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2010年11月27日 (土)

ジョージ・R・R・マーティン「洋梨形の男」河出書房新社奇想コレクション 中村融編

サイゴンが陥落したとき、ケニーの頭をよぎったのは、何人くらいのヴェトナム難民がレストランを開くだろうという疑問だった。

はじめに

 有害図書なんて、都市伝説だと思っていた。この本を読むまでは。そう、この本は、極めて有害な書物である。目標に向け常日頃の努力を怠らず、幾多の誘惑に耐え忍び、意思によって己の欲望をねじ伏せている者に対し、甘い誘惑を囁き人を堕落の道に誘う、悪魔の書だ。よって、ここに私は警告する。心してお聞きいただきたい。

  ダイエット中の人は、決してこの本を読んではならない。

 翌朝、眼が醒めたらチーズトーストを齧っていたとか、夜、気がついたら枕元にこんなものがあったとか、そういう恐怖を味わいたくなければ、この本には手を触れない方がいい。

どんな本?

 ホラー・SF・ファンタジーの垣根を軽々と飛び越えて活躍する作家、ジョージ・R・R・マーティンの、ホラー寄りの作品を集めた短編集。ジャンルを意識しない代わり、彼の作品には幾つか共通点がある。その一つは、登場人物の微妙な底意地の悪さ。清廉潔白な正義のヒーローは現れず、いかにも人間臭い身勝手さを備えている。そして、もう一つの厄介な特徴が、食事シーンの迫力。「タフの箱舟」や「フィーヴァードリーム」でも、登場人物が美食を味わう場面が多く登場していた。この作品集では、美食どころかスナック菓子のようなジャンク・フードですら、美味極まりない食物に感じられるから困る。いや困らない人もいるだろうけど、私は困るんです、とっても。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2009年9月20日初版。サイズはA5と新書の間ぐらいのソフトカバー。縦一段組みで約320頁。「SFは専門用語が多くてちょっと…」とお考えの方々も、心配ご無用。最後の「成立しないヴァリエーション」でチェスの用語が頻出する以外は、現代のアメリカを舞台にしたホラーなので、難しい言葉は出てきません。「成立しないヴァリエーション」も、駒の名前(キングとかポーンとか)さえ知っていれば、とりあえず楽しめます。

どんな作品が入ってる?

モンキー療法
 ケニーは、デブだ。時折、憑かれたようにダイエットに励むが、すぐに猛烈に食べ始める。バーベキュー・ハウスの食べ放題に出かけた時、昔のダイエット仲間のヘンリーに出会った。大量の食べかすを散らかしたヘンリーは、ガリガリに痩せていた。ダイエットの秘密を訊ねるケニーに、ヘンリーは「モンキー療法」という名と、住所のメモを渡す。
 グレムリン同様、古式ゆかしい「謎の店で変なシロモノを手に入れる」パターン。いきなり彼の得意な食べ物ネタ。気を緩めたらアンチョビ・ピザとスペアリブの霊にとり憑かれ、ステーキハウスでお祓いする羽目になるので、要注意。
思い出のメロディー
 弁護士のテッドの家に、学生時代のルームメイトの一人、メロディーが転がり込んできた。昔の彼女は活発で可愛かったけど、今のメロディーは薄汚い疫病神で、仲間うちの厄介者だ。会えば面倒に巻き込み金をねだり、断れば泣いて同情を買おうとする。
 いるよね、こういうメンヘル女。いや男もいるけど。「やれ」と言った事はやらないクセに、「絶対にやるな」と言った事は必ずやらかす。突っぱねれば人でなしとなじり、なんか悪い事をしたような気分になる。
子供たちの肖像
 やもめ暮らしの長い小説家リチャードの家に、折り合いが悪くて別居した娘のミッチェルから、絵が届いた。彼女の絵は好きだった。特に、自画像が。お互い意地っ張りで、自分から謝る事が出来ない。きっと、和解を求めての贈り物だろう…
 繰り返しとエスカレーション、それにカットバックを使った、ホラーのお手本のような構成で、シワジワと盛り上げてくる。主人公のリチャードが、いかにも頑固で無反省のロクデナシ親父なんだが、それに作家の業が加わるとタチの悪さが倍増すると共に、「でも作家じゃしょうがないか」な気分になるから不思議。
終業時間
 ハンクの酒場に、ミルトンが怒鳴り込んできた。ピートから買った魔法の品、護符がとんでもないシロモノで…
 酒場を舞台に酔っ払いが繰り広げる、アメリカ南部風の馬鹿話。この作品集では浮いた感じの小品だけど、私は好きです。いやオチはしょうもないんだけど。
洋梨形の男
 ジェシーとアンジェラが引っ越してきたアパートの地下には、気味の悪い男が住んでいた。昼間、勤めに出ているアンジェラはともかく、自室で仕事をするイラストレーターのジェシーはたまらない。同じアパートの住民や近所の店の店員も、彼を見知っているけど、皆「洋梨形の男」というばかりで、名前は勿論、どんな仕事をしているのかなど、それ以上の事は何も知らない。
 ジェシーが被害妄想に憑かれているのか、洋梨形の男が本当にアブない奴なのか。事態は少しづつエスカレートして…
成立しないヴァリエーション
 学生時代、ピーターはチェスのクラブを率いていた。運営にも関わって、母校で全国大会を開催した。六つのチームを出場させ、自分もチームの一人として出場した。惜しいところまでいったんだ。けど、今は落ちぶれて、妻のキャシーとは喧嘩ばかり。
 それだけの頭脳と能力を持ってるなら、もうちっと他に目を向ければ色々と大きなことが出来そうなもんだけど、そういう方向に向かないのが、マーティンの登場人物なんだよなあ。嫌な感じに等身大というか。

 正義の味方も出てこないかわりに、極悪人も出てこない。皆が人並みに弱くて、人並みにセコくて、人並みに利己的で、人並みに狡猾。でも純文学風の小難しい心理描写だの人生の真実だのには向かわず、キチンとオチのつく「物語」として仕上げるあたりは、さすがマーティンの職人芸というか。

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