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2010年12月30日 (木)

ウイリアム・H・マクニール「疫病と世界史 上・下」中公文庫 佐々木昭夫訳

 アステカ人がコルテスと彼の部下を首都から追い払ってから四ヵ月後、天然痘が首都に突発した。(略)おそらく全住民の1/3か1/4が死んだ。
 その上、インディオは倒すが、スペイン人には痛くも痒くもない病気なるものの与える、心理的効果も考えてみる必要があろう。(略)相争う二者のどちらの側が神の恩寵に浴しているかは、ここで一目瞭然である。

どんな本?

 人類の歴史を、疫病との関係という視点で捉えなおした教養書。医学が発達した現代と異なり、かつての疫病は人に制御できず、かつ圧倒的な力で人に襲い掛かってきた。人は疫病の前に無力だった。革命や戦争と異なり、疫病は人の意思と無関係に襲ってくる。そのため、疫病は歴史家から注目を浴びる事はなかったが、時として帝国すら滅ぼした。ペストや天然痘が歴史にどのような影響を与え、人はどう対応してきたか。そして疫病の多くが征服された今、新たにどんな問題が起きているか。斬新な視点で人類史を捉えなおす、興奮に満ちた本。

いつ出たの?分量は?読みやすい?

 原書は William H. McNeill, Plagues and Peoples, Anchor Press / Doubleday, 1976. 訳本は1985年5月、新潮社から出た「疫病と世界史」。それに序を加え上下にわけ文庫にしたのが本書で、2007年12月20日初版発行。上巻275頁&下巻301頁の計575頁。訳文は…まあ、堅い内容のわりには、読みやすい方かな。

どんな構成?

上巻

序論
第一章 狩猟者としての人類
第二章 歴史時代へ
第三章 ユーラシア大陸における疾病常生地としての各文明圏の交流 紀元前500年から紀元1200年まで
原注
下巻
第四章 モンゴル帝国勃興の影響による疾病バランスの激変 紀元1200年から1500年まで
第五章 大洋を越えての疾病交換 紀元1500年から1700年まで
第六章 起源1700年以降の医学と医療組織がもたらした生態的影響
付録 中国における疫病
原註
訳者付記
文庫版訳者付記
索引

 時間軸は人類発祥からまっすぐ現代に向かう、素直な構成。それぞれの時代の中では、やはり欧州が中心となり、その後にインドや中国を語るパターンが多い。上巻は残っている文献が少ないために推測が多いが、下巻に入ると多くの文献を参照しながらの緻密な考察が増えてくる。

感想は?

 全般を通して、これでもかという具合に疫病が人類に与えた脅威を、繰り返し述べられるので、読了後はナマモノを食べたり人ごみに出かけたり、または旅行に行くのが怖くなるかもしれない。次々と疫病による人類虐殺の模様が出てくるんで、「人の命ってはかないものなんだなあ」と、虚無感に陥ったりする。

 だが17世紀までは、ペストは随時突発し、一年間に或る市の総人口の三分の一ないし半分といった多数の生命を奪い去る事態はごく普通のことだった。

 そんな具合で不規則都市住民が大量死したんじゃ、文明なんて持たないよね…と思わせて、こんな風に話を続けていく。

 ヨーロッパ文明を代表する中心地としての地位が地中海世界から次第に失われ、もっと北の諸地方の重要性がはっきり増大していったという転換には、長い間繰り返されたペストの流行が果たした役割が非常に大きい。ペストが流行するのは、地中海の港湾諸都市からすぐ近くの、用意に到達できる地域に、ほぼ完全に限定されていたからである。

 冒頭の引用はコルテスによる南米の征服を語った部分だが、そこで著者は面白い問いを投げかけている。

なぜインディオの方では、侵入者スペイン人を掃滅してくれるような自分たちの疫病を持っていなかったのだろうか。

 この解は、下巻をご覧あれ。結構、身も蓋もない解だったりする。

 現代の我々が浴している健康観念の発生、これがナポレオンの陸軍発祥だった、などという面白い話も出てくる。軍医制を取り入れて軍内部での医者の地位を保証し、当時最新の牛痘種痘などを取り入れて新兵の健康管理に勤めた。従来は大量の兵を招集し一箇所にまとめると、疫病が蔓延して全滅する恐れがあったのが、健康管理で大量の兵員の動員が可能になったとか。

 クリミア戦争(1953~56年)で、イギリス兵は、赤痢による病死者の方が、ロシア軍の武器による戦死者の合計より十倍も多かった。(略)
 組織的な予防接種と厳重な衛生管理がいかなる成果を挙げ得るかが、日本人によって示された。すなわち、日露戦争(1904~05年)での日本軍の病気による損耗は、敵軍の軍事行動による死者の四分の一以下だったのである。

 かつて、都市は近隣の農村から人が流入しないと維持できない場所だった、というのも目から鱗。上下水道が整っていない都市は不潔になりがちなので病気になりやすく、かつ人口密度が高いので感染の危険が大きいとか。特に港湾の都市は船が他国からペストに感染したネズミを運んできたりで、検疫対策をしてないと大変な事になる、と。田舎の人がヨソ者を嫌うのも、故あっての事なのかも。

 そして現代。衛生管理が行き届き農村からの人口流入に頼らずとも人口が維持できるようになった都市は、新たな問題を発生させている。流入する人口を吸収できないがために、周辺にスラムができてしまうこと。抗生物質に抵抗力を持つ細菌も出てきて、疫病と人類の戦いはまだまだ続く模様。

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