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2010年11月の18件の記事

2010年11月30日 (火)

作花済夫「トコトンやさしいガラスの本」日刊工業新聞社B&Tブックス

 本書では、私たちに見えるガラスと直接は見えない先端ガラスの両方を紹介します。世の中にどのようなガラスがあるか、どのようにしてつくられ、どんな性質を持っているかを知っていただきたいと思います。思いもよらないはたらきをするガラスがあるということを発見していただけると期待しております。

どんな本?

 日刊工業新聞社のB&Tブックス、「今日からモノ知り」シリーズの一冊。素人向けのガラスの解説書。いつ頃から、どこで、どのようにして作られたのか。その原材料は何か。どんな種類があり、どんな特徴があって、どんな風に使われているのか。防弾ガラスやマジックミラーの原理や製法は?最先端のガラスには、どんなものがあるか。そういった事柄を、ふんだんにイラストを交えて紹介している。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2004年7月30日初版。A5ソフトカバー縦二段組で約150頁。各記事は見開きで完結していて、しかも右頁に解説文、左頁に説明用のイラスト、という親しみやすいレイアウトで統一していて、読みやすさへの配慮は徹底している。じゃあ、それで内容が充分理解できたかというと…

どんな構成?

第1章 ガラスは大昔からあった!?
第2章 ガラスとはなんだろう?
第3章 ビルディングや住宅で使われる機能性ガラス
第4章 自動車、電車など乗り物のガラス
第5章 思いがけない特性・用途を持つガラス
第6章 映像機器や光通信に使われるガラス
第7章 先端素材として活躍するガラス

 こういった科学・技術解説書の多くがそうであるように、これも後に行くに従って次第に難しくなっていく。前2/3ぐらいは、解説文に時折分子式が出てく るぐらいで、充分ついていける。だが、末尾近くの1/4になると、何の説明もなく「非線形光学性」なんて言葉が出てくるなど、とてもじゃないが素人向けと はいい難い。第6章から第7章あたりにかけて、いきなり難しさが跳ね上がっている感がある。テーマそのものが難しい点に加え、レイアウトの工夫が徒となり、説明に必要な文字数・空間がとれないせいかもしれない。面白い話題をなるべく多く紹介したい、という著者の熱意は伝わるんだが、各トピックに割く頁を増やす等の工夫が欲しかった。

で、面白い?

 後半1/4は、ほとんど理解できなかった。が、それ以前の3/4は、化学が苦手な私でも、存分に楽しめる。中でも面白いのは、現代で実際に使われている、様々なガラスを紹介する第3章~第5章。

 例えば、有名な防弾ガラス。あれ、単純な構造じゃないんだね。複数のガラスと、ボリビニールブラチールの多層構造になっている。後に出てくる防犯ガラスや、車・列車の窓ガラスと、原理的には同じ仕組み。
 スパイ者の小説に出てくる、ハーフミラー(マジックミラー)の説明もあって、チトややこしいけど、なんとか判る。
 「おお、これは!」と思ったのが、5章に出てくる「人工骨の移植材料となるガラス」。金属やセラミックと違い、人の骨と自然に強く結合するそうな。漫画コブラに出てくる、クリスタルボーイの登場も近い←んなワケあるかい

 意外だったのが、ガラスの出荷額の変化。今世紀に入ってから、光ファイバー・フォトマスク・ディスプレイ用基盤ガラス・光通信用部品ガラスが急成長している。この辺は、株価に詳しい人には常識なのかな。
 ビール瓶のリサイクル率99%というのも意外。何が意外といって、「びんの形も色も会社によらず同じなので可能」とは。全く気がつかなかった。

 今後が楽しみなのが、「長時間光るガラス」。齢経たSF者なら「おお、スローガラスか、懐かしい」と思われるかもしれない。今は風景そのものを記憶できるわけではなく、単に光(のエネルギー)を留める、という程度らしいのだが、それでも十時間以上明るく光るし、RGBの三原色それぞれを蓄光(と、いうのかな?)できる事がわかっている。 

 マイクロレンズの仕組みも興味深い。直径0.5ミリ程度で、中心近くはカリウム、周辺はナトリウムを多く含む。中心ほど屈折率が高いので、末端が平面でもレンズの効果がある。光源と光ファイバーを組み合わせるほか、内視鏡に使われたり、多数を束ねて複写機やファクシミリの読み取りに使われるそうな。

 こういう、工業系の技術解説本も、読んでみると意外と面白いもんだね。ちょっとした鉱脈を掘り当てた気分。

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2010年11月29日 (月)

黒葉雅人「宇宙細胞」徳間書店

「ところがその我が日本が大金払って実際に掘っている場所は、大陸の奥深く、しかも獲物はなんと、ただの氷」
「ちゃうぞ。百年前の氷や」

どんな本?

 南極の氷層奥深くに潜んでいた古代の生物が復活し、暴れまわる…と聞けば、「おお、遊星からの物体Xか」と思うだろう。ところがどっこい、敵は感染して増殖するんだ…となれば、「ほお、ゾンビかバイオハザート?」と思うかもしれない。ところがどっこい、物語は読者の予想の斜め上を行き、しまいには宇宙の彼方へカッ飛んで行く。
 奇想天外という意味では、ある意味バリトン・J・ベイリーすら凌ぐお馬鹿SF。読者の予想を大幅に上回るスケールで事態が進展し、終盤では奇想天外で無茶苦茶なアイデアが次から次へと繰り出され、この世の果てまで突っ走る。「SFバカ本」シリーズが好きな人なら、きっと気に入ると思う。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2008年9月30日初版、ハードカバーA5縦組みで本文約320頁。分量はともかく、文章がひどく読みにくい。下手と言うより、拙いのだ。小手先の技を弄した結果、読みにくくなったというより、素人が熱情の赴くまま書きなぐり、ロクな推敲もせずに書籍にしてしまった、という感がある。句読点の使い方や、修飾語の位置がおかしいのだ。つまりは単なる経験不足で、少しコツを覚えるなり、編集が推敲に協力するなりすれば、だいぶ違うだろうに、なんで改稿せずに出しちゃうかなあ。

どんなお話?

 氷床掘削技術者の伊吹舞華は、南極での掘削作業中に異様な光景を見る。掘削したサンプルに誤って指先が触れてしまった同僚の三浦直巳が、躊躇いもせずに触れた自分の指を切り落としたのだ。それを厳しい目つきで見つめる、海上保安庁の海洋情報部員の中野。三浦と中野は、何か重大な秘密を共有しているらしい。

 その秘密とは、未知の生物だった。場面変わって帰還の砕氷船。ゾンビよろしく憑依された多数の乗員・乗客が、伊吹舞華に襲い掛かる。なんとか難を逃れた報道記者の目黒丈二と共に、舞華は生存の道を探る。

 と、ここまで50頁ほど。こう書くと、ゾンビ vs 舞華って構図のホラーのようだが、この後の展開が二転三転。最終的には「2001年宇宙の旅」を思わせる展開で、宇宙と生命の秘密へと迫っていく。その過程で、一見マトモそうなモノから、いかにもアヤシゲな「ジャンケン理論」まで、惜しげもなく豊富な奇想・アイディアをぶちまけてくる。まさしくワイドスクリーン・バロックそのもの。、序盤こそホラー仕立てであるけれど、話が進むに従ってアイデアの奔流は量と速度を増し、怒涛の勢いで読者に眩暈を起こさせる。

で、感想は?

 いろいろと、極端な作品。

 お話そのものは、文句なしに面白い。確かに万民向けとはいい難い。科学的にも出鱈目だし、論理的にもアラは目立つ。けれど、狂ったアイデアや変なガジェットが大好きで、スケールが大きなSFが読みたい人にとっては、「俺は、こういうSFが読みたかったんだあぁ~!」と叫びたくなる、感謝感激鼻血ドバドバな仕掛けが続々と出てくる。中盤あたりから予想を裏切ってエスカレートする展開の連続で、「ここまで大風呂敷広げて大丈夫か?」と不安になるぐらいだ。実際には風呂敷を畳むどころか、風呂敷なんてどうでも良くなってしまう。きっと呆れると思う、いろんな意味で。こういう、お馬鹿で元気のいいSFは大好きだ。作者が楽しんで書いてるのが伝わってきて、それもまた面白さを盛り上げている。

 反面、文章の拙さも突出している。悪文なんじゃない。拙いのだ。足りないのは才能じゃない。経験と推敲が、圧倒的に不足している。とまれ、こういうのは、そう単純な問題じゃないのかな、とも思う。経験の少ない素人だからこそ、怖い物知らずで馬鹿馬鹿しいアイデアを大量に惜しげもなく投入できるのかも知れない。面白さは文句なしなんで、今後も好きな物をひたすらブチ込んで、やりたい放題に書き散らかしてくれるといいなあ。

 選評で「人間が書けてない」みたいな事を言われてる。まあ、確かに、そういう部分はある。お話にもアラはあって、なんか思わせぶりな人物が跡形もなく消えちゃったりする。けど、いいじゃん。SFなんだから。もっと割り切って、人間なんか書割でいい。それより、どこまでアイデアを詰め込めるか、どこまで奇想天外な発想ができるかを追求して欲しい。技よりパワーで圧倒する作品を期待してます。

関連項目

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2010年11月27日 (土)

ジョージ・R・R・マーティン「洋梨形の男」河出書房新社奇想コレクション 中村融編

サイゴンが陥落したとき、ケニーの頭をよぎったのは、何人くらいのヴェトナム難民がレストランを開くだろうという疑問だった。

はじめに

 有害図書なんて、都市伝説だと思っていた。この本を読むまでは。そう、この本は、極めて有害な書物である。目標に向け常日頃の努力を怠らず、幾多の誘惑に耐え忍び、意思によって己の欲望をねじ伏せている者に対し、甘い誘惑を囁き人を堕落の道に誘う、悪魔の書だ。よって、ここに私は警告する。心してお聞きいただきたい。

  ダイエット中の人は、決してこの本を読んではならない。

 翌朝、眼が醒めたらチーズトーストを齧っていたとか、夜、気がついたら枕元にこんなものがあったとか、そういう恐怖を味わいたくなければ、この本には手を触れない方がいい。

どんな本?

