な知識と技術を持つ、主人公の響木健吾。

 レース周辺の連中も、胡散臭い狸野郎が揃っている。いかにもヤマ師然とした主催者の山川は勿論、古武士風の威厳を見せる審判長の堤善衛、周辺を鬱陶しく嗅ぎまわる新聞記者の箱石、本場おフランスからやってきた解説役の青年記者ジャン。

 やがて主人公の響木が、様々な手管を弄して即席のチームを作り上げていく。ところがこのチーム、どいつもこいつも腹に一物ある奴ばかり。こういう、クセの強い連中が、そのクセを活かしてチームになっていく過程ってのが、好きな人にはたまらないんだ。

 それぞれに背景や思惑を抱えた海千山千の連中なのに、過酷なレースが進み気力体力がそぎ落とされていくにつれ、「誰が一番速いか」を競うだけの、ただの男に還っていく。

「すまなかった。どこの誰であろうと関係ないのが、このレースのいいところだ」

 ちと響木チームがチート臭いけど、いいじゃないですか。次々と背景が変わるロードムービーの楽しさ、アクの強い連中がまとまっていくチーム物の期待感、そして技と力と頭脳がぶつかり合うスポーツの爽やかさ。その全てを一作で堪能できる、お得な娯楽冒険小説なんだから。読了後、自転車で遠乗りしたくなる事は保障します。

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2010年12月23日 (木)

ウイリアム・H・マクニール「戦争の世界史 -技術と軍隊と社会-」刀水書房 高橋均訳

 今回『戦争の世界史』で解明しようと企てるのは、人間同士の間のマクロの寄生のパターンにときどき生じる、同じく突発的な変化である。(略)万物の霊長である人間にとって唯一の重要なマクロ寄生体は同じく人間である。とくに、暴力行為の専門家となることで、自分が消費する食料などの生活物資を自分で生産しなくても暮らしがたつようになった人間である。したがって、人間同士のマクロ寄生を研究しようとすれば、その研究対象は軍隊組織にとどめをさす。  --序言より

どんな本?

 軍事技術の変化は、社会にどのような影響を及ぼし、社会がどう変化してきたか。そういう視点で、古代の青銅器登場から、現代の核ミサイルに至るまでを、豊富な資料を駆使して考察する啓蒙書。出てくる軍事技術も縦横無尽で、クロスボウや大砲などの兵器はもちろん、築城・塹壕などの土木工事、鐙や造船などの輸送・兵站用具から、傭兵や師団などの組織編制にまでおよぶ。その分、個々の兵器は概略程度の説明で済ませているので、兵器マニアには物足りないかもしれない。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は1982年の William H. McNeil, The Pursuit Of Power, Technology, Armed Force, and Society since A.D.1000, Chicago University of Chicago Press。日本語版は2002年4月5日初版1刷発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約520頁、ボリュームはたっぷり。専門書のわりに訳文はこなれてて意外と読みやすい、どころか、各章末のヒキが学者とは思えぬ巧みさで、「うおお、これからどうなるんだ~」と引きずり込まれて、ついつい読みふけってしまう。

どんな構成?

序言
第一章 古代および中世初期の戦争と社会
第二章 中国優位の時代 1000~1500年
第三章 ヨーロッパにおける戦争というビジネス 1000~1600年
第四章 ヨーロッパの戦争のアートの進歩 1600~1750年
第五章 ヨーロッパにおける官僚化した暴力は試練のときをむかえる 1700~89年
第六章 フランス政治革命とイギリス産業革命が軍事におよぼした影響 1789~1840年
第七章 戦争の産業化の始まり 1840~84年
第八章 軍事・産業間の相互作用の強化 1884~1914年
第九章 二十世紀の二つの世界大戦
第十章 1945年以来の軍備競争と指令経済の時代
 結論
 訳者あとがき
 原注
 索引

 目次を見ればわかるように、古代から現代に向け、世界史の教科書のような流れで話は進む。とはいっても舞台の多くはヨーロッパで、極東は古代で中国が、近年で辺境として中国と日本が出てくる程度。欧州の歴史では「七年戦争」とかが何の注釈もなく出てくるので、前提知識を仕入れる・Wikipedia を見ながら読む・諦めて読み飛ばす、などの覚悟は必要。ちなみに私は読み飛ばしました←をい

感想は?

 いやもう、おなか一杯。単に兵器の進歩が社会に与えた影響を書いた本かと思ったら、とんでもなく甘かった。いきなし兵站ですよ。

したがって、古代の帝王とその軍隊が直面した最も重要な限界は輸送と補給であった。

 「腹が減ってはいくさはできぬ」という言葉は真実なのですね。古代においては略奪でしのぐにしても、一度略奪した地方は、数年間荒野となるので、暫く作戦行動には使えなくなる。という事で、遠征の範囲は「首都から行軍しておおむね90日間を要する地点を境として、それより先の遠征は危険」となるそうな。馬や水路が需要なのは、そういう意味もあるのね。

 青銅の話も結構突っ込んでる。青銅を作るには銅と錫が必要なんだけど、その二つの産地は離れている場合が多い。大抵の場合は国内じゃ片方しか調達できないので、組織的に兵器を揃えようとするなら、何らかの形で交易が必要である、と。力だけじゃ帝国は維持できないわけです。

 感心したのがナッサウ伯オランニュ公マウリッツ(1567~1624)。軍で三つの改革をしている。まず、兵にシャベルを持たせ壕を掘らせる。マスケット銃の時代なんで、壕と塁壁が大きな効果を発揮した。次に、組織的な教練。火縄銃の動作を42の基本動作に分け、号令による一斉動作を反復練習させた。また行軍の規則を決め、兵の集団が組織的に動けるようにした。最後に、組織として550人の大隊を作った。これで大隊長の声が全員に行き渡る。
 教練で軍が強くなるだけでなく、兵の暇な時間が潰れるので、軍の規律が維持しやすくなると同時に、隊内の連帯感が強まる。軍の規律向上は国内治安を改善し、国富をめざましく増加させ、税収に頼る常備軍の維持を可能にしたそうな。

 教練で動作を共通化させるなら、兵器も標準化しなきゃいけない。客が定期的に一定量を買ってくれるなら、売る側も値引きを考える。これは兵器の費用を下げる反面、一度制式採用した兵器を、別の兵器に変えるのを難しくする。お陰で小銃の進歩は一休みする事と相成った。そういえば自衛隊のファントムの後釜、どうなるんだろう。

 …などと興味深いエピソードを書いていくとキリがない。おまけに章のヒキが見事。例えば第五章では、砲兵部隊が貴族制を基幹とする軍の組織を揺らがす予兆を描いた後、こう次章を予告する。

 じっさい、十八世紀の最後の十年間にあのように予期されないかたちで引き金がひかれた民主革命と産業革命の衝撃からは、いまだ全人類が立ち直れず、今なお足もとが怪しい状態がつづいているのである。したがって、人類の社会組織に生じたこれら双子の突然変異には、次の一章をまるまるあてて考察しなくてはならない。

 巧いったらない。この調子で、難しく専門的で広範囲な話題を扱いながら、巧みに読者の興味を惹いてひっぱっていく。ちなみに次章ではプロイセンの偉大な発明、「参謀本部」が語られます。

 分量は多いし歯応えも充分、手強いけど、それに見合うだけの面白さもぎっしり。じっくり読む時間がある人には、格好のお勧めの一冊。

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2010年12月20日 (月)

五里霧中で実験中

 11月の中旬あたりから、じわじわと訪問者数が減っている…ような、気がする。なんか気になって、試しに Google で検索してみると、いくつかの頁タイトルでは、このブログがえらく後ろになっている事に気がついた。例えば、「インド カレー伝」と「カナート イランの地下水路」。どっちも、このブログが出てくるのは10頁目以降で、しかも該当頁ではなく、カテゴリのアーカイブがひっかかる。もしかして、「好ましくないサイト」と判断されているんじゃなかろか?

 なんでかいね?と不審に思って調べると、Google の「ウェブマスター向けガイドライン」にたどり着いた。眺めていくと、いくつか考えられる点がある。

  1. デザインとコンテンツに関するガイドライン:1ページのリンクを妥当な数に抑えます。

    一般にブログがそうであるように、私の頁もやたらリンクが多い。風説では「一頁のリンク数は100が一つの目安」だそうだが。とまれ、それは大半のブログに言える事で、私のブログに限った事ではない。
  2. 品質に関するガイドライン:複数のページ、サブドメイン、ドメインで同じコンテンツを公開しない。

    私の設定だと、月別のアーカイブとカテゴリ別のアーカイブがある。本来の頁と同じ内容を、その二つに重複して掲載してしまう。これも、多くのブログに共通した性質で、私のブログ独特の性質ではない。
  3. 品質に関するガイドライン:隠しテキストや隠しリンクを使用しない。

    別に隠しテキストも隠しリンクも使っていないが、誤解されかねない所があった。頁の右上だ。タイトルのバナー画像を覆い隠す形で、右袖のリンク集を配置している。そのため、右袖の最初の項目「プロフィール」へのリンクは、タイトルのバナーに重なる。ブラウザの描画の順番が タイトル→右袖 の順なら何も問題ないが、そうでなければ、「プロフィール」は隠しリンクになってしまう。

 もしかしたら、描画の順番は HTML の規格で決まっているのかもしれない。とはいえ、こういう細かい部分だと、実際にはブラウザの実装に依存しがちだ。だから、「危険アリ」と判断される可能性は、ある…ような、気がする。

 元々デザインのセンスには自信がない上に思いつきで決めたデザインなんで、とりあえず元の形に戻した。頁のタイトルも、日付の行に無理矢理重ねるデザインだったので、これも元に戻した。

