フリッツ・ライバー「跳躍者の時空」河出書房新社奇想コレクション 中村融編
ガミッチは、彼自身よく自覚していたが、スーパー仔猫だった。知能指数はおそらく一六○はあるだろう。もとより言葉はじゃべれない。とはいえ、言語能力にもとづいたIQテストなるものが、はなはだしくかたよったものであるのはだれもが認めていることだし、だいいち、彼は早晩しゃべりだすはずなのだ。 --跳躍者の時空
役者くずれで、酒と猫とシェイクスピアを愛するフリッツ・ライバーが遺した、愉快で幻想的で、少し不思議な小説を集めた短編集。ソフトカバー一段組み約360頁中5編、約1/3は、冒頭にあげたスーパーキャット・ガミッチ君の大活躍に充てられている。
- 跳躍者の時空 深町眞理子訳
- 仔猫のガミッチは、自分がやがて人間になって言葉をしゃべると、わかっている。そう、父親の<馬肉のせんせい>や、母親の<ネコちゃんおいで>のように、やがてテーブルにすわり、コーヒーをつぎあい、そして言葉をしゃべるのだ。ベビーベッドの中でミルクを飲むしか能のない<赤ん坊>や、邪悪な企みに満ちたシシーとは異なって…
誇り高く、孤高の気品に満ちたガミッチ君。しかし、知的な彼も、邪悪で野蛮なヒトの幼生・シシーだけは苦手だった。彼女の野蛮な企みを、彼は阻止しえるのだろうか…なんてね。確かに、猫と幼い子供ってのは、あまり相性がよくないかも。 - 猫の創造性 深町眞理子訳
- 若猫に成長したガミッチ。彼は、こことは異なる世界がある事に気がついた。飲み水のボウルを覗くと、そこでは鏡の猫<ガミッチ複製>が、自分を見上げている。そんな彼を心配する<ネコちゃんおいで>。「近ごろガミッチがどこで水を飲んでるのか、さっぱりわからないのよ」と。
水を飲まないガミッチを心配して、様々な工夫をこらす奥さん<ネコちゃんおいで>がいじましい。そんな奥さんの心配をよそに、思索にふけるガミッチ君。で、オチはというと…いやもう、萌える萌える。 - 猫たちの揺りかご 深町眞理子訳
- <馬肉のせんせい>を訊ねてきた、<セクシーな新来の隣人>。空飛ぶ円盤を信じ、SF作家である<馬肉のせんせい>になら、その信念を理解してもらえると思ったのだろう。さて、<馬肉のせんせい>はというと、これがまた酒と綺麗な脚には目がないタチで…
鼻の下をのばしつつ、奥さんに言い訳する<馬肉のせんせい>。しかし、完全に見抜かれてます。いやもう、これは男の本能というか、しょうがないやね。愚かな人間ともが、ありがちなよろめきドラマを演じている間、ガミッチ君は遥かに重大な問題に取り組んでいるというのに。 - キャット・ホテル 深町眞理子訳
- <馬肉のせんせい>の母親が、入院した。彼女を見舞った<ネコちゃんおいで>は、不思議な屋敷に迷い込む。<ウィックス・キャット・ホテル>。その名のとおり、猫のホテルであり、また猫の病院でもある。女主人、ウェンディー・ウィックスもまた、ミステリアスな人で…
日頃は思索に耽るインドア派のガミッチ君も、妹の危機とあっては座して見ちゃいない。密かに敵地に忍び込み、雄雄しく魔女と使い魔に立ち向かうのであった。 - 三倍ぶち猫 深町眞理子訳
- ガミッチ・シリーズの最後を飾る、幻想的な一編。キャット・ホテルで登場したミステリアスな女性・ウェンディーや、魔女然とした三人の老婆、そして彼女たちの使い魔が、幻のように現れては消えてゆく。
- 『ハムレット』の四人の亡霊 中村融訳
- シェイクスピアを演じつつ、イギリスを巡回する小劇団。劇団長の「おやじさん」は、今回の巡業に、ベテランのガスリー・ボイドを連れてきた。最初は良かったんだ。彼の演じる亡霊は最高で、雑誌や新聞でも絶賛された。けど、ついに悪い癖が出た。酒さ。
シェイクスピアの劇団、奇妙な劇団内の規則、「こっくりさん」に入れ込む三人の女優、己の才能を過信する若きスター、そんな連中をまとめあげる、懐の深い劇団長。現代でも、イギリスじゃ旅のシェイクスピア劇団があるんだろうか。 - 骨のダイスを転がそう 中村融訳
- 働き者の女房と、辛気臭い母親から逃れ、一ドル銀貨を握り締めて家を出たジョー・スラッターミルが迷い込んだのは、ボーンヤード(墓場)という名の、新装開店した賭博場だった。腕っこきギャンブラーが集まるその店でも、とびっきりの大物ギャンブラーと勝負する機会を得たジョーは…
いやもう、ジョーの穀潰し駄目男っぷりが半端ないというかなんというか。 - 冬の蝿 浅倉久志訳
- 安楽椅子に座り、読書に耽る父親のゴットフリート・ヘルマス・アドラー。製図用テーブルに座って、絵を書く母親のジェーン。そして、宇宙飛行用のヘルメットをかぶり、宇宙旅行に出かける幼い子供のハイニー・アドラー。
平和で幸福な家族団らんのひととき。その裏では… - 王侯の死 中村融訳
- 大学で出会ったわたしたち仲間は、今でも付き合いがある。仲間のリーダーであるフランソワ・ブルサールは、活動的だが、少し変わっていた。出生も謎で、本人は金持ちに拾われた捨て子だと言っていたが。ときおり何年も姿をくらましては、ひょっこり現れるのだ。
ネタとなるトリックもさることながら、大学で知り合い、以後ずっと付き合いを続けてきた仲間たちの付き合いの様子が面白かった。 - 春の祝祭 深町眞理子訳
- 合衆国政府の最高機密プロジェクトに携わる、若き天才数学者マシュー・フォートリー。十八世紀フランスのサロンに憧れる彼の前に、ある嵐の日、突然美女が現れて…
下心満々のくせに、美少女と相対するとシドロモドロになり、頭の良さを鼻にかけた嫌みったらしい言葉しか出てこない、典型的なオタク気質のマシュー君。その後はまさしく「それなんてエロゲ?」な展開。
やっぱり、この短編集の最大の魅力は、知的で誇り高いガミッチ君だろうなあ。何かと心配してくれる<ネコちゃんおいで>すら、上から目線であしらう孤高の態度。いやもう、猫ってのは、つくづく、王者の気品に溢れているというかなんというか。
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