 ホラー・SF・ファンタジーの垣根を軽々と飛び越えて活躍する作家、ジョージ・R・R・マーティンの、ホラー寄りの作品を集めた短編集。ジャンルを意識しない代わり、彼の作品には幾つか共通点がある。その一つは、登場人物の微妙な底意地の悪さ。清廉潔白な正義のヒーローは現れず、いかにも人間臭い身勝手さを備えている。そして、もう一つの厄介な特徴が、食事シーンの迫力。「タフの箱舟」や「フィーヴァードリーム」でも、登場人物が美食を味わう場面が多く登場していた。この作品集では、美食どころかスナック菓子のようなジャンク・フードですら、美味極まりない食物に感じられるから困る。いや困らない人もいるだろうけど、私は困るんです、とっても。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 2009年9月20日初版。サイズはA5と新書の間ぐらいのソフトカバー。縦一段組みで約320頁。「SFは専門用語が多くてちょっと…」とお考えの方々も、心配ご無用。最後の「成立しないヴァリエーション」でチェスの用語が頻出する以外は、現代のアメリカを舞台にしたホラーなので、難しい言葉は出てきません。「成立しないヴァリエーション」も、駒の名前(キングとかポーンとか)さえ知っていれば、とりあえず楽しめます。

どんな作品が入ってる?

モンキー療法
 ケニーは、デブだ。時折、憑かれたようにダイエットに励むが、すぐに猛烈に食べ始める。バーベキュー・ハウスの食べ放題に出かけた時、昔のダイエット仲間のヘンリーに出会った。大量の食べかすを散らかしたヘンリーは、ガリガリに痩せていた。ダイエットの秘密を訊ねるケニーに、ヘンリーは「モンキー療法」という名と、住所のメモを渡す。
 グレムリン同様、古式ゆかしい「謎の店で変なシロモノを手に入れる」パターン。いきなり彼の得意な食べ物ネタ。気を緩めたらアンチョビ・ピザとスペアリブの霊にとり憑かれ、ステーキハウスでお祓いする羽目になるので、要注意。
思い出のメロディー
 弁護士のテッドの家に、学生時代のルームメイトの一人、メロディーが転がり込んできた。昔の彼女は活発で可愛かったけど、今のメロディーは薄汚い疫病神で、仲間うちの厄介者だ。会えば面倒に巻き込み金をねだり、断れば泣いて同情を買おうとする。
 いるよね、こういうメンヘル女。いや男もいるけど。「やれ」と言った事はやらないクセに、「絶対にやるな」と言った事は必ずやらかす。突っぱねれば人でなしとなじり、なんか悪い事をしたような気分になる。
子供たちの肖像
 やもめ暮らしの長い小説家リチャードの家に、折り合いが悪くて別居した娘のミッチェルから、絵が届いた。彼女の絵は好きだった。特に、自画像が。お互い意地っ張りで、自分から謝る事が出来ない。きっと、和解を求めての贈り物だろう…
 繰り返しとエスカレーション、それにカットバックを使った、ホラーのお手本のような構成で、シワジワと盛り上げてくる。主人公のリチャードが、いかにも頑固で無反省のロクデナシ親父なんだが、それに作家の業が加わるとタチの悪さが倍増すると共に、「でも作家じゃしょうがないか」な気分になるから不思議。
終業時間
 ハンクの酒場に、ミルトンが怒鳴り込んできた。ピートから買った魔法の品、護符がとんでもないシロモノで…
 酒場を舞台に酔っ払いが繰り広げる、アメリカ南部風の馬鹿話。この作品集では浮いた感じの小品だけど、私は好きです。いやオチはしょうもないんだけど。
洋梨形の男
 ジェシーとアンジェラが引っ越してきたアパートの地下には、気味の悪い男が住んでいた。昼間、勤めに出ているアンジェラはともかく、自室で仕事をするイラストレーターのジェシーはたまらない。同じアパートの住民や近所の店の店員も、彼を見知っているけど、皆「洋梨形の男」というばかりで、名前は勿論、どんな仕事をしているのかなど、それ以上の事は何も知らない。
 ジェシーが被害妄想に憑かれているのか、洋梨形の男が本当にアブない奴なのか。事態は少しづつエスカレートして…
成立しないヴァリエーション
 学生時代、ピーターはチェスのクラブを率いていた。運営にも関わって、母校で全国大会を開催した。六つのチームを出場させ、自分もチームの一人として出場した。惜しいところまでいったんだ。けど、今は落ちぶれて、妻のキャシーとは喧嘩ばかり。
 それだけの頭脳と能力を持ってるなら、もうちっと他に目を向ければ色々と大きなことが出来そうなもんだけど、そういう方向に向かないのが、マーティンの登場人物なんだよなあ。嫌な感じに等身大というか。

 正義の味方も出てこないかわりに、極悪人も出てこない。皆が人並みに弱くて、人並みにセコくて、人並みに利己的で、人並みに狡猾。でも純文学風の小難しい心理描写だの人生の真実だのには向かわず、キチンとオチのつく「物語」として仕上げるあたりは、さすがマーティンの職人芸というか。

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2010年11月26日 (金)

白山晰也「眼鏡の社会史」ダイヤモンド社

一般民衆は衣装にも大いに驚嘆したが、眼鏡に対する人々の驚嘆は比較にならぬほど大きいものであった。そして司祭が道を通過した(際)、彼らは目撃したことを十分熟考し得なかったので、数人の単純な人々は、伴天連には眼が四つあり、二つは皆が本来持っているふつうの位置に、他の二つはそれから少し外にはずれたところにあって、鏡のように輝き、恐るべき見ものであると確(しか)と思い込んだ。

どんな本?

 昨日の「メガネの文化史」が、西欧における眼鏡の歴史を綴った書物なのに対し、これは日本における眼鏡の歴史を辿っている。その過程で多くの文献を漁っているんだが、お堅い公文書から商家の取引記録は勿論、職人尽絵や黄表紙など庶民的な絵本を豊富に引用していて、当時の人々の暮らしぶりが活き活きと伝わってくる。「眼鏡がどのように普及してきたか」という文化史的な側面が中心で、技術・工学的な記述は控えめ。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 1990年11月29日初版発行。A5大のハードカバー、縦一段組みで本文約310頁。文献からの引用が多いのでスラスラというわけにはいかないが、まあ本の性格上、仕方があるまい。江戸時代を扱う中盤以降、黄表紙や浮世絵などで、眼鏡をかけた人物の図版を豊富に掲載してて、これが実に楽しい。

どんな構成?

第一部 伝来
 第1章 眼鏡の誕生
 第2章 南蛮文化との出会い -- 眼鏡の伝来
 第3章 家康と望遠鏡
第二部 事件
 第4章 日蘭貿易と眼鏡
 第5章 日中貿易と眼鏡
第三部 絵画・文芸における諸相
 第6章 近世風俗画における眼鏡の諸相
 第7章 近世文芸における眼鏡の諸相
第四部 産業・広告
 第8章 近世産業の発展と眼鏡
 第9章 眼鏡製作の技術
 第10章 近世産業開花の魁
 第11章 江戸・明治時代の眼鏡広告
第五部 流行・普及
 第12章 眼鏡の流行と普及
あとがき

 眼鏡そのものの発生については十数頁の第一部で軽く流し、速攻で本書のテーマである日本での眼鏡の歴史に入っている。この構成はスピード感があって気持ちがいい。貴重品だった時代は、家康や家光など上級武士ばかりが登場して、いかにも堅苦しい雰囲気なのが、第三部以降は職人や商人などの庶民が続々と紹介され、一気に親しみやすい雰囲気になる。

で、どう思った?

