P.W.シンガー「ロボット兵士の戦争」NHK出版 小林由香里訳
「ずっと信じていた。私たちが世界を変えるんだ、って」 --アイロボット社会長 ヘレン・グレイナー
P.W.シンガーは、「戦争請負会社」「子ども兵の戦争」と、現代の戦争が孕む問題点を、鮮やかに、だが決して扇情的にならず冷静かつ学術的に、かつ素人にもわかりやすい形で描き出してきた。そんな著者が今回選んだテーマは、無人航空機や爆弾処理ロボットなど、主に米軍が戦場に投入しつつある、ロボット兵器だ。相変わらず丹念な取材で、具体的な人名やエピソードはてんこもり。話題そのものもホットで興味深く、書籍としては文句なしにエキサイティングだ。前著では冷静だった著者の筆も、今回は自らのSF読書歴を披露するなど、興奮を隠せていない。本書によれば米軍の現場に急激に普及しつつあり、それが軍組織の性質や戦争そのものの意味合いすら変えつつあるそうで、その熱気と不安が否応無しに伝わってくる。
ただ、肝心のロボット兵器の普及そのものが現在進行形で、それがいつまで続きどこに行き着くのかも判らない、先の見通しが全く立たない状況にある。いい加減な著者なら適当にインパクトのある予言をして〆る所を、著者は素直に「不安だよね、現場の将官もそうだよ」と告白して終わりにしている。読者としては問題を突きつけられた形で、なんとも落ち着かない気分だ。まあ、それが著者の誠実さであり、私が彼の著作を楽しみにする所以なんだけど。
ハードカバー630頁一段組み。訳は堅すぎず崩しすぎず、テーマにあってちょうどいい感じ。とまれ、さすがにこの量は圧巻。最近のSFシリーズ物のような水増し感があるならともかく、質的にも重くシリアスなので、読み応えは充分。
序文 なぜロボットと戦争の本なのか
第一部 私たちが生み出している変化
第1章 はじめに--ロボット戦争の光景
第2章 ロボット略史--スマート爆弾とノーマ・ジーンと排泄するアヒル
第3章 ロボット入門
第4章 無限を超えて--指数関数的急増傾向の力
第5章 戦場に忍び寄る影--ウォーボットの次なる波
第6章 いつも輪のなかに?--ロボットの武装と自律性
第7章 ロボットの神--機械の創造主たち
第8章 SFが戦争の未来を左右する
第9章 ノーと言うロボット工学者たち
第二部 変化がもたらすもの
第10章 軍事における革命(RMA)--ネットワーク中心の戦争
第11章 「進歩的」戦争--ロボットでどう戦うのか
第12章 アメリカが無人革命に敗れる?
第13章 オープンソースの戦争
第14章 敗者とハイテク嫌い--変わりゆくロボットの戦場と新たな戦争の火花
第15章 ウォーボットの心理学
第16章 ユーチューブ戦争--一般市民と無人戦争
第17章 戦争体験も戦士も変わる
第18章 指揮系統--新技術が統率に及ぼす影響
第19章 誰を参戦させるか--科学技術が紛争の人口構造を変える
第20章 デジタル時代の戦時国際法をめぐって
第21章 ロボットの反乱?--ロボットの倫理をめぐって
第22章 結論--ロボットと人間の二重性
第一部は、ロボットに密着した視点で描いている。ロボットとは何か、どんなロボットがあるか、どんな事が出来るのか、それは戦場でどう使われているか、普及の具合はどうか、どんな人が作っているのか、軍の予算配分はどうなっているか、などだ。
第二部では、やや視点が離れ、ロボットが与える影響が中心だ。ロボットが戦場や戦争をどう変えているのか、軍の組織に引き起こす変化と軋轢、そして政府の戦争決断に与える影響を予測している。