 次の日、キーワード「インド カレー伝」(Google 検索の結果)を Google で検索すると、先頭頁の6番目に出てきた。デザイン変更の効果か…と思ったが、キーワード「カナート イランの地下水路」(Google 検索の結果)は、相変わらず11頁目にカテゴリのアーカイブが出てくるのみ。迂闊な事にクローラ(Googlebot)のアクセス履歴は取ってないので、Google の診断が変わったのか、私の勘違いなのか、全く不明のまま。

 とりあえず、HTML のスタイル指定の margin は、負の値を指定しない方が無難だと思う。とはいえ、客観的に検証可能な根拠は、全く示せませんが。

2010.12.21追加

 どうも、第4の要因がありそう。サイト「マンガの中の聴覚障害者」の「Google 八分 の確認と対応の方法」が、とても参考になった。ブログ更新によるリンク構造の変化で目的の頁が深い階層に沈んだため、頁の評価が下がった可能性がある。えー、つまりですね、最近の私のブログはつまらない頁が多いので自然とアクセスが減った、それだけの話、と。…なんか、すっごく、説得力があるんですけど orz

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2010年12月18日 (土)

アヴラム・デイヴィッドスン「どんがらがん」河出書房新社奇想コレクション 殊能将之編

「チーズ好きの偉大なアメリカ大衆が求めているものは、若くて年収一万ドル以上を稼ぐ現代アメリカ人カップルの断固たる闘争の物語だ。しかし、低劣なもの、物議をかもすもの、過激なもの、時代遅れのものはお呼びじゃない」  --「ナイルの水源」より引用

どんな本?

 少々田舎臭くてノスタルジー感覚に満ちた、奇妙な味の短編小説集。一応SFに分類しといたけど、小難しい理屈はほとんどなく、むしろ法螺話・馬鹿話に近い。語り口が素人の口語に近く、老人が孫に物語を語るような、または酒場で酔っ払いが馬鹿話をするような、「まだるっこしいけど引きこまれる」雰囲気がある。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2005年10月30日発行。A5と新書の間ぐらいのソフトカバー縦一段組みで約430頁。原文は解説に曰く「確かにおそろしく読みにくいことは事実だ」そうだが、訳文はすんなり読める。物語の舞台背景が、いかにも田舎の無教養なとっつあん・爺さんの語りだったり、酒場での酔っ払い同士の会話だったりするので、読み手もそれなりに覚悟ができてる、という点はあるかも。

どんな作品が入ってる?

序文 グラニア・デイヴィス
作者の元奥さんによる、簡単な作者の生涯のまとめ。元は正統派ユダヤ教徒だったのに、晩年はなんと天理教に改宗したそうな。
ゴーレム 浅倉久志訳
 秋の昼下がり、アメリカのありがちな住宅街に、灰色の顔をした男がやってきた。年老いたガンバイナー夫妻の庭に、ずけずけと男は入り込んできて…
 この作品集の冒頭に、この短編を持ってきたのは巧い工夫だと思う。機械人形みたいな不気味な奴が、いきなり庭に入り込んできたら、普通の人はどうするかというと…いや、私の知人にもいるわ、この老夫婦みたいな人。
物は証言できない 浅倉久志訳
 奴隷制が残っていた頃のアメリカ。弁護士で仲買人のJ・ベイリス老人は、町の嫌われ者だった。そのベイリス老、ついにあろうことか奴隷の売買にまで手を出し、町中の顰蹙を買う。
 1956年度EQMM短編小説コンテスト第一席受賞。人を人とも思わず、アコギな稼ぎを続ける爺さんがどうなるかというと…。
さあ、みんなで眠ろう 浅倉久志訳
 人類が宇宙に進出した未来。惑星バーナムは重要な特産物もない、ヤフーと呼ばれる原始動物が住むだけの、無用の惑星だった。たまたま長距離航路の真ん中あたりに位置していたので、乗員乗客は休憩がてらヤフー狩りを楽しんでいた。
 人間の暗い側面を、これでもかと読者につきつける、なんとも後味の悪い短編。1957年発表だから、公民権運動が燃え上がる前の作品なんだなあ。デイヴィットスンが、メキシコやイスラエルに住んだ過去がある事を考え合わせると…
さもなくば海は牡蠣でいっぱいに 若島正訳
 自転車屋のオスカーには、共同経営者ファードがいた。ビールとボーリングが大好きで、いい女はすかさず口説くオスカーに対し、ファードは堅物で心配性だ。
 年寄りには「あるいは牡蠣でいっぱいの海」で有名な、1959年度ヒューゴー賞最優秀短編部門受賞。要らない時には邪魔くさいぐらい沢山あるのに、必要な時には見つからない物って、確かにあるよね。本も、気がつけば異様に増殖しちゃって、大掃除の度に「一体いつのまに」と唖然とするのは、私だけじゃないはずだ。そうでしょ。そうだと言ってよ。
ラホール駐屯地での出来事 若島正訳
 頃は1946年、舞台はイギリスの酒場。アメリカ人の私は、女房の尻にしかれている爺さんに出会った。一緒に飲み始めると、爺さんはラホールで従軍した時の話をはじめ…
 1961年度MWA賞優秀短編部門受賞。酔っ払いの自慢話の体裁をとった、オチの見事な短編。
クィーン・エステル、おうちはどこさ? 浅倉久志訳
 南の島出身の老女クィーン・エステルは、ライディ家で働いている。旦那様はいい人だし、その幼い弟のロドニー坊ちゃんも懐いてくれる。でも、奥様がねえ。口煩いだけならともかく、ロドニー坊ちゃんにまで邪険にするなんて。
 お高くすました上に口煩く、子供やメイド相手にやたら威張り散らすライデイ夫人の造形が巧い。キーキー声が頭の中に響いてきそう。
尾をつながれた王族 浅倉久志訳
 彼はお父様たちやお母様たちに水を運ぶ。お父様たちやお母様たちは、彼に何か大切な事を教えようとするんだけど、見張りが邪魔をするんだ。
 意味がわかるような、わからないような。異様な世界での、異様な生きものなのか、知られた生物の生態なのか。不気味でグロテスクな小編。
サシェヴラル 若島正訳
 不潔で野蛮で乱暴な男、ジョージに攫われ監禁されてしまったサシェヴラル。ああ、将軍やプリンセスやマダムに逢いたい…
 果てさて、サシェヴラルの正体は。
眺めのいい静かな部屋 若島正訳
 老人ホームで暮らすスタンリー・C・リチャーズ氏は、夜が嫌いだった。眠れないのだ。相部屋のネルソン・スタッカーの寝言、トマス・ビグローの咳、アマデオ・パルンボの叫び声。他の部屋に移りたくても、満員で空き部屋がない。おまけに昼は昼で、ハモンドの野郎が突っかかってくる。
 人間、歳をとっても丸くなるってわけじゃあ、ないんだよなあ。むしろ、余計に意固地で見栄っ張りになって。
グーバーども 浅倉久志訳
 両親が死んだおれは、祖父さんに引き取られたんだが、この爺ぃがとんでもねえ糞野郎だった。こっちが弱いと見ると、トコトンかさにきて苛めまくる。「金がない」というくせに、飲む分だけはちゃっかり取っときやがる。口を開けば罵倒と嘘ばかり。
 いかにも南部風の法螺話。こういう、頭の悪そうな語りって、慣れると癖になるね。
パシャルーニー大尉 中村融訳
 田舎の小学校に、いきなり特大のキャディラックがやってきた。お仕着せの運転手をはべらせ、そこから降り立ったのは、山高帽を被った長身の立派な紳士、トンプスン少佐。少佐には、校長だってビビってる。少佐は、ジミーを迎えにきたそうな。両親と別れて暮らすジミーは…
 恵まれない境遇の少年ジミーに、突然訪れた足長おじさんトンプスン少佐。途中でオチが読めたと思ったら…
そして赤い薔薇一輪を忘れずに 伊藤典夫訳
 チャーリー・バートンは、横柄なマット・マンゴーにコキ使われていた。中古ストーブを修理し、ピカピカに磨くのがチャーリーの仕事だ。彼のアパートには、東洋人が住んでいた。なんでも、アパートで書店を経営しているらしい。書店主に呼ばれて店に入ると…
 謎の東洋人の店で不思議なブツを…というパターンの話。ブータンなんて、よく知ってるなあ。
ナポリ 浅倉久志訳
 ナポリの町の奥深く、美しい観光地とは全く違う、貧しい者が群れ集うスラムにやってきた、おそらく外国の旅行者と、その案内人の青年。彼らがここに来た目的は…
 正直に言います。私には全く意味がわかりませんでした、はい。つか、これ、長編の冒頭部のように思えるんだけど。
すべての根っこに宿る力 深町眞理子訳
 メキシコの田舎の警官カルロス・ロドリーゲス・ヌーニェイスは、最近、体調が悪い。人の顔が悪魔のように見えるし、聞こえる声も酷いしゃがれ声に聞こえる。仕方なしにドクター・オリベーラを尋ねたのだが、こいつがとんだ藪で…
 暑苦しい低緯度地方の田舎に住む、やかましくてマッチョなメキシコ人。現代科学と迷信がせめぎあう中、やっぱり人間のやる事ってのはどこでも似たようなもんで。
ナイルの水源 浅倉久志訳
 売れない作家のボブは、自信作を大手出版社に持ち込んだが、「それは今の流行じゃない」と没をくらった。すごすごと帰る途中で出会った老人ピーター・マーテンスと共に、酒場で一杯やっていると…
 この作品に似たアイデアを、藤子不二雄の短編で読んだ記憶がある。あれは巧くアレンジしていた。おじさんには大変希望の持てるラストでありました。
どんがらがん 深町眞理子訳
 <矮人の王様がた>を訪れた旅の若者は、カラナス国の世襲領主大公様の息子、若へイズリックのマリアンと名乗った。それにしてはみすぼらしい格好だが。そこにやってきた、大きな大砲を引っ張る奇妙な集団。
 世紀末救世主伝説…と思いきや。「国を救う呪法を求めてさすらう王子」を自称するマリアンの胡散臭いことったら。いう事は偉そうだが、やる事は強請りにタカリ、口八丁で相手を丸め込み…
解説 殊能将之
 解説を本文の前に読むか後に読むかは悩ましい所だけど、この作品集に関しては、本文の前に読んだ方がいい。作者デイヴィドスンの生涯を詳しく語っていて、それが「さあ、みんなで眠ろう」や「クィーン・エステル、おうちはどこさ?」を味わう助けになる。