 冒頭の文章は、フランシスコ・ザビエルによって日本にもたらされた眼鏡が、当時の人々に大きな衝撃を与えた様子の記録で、ルイス・フロイスの「日本史」からの引用。当初は珍奇な物でしかなかったが、そこは武家政権。望遠鏡の軍事的価値を見抜き、家光は日光にまで持ち込んでいるし、島原の乱でも松平伊豆守がオランダ商館長から望遠鏡を借りている。

 暫く眼鏡はポルトガル・オランダからの輸入に頼っている。輸入量の変転を、「唐船輸出入品数量一覧」などから丹念に拾い上げている。この辺の眼の付け所は、商人である著者らしい(著者は東京メガネ社長)。

 先の松平伊豆守のエピソードも、「同じキリスト教徒に対し、オランダ人が敵対するか否かを見極める踏み絵でもあった」など、ちょっとした歴史の視点を紹介するなど、眼鏡を中心としながら、当時の社会背景も併せて解説していて、コレが本書の大きな魅力となっている。

 こういった歴史の薀蓄は随所に出てきて、他にも好色一代男で望遠鏡を効果的に使った場面を紹介し、その背景として、当時の商家が江戸・大阪間で、金銀や米の相場を8時間で伝達した手法の解説も面白い。一種の光通信だね。ちょっとキース・ロバーツのパバーヌを思い出した。

 江戸時代の「買物案内」のアイデアにも感心した。つまりはタウン誌で、商店から掲載料を取って儲けている。こういう商売って、昔からあったんだなあ。

 専門的な本のわりに、レイアウトに独特の工夫があったのが嬉しい。本文は普通の縦組みで、脚注が頁の下に横組みで入っている。誌面に変化があるので、見ていて飽きない。作るのは大変だろうけど、読者にとっては有り難い工夫だった。

 豊富な図版の一部は著者の所有物らしく、著者の「ドヤ顔」が垣間見えるのが少々かわいいかも。こういう好事家がニッチな本を活発に出版できるのは、いい時代だと思う。

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2010年11月25日 (木)

リチャード・コーソン「メガネの文化史 ファッションとデザイン」八坂書房 梅田晴夫訳

「モンテロン侯爵夫人を初めてお訪ねした折、びっくりしたのは多くの若い御婦人方が大きな眼鏡を鼻の上にのせ耳に環をひっかけておいでになったことでした。しかも一番不思議に思ったのは、その方々は本当に必要なときには眼鏡を使わず、お喋りをするときだけ眼鏡をかけておいでになるということでした。」

どんな本?

 一昔前、西欧人から見た日本人のシンボルは、出っ歯と眼鏡とカメラだった。ある者はミラーグラスでクールな自分を演出し、ある者は眼鏡っ娘や眼鏡男子に萌え、ある者は老眼鏡で己の老いを思い知る。老若を問わず現代人の生活に浸透し、実用・ファッション双方の機能を機能を果たす眼鏡。その眼鏡はいかに発生し、どのように使われ、世の人々に受け入れられていったのか。誰が製造し、誰がどのように売り、誰が何のために買っていたのか。西欧の服飾史の観点から、眼鏡の歴史を辿っていく。文化史という観点のため、技術史としての記述は控えめ。

いつ出たの?分量は?読み易い?

 1999年3月30日初版。ハードカバー縦一段組みで約300頁。ハードカバー本としては普通の分量。訳文は少々時代がかってるけど、決して退屈ではない。というのも、図版やイラストがとても充実しているからだ。例えば最終章の「20世紀」だと、全92頁中の25頁を、代表的な眼鏡の図版集に充て、200以上の眼鏡の図版を収録している。加えて本文中でも、ふんだんに眼鏡をかけた人物のイラストが沢山載っている。画風も、肖像画風のチェンバレン(イギリスの政治家)から、漫画風のハロルド・ロイドまで、筆致がバラエティに富んでいて楽しい。

どんな構成?

第一章 発端
第二章 中世
第三章 十六世紀
第四章 十七世紀
第五章 十八世紀
第六章 十九世紀
第七章 二十世紀

 起源から現代へと向かう素直な構成。先にも書いたとおり、各章の終わりに、代表的な眼鏡やレンズの図版を大量に収録し、文中にも眼鏡をかけた人物のイラストを豊富に載せている。

で、どうだった?

 鼻の低い私には信じられない事なのだが、発生以来、耳にひっかける「つる」のない、いわゆる鼻眼鏡の時代が長く続いている。よくもまあ我慢できたなあ、と思うものの、中国ではひもを耳に架ける形状が一般的だったとか。やっぱ、モンゴロイドの鼻は低いのね。ああ悔しい。

 世の人が眼鏡に持つ感情も様々で、往々にして嫌われるのだが、逆にファッション・アイテムとして流行する時期もある。冒頭に挙げたのは1679年にスペインのマドリッドで書かれた手紙で、こう続く。

「彼女は私がそのわけをききますとケラケラと笑って、それはね自分を真面目そうに見せるためなのよと言いました。」

 ご婦人のファッションは男の好みと無関係に変転しがちだけど、きっと当時にも「眼鏡っ娘萌え」はあったに違いない。当然、男も装飾品として眼鏡を使っていて、同じ手紙にこう書いてある。

「男性はその財産が大きくなるにつれて、大きなレンズの眼鏡をかけるのです。スペイン貴族の方々は掌ぐらいのおおきさの眼鏡を掛けておられます。」

 幼い頃から近眼に苦しめられてきた私には信じがたい事だが、好き好んで眼鏡をかける人もいるんだなあ。かと思えば、18世紀の文献で、本来?の目的で眼鏡を使うシーンも出てくる。

私は自分の桟敷に入りました。席に着くや否や、私はおよそ二十ばかりの眼鏡(小型望遠鏡)が私の方に向けられているのに気がつきました。

 当時の英仏の社交界では、小型望遠鏡で人を覗くのが流行ってたそうな。なんとまあ失礼な流行だこと…と思ったら。

オペラ座やコメディ・フランセーズでは、このロルニェットがよく使われているのを見ましたが、これほど厚かましい使い方は見たことがありませんでした。その連中はそうと気取られないように、扇子や帽子を使って、眼鏡を隠すようにしていましたが、ここの連中ときたら、そんなつつしみなど毛ほどもありはしないんです。」

 隠せばいいのかよw
 などと、眼鏡の歴史を通して、当時の西欧の風俗や社会も垣間見える、トリビアに満ちた一冊。男も女も、昔から装飾に賭ける情熱は並々ならぬものがあったのね。

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2010年11月23日 (火)

フリッツ・ライバー「跳躍者の時空」河出書房新社奇想コレクション 中村融編

 ガミッチは、彼自身よく自覚していたが、スーパー仔猫だった。知能指数はおそらく一六○はあるだろう。もとより言葉はじゃべれない。とはいえ、言語能力にもとづいたIQテストなるものが、はなはだしくかたよったものであるのはだれもが認めていることだし、だいいち、彼は早晩しゃべりだすはずなのだ。 --跳躍者の時空

 役者くずれで、酒と猫とシェイクスピアを愛するフリッツ・ライバーが遺した、愉快で幻想的で、少し不思議な小説を集めた短編集。ソフトカバー一段組み約360頁中5編、約1/3は、冒頭にあげたスーパーキャット・ガミッチ君の大活躍に充てられている。

