リチャード・コーソン「メガネの文化史 ファッションとデザイン」八坂書房 梅田晴夫訳
「モンテロン侯爵夫人を初めてお訪ねした折、びっくりしたのは多くの若い御婦人方が大きな眼鏡を鼻の上にのせ耳に環をひっかけておいでになったことでした。しかも一番不思議に思ったのは、その方々は本当に必要なときには眼鏡を使わず、お喋りをするときだけ眼鏡をかけておいでになるということでした。」
どんな本?
一昔前、西欧人から見た日本人のシンボルは、出っ歯と眼鏡とカメラだった。ある者はミラーグラスでクールな自分を演出し、ある者は眼鏡っ娘や眼鏡男子に萌え、ある者は老眼鏡で己の老いを思い知る。老若を問わず現代人の生活に浸透し、実用・ファッション双方の機能を機能を果たす眼鏡。その眼鏡はいかに発生し、どのように使われ、世の人々に受け入れられていったのか。誰が製造し、誰がどのように売り、誰が何のために買っていたのか。西欧の服飾史の観点から、眼鏡の歴史を辿っていく。文化史という観点のため、技術史としての記述は控えめ。
いつ出たの?分量は?読み易い?
1999年3月30日初版。ハードカバー縦一段組みで約300頁。ハードカバー本としては普通の分量。訳文は少々時代がかってるけど、決して退屈ではない。というのも、図版やイラストがとても充実しているからだ。例えば最終章の「20世紀」だと、全92頁中の25頁を、代表的な眼鏡の図版集に充て、200以上の眼鏡の図版を収録している。加えて本文中でも、ふんだんに眼鏡をかけた人物のイラストが沢山載っている。画風も、肖像画風のチェンバレン(イギリスの政治家)から、漫画風のハロルド・ロイドまで、筆致がバラエティに富んでいて楽しい。
どんな構成?
第一章 発端
第二章 中世
第三章 十六世紀
第四章 十七世紀
第五章 十八世紀
第六章 十九世紀
第七章 二十世紀
起源から現代へと向かう素直な構成。先にも書いたとおり、各章の終わりに、代表的な眼鏡やレンズの図版を大量に収録し、文中にも眼鏡をかけた人物のイラストを豊富に載せている。
で、どうだった?
鼻の低い私には信じられない事なのだが、発生以来、耳にひっかける「つる」のない、いわゆる鼻眼鏡の時代が長く続いている。よくもまあ我慢できたなあ、と思うものの、中国ではひもを耳に架ける形状が一般的だったとか。やっぱ、モンゴロイドの鼻は低いのね。ああ悔しい。
世の人が眼鏡に持つ感情も様々で、往々にして嫌われるのだが、逆にファッション・アイテムとして流行する時期もある。冒頭に挙げたのは1679年にスペインのマドリッドで書かれた手紙で、こう続く。
「彼女は私がそのわけをききますとケラケラと笑って、それはね自分を真面目そうに見せるためなのよと言いました。」
ご婦人のファッションは男の好みと無関係に変転しがちだけど、きっと当時にも「眼鏡っ娘萌え」はあったに違いない。当然、男も装飾品として眼鏡を使っていて、同じ手紙にこう書いてある。
「男性はその財産が大きくなるにつれて、大きなレンズの眼鏡をかけるのです。スペイン貴族の方々は掌ぐらいのおおきさの眼鏡を掛けておられます。」
幼い頃から近眼に苦しめられてきた私には信じがたい事だが、好き好んで眼鏡をかける人もいるんだなあ。かと思えば、18世紀の文献で、本来?の目的で眼鏡を使うシーンも出てくる。
私は自分の桟敷に入りました。席に着くや否や、私はおよそ二十ばかりの眼鏡(小型望遠鏡)が私の方に向けられているのに気がつきました。
当時の英仏の社交界では、小型望遠鏡で人を覗くのが流行ってたそうな。なんとまあ失礼な流行だこと…と思ったら。
オペラ座やコメディ・フランセーズでは、このロルニェットがよく使われているのを見ましたが、これほど厚かましい使い方は見たことがありませんでした。その連中はそうと気取られないように、扇子や帽子を使って、眼鏡を隠すようにしていましたが、ここの連中ときたら、そんなつつしみなど毛ほどもありはしないんです。」
隠せばいいのかよw
などと、眼鏡の歴史を通して、当時の西欧の風俗や社会も垣間見える、トリビアに満ちた一冊。男も女も、昔から装飾に賭ける情熱は並々ならぬものがあったのね。
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