 全般的に、田舎に住む無教養な人々や、よるべのない虐げられる人々を主人公にした作品が多い。やたらカタカナの名前が出てくる事と、トリックに頼る点を除けば、山本周五郎や半村良の時代小説にも似た雰囲気がある。昔のSF者には山本周五郎のファンが多かったそうだけど、これを読むと「さもありなん」と納得してしまう。

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2010年12月17日 (金)

レスリー&ロイ・アドキンス「ロゼッタストーン解読」新潮社 木原武一訳

ナポレオンが上エジプトを研究するための委員会を作ったその日に、ヒエログリフを解読するものの一つがロゼッタで発見された。(略)崩れかけた壁を取りこわしているとき、ドプールという名の兵士が、片面に碑文のある暗緑色の石版を発見した。(略)ランクルが調べたところ、三つの異なった文字で記された三つの碑文があることがわかった。その一つがギリシア語であることは彼にもわかった。もうひとつはヒエログリフで、残りは未知の文字だった。(略)三つの碑文は同一の内容を三つの異なる文字で記したものであって、ヒエログリフ解読の鍵になるものと思われた。

どんな本?

 時は19世紀、場所は革命の嵐が渦巻くフランス。ナポレオンがエジプト遠征から持ち帰ったロゼッタ・ストーンを契機に、当時のヨーロッパで激しく争われた、古代エジプトの文字ヒエログリフ解読の競争を描くノンフィクション。主役を務めるのはフランスの天才ジャン・フランソワ・シャンポリオン。助演はシャンポリオンの兄で忠実な後援者ジャック=ジョゼフ、敵役はイギリスの医師トーマス・ヤング。不安定な政治情勢や学会の派閥争い、そして聖書の歴史観の転覆を恐れる教会の干渉など、当時の学問の世界の息苦しさがひしひしと伝わってくる。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2002年3月20日発行。A5ハードカバー縦一段組みで本文約320頁。娯楽として読むには少々読みにくいが、学術書として見ると読みやすい方、かな。

どんな構成?

時間の起源
第一章 エジプトの大地
第二章 生徒
第三章 大都会
第四章 教師
第五章 医者
第六章 クレオパトラ
第七章 王の知人
第八章 秘密を解いた者
第九章 翻訳者
第十章 言語と文字を与えし者
謝辞
訳者あとがき

 記述は基本的に時系列順で、視点もシャンポリオンが中心なので、お話の流れは理解しやすい。ただ、登場人物は多彩なので、人物一覧が欲しかったなあ。

感想は?

 全般的にヒエログリフそのものの記述は控えめで、シャンポリオンの生涯と、それをとりまく政治状況や派閥争いなどの人間模様が多くを占めており、起伏の富んだ人間ドラマが詰まっていて、文法論や暗号論などの小難しい内容ではない。テーマがテーマだけにヒエログリフの簡単な解説はあるものの、あくまでドラマの道具立てとしての役割に留まっている。

 主役のシャンポリオン君が、少年ジャンプの主人公のように強固な意志を持つ者ではなく、己の天才を充分に自覚しつつも、体が弱く気分屋で、何かと泣き言を言っては兄のジャック=ジョセフに泣きつく甘えん坊なのが面白い。12歳にしてラテン語とギリシア語に熟達し、ヘブライ語・アラブア語・シリア語・カルデア語を学び始める。その才能を認められエリート校リセに入るが、厳しい規律と教師の妬みに耐えかねて「辞めさせてくれ~」と兄に愚痴をこぼす。語学の才能の見事さは、次のエピソードに現れている。

偉大なヘブライ語学者、プロスペル・オードランは、ヘブライ語とともにアラム語など関連する言語を教えたが、シャンポリオンの並はずれた語学力にいたく感心し、(略)編纂中のシリア語文法書と、アラビア語とヘブライ語の比較文法書に協力を求めた。オードランがいかにシャンポリオンの能力に全幅の信頼を置いていたかは、この十七歳の少年にときどきヘブライ語の授業を任せていたことからもうかがえる。

 自分の生涯の目標をヒエログリフの解読に定めたシャンポリオン、肝心の資料となるロゼッタ・ストーンに恋焦がれるが、ナポレオンのエジプト遠征失敗のため、イギリスに持っていかれてしまう。そこでロンドンの王立協会に「複製を下さい」と手紙を書くが、その手紙を受け取った人物は、なんとヒエログリフ解読のライバルのトーマス・ヤングだった。こういう皮肉な展開が事実なんだからたまらない。

 ヒエログリフ解読を含むエジプト学は、教会からも注目される。というのも、エジプト文明の歴史が明らかになれば、教会の説く聖書に基づいた歴史が覆りかねないからだ。デンデラの黄道十二宮図の解読に成功したシャンポリオン君、幸いにしてこれは聖書年代学に矛盾しなかったため、後に当時の教皇レオ十二世に拝謁を許される。

 「フランス語をとても上手に話され、私がいくつかの発見によって、宗教にたいする、すばらしく偉大で立派な義務を果たしたと、嬉しそうに三回も私に言われました」

 教会の体質って、今も昔も変わってないなあ。まあ、その直後、同じシャンポリオンが発見した「王表」が聖書年代学を脅かす上に、黄道十二宮図もこの本の終盤で皮肉なオチがつくしんだけど。

 兄のジャック=ジョセフがまた出来た人で、そんなシャンポリオンに尽くしまくるのが切ない。シャンポリオンが幼い頃は読み書きを教え、次いで無理して高い授業料を払って私立学校に通わせ、学校が性に合わないと見ると家庭教師をつける。長じては博物館などのポストを用意し、アカデミーの席を世話する。シャンポリオンも、そんな兄に甘えっぱなしで、旅先でも頻繁に手紙を書いている。兄弟揃って筆まめな人たちだ。

 肝心の解読は、人名、それもプレトマイオスなど外国人の名前が鍵になっている。意外と書名のロゼッタストーンは大きな役割を果たさず、パピルスなどの雑多で大量の資料が鍵となる。「クレオパトラ」って、特定個人を示す名前ではないのね。さて、そのヒエログリフ、表意文字と表音文字が混じっているそうな。どっかの言語に似てるような。

 ナポレオン→ルイ18世→ナポレオン→ルイ18世→シャルル10世と目まぐるしく変わる政治状況、学会の派閥争い、教会の干渉など、人間臭いドラマ満載の中で、若い頃に定めた己の目標を、泣き言たらたらながらも執拗に突き進んだシャンポリオン。執念に憑かれたという言い方もできるけど、少々羨ましいなあ、などとも思う。

 関係ないけど、フォント関係で使う「サンセリフ」って言葉の「サン」、どこの言葉か分からなかったけど、フランス語なのね。

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2010年12月16日 (木)

読みやすさの期待値

 書評を書く際、文章の読みやすさ・判りやすさに言及するようになった。最近読んだ中では、瀬名秀明氏の「ロボット21世紀」を、私は「読みやすい」と評したんだけど、それについて少し。

 これが小説だったら、果たして「読みやすい」と評価しただろうか?と考えてみた。

 瀬名氏の作品は、幾つか読んでいる。「パラサイト・イヴ」「虹の天象儀」は、とても読みやすかった。特に「パラサイト・イヴ」は、前半のグレゴリー・ベンフォードに後半のロバート・マキャモンを無理矢理継いだみたいで、「無茶やるなあ」とか思いつつ、急激に走り出す物語に引きずりこまれて行ったのを覚えている。逆に手こずったのが、「BRAIN VALLEY」と「デカルトの密室」。どっちも最新の先端科学・技術をベースにしながらも、「人間とは何か」「意識とは何か」といった哲学的な議論を展開している。議論が単なるハッタリなら読み飛ばせるのだが、この作品の場合は、ややこしい議論こそがメイン・ディッシュなんで、「うう、よーわからん」などと唸りながらも「おお、こうきたか!」などと屈折した快感に溺れていった。

 とはいえ、少し不安を感じたのも事実。というのも、瀬名氏が目指す市場は、ややこしい理屈に快感を感じるコアなSFマニアではなく、起伏のある物語を好むマスな市場ではないか、と勝手に思い込んでいたせい。なもので、「果たして彼の期待に沿った売り上げが出るのかなあ」などと余計な心配をしてしまった。そんな妙な思い込みをした原因を考えると、やっぱりデビュー作「パラサイト・イヴ」、あの後半の畳み掛ける疾走感の心地よさが印象に残ってたからで、第一印象というのは怖いもんです。

 そんなこんなで、私の中で瀬名氏は、どちらかというと歯応えのある作品を書く作家、という位置づけになっていた。ところがこの「ロボット21世紀」、実にスラスラ読める。内容的には「デカルトの密室」と同じ、いや技術的な部分に限ればデカルト以上に、難しくて下世話な話が出てくるにも関わらず、やっぱり印象としては「読みやすい」となってしまう。

 恥ずかしながら私は新書という形態の本をあまり読んだ事がないので、少々構えていた、というのは、ある。書名から想像するに、最新技術の解説書みたいなものかな、という印象もあって、「こりゃ数式とかも沢山出てきそうだなあ」などと、ある程度は覚悟ができてた、というのも大きい。

 技術・科学の解説書を読む際は、やっぱり多少は難しさを覚悟して読むんだよね。けど、これが、小説だと、だいぶ違ってくる。「娯楽なんだからさあ、楽しませてよ」と、作者に対し至れり尽くせりのサービスを期待してしまう。その結果、「読みやすさ」に関しては、小説には辛く、解説書の類には甘い、二重基準になっちゃってる。

 私の「読みやすさ」評価は、あくまで主観的なものなので、他にも様々な要因で変わってくる。最も大きいのは、内容の面白さ。面白い本は、どうしても採点が甘くなってしまう。「ロボット21世紀」も、内容がとてもエキサイティングだったんで、甘い評価になっちゃってるかもしれない。

 じゃあ今後は反省して是正するかといえば、その気はないです、はい。

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2010年12月13日 (月)

半村良「およね平吉時穴道行」角川文庫

月と葦 浮いたばかりの 土左衛門

どんな本?