跳躍者の時空 深町眞理子訳
 仔猫のガミッチは、自分がやがて人間になって言葉をしゃべると、わかっている。そう、父親の<馬肉のせんせい>や、母親の<ネコちゃんおいで>のように、やがてテーブルにすわり、コーヒーをつぎあい、そして言葉をしゃべるのだ。ベビーベッドの中でミルクを飲むしか能のない<赤ん坊>や、邪悪な企みに満ちたシシーとは異なって…
 誇り高く、孤高の気品に満ちたガミッチ君。しかし、知的な彼も、邪悪で野蛮なヒトの幼生・シシーだけは苦手だった。彼女の野蛮な企みを、彼は阻止しえるのだろうか…なんてね。確かに、猫と幼い子供ってのは、あまり相性がよくないかも。
猫の創造性 深町眞理子訳
 若猫に成長したガミッチ。彼は、こことは異なる世界がある事に気がついた。飲み水のボウルを覗くと、そこでは鏡の猫<ガミッチ複製>が、自分を見上げている。そんな彼を心配する<ネコちゃんおいで>。「近ごろガミッチがどこで水を飲んでるのか、さっぱりわからないのよ」と。
 水を飲まないガミッチを心配して、様々な工夫をこらす奥さん<ネコちゃんおいで>がいじましい。そんな奥さんの心配をよそに、思索にふけるガミッチ君。で、オチはというと…いやもう、萌える萌える。
猫たちの揺りかご 深町眞理子訳
 <馬肉のせんせい>を訊ねてきた、<セクシーな新来の隣人>。空飛ぶ円盤を信じ、SF作家である<馬肉のせんせい>になら、その信念を理解してもらえると思ったのだろう。さて、<馬肉のせんせい>はというと、これがまた酒と綺麗な脚には目がないタチで…
 鼻の下をのばしつつ、奥さんに言い訳する<馬肉のせんせい>。しかし、完全に見抜かれてます。いやもう、これは男の本能というか、しょうがないやね。愚かな人間ともが、ありがちなよろめきドラマを演じている間、ガミッチ君は遥かに重大な問題に取り組んでいるというのに。
キャット・ホテル 深町眞理子訳
 <馬肉のせんせい>の母親が、入院した。彼女を見舞った<ネコちゃんおいで>は、不思議な屋敷に迷い込む。<ウィックス・キャット・ホテル>。その名のとおり、猫のホテルであり、また猫の病院でもある。女主人、ウェンディー・ウィックスもまた、ミステリアスな人で…
 日頃は思索に耽るインドア派のガミッチ君も、妹の危機とあっては座して見ちゃいない。密かに敵地に忍び込み、雄雄しく魔女と使い魔に立ち向かうのであった。
三倍ぶち猫 深町眞理子訳
 ガミッチ・シリーズの最後を飾る、幻想的な一編。キャット・ホテルで登場したミステリアスな女性・ウェンディーや、魔女然とした三人の老婆、そして彼女たちの使い魔が、幻のように現れては消えてゆく。
『ハムレット』の四人の亡霊 中村融訳
 シェイクスピアを演じつつ、イギリスを巡回する小劇団。劇団長の「おやじさん」は、今回の巡業に、ベテランのガスリー・ボイドを連れてきた。最初は良かったんだ。彼の演じる亡霊は最高で、雑誌や新聞でも絶賛された。けど、ついに悪い癖が出た。酒さ。
 シェイクスピアの劇団、奇妙な劇団内の規則、「こっくりさん」に入れ込む三人の女優、己の才能を過信する若きスター、そんな連中をまとめあげる、懐の深い劇団長。現代でも、イギリスじゃ旅のシェイクスピア劇団があるんだろうか。
骨のダイスを転がそう 中村融訳
 働き者の女房と、辛気臭い母親から逃れ、一ドル銀貨を握り締めて家を出たジョー・スラッターミルが迷い込んだのは、ボーンヤード(墓場)という名の、新装開店した賭博場だった。腕っこきギャンブラーが集まるその店でも、とびっきりの大物ギャンブラーと勝負する機会を得たジョーは…
 いやもう、ジョーの穀潰し駄目男っぷりが半端ないというかなんというか。
冬の蝿 浅倉久志訳
 安楽椅子に座り、読書に耽る父親のゴットフリート・ヘルマス・アドラー。製図用テーブルに座って、絵を書く母親のジェーン。そして、宇宙飛行用のヘルメットをかぶり、宇宙旅行に出かける幼い子供のハイニー・アドラー。
 平和で幸福な家族団らんのひととき。その裏では…
王侯の死 中村融訳
 大学で出会ったわたしたち仲間は、今でも付き合いがある。仲間のリーダーであるフランソワ・ブルサールは、活動的だが、少し変わっていた。出生も謎で、本人は金持ちに拾われた捨て子だと言っていたが。ときおり何年も姿をくらましては、ひょっこり現れるのだ。
 ネタとなるトリックもさることながら、大学で知り合い、以後ずっと付き合いを続けてきた仲間たちの付き合いの様子が面白かった。
春の祝祭 深町眞理子訳
 合衆国政府の最高機密プロジェクトに携わる、若き天才数学者マシュー・フォートリー。十八世紀フランスのサロンに憧れる彼の前に、ある嵐の日、突然美女が現れて…
 下心満々のくせに、美少女と相対するとシドロモドロになり、頭の良さを鼻にかけた嫌みったらしい言葉しか出てこない、典型的なオタク気質のマシュー君。その後はまさしく「それなんてエロゲ?」な展開。

 やっぱり、この短編集の最大の魅力は、知的で誇り高いガミッチ君だろうなあ。何かと心配してくれる<ネコちゃんおいで>すら、上から目線であしらう孤高の態度。いやもう、猫ってのは、つくづく、王者の気品に溢れているというかなんというか。

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2010年11月21日 (日)

川成洋「スペイン内戦 政治と人間の未完のドラマ」講談社学術文庫

本書は、『スペイン国際旅団の青春--スペイン内戦の真実』(福武書店、一九九二年)を定本とし、それに新しい資料を挿入したものである。 --学術文庫版あとがき

 と、いうことで。スペイン内戦の全体を扱った本では、ない。国際旅団に焦点をあて、結集・結成から戦闘の様子、解散を帰国を経て、生存者たちのその後の人生を辿った本だ。旧書名の方が内容に相応しいと思うんだけどなあ。軍事的な方面の記述は大雑把で、銃や戦車の具体的な名称などは出てこない。その代わりに、議会や他国の干渉など政治的背景や、各兵士の志望動機や渡航経路などに中心を置いている。

 そういう内容なので、フランコ側は「叛乱軍」と表記され、叛乱軍側の視点は、ほとんどない。基本的に、共和国軍側の資料を基に書かれている。それも、後方の司令部にいた指揮官や政治家の資料ではなく、前線で戦った兵卒の資料を丹念に漁っている模様。そのためか、著者の政治的姿勢も、決して共和国軍万歳ではない。拷問やゲルニカの虐殺など叛乱軍の残虐行為は勿論出てくるが、同時に共和国軍によるカトリック教会聖職者への虐殺や、共産主義者によるアナキストの弾圧、バルセロナでの内輪揉め、共産党によるパスポートの没収とソビエトへの横流しなど、共和国軍・国際旅団側の醜い側面も、容赦なく暴き出している。

 文庫本で一段組み300頁ほど。一つの旅団の通史としてもいささか軽量ではあるが、いわゆる戦記とは趣を異にするので、しょうがないか。学者の書いた本にしては文章も硬くなく、意外と読みやすいので、読み始めればあっさりと通読できる。

 第二次大戦の前哨戦となったスペイン内戦。フランコ将軍を筆頭とする叛乱軍は、職業軍人を中心としたため組織的な軍事行動に秀でており、またドイツやイタリアの積極的な支援を得たため、武装も優秀だった。対する共和国軍は、戦いに不慣れな市民が中心であり、作戦行動は稚拙だった。ソビエトから得たものの、武器も貧弱だった。僅かながら共和国側に与する職業軍人もいたが、兵卒から不信の目で見られ、充分な能力を発揮できなかった。

 そんな共和国軍を支援するため、各国から若い義勇兵が集まり、国際旅団が結成される。兵の数こそ集まったが、その内情は烏合の衆そのもの。言葉も通じなければ信条も違う。ある者はファシストから民主主義を守るため、ある者は共産主義革命を信じて。言葉の問題を解決するため、それぞれの出身国を基準に隊が編成される。アメリカ人はリンカン大隊、フランスはエドガー・アンドレ大隊とコミューヌ・ド・パリ大隊、ドイツ人はテールマン大隊、という具合だ。

 反ファシスト・アナキスト・社会主義者・共産主義者などの寄り合い所帯ではあったが、中でも最も組織的に動いたのは、ソビエトを後ろ盾とした共産主義者だった。フロント組織でその正体を隠しながら、反ファシストの義勇兵を各国で集める。脱走を防ぐため、応募した義勇兵からパスポートを取りあげ、その多くはモスクワに送られた。

 義勇軍の訓練と武装は貧弱で、銃が与えられるのは、前線に送られる直前だった。たった五発でも、実弾演習ができれば幸運な方で、大抵は行進や匍匐前進など、形だけの訓練で前線に投入された。部隊には指揮官とは別に政治将校が送り込まれた。

 唯一、記録が残っている日本人義勇兵、ジャック白井の生涯が切ない。孤児として函館で育ち、アメリカに渡航・密入国する。コックの腕を買われ日本食レストラン「島」で働き、「日本人労働者クラブ」に出入りするようになる。が、日本語が巧くないため朝鮮人と間違われ、孤立してしまう。アメリカ共産党が募る義勇兵に応募し、スペインに渡る。訓練基地や休暇ではスペインの子供とよく遊んでいた。ニューヨークでは「無口で」「孤独な」「腕っぷしに自信のある男」だったが、スペインでは「いつも笑顔をふりまく、陽気な男」「子供を可愛がる優しい男」と戦友から言われる。大隊付炊事兵となるが戦闘員を志望し、「銃を握るコック」として参戦、そしてブルネテにて。

 塹壕のなかで疲労と空腹と渇きで士気喪失しかかった戦友を見て、白井がその食料車を動かそうとして反射的に塹壕から飛び出したとたん、敵の期間銃弾を受けて即死した。

 ジャック・シライ、ジャパニーズ・アンチ・ファシスト
 彼の勇気をたたえて
 一九三七年七月十一日

 人種も生い立ちも関係なく、裸の人間性が問われる戦場で、孤児という薄幸な生い立ちや不法入国者という劣等感から解放され、やっと本来の性格を取り戻せたんだろうか。

 スペイン内戦の概要が知りたくて読み始めた本なんで、最初は予想と違う内容に「チ、外したか」と思ったけど、読み終えてみると、共和国側の意外な内幕が覗けて、案外と拾い物のような気がしてきた。とりあえずは、何でも読んでみるもんだなあ。

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2010年11月19日 (金)

Shelley Powers「初めてのJavaScript 第2版」オライリージャパン 武舎広幸・武舎るみ訳

 この言語に出会ってからは「プログラミングを学ぶならば JavaScript から始めるべし」とずっと思ってきました。とても取っつきやすい言語なのです。もし、他のプログラミング言語をご存じなら、学習を始めたその日のうちに新しいプログラムを書き始めることができるはずです。  --訳者まえがき より

