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2010年10月26日 (火)

山本弘「詩羽のいる街」角川書店

 セカイのハレ晴レ。今日もまた何処かでハレ晴レ。第七版。を見て、幸せな気分になる人向け。

「あたしの体験では、自分が正義だとか善人だとか愛にあふれてるとか真実を知っているとか思ってる人って、いちばん厄介なんですよね。どれほど人に迷惑をかけていても、自分が間違っているっていう自覚がないから、反省の生まれようもないんですよ」

 僕は、漫画家を目指し持込みを繰り返している。自信作のネームを持ち込んだのだが、編集から無茶な改変を要求された。辻褄を合わせるために思い悩んでいたが、煮詰まったので散歩に出かけた。公園で座っていると、髪の長い若い女性が数人の小学生の男の子を連れてやってきた。子供たちはトレーディング・カードを集めているらしい。眺めていると、彼女が仲介し、子供たちの間に複雑な三角トレード・四角トレードを次々と成立させていく。その様子に興味をそそられ眺めていた僕に、彼女は妙な誘いをかける。

 「ねえ、これからデートしない?」

 「心はいつも十四歳」山本弘が、言いたい放題を言いまくる連作短編集。山本弘といえば、いわゆるサイエンス・フィクションが思い浮かぶが、これはだいぶ違う。現代の日本を舞台にしているし、特別なガジェットも出てこない。主人公の詩羽も、風変わりではあるものの、いわゆる超能力という程でもない。そんなこんなでSFかどうか怪しいが、「すこし、ふしぎ」という便利な言葉もあるわけで、ここは無理矢理SFの篭に押し込めておこう。ISS(国際宇宙ステーション)やペルセウス座流星群など、ソレっぽいネタも扱っている事だし。

 ハードカバー350頁ちょいで、四本の連作短編からなっている。文章はいつもの山本節。クセは強いものの、慣れた人には心地よい文章だ。冒頭の「それ自身は変化することなく」から、漫画やアニメに耽溺している人に対して、凄まじい吸引力があるんで、読書の秋とはいえ寝酒代わりに読むのはいささか危険かも。いえ体験談じゃないですよ、違うに決まってるじゃないですか、あはは。

それ自身は変化することなく
 この作品のヒロイン詩羽と共に、物語のもう一人の主役、賀来野市を紹介する、長めのイントロダクション。ネギなのは意味があるのかないのか。いや深読みのしすぎだよね、きっと。つか武藤さん、それでよく商売やってられるなあ。
ジーン・ケリーのように
 一話と打って変わり、「自殺するのに、とてもいい日だった」などと物騒な話題で始まる。自殺を試みる中学生の少女の前に、転がり落ちてきた詩羽。
 今でも小中学校の課題図書は古臭いシロモノばかりなんだろうか。確かに「ご冗談でしょう、ファインマンさん」は文句なしに面白いけど。しかし、薬のオチはヒドい。
恐ろしい「ありがとう」
 多数の固定ハンドルを使い分け、各所の電子掲示板を自作自演で荒らす。市立図書館の本を破損する。見知らぬ家に、家庭不和を招く手紙を投函する。特に動機もなく、小さな嫌がらせを積み重ねる「俺」。
 やっている事のセコさから、ピンポンダッシュに励む小学生を思い浮かべたけど、そうきたか。こういう動機だと、ほんと、どうしようもないんだよね。
今、燃えている炎
 賀来野オールスター・キャストで送る、今作品のフィナーレを飾るに相応しい最終章。冒険物語?に相応しく、各地を廻りながら、今までの伏線がスルスルと回収されていく様子が実に心地いい。
参考資料
 わざわざ、ここに参考資料を挙げたのには、ちゃんと訳がある。つまり、この作品のネタになった本や資料を公開しておりまして、詳しい人なら、「おお、このネタはソレか!」と見ながらニヤニヤ出来てしまうという、なんともお得な二頁なのですね。

 タイトルに女性名の入る連作短編集といえば、多くのSF者は、かの名作「おもいでエマノン」を連想する。この作品集もエマノンに似た構造をしていて、詩羽に関わりあった人たちの視点から、彼女の姿を描いていく。年齢不詳で黒髪ロングなのも、お約束に添っている。エマノンと違うのは、彼女が旅を続けているわけではなく、賀来野市に住み着いている点。作者の頁を見る限り、参考にしたイベントはあっても、特にモデルとなる街があるわけでもない模様。それなら、別に私が住む街でも構わないわけで、読了後は、自分の住む街を、少し違う目で見てみよう、そんな気になってしまった。


以下、書評から外れた駄文三題←「書評も駄文じゃねーか」とゆー突っ込みは却下。ネタバレ含みます。要注意。

 一題目。実はこの作品、国家という存在に喧嘩を売ってる。詩羽の生き方が流行ると、国家はとっても困った事になる。なぜって、彼女、税金を払ってないでしょ。おまけに、国家の重要な業務の一つ、貨幣発行を否定しちゃってるし。

 二題目。いい加減、ヒトは善悪、または正義と悪という価値観を捨ててもいいんじゃなかろか。親切と迷惑に置き換えれば、争いの多くは消えるんじゃないかと思う。快と不快・損と得という対立軸は残るけど。

 三題目。既に現在、詩羽の一部は実現してて、商業的に成功しているんだ。一六銀行もそうだし、今ならこれね。あれを元に、幾つかの問題を解決すれば、もう少し拡張する余地はあるなあ。

  1. わざわざ御用聞きにこない。イチイチ自分でデータを入れ、検索しなきゃいけない。
    入出力の手間が面倒なのが問題。これは、ある程度まで技術的に解決できる。まず、「要らないモノ」。少し将来の話になるけど、RFID と IPv6 がそのカギになる。RFID でモノの使用履歴はある程度把握できる。IPv6 で家庭内 LAN を構築すれば、それをデータベース化して、使ってないモノを自動的にリストアップするのも可能だ。「欲しい」は、Google のメールアラートの様な検索ロボット等で実現できる、というか既に実現している気がする。それでも、マウスとキーボードとモニタという不細工なインタフェースは、大きなネックかもしれない。
  2. 三角トレードや四角トレードが不可能。
    単純なトレードに対し検索空間が爆発的に増えるという問題はあるにせよ、理論的には不可能じゃない。
  3. 交換ではなく、貨幣を仲介している。
    上の 2. を解決するために、今は貨幣を仲介している、と考えれば、実は 2. と 3. は同時に解決するんだよね。
  4. 現状の仕組みは合意成立から実際の交換まで時間がかかりすぎるので、生鮮食料品などは無理。
    「欲しい・要らない」を入力する手間の問題を解決できれば、後は地域を GPS 等で絞れればイケそう。
  5. 取引の当事者が、互いを信頼できるとは限らない。今作では、詩羽が信頼を保障している。
    これを保障してるのが、貨幣と言えるのかも。

 …と考えたけど、最大の問題は残るんだよね。そうやって解決しても、詩羽とデートできないじゃないか。

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