 故半村良の、初期SF短編集。SFとは言っても難しい理屈が並ぶハードSFではなく、ちょっとした奇想をネタにした作品が中心。人情物の時代小説も得意な半村良らしく、ユーモラスでほのぼの・しみじみとした味わいの、誰でも楽しめる雰囲気の短編が多い。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 1976年8月15日初版発行。文庫本縦一段組みで約330頁。文章の読みやすさは抜群。SFというと、ナニやら小難しいシロモノだと思って敬遠している人には、星新一の短編集と並び入門用に絶好の逸品。ただ、出てくる風俗が昭和のシロモノなんで、若者には辛いかもしれない。

どんな作品が入ってる?

およね平吉時穴道行
 コピーライターの私は、江戸時代の戯作者・北尾正寅こと山東京伝に惹かれ、資料を漁っていたところ、とんでもない幸運に出くわした。親戚の田島老人から譲り受けた資料が、なんと北尾正寅の初版本だったのだ。夢中になって漁っているうち、中に稚拙きわまる画文が混じっているのに気がついた。署名は弧人とある。同じ筆跡の日記もあったのだが、どうも日付がおかしい。
 資料を漁っていたら不思議な記述にでくわし、次に現実に怪異な現象が…というパターン。高度成長期で活気あふれる昭和の雰囲気を、山東京伝が生きた時代の爛熟期に重ね合わせる着想は、当時のちょっとした流行だったのを覚えている。ミニスカートでソロの女性アイドル・シンガーなんてのも、今は絶滅しちゃったなあ。
幽タレ考
 東日生命のCMは、大当たりした。そして、CMに出演しているタレント井沢貞一も、東日生命の顔とすら言える存在になっていた。ところが、その井沢がポックリ死んでしまった。おかげで東日生命は大パニック。広告代理店も交え連日の会議を繰り返していた。そこに、死んだはずの井沢がひょっこり現れ…
 幽タレって何なのかと思ったら、幽霊タレントの略なのね。現代のTV業界に幽霊が出たら…という、アイデア一本勝負のユーモア、というよりギャグ作品。とはいうものの、その味わいはまさしくSFの真髄。会議に井沢が出てくるシーンから、そりゃもう大爆笑。いやあ、芸能界って、怖いところですね。
 酔っ払いの叔父が杯を重ねながら、博打に入れ込む甥に説教をくらわせる、という形式の小品。
 うん、まあ、東京には誘惑が多いよね、色々と。
収穫
 俺は映写技師だ。特にとりえもない、平凡な人間だ。いつものように仕事をしていると、突然人々が集団で憑かれたように、どこかに向かって整然と歩き出した。急ぐでもなし、喧嘩するでもなし。行儀よく並んで、一方向に向かって一目散に歩いていく。どこに向かうのかと思って後をつけると…
 突然に訪れる、人類の滅亡。戦争でも疫病でもなく、静かに大人しく人々は消えていく。残された者は、それでも生き延びようと必死に足掻く。となれば思いっきりバイオレンスなアクションに…は、ならないのが、この人の作風。
H氏のSF
 「酒」同様、酔っ払いの会話で語られる小品。そもそも、SFってのは、我々が「あたりまえ」だと思ってる事を崩してみる所から始まって…
 なにやら深遠な話だよなあ…などと思ってたら、やっぱり酔っ払いだった。このネタ、実話なのでは?
虚空の男
 小さな広告代理店で働いている私は、やっと大手クライアントのPレーヨンに食い込むチャンスを掴んだ。正攻法じゃで行ったら、資本とコネのある大手広告代理店には勝てない。一発勝負をかけるために、旧友のイラストレーター伊丹英一を訪ねたが…
 「分を弁えろ」とは言うものの。それを早く悟る者もいれば、いい年になるまで悟れぬ者もいる。抗う者を称えるか笑うか。
組曲・北珊瑚礁(ノース・リーフ)
 地球は、宇宙人に監視されていた。決して敵対的ではなく、親のような愛情を持って見守っていた。ある時、イタズラ心を起こした監視員が、ちょっとしたテストを思いつく。
 半村良にしては珍しく、ベトナム戦争という物騒な時事ネタを織り込んでるなあ…などと思ったら。読了後の寂寥感・無常感は、この後に続く伝奇シリーズに似ている。
太平記異聞
 太平記の千劒破(千早)城攻防戦にまつわる怪異譚。城を攻めあぐねた寄せ手の周囲には、遊女達が集まってきた。粗末な小屋を立て、谷あいなどに勝手に住み着く。その中に…
 怖いような、本望のような。
解説 中島河太郎
要注意!解説は、読了後に読むこと。ネタバレしてます。決して、最初に読んじゃいけません。というか、ネタバレを避けるなり警告するなり、何らかの配慮が欲しかった。

 最後の「太平記異聞」を除けば、すべて昭和の高度成長期の日本を舞台とした作品ばかり。今となっては、少し懐かしいような気もする。表題作や「虚空の男」などは、作者の自伝的な要素も強い。私は「幽タレ考」や「H氏のSF」の、トボけた味わいがたまらなく好きだなあ。

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2010年12月12日 (日)

岡嶋裕史「迷惑メールは誰が出す?」新潮新書

1530億通、うち85%。
前者が世界で1日に送信されるメールの総量、後者がそこに含まれる迷惑メールの割合です。

どんな本?

 迷惑メールに関するアレコレを、電子メールを使い始めた人向けに解説した本。迷惑メールの現状・法的な対応・メールのしくみ・スパマーの正体・迷惑メールの防止法などを紹介している。素人むけで突っ込んだ話は出てこないが、紹介している事例やアドバイスは具体的・現実的な上に、ワンクリック詐欺なども紹介していて、啓蒙用としては実用的で良心的な本。
 ちなみに。あくまでもメールの利用者(エンドユーザ)向けで、間違ってもメールサーバの管理者用ではありません。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2008年10月20日発行。変化の速いネットの世界とはいえ、内容的に鮮度は充分。新書で縦一段組み本文約170頁なので、一気に読み通せる量。読みやすさは…ビジネス雑誌の素人向けのパソコン記事にありがちな文体、かなあ。ドメインを「なわばり」と訳すなど、分かりやすくしようと工夫しているものの、逆に知っている人には解りにくいかも。かと思えば、迷惑メール判定ソフトが自動的に迷惑メールをゴミ箱に突っ込む処理を、「オミット」なんて言葉で説明している。一部のホワイトカラーには馴染みの言葉だろうけど、そうでない人には、どうなんだろ。まあ、そういう層向けの本なんでしょう。

どんな構成?

まえがき
第1章 天災より怖い迷惑メール被害
第2章 なにが迷惑なのか?なぜ迷惑なのか?
第3章 メールのメカニズムを知る
第4章 誰が出すのか?なぜ送るのか?
第5章 迷惑メールを防げるか?
第6章 秘伝・迷惑メール対処法
あとがき

 第3章までは準備運動というか、以降の章を理解するために必要な、最低限の背景・技術を解説する部分。往々にしてこういう所は難解で退屈になりがちだけど、本書はイラストを多用するなど、飽きさせない工夫をこらしている。

感想は?