 プログラマには馴染み O'Reilly の、JavaScript 入門書。申し訳ないが私は JavaScript 初心者であり、JavaScript について充分な知識を持っていない。よって、当書に何が足りないか、どの辺の説明が不十分か、などは指摘出来ない。できるのは、本書は誰に向くか、本書を読めば何ができるか、本書は入門書として判りやすいか、読んで楽しいか、などだ。最後の「読んで楽しいか」は、ここで断言しておく。楽しい。とっても、楽しい。少々、食い足りないぐらいだ。

 ソフトカバー横組み一段組みで350頁ちょい。既に述べたとおり、私は「面白くなってきた所で終わってしまった」感があるけど、そういう人は「JavaScript」を読みなさい、って事なんだろう。あくまで入門書だし。文章の読みやすさは、まあ O'Reilly の標準、って所かな。Perl 関係のように、クセの強いジョークがない分、マシかも。数あるプログラミング言語の中でも、JavaScript 周辺は進歩が著しく、新鮮さが重要になる。この本は2009年11月24日発行なんで、その点は合格だろう…たぶん。

1章 JavaScript の第一歩
2章 データ型と変数
3章 演算子と文
4章 JavaScript オブジェクト
5章 関数
6章 トラブルへの対処、デバッグ、異種ブラウザ間の問題
7章 イベント
8章 フォームと検証
9章 ブラウザオブジェクトモデル
10章 クッキーとその後継技術
11章 ドキュメントオブジェクトモデル
12章 動的なページの作成
13章 カスタムオブジェクトと例外の処理
14章 Ajax の基礎
15章 Ajax のデータ-XML か JSON か
付録A 練習問題の解答

 では、まず、本書は誰向けか、について。以下の条件を満たす人だと思って下さいな。

  • HTML と CSS を知っている。参考書を見ながらでもいいから、テキスト・エディタでスタイルシートが書ける。CSS を学びたい方は、こちらをどうぞ。 →CSS 完全ガイド第2版
  • プログラミングの経験がある。最低でも、変数・条件分岐・関数を知っている。オブジェクト指向やイベント駆動型処理の経験があれば尚よし。文法は C や Java に近いんで、そっちに慣れてると違和感が少ないかも。
  • ブラウザごとで振る舞いに違いがあると判っている。複数のブラウザが使える環境にある。
  • Firefox ユーザが有利。まあ、これを読もうって人なら、Firefox のインストールぐらいは出きるよね。
  • 終盤の Ajax では、TCP/IP と HTTP の知識が必須。出来れば PHP も読めた方がいい;私は PHP を知らないけど、perl は知ってるんで、なんとか読めた。14章以降は判らなくてもいい、というなら、話は別。

 次に、この本で何ができるか、というと。ハッキリ言って、この本だけじゃ、プロにはなれません。実際に使えるプログラムを作るには、DOM(Document Object Model)・jQuery などのライブラリ・Google Map API などのサービスを使いこなす必要があって、そっちはそれぞれの解説書を読むなり、ネットで参照するなりして下さい。まあ、ウダウダ言うより、実際に何かを作ってみればわかります。素人の私は十数時間かかって、この程度でした。 →今度は JavaScript に挑戦

 そして、入門書として判りやすいか。これは、読者による。上記の条件を満たす人には、とっても判りやすい。むしろ、もっと本格的な解説書が欲しくなるかも。こういう時、「O'Reilly って商売上手だよなあ」と感じてしまう。逆に、プログラミング未経験者には、かなり敷居が高い。JavaScript でプログラミングを学びたい人は、他の本を当った方がいい。「初めての」と言いつつ、プログラミング初心者向けじゃないのは痛い所。

 一般に O'Reilly の本は理論的な面に偏りがちで、実装面はぶっきらぼうな傾向がある。けど、この本は珍しく、6章で開発環境 Firebug の紹介があって、これがとてもありがたかった。早速インストールして使いましたよ、ええ。最初に作ったプログラムでは、CSS で定義した属性(背景画像の位置情報)が参照できなくて、数時間苦闘した挙句、とりあえず諦めた。で、暫く PC から離れ本に戻って読み進め、12章に達したところで。

 …直接 style 属性で指定しているものに関しては、JavaScript から style.color を経由して値を取得できますが、親要素から受け継いだりして、間接的に指定されているものに関しては、この方法では取り出せないのです。
 このことは重要なので覚えておいてください。DHTML を取り扱うときには必ずといってよいほど、ここでつまずきます。

 はい、つまずきました。ああ悔しい。

 5章の関数ではクロージャの例を出したり、普及してない let を紹介するあたり、著者の本性は LISPer なのかも。13章でも継承やメソッドの追加を説明してたり、プログラム言語マニアな側面が垣間見えて、ちょっと同病相哀れむ気分。スクリーンショットが Aqua だったりするのも、個人的にはポイント高し。いや昔 Mac 使ってたもんで。

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2010年11月18日 (木)

今度はJavaScriptに挑戦

 CSS に続き、懲りずに再び O'Reilly に挑戦。今度は「初めての JavaScript 第2版」を借りてきた。プログラミング言語の解説本だと、やっぱり O'Reilly は安定感があるなあ。などと偉そうに言っちゃあいるけど、暫くプログラミングはやってないんで、完全に頭が錆び付いてる。おまけに言語の文法はわかっても、組み込みライブラリや DOM(DOcument Object Model) とかはさっぱり、どころか CSS もわかってなきゃデバッガの使い方もロクに理解してないんで、一行書くごとに Google で API を探したり関数の綴りを調べたり。効率が悪いなんてモンじゃない。

 それでも、やっぱり、楽しいんだよね、プログラミングってのは…納期さえなきゃ。「なんだよ Attlibute って(正しい綴りは Attribute)」とか「この文脈の + は連結演算になっちゃうのか」とか「うひゃ、属性は style にまとまってるとは」とか「なんじゃい、CSS で定義した属性は取得できないじゃん」とか、アホみたいなミスを散々繰り返しつつ、エラーコンソールやらデバッガやらを行ったりきたりで、気がつけばホンの十数行を書くのに10数時間かかってる。

 と、悪戦苦闘しながら、なんとか玩具みたいなスクリプトを仕上げてみた。タイトルの背景画像を、縦にスクロールする。見た感じは結構ウザいかも。とりあえず Firefox3.6.12 と、Safari 5.0.2 で動作確認したけど、Opera とかじゃどうなんだろう?

<script type="text/javascript">
//<![CDATA[

window.onload = setInterval( moveImage, 50 );
function moveImage() {
    var b = document.getElementById( "banner" );
    if( ! b ) { return "No Banner" ; }
    var h = b.getElementsByTagName( "h1" );
    if( ! ( h && h.length ) ) { return "No H1" ; }
    var s = h[0].style.backgroundPosition || "1px 2px";
    var r = /^\s*(\d+)\D*(\d*)/ ;
    var p = r.exec( s );
    var x = p[1] ? p[1] : 0; var y = p[2] ? p[2] : 0; y = ( y % 64 ) + 1;
    h[0].style.backgroundPosition = x + "pt " + y + "pt";
    return h[0].style.backgroundPosition;
}
//]]>
</script>

 一応の動作確認を終え、「俺もやればできるじゃん」と満足に浸り、デバッガやエディタなどとっちらかった窓を整理し、一息ついてから気がついた。

…この程度なら、GIF アニメで実現した方が簡単じゃね?

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2010年11月16日 (火)

iTunes のラジオ局はプレイリストに登録しよう

 世の中には面白いインターネットラジオ局がいっぱいあって、iTunes にも沢山登録されている。あるのはいいんだけど、ありすぎるのも、ちと困ってしまう。ラジオを聴くたびに、長~い局の一覧から、お目当ての局を見つけるのは、ちょっとした手間がかかるからだ。

 そんなわけで、私はラジオ局専用のプレイリストを作って、気に入ったラジオ局は専用プレイリストに登録している。これなら、プレイリストを開けば、検索やスクロールせずにお目当ての局が見つかる。手順は、こんな感じ。

  1. iTunes で、プレイリストを作る。iTunes の「ファイル」メニューから、「新規プレイリスト(N)」を選ぶ。
    →新しいプレイしストができる。プレイリストには適切な名前をつけておこう。とりあえずは「myRadio」とか。
  2. ラジオ局を見つける。iTunes の左袖の「ラジオ」から見つけてもいいし、SHOUTcast.com などで見つけてもいい。
    プログレやアニメの局が知りたい人・ラジオ局を集めたサイトが欲しい方は、こちらの頁をどうぞ。 →iTunes のラジオ局/プログレ,アニメ,サザンロック,局集
  3. 見つけたラジオ局を、1.で作ったプレイリストに登録する。
    • iTunes の「ラジオ」から見つけた場合は、一覧から局を選んで、1.で作ったプレイリストに Drag&Drop する。
    • SHOUTcast など、iTunes 以外で局を見つけた場合は、局のプレイリストを iTunes に登録する。
      • まず、局の web 頁から、プレイリスト・ファイル(大抵は拡張子 .pls)をダウンロードする。
      • デフォルトの音楽プレイヤーとして iTunes を選んでいるなら、iTunes がラジオを流し始める。
        そうでなければ、ダウンロードしたプレイリスト・ファイルを、iTunes に Drag&Drop しよう。iTunes がラジオを流し始めたら、成功。
      • 再生が始まったら、iTunes の左袖「ライブラリ」の「ミュージック」を開き、局のプレイリストが登録されている事を確認しよう。既に iTunes に沢山の曲を登録している場合は、見つけるのが大変かもそれない。その場合は、「時間」で並び替えよう。ラジオ局は「時間」が「連続」となっているんで、時間の短い順に並べれば、先頭にくる。
      • 局が見つかったら、局を選んで、1.で作ったプレイリストに Drag&Drop する。