第一部でわかるのは、米軍ではロボットが急激に戦場に普及しつつある事。それも、上からの押し付けではなく、現場の将兵が欲しがっているのが興味深い。歴戦の兵士は実績もない新奇な兵器を嫌うだろうに、急速に海兵隊や陸軍の将兵の信頼をかちえている模様。IED(即席爆弾)処理ロボットを作るアイロボット社には、兵士から「きょう、あなたはいくつもの命を救ってくれた」と書かれた葉書が届くそうな。陸軍第10山岳師団のロジャー・ライアン一等軍曹曰く。
「戦場で眠りに就こうとしているとき、プロペラ機と芝刈り機の中間みたいなプレデターのエンジン音が聞こえてくると、安心する。どこかで見張っててくれてるって思うんだ」
軍の予算削減要求はロボット導入にむしろ追い風というのも意外だった。無人システムは購入予定車両の約半数だが、コストは計画の15%。未解決の技術的な壁の27件の大半は有人車両に関するもの。海軍では艦載機を無人機に置き換える事で搭載機数を増やし、打撃力を強化する予定とか。
そんなロボットが、軍や政府に与える影響を描くのが第二部。「誰もがロボットを欲しがるけど、教義(ドクトリン)がないぞ」と冷や水を浴びせる。とにかく変化が速すぎて、組織が追いついていない状態だよ、と。空軍でも、戦闘機パイロットと無人機パイロットの軋轢がある。イラクでは無人機の方が大きな戦果を挙げているにも関わらず。とまれ、大学を出てT38に始まり厳しく金のかかる訓練課程を経てF-22にたどり着いた者としては、高校中退の20歳の若造にデカいツラされるのは穏やかではあるまい。でも海兵隊の退役大佐は「いやプレイステーション2は大したもんです、アレのお陰で訓練時間を大幅に短縮できる」と感謝してたりするけど。
前著までは国連など国際的な立場で書いていた著者だが、今回は完全に米国人として書いている感が強い。また、戦争と言った際にも、ロシアや中国などの大国の正規軍を相手にした戦争ではなく、現在イラクやアフガニスタンで展開している、非対称戦を主眼に置いているようだ。この辺、最近尖閣諸島がキナ臭い日本人としては、やや不満かな。それでも、「イスラム世界における科学技術への投資は、世界平均の17パーセントで、欧米ばかりかアフリカやアジアの最貧国にさえ遅れをとっている」などという報告は、「ああ、やっぱりね」と思いつつ、なんか切なくなってしまう。
C130を無人機の母艦にする計画とか、「利ざやが少ないから」という理由で無人機に多様な機能をつけて値をつりあげる大企業体質、孫にビデオの操作を頼めばならぬ機械オンチの年寄りがラッダイトに走る傾向など、面白エピソードもてんこもり。歯応えはあるけど、その分、充足感も文句なしに味わえる力作。
以降は、本書の紹介から逸れた妄想垂れ流しなんで、忙しい方はお構いなく。
米軍は、ロボットは敵に驚愕と恐怖を与える、と考えているそうな。どうも、これは、米国人自身の発想を単純に敵に当てはめたんじゃないかな、と。日本人だと、ロボットといえば鉄腕アトムだったり鉄人28号だったりドラえもんだったり。アレな人はちぃだったりマルチだったりユリア100式だったりしますが、まあそれは特殊例という事で。
本書ではサイボーグの話にも触れられてるけど、今から思えば石森正太郎氏は偉大だったなあ。「原始少年リュウ」にはロボット兵に守られた都市が出てくるし、ロボットの倫理と葛藤は人造人間キカイダーで扱ってる。あのラストは切なかった。サイボーグって単語はサイボーグ009で覚えたし、機械化された者の悲哀も、ハインリヒが語ってるよね。そして何より、仮面ライダー。不完全なライダーであるライダーマンの苦悩とか、シリアスなネタを子供向けによく扱ったもんです。
その辺も含め、自衛隊はロボット兵の導入に拒否を示す人は少ないだろうし、米とは違った展開を見せるんじゃないかな、と思ったり。予算は桁違いに少ないんだけど。
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