 初心者向けの啓蒙書としては、いい出来だと思う。メール配信の仕組みや SMTP プロトコルなど、技術的な話は必要最低限に抑えているので、ソースコードを期待する人には向かないけど、そういう人は O'Reilly でも読むだろうし。私がこの本を読むきっかけは、まさしく書名そのもの「迷惑メールで儲かる仕組み」を知りたかったからなのだが(いや別にそういう商売がやりたいわけじゃないですよ)、具体名はでないものの、一応の雰囲気はわかった。

京都大学の高倉弘喜準教授は、スパムメールへの返信率が0.001%を超えれば広告主は採算がとれてしまうと試算しています。

 10万人に一人が反応すれば儲かるんじゃ、詐欺師もはびこるよなあ。そりゃ見ず知らずのお金持ちの奥様から色っぽいお誘いが絶えないわけです。

 恥ずかしながらワンクリック詐欺も詳しく知らなかったけど、素人さんがいきなり「アンタの IP アドレスは分かってるし、どんなブラウザを使ってるかも知ってるんだぜい」とか言われたら、そりゃビビるよねえ。ブログでもやってりゃ、IP アドレスやブラウザの情報なんて簡単に取れるって事ぐらい、分かるだろうけど。

 防止法として「不必要にメールアドレスを公開するな」とは言うものの、仕事によっては名刺にメールアドレスを入れるのが常識となりつつあるし、なかなか難しい。Web などに載せる場合は、@ を全角にする・(at) と表記する・画像で示す、などの工夫を紹介している。

 最近のMUA(Mail User Agent、THunderbird や Outlook Express などの、いわゆるメールソフト)の自動判定機能は結構賢いんで、悩みは減りつつあるんじゃないかな。私は昔 Mac OS X 付属の Mail を使ってて、あれは結構賢かった。

 それでも来ちゃった迷惑メールには、「とにかく返事を出すな、無視しなさい」とある。下手に抗議のメールを出すと、「このメールアドレスは生きている」と判断され、更に多くの迷惑メールを呼び寄せるそうな。

 メール本文にあるリンクも、出来ればクリックしないこと。http://sagishino.server.net/trap.cgi?12345 とか。この場合、詐欺師サーバ上のプログラム trap.cgi が、12345 という数字で、あなたのメールアドレスを特定できちゃいます。

 得体の知れないメールの添付ファイルも開かないように。HTML メールも避けた方が賢明。

 というか、苔の生えたユーザやメールサーバの管理者は、テキスト以外のメールを嫌うんだよね。昔テキストしか扱えない Eudra を使ってて、添付ファイルは BASE64 の専用デコーダでデコードしてた身としては、添付ファイルがメールの容量を数十倍に膨れ上がらせるって、体感で分かってるから。仕事でも、Microsoft Word や Microsoft Excel のファイルで送るのって、失礼なんじゃないかと思う。いや私、Open Office しか持ってないもんで。「相手が自分と同じOSとアプリケーションを使っている」と決め付けるのって、マズいんじゃね?

 さすがにブログの迷惑コメントや迷惑トラックバックには触れてないけど、まあ、しょうがないか。とりあえず私は今のところココログのフィルタに満足してます。

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2010年12月11日 (土)

ナンシー・クレス「アードマン連結体」ハヤカワ文庫SF 田中一江他訳

 ナノテクが町にやってきたとき、わたしは庭の草むしりをしていた。一ヶ月まえから都会にはナノテクが来ていたのだけれど、わたしは去年から都会に出ていなかった。近所の人たちのなかには行ってみた人もいる--教会仲間のアンジー・マイヤーズやエマ・カールソン、それにあの未亡人のミセズ・ブランストンも。

どんな本?

 プロバリティ・シリーズをきっかけに、続々と日本で作品が紹介されつつあるアメリカのSF作家、ナンシー・クレスの短編集。ヒューゴー賞受賞作の「アードマン連結体」・ネビュラ賞受賞作の「齢の泉」などを収録している。先の「ベガーズ・イン・スペイン」と対照的に、不眠人シリーズは含まない。いわゆるハードSFではなく、アメリカの普通の街に住む普通の人が、奇妙なガジェットや事件に出会ったら、どんな反応を示すのか。そういった、あくまで「人」に拘る、クレスらしい作品集。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年4月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約500頁。文章はやや翻訳調かな。最近のアメリカのSF作家と言えばコニー・ウイリスが思い浮かぶ。ウイリス作品の登場人物は、ソープオペラさながらの早口で喋り捲る。クレスの登場人物は、さすがにマシンガン・トークはしないものの、やっぱり癖は強い。オバチャンの井戸端会議風に、何の前触れも説明もなく、固有名詞をダラダラと並べ立てるのだ。それが、いかにも「あまり高い教育を受けてない普通の人」な雰囲気を醸し出しているものの、気の短い人にはイラッとくるかもしれない。

どんな作品が入ってる?

ナノテクが町にやってきた 田中一江訳
 アメリカの田舎町に、魔法の機械=ナノテクがやってきた。食料でも衣料でもスポーツカーでも暖炉付の部屋でも、大抵の物なら作れる。みんな浮かれてるけど、幼い三人の子を抱えるキャシーは、日々の生活に追われてそれどころじゃない。
 「なんでも作れる魔法の機械」があったら、社会はどう変容していくのか。アメリカの田舎町を舞台に、若いシングル・マザーの視点で物語が進む。視点は市井の女だけど、物語で起きる社会の変化は大きい。衣食住がタダで保障されたとき、人はどうするか。ジェームズ・P・ホーガンの「断絶の航海」と似たテーマだけど、着地点は大きく違っているのが興味深い。
オレンジの値段 中原尚哉訳
 ハリー・クレイマーの孫娘ジャッキーは、作家だ。ハリーはジャッキーが心配でしょうがない。やたら痩せてるし、書く作品は破滅的で暗い話ばかり。だから、いつも友人のマニーに愚痴をこぼしてる。そんなハリーには、ひとつ秘密がある。マニーに教えたいんだが、時折マニーは異様に頑固になっちまう。
 ドラえもん風の「ひみつ道具」も、昔を懐かしみ孫娘を心配する老人にかかると、なんとも陳腐で日常的な道具になってしまう。んな目的で使うなよw
アードマン連結体 田中一江訳
 理論物理学者ヘンリー・アードマンは、養老院セント・セバスチャンに住みながら、時折大学で講義を受け持っている。看護師のキャリーは、そんなヘンリーを尊敬し、丁寧に介護している。セント・セバスチャンには、多くの老人がいる。おしゃべりなイヴリン、信心深いジーナ、元有名バレリーナのアンナ、アンナにぞっこんのボブなど。その日、アードマンやアンアは奇妙な体験を…
 爺さん婆さん大行進の作品。いかにも科学者然としたアードマン、喋りだしたら止まらないイヴリン、ニューエイジのなれの果てのエリン、狂信的なジーナ。類型的ではあるけど、今のアメリカの団塊って、こんな感じなんだろうなあ。SF的には大きな仕掛けを使いながら、個人的な問題に立ち返るあたりが、いかにもこの作者らしい。
初飛行 中原尚哉訳
 宇宙軍士官学校の生徒ジャレドは、ヤバい状況にあった。成績は、悪くないんだ。ただ、素行が、ね。減点が嵩んで、飛行リストから外されそうなんだ。
 士官学校の訓練生ものの小品。最後の一行で大笑い。
進化 佐田千織訳
 抗生物質に対し、多くの菌が耐性を獲得した時代。河向こうのエマートン記念病院を、町の人は恐れている。病院で耐性菌に感染する危険がある、そう信じているからだ。効くのはエンドジンのみ。しかし、それも時間の問題。やがでエンドジンにも耐性を獲得した菌が出てくるだろう。恐怖にかられ、中にはテロに走る人もいる。
 医療の進歩と、菌の進化の、際限のない追いかけっこ…という大きなテーマが、ナンシー・クレスの手にかかると、町に馴染めない主婦の奮闘物語になるのが、なんとも。
齢の泉 小野田和子訳
 若い頃、一週間だけ愛し合った女・ダリアが、今も忘れられないマックス。昔は危ない橋を渡り荒稼ぎして前科もついたが、今は老人ホームで隠居している。四角四面な息子のジェフリーは、会社をまっとうな商売に立て直したけど、今も折り合いが悪い。そんな時、バカな孫が、彼女の髪が入ったネックレスを無くしてしまい…
 永遠の若さ・永遠の生命という大げさなテーマを、昔の女が忘れられない成金の前科者の爺さんと、ロマの相棒の活劇に仕立て上げている。愛と言えば聞こえはいいけど、これはなんというか、オスの証明とでもいいますか…まあ、男なんて、いくつになっても、こんなもんでしょ。
マリゴールド・アウトレット 嶋田洋一訳
 暴力的な父親から逃げる母子…と思わせて、実は…
 SFというより、児童虐待テーマのホラー小品。出口が見えない状況の中で、やり場のない怒りを膨れ上がらせていくティミーが、切なく哀しい。
わが母は踊る 小野田和子訳
「宇宙に生命が溢れているのなら、なぜ地球に宇宙人がこないのか?」というフェルミのパラドックスをテーマにした、少々風変わりなファースト・コンタクト物。このオチも酷いw

 「ベガーズ・イン・スペイン」も、家族の葛藤をテーマにした作品が多かった。今回も、大掛かりな仕掛けを使いながら、根本的な部分では、家庭内の葛藤が重要な要素を占めている作品が多い。ただ、前作が、子供や若者の視点で描く作品が多かったのに対し、この作品集では、母親や祖父の立場で描かれている。

 テクノロジーそのものではなく、それに対し人々がどう反応するか、という形で描いているのも、ナンシー・クレスの特徴。「ナノテクが町へやってきた」の展開は、「ベガーズ・イン・スペイン」を、妹の視点で描いているようにも見える。銃が市民に出回り、よく言えば独立心旺盛、悪く言えば政府への不信感が残るアメリカだと、やっぱりこういう展開が自然に感じるんだろうか。

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2010年12月 9日 (木)

アンソニー・F・アヴェニ「ヨーロッパ祝祭日の謎を解く」創元社 勝貴子訳

定期的な祝祭の時は、人々の倫理意識に強く働きかける影響力を持つ…
そのような日は、私たち人間に備わる至上の共感を呼び覚ます  --サラ・ジェゼファ・ピュエル・ヘール

どんな本?

 書名の「ヨーロッパ祝祭日」は、「USA の祝祭日」の方が、実態に近い。イースター・メーデー・レーバーデー・ハロウィーン・クリスマスなど、現代アメリカの様々な祝日について、そのルーツと変転を辿りながら、人々の生活や文化の変化を探り、多くの国や地域の様々な祭事や習慣を紹介する。祝祭日をテーマにした金枝篇、といったところか。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2006年12月20日第一般第一刷発行。ハードカバー縦一段組みで訳270頁。内容は学術的なわりに、文章は比較的読みやすい。ただ、紹介している祝日が、イースターやレーバーデーなど現代のアメリカのもので、現代日本の私たちには少々縁が薄く、ピンとこないのが難点かも。

どんな構成?