Itunes  これで、プレイリストへの登録は完了。次回以降は、新しく作ったプレイリストを開き、目的の局をダブルクリックすれば、ラジオの再生が始まる。

 そうやって作ったプレイリストも、登録する局が多くなると、やっぱり局を選ぶのが面倒になってしまった。だもんで、今はジャンル別に複数のプレイリストを作って管理している。キリがないなあ。

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2010年11月15日 (月)

籘真千歳「スワロウテイル人工少女販売処」ハヤカワ文庫JA

「…恋に臆病で、人恋しいのに人見知り、自意識は強いのに引っ込み思案で、思ったことも言葉にできない、どうしようもなく生きるのが不器用で、優しいのに無力で、自分の理想と現実世界との落差を埋める努力もせずただ嘆くことしかしない、そんな女の子たちが寄って集まって描いた妄想です」

 時は未来。人工知能の反乱・終末の予言・<種のアポトーシス>、人類は三度の危機を乗り越えた。物語の舞台は "自治区"。関東地方が水没した関東湾に浮かぶ、ハイテク・メガフロート都市。マイクロマシンの知的財産権をテコに、日本政府から微妙な形で独立を保っている。性交渉で感染速度と症状の進行が速まる、<種のアポトーシス>感染者13万人の隔離地域。よって自治区は男性と女性の居住区が完全に別れ、それを補うため、人工妖精と呼ばれる人型の人工生命体と共生している。

第一原則 人工知性は、人間に危害を加えてはならない。
第二原則 人工知性は、可能な限り人間の希望に応じなければならない。
第三原則 人工知性は、可能な限り自分の存在を保持しなければならない。

 人工妖精は、この倫理三原則に加え、次の情緒二原則を持っている。

第四原則 (制作者の任意)
第五原則 第四原則を他者に知られてはならない。

 そんな原則に縛られている筈の人工妖精が、連続殺人事件を起こした。犯人は「傘持ち(アンブレラ)」。失敗作・不良品の第五等級に属する人工妖精・揚羽は、その能力「口寄せ」を買われて現場に呼ばれ…

 文庫本で520頁。可愛らしい表紙なので、さぞかしライトノベル調の読みやすい文章だろうと思ったが、意外と硬い文章で戸惑った。比喩に白鼻芯を出したり、敢えてシモネタを混ぜたり、意図的にアダルトで斬新な表現を心がけているフシがあるのだけど、あまり作風に似合ってない気がする。

 物語は、先に挙げた連続殺人事件を、失敗品の人工妖精である揚羽が追う形で展開していく。その過程で出てくる大小のガジェットは、SFとしての魅力に溢れている。主人公の揚羽を代表とする、人工妖精は勿論のこと、それを形作る蝶型微細機械群体が素敵だ。蝶が集団でゴミを分解・回収するんですぜ。なんとも耽美で幻想的な風景だよなあ。クモ型のロボット戦車、○六式無人八脚対人装甲車も禍々しくていい。あんなのに追われたら、そりゃ萎えちまうよ。最も印象に残ったのは、水先案内人の秘密。こういう、先端技術とアナログを組み合わせた方法には、どうにも心が躍るもんがある。そういったSF的な仕掛けは、お話が進むに従ってエスカレートし、全能抗体に至っては、王道とも言える仕掛けが飛び出す。

セグロヒョウモン  他にも微細機械群体の秘密など、いかにも美味しそうな素材が出てくるのだが。肝心の物語は、人と人工妖精の不器用な心のすれ違いに焦点をあてている感がある。この辺が、私としてはちょっと不満。あっちの方に突っ走って、スケールを大きくして欲しかった。とはいえ、揚羽が魅力的なのは全面的に賛同しますが、個人的にはむしろ椛子さんラブです。

 あとがきでアシモフを挙げているけど、作品としては、むしろロバ-ト・シルヴァ-バ-グの「夜の翼」を意識してるのでは?

 写真は近所で見かけたセグロヒョウモン。作中の揚羽の印象はカラスアゲハだけど、まあ、いっか。

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2010年11月14日 (日)

Eric.A.Meyer「CSS完全ガイド第2版 CSS2&CSS2.1対応」オライリージャパン 株式会社クイープ訳

 計算屋にはお馴染みのブランド、O'Reilly による CSS(Cascading Style Sheets)の技術解説書。とくれば当然、対象とする読者はズブの素人のはずもなく、ある程度の知識がある人を想定している。具体的には、この辺の条件をクリアしている人が対象だと思っていい。

  • HTML4 を使える:「メモ帳」などのテキスト・エディタで、手動でタグ付けして HTML を作れる。
  • web ブラウザ・OS・インストールしているフォントなど、環境により挙動や「見え方」が違う事を知っている。
  • 環境により、モニタの解像度や色数が違う事を知っている。

 上記の条件をクリアした上で、じっくり腰をすえて CSS を基礎から体系的に学びたい人に向けて書かれている。決して素人が手軽に CSS を覚えるための本ではない。web のデザインに関わるプロまたはプロを目指す人が、じっくり読み込んで学び、かつ辞書として手元に置くための本だ。その辺は、本の外見を見ただけでも、だいたい判断できるだろう。

 なんたってソフトカバーで横組み一段組み、520頁超えの大ボリュームである。余程暇でなければ気楽に手を出そうという気にはなるまい。中身もそれに相応しく、しつこすぎるぐらい充実している。ただ、訳文はイマイチ。O’Reilly らしく気さくに語りかける文体で、とっつきやすさを醸し出すのには成功している。が、いかんせん、文章の構造が、いかにも不慣れな素人くさい。「技術書なんてそんなもん、官僚的な英語の RFC(Request For Comment) を読むよりマシ」と割り切れる人でないと、辛いかも。
 この手の本は新鮮さが重要なのだが、発行が2005年6月27日といささか古いのも、人によっては気になるだろう。内容的にも、ブラウザの対応状況などは、この本の内容と2010年11月現在とでは、だいぶ違い、相当に改善されてきた。まあ、こういう現場の対応状況などは、リアルタイム性に優れた Web で補うのが賢明だろう。

1章 CSSとドキュメント
2章 セレクタ
3章 構造とカスケード
4章 値と単位
5章 フォント
6章 テキストのプロパティ
7章 基本的なビジュアルフォーマット
8章 パディング、ボーダー、マージン
9章 色と背景
10章 フローティングと位置指定
11章 テーブルレイアウト
12章 リストと生成されたコンテンツ
13章 ユーザーインターフェイススタイル
14章 画面以外のメディア
付録A プロパティリファレンス
付録B セレクタ、擬似クラス、擬似要素リファレンス
付録C HTML4 サンプルスタイルシート

 1章で CSS 登場の背景を語り、2章で基本的な文法を示し、3章で CSS の基本構造を解説し…という感じで、基本からじっくりと落ち着いて学ぶ教科書的な内容が1~14章、辞書として使えるリファレンスが付録という構成だ。プロ向けとしては、これは基礎編で、実際の業務に当っては応用編に相当する「CSS クックブック」や、Blog 関係のアイディアを詰め込んだ「Blog Hacks」も併せてお読みください…って、俺は O'Reilly の回し者かい。

 O'Reilly の本は大抵がそうなんだけど、この本も一回通して読んだだけで、全部が理解できる人は滅多にいないと思う。私の読み方は、こんな感じ。

  • 最初は、「どこに何が書いてあるか」「どの辺が理解できてないか」を掴む。その為に、理解できないところは飛ばしながら、とりあえず一度通して読む。
  • その後、少しづつ実習して経験を積み、必要になった時点で、該当する部分を読み返す。
  • 機会があれば、理解が出来なかった部分も読み返す。

 で、実際、この本を読んだ者が、どの程度の進化を見せるかというと、それは前回の「今更 CSS を勉強中」をご覧くださいな。「ロクでもないデザインだなあ」と思ったら、それは私のセンスが悪いせいです。自慢じゃないが図画工作は5段階評価で常に3以下でしたので、はい。

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2010年11月13日 (土)

