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2010年10月22日 (金)

山本周五郎「松風の門」新潮文庫

「これみんな、栄ちゃんのために、どうにかするつもりだったの、おっ母さん」
「…悪いと思ったけどねえ、栄もよっぽどのことらしいんで、つい可哀相なものだから…」
「あたしたちはどうなの。栄ちゃんは可哀相で、あたしやたかちゃんは可哀相じゃないの、それじゃあんまりだわ、あんまりだわおっ母さん」  --「湯治」より引用

 時代小説で有名な山本周五郎の短編集。これは全13篇中1篇だけ現代小説が混じっていて、雰囲気にも統一感がない。「人気作家の未収録作品を集めた」感がある。文庫本で本文470頁ほど。文章は多少昭和の匂いがして、それが山本周五郎の味を出してる。

松風の門
 伊予国宇和島に初めて国入りした新藩主の伊達大善大夫宗利は、一通りの引見を終えた。しかし、その中に池藤小次郎の姿はなかった。幼い頃、神童と言われた小次郎を、宗利は妬んでいたが…
 なんとか二人に会話の機会があれば、と思うけど、それを作らないのが周五郎さんの作風なんだよなあ。
鼓くらべ
 絹問屋の娘で鼓の名手と評判の高い十五歳のお留伊。新年の嘉例で城中の鼓くらべへの出場を、師匠からも勧められている。彼女が離れで鼓を打っていると、貧しそうな老人が現れ…
 鼓をピアノやギターに変えれば、まんま今の漫画の原作に使えそうな。
 夜、お城の天守に妖異が出るとの噂。老職の弥佐兵衛は、婿の乙次郎を角のないのがとりえと思っていたが、最近は何か物足りなく感じていた。
 昼行灯が探偵役のミステリ・ホラー。とはいっても探偵役の乙次郎がのほほんとして、いい雰囲気を出している。これも川原泉あたりに漫画化して欲しい。
評釈堪忍記
 庄司千蔵は短気なあくたれだ。叔父の駒田紋太夫の癇癪を面白がって、幼い頃から悪戯してきた。叔父の説教が効いたのか、最近は我慢を覚え…
 関西弁の会話もリズムがあって楽しいけど、江戸のべらんめえ調の会話もスタッカートが効いてていいなあ。蒟蒻玉とか、よくそんな悪態を思いつくもんだ。
湯治
 おしずとおたかの姉妹は、幼い頃から兄の栄二の為に苦労してきた。世直しを気取る栄二は、フラリと家に来ては金品を持って行く。やっとおたかの嫁入りが決まり、姉妹は熱海への湯治に誘われたが、おしずは栄二が現れて話を壊しやしないかと心配で…
 この短編集で、最も心に残ったのが、この一編。倅を贔屓する母親と、無気力な父親の姿は、「毒になる親」略して毒親そのもの。娘の嫁ぎ先に当の娘の失敗談を語る母親のエピソードは、「うわあ、あるある」と思わず頷いてしまう。いるんだよね、子供の足をひっぱる親って。周五郎さん、なんで知ってるんだろう…と思ったら、奥さんがモデルだとか。苦労したろうなあ。実は三部作で「おたふく」という先行作品があるというので、是非読まねば。
ぼろと釵
 居酒屋「川卯」。込む時刻が過ぎ、常連客だけになっても、その男はゆっくり飲んでいた。そこに現れたあまずれのお鶴。
 うん、まあ、幼い頃の思い出ってのは、ねえ。
砦山の十七日
 悪徳城代家老の溝口左仲を討ち取った笈川哲太郎ら七人。だが七人は追われる身となる。同志の新六が江戸に直訴する事となったが、往復に十五日ほどかかり、その間、七人は山中の砦に身を隠す羽目となり…
 当初はのんびりしていた立て篭もりが、意外な乱入者やトラブルで追い詰められ、次第に険悪な雰囲気になる模様は相当な緊張感。始終、落ち着いた孫兵衛がいい感じ。
夜の蝶
これも飲み屋での一幕もの。常連ばかりの車屋台に、旅の者が現れ…
釣忍
 かつぎの魚屋、定次郎と、嫁のおはんは仲のよい若夫婦。相長屋で版木職人の為吉と毎日のように将棋を指している。そこに定次郎の兄と名乗る者が現れ…
 周五郎さん、奥さんが大好きだったんだろうなあ。
月夜の眺め
 また飲み屋の一幕もの。常連の船頭が飲み、浪人の伊藤欣吾が講釈している所に、嫌われ者で十手を持った下っ引の捨吉が飛び込んできた。
 伊藤の講釈にケチつけつつも、続きをねだる平吉のツンデレぶりが可愛い。
 加川鐵太郎は、妻のゆきをの気持ちがわからなかった。何か不満を抱えているようだが、訊ねてもはぐらかされてしまう。
 今でさえ大変なのに、あの時代じゃねえ。
醜聞
 飯は一汁一菜、十二月まで座敷に火を入れない、四角四面の武士、功刀功兵衛。苅田荘平の不正を見つけた彼は、妙なこじきに付きまとわれる。
 まあ相性の悪い人間ってのは、確かにあるよねえ。私も察しの悪い方なんで、功兵衛の気持ちはよくわかる。
失恋第五番
 この短編集で唯一の現代もの。社長の息子で連絡課長の千田二郎。彼は海軍航空隊でで終戦を迎えた。一目ぼれの相手とのデートにいそいそと出かけたが、運悪く戦友に見つかって…
 …ワイルドセブンかよ。秘書の宮田さんを放置てのはヒドい。

 奥付を見たら「平成二十二年 五十二刷改版」とある。五十二刷ですぜ。今でも多くの人に愛されてるんだなあ。なんか版面も今風にスッキリした雰囲気になってて、DTP で版下から作り直したんだと思う。今後も刷を重ねると新潮社は予測しているんでしょう。

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