はじめに
第一章 祝日の誕生、体系化と変容
第二章 元日の由来
第三章 二月の祝日 -- 予知、浄め、そして情熱の恋愛
第四章 春分の日 -- 大蛇の降臨
第五章 イースターと過越しの祭り -- 時の断層をつなぐ
第六章 メーデー -- 力の衝突
第七章 夏至 -- 火と水の祭典、そして女性の恋占い
第八章 レーバーデー -- 時間をめぐる大戦争の形見
第九章 ハロウィーン -- 死者の季節
第十章 感謝祭 -- ピルグリム・ファザーズの歩みを越えて
第十一章 クリスマス -- キリストの復活から赤鼻のトナカイまで
第十二章 時はめぐる…

 ご覧のとおり、お正月から暮れのクリスマスまで、各月ごとに一章を充てる感じの構成になっている。こう見ると、祝祭日って、巧い具合に季節ごとにバラけてるのがよくわかる。

で、面白い?

 この手の文化人類学的なトリビアが好きな人には、楽しく読める。原書はアメリカの一般読者を対象にした本らしく、取り上げている祝祭日は現代アメリカの祝祭日ばかり。とはいえ、そのルーツを手繰る過程で、ヨーロッパは勿論、南米・エジプトから中国まで、世界中の国や地域の習慣や遺跡が紹介される。

 例えば第一章「元日の由来」では、古代エジプトから話が始まる。古代エジプトでは、夏至前後のナイル川の氾濫が農耕期のはじめを告げた。氾濫の時期を予測するため、水文学者はシリウス(狼星)を目安にしたが、次第にずれ、紀元前三十世紀には8月21日を新年の初日とした。次に紹介されるのはケルト、その次はインカ帝国、次いでマヤ帝国。

 二月といえばバレンタインデー。「バレンタインと呼ばれる人は三世紀だけでも二人おり、少なく見積もっても十人以上にのぼる」というから、どうも由来ははっきりしないらしい。三世紀のローマ、戦争を繰り返したクラウディウス二世の治世。徴兵逃れに結婚する者が多いため、一時期クラウディウスは結婚を無効とする。ところがバレンタインという若い聖職者が密かに結婚式を執り行い…

 クリスマスでは、赤鼻のトナカイ・ルドルフの由来を語っている。アメリカの通信販売会社モンゴメリーウォードの宣伝広報部員ロバート・L・メイが、1939年のクリスマス・キャンペーン用に、役員に命じられて書いた動物物語が始まりだとか。ルドルフ君、意外と若いんだね。

 夏至の項では、ドイツのモーゼル渓谷の祭りを紹介する。男たちが午前中にワラを集めて巨大な車輪を作る。夕暮れに若者が車輪を転がし、男たちが総勢で火をつけ、川まで転がしていく。どっかで見た風景だと思ったら、山田ミネコの漫画「妖魔の森」のラストシーンだった。漫画の舞台は西ドイツだけど季節は冬。違う祭りなのか、ミネコさんがアレンジしたのか。うーん。

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2010年12月 7日 (火)

半村良「どぶどろ」扶桑社昭和ミステリ秘宝

「苦労ってのは、てめえが何かをしようとして、そのときはじめてぶつかるもんだ。俺のしたことはみんな苦労じゃなかった。これっぱかりも苦労なんかしなかった。ただ莨問屋の板の間に坐って、おまんまを食っていただけさ。なんにもしなかった。なんにもさせてもらえなかった。まだ判らねえかも知れねえが、ああいうお店(たな)は、自分で何かしようなんて人間は要らねえのさ」

どんな本?

 故半村良による、連作時代小説集。7編の短編と、各短編の登場人物が結集する1つの長編からなる。ミステリとはいうものの、主題は謎解きではなく、事件の周辺にいる、庶民の生き様に注がれている。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2001年12月30日一刷発行、手元の本は2005年6月10日第九刷。着実に版を重ねてるなあ。初出は1974年~77年に小説新潮に不定期連載、77年7月に新潮社からハードカバー、80年10月に新潮文庫。その後92年5月に廣済堂からセミ・ハードカバーで、2001年12月に再文庫化。文庫本で縦一段組み約470頁。読みやすさは、もう抜群の名人芸。冒頭の引用でわかるように、台詞は江戸前のべらんめえ調が多くて、そのリズムがひたすら心地いい。

何が入ってる?

いも虫
 莨問屋の宮川屋で、若くして手代になった繁吉。張り切って集金に出かけたものの、千枚屋の爺さんにたしなめられた。のはいいが、薬研堀の女に集めた金を使い込み、いつバレるかとヒヤヒヤしている。どの道、伊勢の生まれが仕切ってる宮川屋じゃ、本所生まれの繁吉は先が知れてる。やっぱり行徳生まれの清吉は、40になってやっと小番頭…
 最初から主流派から外れてるってだけならともかく、実際にうだつの上がらない先輩が目の前にいると、そりゃめげるよなあ。
あまったれ
 飲み屋の一幕もの。何が不満か、グレて遊び歩く若者と、安酒場でたむろするオヤジども。お役にありつけず蝦蟇の油売りで糊口を凌ぐ侍、身分違いの女に惚れた医者の倅。
 性に合わない商売ってのは、確かにあるよなあ。んなもん、無理矢理押し付けられてもねえ。
役たたず
 小間物屋仲間の寄り合いに出た浜吉。寄り合いが開かれた店・松留は、女板前お梅が評判だった。化粧はしないが腕はよし、評判にも驕らずに仲間の面倒見もいい。誰からも信頼され頼られる彼女だったが…
 まあ、往々にして、仕事ってのは「できる人」に集まるもんなんだよね。公の仕事でも、私的なものでも。
くろうと
 六間掘の北の橋のたもとに、二軒の夜鷹蕎麦がでて、ちょっとした評判になった。片方は若者、もう片方は爺さん。味も客あしらいも甲乙つけがたく、商売敵で睨み合ってるかと思えば、意外とそうでもない。
 ええっと…流行のアレですか。って事は、最近の若者は既にくろうとの域に達しているという←違うぞ
ぐず
 なんとか悪事から足を洗い、仕事についた伊三郎。しかし、ついた仕事がよくない。因業金貸し・桐山検校に雇われた取りたて屋だ。貧乏人に貸した金を、強引に取り立てる。
 …うーん。伊三郎、もちっと腹が据わって先が見え、大きいのを狙う大悪党なら、むしろ正業につくいい機会だったのに。
おこもさん
 夫を失い、二人の小さい男の子を抱えた井筒屋のおかみさんは、福田屋の世話になっていた。そんな子供たちは、いつのまにか乞食と仲良くなり…
 子供じゃ事情はわからんわなあ。だからといって、傷が痛まぬわけでもなし。
おまんま
 「いも虫」で愚痴をたれてた清吉が再び登場。うだつが上がらぬまま、嫁まで店に世話され、完全に自分の殻に閉じこもってしまい…
 暗~い話が多いこの作品集の中で、これは一服の清涼剤。嫁のおこんが清吉にかけるハッパが、もう燃える萌える。こんな事いわれたら、そりゃもう惚れちゃうでしょ。
どぶどろ
 孤児の平吉は岩瀬伝左衛門に拾われ、銀座の町屋敷に勤めている。二十歳そこそこながら岡っ引と看做され、ちょっとした顔になっている。気取らぬ平吉は周囲の者からも好かれているが、本所で殺しが起こり…
 この作品集のトリを勤める長編。頁数も約310頁と、他の短編を圧倒する。今までの短編で出てきた人々が、この作品に脇役として再登場する。生まれこそ孤児ではあるものの、後ろ盾もあり、二十歳で岡っ引を任されるんなら、エリートコースと言っていい。それが、あの結末は…
 「およね平吉時穴道行」は、この平吉の別の運命なのね。ぜひ読まねば。
 平吉の“幸せ” 宮部みゆき

 解説 日下三蔵

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2010年12月 6日 (月)

白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ 暴力が結ぶ貧困と繁栄」東洋経済新報社

「俺が率いていた組織の名は『ベリー・ファースト(非常に早い)』。あっという間に仕事を終わらせるって意味を込めて名づけたんだ。信号待ちの車のガラス越しに銃を突きつけて運転手を引きずり出し、財布と携帯電話を奪ってから車をいただく。四十秒以上かかったことは一回もないぜ」  --ヨハネスブルグの自動車強盗団の元ボス

どんな本?

 毎日新聞社の特派員として南アフリカのヨハネスブルグに特派員として赴任し、2004年4月から2008年3月までサハラ以南のアフリカを担当した記者による、現代のアフリカの暗黒面に焦点をあてたルポルタージュ。教科書的に全体像を描くのではなく、幾つかの国をケース・スタディとしてざっくり紹介する形をとっている。とはいえ現場取材に拘るブン屋さんらしく、犯罪組織や反政府組織であろうとも直接インタビューを試み、コメントを取ってきていて、緊迫感と生々しさは半端ではない。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2009年8月13日発行。ハードカバー縦一段組みで本文約310頁。背景となる状況は複雑怪奇なわりに、現場で鍛え抜かれたブン屋の文章は非常に読みやすい。特にコンゴやスーダンは、多数の勢力が激しく入り乱れているのだが、それでも一応は各勢力の対立状況が飲み込めるから見事だ。

どんな構成?