今更CSSを勉強中

 今更ながら CSS(Cascading Style Sheets) を勉強しようと思って O'Reilly の「CSS完全ガイド第2版」を借りてきた。この世界は変化が激しいので、なるべく新しい本がいいんだが、コレは2005年6月の本。ブラウザの対応状況などは流石にチト情報が古びてるけど、まあしょうがないか。こういう実用的な本のレビューは書くのは、結構きびしいモンがあって、ちと腰が引ける。というのも。

 レビューの読者の多くは、やはり CSS を勉強したい人だろう。だから、レビューの読者は、「この本を読んで、何が出来るようになるのか?」をレビューに求めるはず。そこで「○○が理解できます」なんて書かれても、あまり説得力がないんだよね。こういうのは、「○○が出来るようになります」と書かないといけない。

 で、レビューを書く人は、実際に読んだ人なわけで、なら、そのレビューしてる人のサイトのデザインを見れば、この本の効果がわかってしまうのですね。下手に絶賛しようものなら、「じゃ、なんでお前のブログはこんなにヒドいデザインなの?」と突っ込まれて、哀れ自爆という惨めな結果に相成る。

 という事で、少しデザインを弄ってみた。弄る前のデザインが判らなければ比べようがないんで、末尾に以前のデザインのスクリーン・ショットを貼っておく。とても細かい変更なんで、よほど注意力が優れてないと、違いが判らないと思う。変えたのは以下の4点。

  • 大見出し「ちくわぶ」を短くして、その分、右袖を上に持ち上げる。
  • 小見出し「今日も図書館通い」をつける。場所は大見出しと同じ行で右揃え。
  • 頁の見出しを日付と同じ行に置く。
  • 大見出しの後の空白を少し減らす。

 つまり、「なるべく余計な空白を減らす」方針で見直している。所詮は CSS も道具なんで、使う者のセンスが悪けりゃ、 ロクなモンが出来ないのも仕方がない。以下にカスタム CSS を晒すので、せいぜい笑ってください。
注意:この CSS は、真似をしない方が無難です。margin に負の値を指定すると、好ましくない影響が出る可能性があります。詳細はこちらをどうぞ。→五里霧中で実験中

/* これは昔から。大見出しの背景画像。 */
#banner h1 {
  background-image: url("http://chikuwablog.cocolog-nifty.com/blog/image/back_a00.gif")
}
/* 右袖を上に持ち上げる */
#right { margin-top: -55px; }
/* 小見出し「今日も図書館通い」を右揃え */
#banner h2 {
  text-align: right; position: absolute; top: 20px; right: 210px; bottom: auto; left: auto;
}
/* 頁の見出しを日付と同じ行に */
.entry h3 { padding-left: 10em; margin-top: -2.6em; }
/* 大見出しの後の空白を少し減らす */
#center { margin-top: -8px; }
.content { padding-top: 2px; }

 以前のデザインのスクリーン・ショット。ブラウザは Firefox3.6.12。

Sc

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2010年11月 9日 (火)

山本周五郎「おたふく物語 楽天旅日記」新潮社 山本周五郎全集第三巻

「さむらいの御奉公は元もと命を捧げたものですから、御先祖の名を汚さず武士の道さえ踏外さなかったらそれで充分です。あの人はきっとお役に立って呉れたろうと信じますよ」  --花筵より引用

 花筵・おたふく物語・楽天旅日記の三篇よりなる、山本周五郎の時代小説集。ハードカバー二段組、本文8ポイントで320頁近く、結構読み応えがある。

花筵
 いかにも武家らしい堅苦しい家風の実家から、自由闊達で開けっぴろげな家風の陸田の家に嫁に来た、お市。世間で言われるような気苦労も少なく、お市は陸田の家にすんなりと馴染んでいた。そんな折、実家の母が病を得たとの知らせが入り、実家に顔を出すことになった。出かけようとする彼女に、義弟の久之助は妙な伝言を依頼する。
 出だしこそ春の明るい雰囲気だが、次第に暗雲が立ち込め、やがて怒涛の展開へと突き進む。新妻らしく初々しいお市が、大きく変転する運命の中で、心が揺らぎながらも踏ん張りつつ、題に象徴される強さ・したたかさを獲得していく過程がよいです。
おたふく物語
 「妹の縁談」「湯治」「おたふく」の三篇からなる、下町物の連作短編。発表は おたふく → 妹の縁談 → 湯治 だが、物語の時系列は 妹の縁談 → 湯治 → おたふく となる。
 おしずとおたかは仲のいい姉妹だ。傍から見れば二人は明るい働き者だが、大きな悩みがあった。次兄の栄二だ。幼い頃から貸本屋に出入りしていた栄二は、やがて妙な浪人者と付き合い始め、十八の時にはお縄となった。以後、ときおり家族の前に現れては、金品を強請っていく。そんなおたかに縁談が舞い込み、おしずは巧く話をまとめようと智恵を絞る。
 駄目な倅・栄二を可愛がり、真面目に働く姉妹からしぼり取る親って構図を、キチンと描いているのは見事。それでも妹の為に奔走するおしずが可憐で切ない。「なんとかしてやれよ、作者」と思わせて、「おたふく」へと繋げるのは見事。いや発表は逆順だけど。完結編の「おたふく」は、昭和の少女漫画もかくやと思わせる、明るい貧乳のドジっ娘とクールなイケメンによる、ベタベタに甘~い王道のラブ・ストーリーに仕上がってる。
楽天旅日記
 松坂出雲守の嫡男・順二郎には、己の意思というものがない。幼い頃から、「それではみんなの迷惑になります」と言われて育ったために、人に言われたとおりに動く性格になってしまった。そんな順二郎の性格を、跡目争いに利用しようとする者が…
 大吉田のお家騒動を廻り、東海道沿いに繰り広げられる群像活劇長編。度を越した無邪気さでひっかきまわす主人公・順二郎を始め、アクの強い登場人物が目まぐるしく続々と登場しては去っていく。口八丁で逞しい生活力を示す持家益造、凸凹チンピラ・コンビの銀ながし&鉄が岳、女狐然としたかつ女など、己の欲望に忠実な人物が実に活き活きとしている。いきなり筆者が読者に語りかけるなど大時代な仕掛けも、こういう娯楽色の作品では物語を盛り上げる効果があるなあ。

 「松風の門」収録の「湯治」の続きが気になり、完結編を含む「おたふく物語」が読みたくて借りてきた。楽天旅日記では、周五郎氏の娯楽作家としての一面が強く出ていて、意外と楽しかった。

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2010年11月 6日 (土)

アイザック・アシモフ「アシモフ自伝Ⅱ 喜びは今も胸に 1954→1978 下」早川書房 山高昭訳

 「アシモフ自伝Ⅱ 喜びは今も胸に 1954→1978 上」より続く。

彼女は必死になって、最後にいった。「医者が、あと六ヶ月の命しかないといったら、その時はどうするの」
私は穏やかに答えた。「タイプする手を急がせる」

 下巻も相変わらずハードカバー二段組8ポイントで本文約430頁の大ボリューム。しかも下巻には索引と著作リストが付いてる充実ぶり。自伝Ⅰでは「索引も自分で作る」と言っていた彼だが、さすがに日本語は無理だろうなあ。著作リストでは、共立出版が多くのノンフクションを出しているのに気がついた。下巻は1967年から。相変わらずワーカホリックで、その辺は娘のロビンちゃんにも見透かされている。

ロビンは、作家生活がどんなものかは私がいい見本であり、それにとりつかれると他のことは目に入らなくなる病気だと思うと、はっきりいった。

 聖書の注釈にも手を出すが、そこは無神論者のユダヤ人。ユダヤ人向けのスペイン語の聖書のイザヤ書七章に、一語だけヘブライ語になっている部分があり、その理由を聞かれたアシモフ曰く。

「あれは、欽定訳聖書では "見よ、処女がみごもって男の子を産む" となっている一節だ。まずいことに、ヘブライ語では "アルマー" で、これは、"処女" ではなく "若い女" だ。もしユダヤ人の出版業者たちがこの語を正しく翻訳したとすれば、彼らはイエスの神格を否定するものと見られて、異端審問所から重大な嫌疑がかけられるだろう。そうなるよりは、またこれを不正確に訳すよりは、ヘブライ語のままにしておいたのだよ」

歳のせいか貫禄もつき、上巻では売春婦に迫られタジタジとなっていたアシモフおじさん、フィラデルフィアの地域SF大会で迫られた際は余裕で切り返す。

「連れが欲しくない?」
「連れは欲しいがね、あの部屋には家内がいるんだよ」
「しょうがないわね、なんで連れてきたのよ」
「きみと合うと知っていたら、連れてこなかったのにな」

博覧強記を誇ってはいるが、カート・ヴォネガットとの会話では、一応の謙遜も見せる。

「何でも知っているというのは、どんな気分だね」
「私が知っているのは、何でも知ってるという評判がたつのはどういう気分か、ということだけさ。不安なもんだよ」

気の利いたジョークが多いこの本で、私が最も気に入ったのがコレ。

医者と建築家と法律家が、どの職業が最古かで言い争った。
医者「アダムが造られた最初の日、神は彼を深く眠らせ、そのあばら骨の一つを取って、、これから一人の女を造った。これは明らかに外科手術であるから、私は医者がこの世で最も古い職業だと主張する」
建築家「創造の第一日、アダムのあばら骨を取る少なくとも六日前に、神は混沌の中から天と地を創造した。これは建築上の大事業と考えられるから、私は建築家が最高の地位を占めるべきものと主張する」
法律家「しかし、その混沌は、いったい誰が作り出したと思っているんだ」