序章 資源大陸で吹き上がる暴力
第一章 格差が生み出す治安の崩壊 --南アフリカ共和国、モザンビーク共和国
第二章 「油上の楼閣」から染み出す犯罪組織 --ナイジェリア連邦共和国
第三章 「火薬庫」となった資源国 --コンゴ民主共和国
第四章 グローバリズムが支える出口なき紛争 --スーダン共和国
第五章 世界の「脅威」となった無政府国家 --ソマリア民主共和国
終章 命の価値を問う ~南アフリカの病因から~
おわりに
参考文献

 キチンと資料は漁っているものの、それを元に教科書的に一般論を語るのではない。あくまで直接取材に拘り、そこに暮らす人や、治安維持の前線に立つ人、または治安を乱す側の人への、突撃取材とすら言える豊富なインタビューを元に、各章を構成している。

で、面白い?

 迫力は、文句なし。冒頭の引用は、二週間前に刑務所から出所したばかりの人物に、筆者が直接インタビューして引き出した言葉。容疑は二件の殺人と二件のレイプに加え、強盗に至っては「多すぎて覚えていない」と言い切る。アパルトヘイトが無くなり経済成長が始まったのはいいが、その余禄にありつけるのは、高い教育を受けた一部の若者だけ。取り残されたオヂサン・オバサンや、教育のない若者たちは、相変わらずの貧困状態に置かれている。そこから抜け出すには、犯罪しかない。

 経済成長は、他国から不法入国者を呼び込む。総人口約4800万人の南アフリカに、180万~800万人の不法居住者がいる。貧しい国から大量の出稼ぎが雪崩れ込み、多くの職が奪われ、失業率は高騰し労働条件は悪化する。

 人身売買も凄まじい。農村部や周辺国で美人コンテストを開く。「入賞者はヨハネスブルグでタレント・デビュー」と言いふらす。上位入賞者からヨハネスブルグ行きの希望者を募る。親には嘘の連絡先を教え、売春宿や金持ちに売り飛ばす。しかし、「ンコマズィ地方」には、不謹慎ながら笑ってしまった。

 ナイジェリアでは、油田が地元に何の利益ももたらさず、漏れた原油が農地を破壊する模様を伝える。武装組織はパイプラインに穴をあけ、原油を盗んで密売して利益を上げる。犯人は連邦政府や州政府の高官とつながっていて、利益の多くが政府高官のポケットに入る。

 コンゴとルワンダは複雑に絡み合っている。ルワンダの虐殺は、1994年4月にフツ人がツチ人を虐殺した。ツチ人の反政府勢力RPF(ルワンダ愛国戦線)はウガンダに拠点を置いていたが、国境を越えて侵攻、政権を奪った。復讐を恐れるフツ人はコンゴに逃げ込み、武装勢力を結成、鉱物資源と密貿易で資金を調達する。政府が機能していないコンゴの役人・警察・軍は丸め込まれる。というのも、公務員に給料が払われていないのだ。

 もうひとつ、最近の虐殺で有名なのがスーダンのダルフール。この取材も困難を極め、キャンプには政府の諜報員が潜り込み、州都のホテルでは尾行がつく。虐殺の実行者は民兵という事になっているが、貴重な証言が飛び出す。

「じゃあ、襲撃の際に、なんで軍のヘリコプターが村の上を飛んでいたんだ」

 さて、肝心の虐殺の目的だが。一般に反政府勢力は、正面戦力では政府軍に敵わない。だから、地方の村を補給などの拠点として、ゲリラ戦を行う。これを防ぐために、拠点となる村を潰すのが目的らしい。ちなみにスーダンの重要な資金源は石油の輸出で、その50%は中国向けだ。中国共産党は、毛沢東の戦略を発明すると共に、その対抗策もキチンと用意し、輸出すらしている、というオチ。

 無政府状態のソマリアでは、多数の武装勢力が群雄割拠している。んな状態で水道や空港などの社会資本はどうなってるのか、というと、浄水場や空港などの拠点を押さえた武装勢力が、使用料を取って運用しているのですね。携帯電話も、中国の企業が技術指導員を派遣している。そこに、イランの革命防衛隊,レバノンのヒズボラ,ビン・ラディンにリクルートされたアフガニスタン帰還兵などイスラム原理主義勢力が大量に入り込み、ほぼ全土を制圧する。外国人戦闘員の出身国はサウジアラビア・パキスタン・チェチェンなど。危機感を募らせたエチオピアが、正規軍を送り込み…

 教育や福祉が崩壊した所に、サウジアラビアやパキスタンの原理主義者が神学校に寄付と教師を送り込み、子供たちを洗脳する。タリバンと同じ手口だ。資金源となっているのが、親米国のサウジアラビアとアラブ首長国連邦なのが、なんとも。

 と、まあ、この本では絶望ばかりのようだが、多少は希望もある模様。最近、気になった web 頁を最後に挙げておく。
  Togetter - 「本当にアフリカは発展できないのか?

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2010年12月 4日 (土)

木本雅彦「星の舞台からみてる」ハヤカワ文庫JA

「こんな無責任なシステムがあるから、悪いんだよねえ、世の中はさあ。悪いシステムなんか、使うべきじゃないんだよ」
「技術に良いも悪いもない。良く使うも悪く使うも人間次第だし、使ってみて初めて分かることもある。同時に使ってみて初めて現れる悪人というのもいる。でもそれは技術の責任じゃない」

どんな本?

 近未来の日本。今より少しだけコンピュータが進歩した世界を舞台に、コンピュータ技術、特にエージェントと呼ばれる技術が人間社会に与える影響と、それがもたらす軋轢を描くSF。というと、いかにもシリアスでお堅い印象があるけど、普通の会社員の視点で描かれるんで、それほどブッ飛んだ感じはしない。いや実はとんでもなく濃ゆくてブッ飛んでるんですけどね。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 2010年5月15日発行。文庫本で縦一段組み約420頁。ライトノベルを思わせるカバーのわりに、意外と文章はクセが少ない。まあ、イタい登場人物は出てくるけど、あくまで「イタい人」として描かれてるあたりが、ハヤカワなのかな。

どんなお話?

 主人公は荒井香南さん25歳。「デキる女」を目指し派遣社員として働きつつも、本社の敏腕エリートを前にすると、少々揺らいでしまう、普通のOL。彼女が働く HCC 社の業務は、死者の死後処理だ。死亡通知を友人知人に知らせたり、ハードディスク中のアレなデータを消去したり。その日、香南に入った業務は、伝説の技術者・野上正三郎の処理だった。創業者の一人である野上は、なぜが一介の派遣社員である香南を指名した。仕事を進めていくうちに、香南は野上本人からと思われるメッセージを受け取って…

で、感想は?

 壮大なアイデアと普通に生きている人を巧く対比させた、ポスト・サイバーパンク。主人公の香南とギークの広野は、ニューロマンサーのモリイとケイスに近い関係なんだけど、印象は全く違う。危険で荒れたアンダーグランドな世界を舞台に、タフな男女がクールにビジネスをこなすニューロマンサーに対し、こちらは普通の会社員が普通の社会で自分の生き方に悩みつつ変な事件に巻き込まれる話。

 舞台と登場人物が現実的な分、中で使われるガジェットも現実的。で、実はコレ、結構凄い事なんだけど、なまじ描写がリアルな分、イマイチ凄さが伝わらないんで、その辺は損してるかも知れない。業界のホットなネタを惜しげもなくつぎ込んで、かつあまり理屈っぽくならずに自然に描いてる。あまりに自然すぎるんで、気を抜くと「たいした事ないんじゃね?」と思われがち。

 物語で重要な役割を果たすのが、「エージェント」と呼ばれる技術。人間とコンピュータの仲介を司る擬似人格で、いわば電子秘書。エージェントについては様々な定義や機能があって…まあ、以降は眉に唾つけつつお読みくださいな。

 例えば。携帯電話とPCなど、複数のマシンを使っている人は多いと思うけど、マシンごとに使い勝手は違う。それを、エージェントという層を一枚かまして吸収しましょう、というのが機能の一つ。Mac と Windows で使い勝手が違うってのも、考えてみりゃ理不尽な話。どっちもコンピュータじゃん。

 iTunes と iPod を使ってる人は、二つをケーブルで繋いで同期させてると思う。これ、いちいちケーブルを繋ぐのって、面倒でしょ。また、会社と自宅の双方でPCを使ってる人も多いんじゃないかな。双方のメールアカウントの使い分けや同期って、気を使うんでない?

 そんな、マシンごとの使い勝手の違いや同期作業は、コンピュータに任せましょう、ってのがエージェントの機能の一つ。あなたの「状態」はエージェントが管理する。エージェントは iTunes と iPod・会社のPCと自宅のPCをネットワーク経由で行き来する。あなたは、常にエージェントを相手にすればいい。その為には、エージェントが多くのコンピュータを「渡り歩く」能力を持たなきゃいけない。最近流行の「クラウド」は、この問題に、一つの解を示してる。

 もう一つは、情報検索などの作業。今でも Google のメール・アラートなんてサービスがあって、登録したキーワードに関係する情報がネットに上がったら、メールで知らせてくれる。あんな感じに、あなたが関心を持つ情報を常に監視して、見つかり次第、教えてくれたら便利だよね。
 他にも、スケジュール管理や道案内、ミーティングの予約など、現在は人間の秘書がやってる仕事を代行するのが、エージェント。

 今の Google メール・アラートと YaHoo の路線案内は、それぞれサービスの在り処を人が調べて、人がキーボードを打たなきゃいけない。それが、人間の秘書を相手にするように、普通の日本語で命令できたら、コンピュータが嫌いな人は、グッと減ると思う。ただ、それを実現するためには、コンピュータが日本語を理解しなきゃいけない。

 この電子秘書に、口調や性別などの擬似人格を与えると、親しみやすさが増す。この辺は、初音ミクが証明している。で、その擬似人格は、本当に擬似なのか、というと…

 なまじホットな話題を扱ってるんで、一部は「これ、あのサービスが実現してるんじゃね?」的に思えるネタも散見して、それがまた、この小説の面白い、そして損な所かも。

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2010年12月 2日 (木)

瀬名秀明「ロボット21世紀」文芸春秋 文春新書

「僕自身は HAL の存在を否定しています。彼が持っているアクチュエーション(動作)は、宇宙船の制御と、ドアの開閉ですね。人間の身体とは異質な制御系等しかないんですから、人間の行動系を理解できるわけがない。人間の行動が理解できる最低限の必要条件は、人間と同じような身体を持っていることです。極端ないい方をすると、身体を持たないものに知能は発生しないんです」  大阪大学大学院工学研究科 浅田稔教授

どんな本?

 「デカルトの密室」で魅力的なロボット、ケンイチを創造した瀬名秀明が送る、21世紀初頭の日本のロボット工学の先端レポート。ホンダの ASIMO や SONY の AIBO など商業ベースで活躍しているロボットの開発チームは勿論、東京大学の HRP チームや早稲田ヒューマノイド・プロジェクトなど、大学側へも丹念に取材している。生物学者出身でSF作家という経歴が巧く活きているのか、技術的な解説はとてもわかりやすい。かといって技術オンリーではなく、ロボット研究の意義など、哲学的な側面にも切り込んでいる上に、プロジェクトとして今後続行していく際の課題など、生臭いとも言える話題まで切り込み、研究者たちのホンネを引き出している。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2001年7月20日第一刷発行。進歩の激しいこの世界では、最早古典となってしまったかも。新書版で縦一段組み本文約310頁。技術的に結構突っ込んだ話が出てくるわりに、抜群に読み易い。インタビュー相手は技術者達なんで、話し上手とはいかないだろうに、ここまで巧くまとめた瀬名氏の手腕は見事だと思う。

どんな構成?

第1章 ロボットが街を歩く日
第2章 二一世紀ヒューマノイド
第3章 機械に「心」は宿るか
第4章 ロボットとの恋は可能か
第5章 ロボットは労働する
第6章 羽ばたくロボット・コンテスト
第7章 日本人と鉄腕アトムの夢
第8章 ロボットの未来

 第1章で、当時のホットな話題 ASIMO から語りだし、読者の関心をガッチリ掴んだまま、二足歩行の問題点という技術的な話題に突入し、ややこしく往々にして読者から煙たがられがちな、だが技術解説上は重要な問題となる ZMP(ゼロ・モーメント・ポイント、重力と運動ベクトルの総慣性力が床と交わる点)を消化する構成は巧い。こういう、読者にとって面倒くさい部分を、読者の興味を惹きつけながら乗り切る手管には、最後まで翻弄されっぱなしだった。

で、面白い?

 いやもう、とってもエキサイティング。開始早々、二足歩行に拘るホンダと、エンターテイメントを目指す SONY を対比させつつ、ひとことで「ロボット」と言っても、目指す方向性や手法に様々な違いがある事を納得させ、将来的な展望は変化に富んだ波乱万丈である由を期待させる。この時点で、読んでる身としてはワクワクが止まらない。かと思えば、

「あれはⅠ号機で、これからどんどん改良されてゆくと名前の後ろに番号がつくんだ。ASIMOⅡ、ASIMOⅢ--ときて、Ⅴ号機はASIMOⅤだよ」

 なんぞという冗談を織り交ぜながら、話は進んでいく。ちなみに、これは ASIMO のエンジニア、竹中氏が否定してます。

「いろんな変遷はありますが、本当は人間の『脚』と、『あした』から来てます。英語は後付けですね。アシモフは候補リストにもまったくなかったです。アシモの『モ』はモビリティの『モ』で、どこか可愛い感じもするので、モは付けたいねといってました」

 なんで二足歩行でなきゃイカンのか、という点にも様々な回答を提示している。最初の引用は、「行動によってロボットの知能が育まれていく」と主張する浅田教授の回答。異論はあるだろうけど、発想としては興味深い。ホンダの竹中氏は、「予備動作が必要な点が二足歩行ロボットの長所」と主張する。ヒトと似た形状をしてるなら、動きもヒトに似ている。予備動作を見れば、その後の動きをヒトが予測できるので、不気味さが減る、と。この辺、笹本氏は ARIEL のネタに使ったんじゃなかろか。

 欧米に比べ、日本ではロボットに対する拒否感が少ないそうな。その理由としてよく挙げられるのが「鉄腕アトム」と「鉄人28号」。その辺もキッチリ技術者・研究者達にインタビューしていて、研究者達は影響を認めながらも、その呪縛に苦しめられている、とも語る。介護用の配膳ロボット<フクちゃん>を開発した安川電機・基礎研究所ロボット研究室室長の横山和彦氏曰く。

「皆さん、ロボットというと鉄腕アトムですから(笑)。実際、このロボットを持っていったときも、看護婦さんが患者さんに『今度ロボットが来るよ』というと『鉄腕が来るんかねえ』という話をされてて、フクちゃんが来ると『鉄腕アトムとずいぶん違う』っていうことはあります。(略)普通の方に過度な期待を持っていただくと、『なんだ、何もできないじゃないの』となる」

 じゃ恨んでいるかと言うと、決してそんな事はない。この部分を読んでいて、あたしゃ涙が出たよ。

つまりアトムは夢のあるランドマークなのだ。ロボカップのような実現性の高い目標ではなく、永遠に達成できない、とびきり楽しいランドマークなのである。

 「永遠に達成できない」のに、「とびきり楽しい」と表現しちゃうあたり、「ああ、瀬名さんはエンジニアの魂を理解しているなあ、そうなんだよなあ」と、感激してしまった。長生きして、ロボットが社会に溶け込む世界を見たいなあ。

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2010年12月 1日 (水)

笹本祐一「ARIEL vol.08」SONORAMA NOVELS

「ほら、和美って、ほんとは秘密だけど地球を守る巨大ロボットに乗ってるでしょ」
「おお!」
エミはぽんっと手を打った。
「そう言えば、そんな裏設定があったっけ」
「え?あれって裏設定だったの?」

どんな本?

 美女と美少女が巨大ロボットに乗って、地球侵略を企む宇宙人と戦う…ハズのシリーズ、合本第8弾。今まで宇宙人に歯が立たなかった ARIEL、この巻では更に扱いが酷くなり、本編では登場シーンがほとんどないという冷遇ぶり。全般的にアクションも控えめで、むしろ神経戦・頭脳戦が中心となっている。そんな大人しい展開の中で、ツヤツヤと輝いているのが野望を抱く女子高生、由貴ちゃん。隣にいる主人公格の和美ちゃんを差し置いて、事態収拾の要として大活躍。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2010年1月30日第一刷発行。新書版で縦2段組の本文約400頁。読みやすさに関しては職人・笹本氏、ややこしい専門用語や堅苦しい軍事用語が飛び交うシーンでも、スラスラと読める抜群のリーダビリティ。ライトノベルのわりに会話のクセも強くなく、今のアニメ等の基準から考えれば、お行儀が良すぎるぐらい。

 とはいえ連続物のお約束で、キャラが濃い登場人物が多数登場し、またそれぞれの人間関係も込み入ってるんで、いきなりこの巻から入るのは、流石に無茶。特にこの巻は前巻から続く、緊迫した場面から始まるんで、素直に1巻から読むことを勧めます。

掲載作品は?

 第42話 侵略の構図
 第43話 燃える宇宙
 第44話 対宇宙人諜報監視網
 第45話 開放前夜
 マイナス8話 夢みる機械人形

 第42話~第45話は、素直に前巻の続き。マイナス8話は番外編。中学生時代の和美と AYUMI の馴れ初めを描く、ちょっと初々しいお話。

で、感想は?

 今回の主役は、なんたって由貴ちゃん。地球の先端科学を駆使した最新兵器すら玩具扱いする宇宙人・三者の睨み合いの中心に躍り出て、口先三寸で大人たちを煙に巻く。挙句に艦隊司令のスカウトを蹴って、爽快極まりない啖呵をあっさり決める。

「もしその気があるのなら、士官学校で自分を試してみなさい。わかしが紹介状を書いてあげよう」
「軍人になるつもりはありません。人に使われる仕事よりも、人を使う仕事の方がいいわ」

 をーい。怖い物知らずも、ここまで来れば尊敬に値するかも。その分、割をくってるのが、本来は主役メカであるはずの ARIEL。本編中で少しだけ出てくるものの、突っ立ってるだけで全く動かない。もう一人、割を食ってるのが、悩める予備校生・絢ちゃん。終盤近くにやっと出番が回ってきたものの、ほとんどモブ扱い。相当に低気圧になってるんで、次巻あたり嵐になりそうな予感。

 全般的に、この巻は最終巻に向けて細かい背景描写を埋めつつ緊張をジワジワと高めていく段階らしく、アクションは控えめ。いや多少はあるんだけど、肝心のアクション役者が安定感ありすぎなんで、不安感がほとんどないのが辛いところ。相変わらずハウザー艦長は胃が痛くなる場面の連続で、しかも事態は悪化する一方。そういう役割とはいえ、ここまでいじめられると、少し哀れになってくる。

 番外編は、和美ちゃんが AYUMI の調整に付き合う話。違和感を抱いた和美ちゃんが、その解消のために出したアイデアがいい。それを試した結果がアレなのも、まあ和美ちゃんらしい。ARIEL のデザインがああなってるのって、単なる趣味に見えて、実は正解なのかも。

関連項目

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