 これだけ盛りだくさんの内容で、索引がついているのはありがたい。ハインラインとハーラン・エリスンはしょっちゅう出てくるし、末尾近辺ではジョン・ヴァーリーも顔を出すのだが、ラリイ・ニーヴンは出てたっけ?と思って確認したら、やっぱり出てなかった。

 小説なら、最後の一行は重大なネタバレとなりかねないので、引用は控えるべきだろうけど、これは構わないよね。

〔いつの日にか続く〕

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2010年11月 4日 (木)

図書館の貸し出し期間票

 近所の図書館の貸し出し管理は、電子式になっている。貸し出し窓口では、会員カードと図書のバーコードをスキャンするだけで手続きが終わる。だから処理が迅速で、利用者としては便利で嬉しい。

 ところが、今借りている「アシモフ自伝」は、開架になくて、書庫から引っ張り出した物のせいか、裏表紙にカード管理時代の名残の、貸し出し期間票が残っていた。…なんか、誰も借りてないみたいなんですけど。勿体無いなあ。面白いのに。

 ってんで、とりあえず写真を撮っておいた。風情があって、これも悪くないなあ。A1

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2010年11月 3日 (水)

アイザック・アシモフ「アシモフ自伝Ⅱ 喜びは今も胸に 1954→1978 上」早川書房 山高昭訳

 「アシモフ自伝Ⅰ 思い出はなおも若く 1920→1954 下」 より続く。

 第Ⅱ部もアシモフ絶好調、やはり上下巻でハードカバー二段組、本文8ポイント。上巻も約500頁とボリュームは変わりなし。この巻は1954年~1966年まで。冒頭の「まえがき」に、第Ⅰ部「思い出はなおも若く」の内容、すなわちアシモフの若き日々を数頁にまとめてあるので、これから読んでも構わない。

 ボストン大学医学部での立場は雲行きが怪しくなってくるが、著作業は絶好調そのもので、順調に著作は増えてくる。

「ボストン大学医学部に必要でないことが一つあるとすれば、それは平凡な研究者がもう一人ふえることだ」

 と啖呵を切り、終身在職権は維持しながらも、大学は事実上の離職と相成る。専業作家となったアシモフは、著作のペースが更に上がってくる。ただ、この頃から、著作は次第にノンフィクションの割合が増え、SFは減っていく。彼のノンフィクションといえば、いわゆる解説書が多くて、単なるエッセイではない。その尽きることのない知識は、一体どこから仕入れるのか…と思ったら、実は書きながら仕入れているそうな。

 「きみは、辞典に書いてあることを写しているだけじゃないか」
 「そのとおりだよ。よかったら、辞典をやるから、本を書いてみろよ。ただ写すだけで印税がもらえるぞ」

 専門家に取材するわけでもない。但し、原稿を読んで確認してもらう事はあるそうな。では、どうやって知識を仕入れ、原稿を仕立てているのか、というと。

私には、専門家が何年もかかって書いた(そして、面と向かって話せば、説明するのに何年もかかるような)本を数時間を読む方がいい。

私が自分の本に提供しているものは、(1)文体の平明さ、(2)わかりやすく論理的な説明の順序、(3)適切で独創的な比喩や類推、そして結論、なのである。

 書き始めてから教科書を読んで勉強してるんかいw 極論すれば、学生がレポート書いてるようなもんですね。無関係の素人さんに「金払ってでも読みたい」と言わせるに足る、読みやすさと面白さを備えたレポートでなきゃいかんけど。
 ルディ・ラッカーがC言語を覚える際、最初にやったのは、大学のC言語の講師を引き受ける事だったそうで、こういう不遜な態度はアメリカの知識人に共通なのか、アシモフが伝統をつくったのか、どっちなんだろう。

 ノンフィクションを書きながらも、SFに未練たっぷりのアシモフおじさん。「アルジャーノンに花束を」でヒューゴー賞を受賞したダニエル・キイスに、問いかける。SF者に有名な、あのシーン。

「どうすれば、あんなのが書けるんだ?」私はミューズに問いかけた。「どうすれば、あんなのが書けるんだ?」
…ダニエル・キイスから、不滅の言葉が漏れたのだった。
「ねえ、どうしてあんなのが書けたかわかったら、教えてくれないか?もう一度、あんなのが書きたいんだ」

 この「アルジャーノン」、アシモフは短編の方が好みだそうで。私が知る限り、若い人は長編版を好む傾向があるんだよね。これは私の当てずっぽうなんだが、作品の出来は両方とも遜色なくて、読者が最初に読んだ方を好きになるんじゃないかと。

 この巻では、その後のアシモフ自身の前代未聞で抱腹絶倒なヒューゴー賞受賞シーンを経由して、有名な映画「ミクロの決死圏」ノベライズの顛末へと向かい、「アシモフ自伝Ⅱ 喜びは今も胸に 1954→1978 下」へと続きます。

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2010年11月 1日 (月)

アイザック・アシモフ「アシモフ自伝Ⅰ 思い出はなおも若く 1920→1954 下」早川書房 山高昭訳

 「アシモフ自伝Ⅰ 思い出はなおも若く 1920→1954 上」 より続く。

 下巻もハードカバー二段組、本文8ポイントで約430頁と読み応えはたっぷり。この巻は1942年~1954年まで。

 名編集者ジョン・W・キャンベルにめぐり合い、SFを書き始めたアシモフ。同時に恋人ガードルートとの結婚に備え、定職を求めていた。幸いにして、R.A.ハインラインの紹介で、フィラデルフィアの海軍工廠に職を見つける。ニューヨークを離れるのは不安であるものの、初めての一人暮らしでもある。

好き勝手できる生活をしてすぐわかったのは、自分の望みは落ち着いた分別のある生活だということだった--それこそ両親がいつも私に望んでいたことではないか。これは、ひどい幻滅だった。

 うんうん、よくわかるぞ、その気持ち。海軍工廠では、いかにも軍隊風の文書作法を弄って遊んでいる。今、ちょっと調べたけど、当時の合衆国海軍の文書作法はオックスフォード系のようだ。

様式 英国系(オックスフォード) 米国系(シカゴ大学)
作法
Ⅰ. …
 A. …
  1. …
   a. …
    (1) …
     (a) …
      § …
Ⅰ. …
 A. …
  1. …
   a) …
    (1) …
     (a) …
      ⅰ) …
      ⅱ) …

 ルールがあれば弄ってみたくなるのが理系人間。アシモフ君も早速これを弄って遊んでる。

まったく明晰な書き方ではあるが、なおかついっさいを列挙された項目に分解し、(1) から果ては (a) にまで達することに成功したのである。さらに、ほとんどすべてのセンテンスをどれか他のセンテンスに引用することに成功し、それに完全な引用記号を正しく記載したのだった。

 このイタズラの顛末は、というと、この文書は「仕様書をいかに書くべきかという手本として新任者に渡される」事にあいなったそうで。

 続く戦争は、アシモフ青年にも迫ってくる。新婚でもあり、当時26歳で上限ギリギリだったアシモフ青年も、ついに徴兵される。嫁さんに焦がれて泣くアシモフ青年はなかなか可愛い。典型的な「賢い怠け者」であるアシモフ君が兵卒に向くはずもなく、タイピストの役に滑り込み、めでたく軍組織とアシモフ君、双方の利益の一致に成功する。

 なんとか退役してニューヨークに戻り、古巣に帰って博士論文に取り掛かる。作家として成功しつつあるのは良いが、妙なクセは博士論文の利益になるとは限らない。

「だって、ドースン先生、ここでそういってしまったんでは、サスペンスがなくなってしまいますよ」

 うん、気持ちはわかるけど、論文にサスペンスは必須ってわけじゃない。

 クラークの「楽園の日々」もアシモフを軽くあしらってたけど、アシモフもクラークを2行で軽くあしらってる。あの有名なハーラン・エリスンとの出会い頭事件は数段落使ってるのに。どうも、アシモフ氏に覚えてもらうには、初対面で無作法な態度に出たほうがいいらしい。

 本書の特徴の一つは、交通費や家賃などの出費や、雑誌に小説が売れた際の原稿料など、細かい金額を明示している点。電車賃に10セント・昼食に 25セント、小説の原稿料が(アスタウンディングで)1語1セント。良くもまあ、ここまで金額を記録しているもんだよなあ、と思いながらも、当時の物価水準が伺えて面白い。今の日本円に換算すると、1ドル千円ぐらいに感じる。

 SF作家としては、単行本の出版が続々と続き、かつ売れ行きも好調で収入も充分、という状況で終わるが、まだ作家として専業にはなっていないし、彼のもう一つの魅力である科学エッセイにも取り掛かっていない。それは、続く「アシモフ自伝Ⅱ 喜びは今も胸に 1954→1978 上」でのお楽しみ、かな。

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