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2010年10月 8日 (金)

蔵前仁一「シベリア鉄道9300キロ」旅行人

ウラジオストクからモスクワまでのシベリア鉄道全線に乗って、旅の一部始終をご紹介しようというのが本書の目的である。そして旅はモスクワからサンクト・ペテルブルグ、さらにロシアを越えてフィンランドのヘルシンキまで続く。大河、森林、草原が続く長い鉄道の旅を、読者にお楽しみいただければ幸いである。

 旅するイラストレーター蔵前仁一氏による、ウラジオストクからモスコワを経てフィンランドのヘルシンキに至る、2005年5月のシベリア鉄道搭乗記。いつもは細かい計画もなく気の向くままフラフラと漂う蔵前氏だが、今回は元社会主義国ロシアとあって、予め搭乗切符や宿泊するホテルなどを全て日本で予約している。そうしないと、ビザが下りないのだ。「わけいっても、わけいっても、インド」同様に、今回も氏のイラストはなく、そのかわりに写真を豊富に掲載している。確かに綺麗だけど、氏のユーモラスなイラストが好きな私としては、少し寂しい。

 ソフトカバーで本文240頁ちょい。カラー写真を豊富に掲載していて、読むというより、見て楽しむ本だろう。

 文章も写真も時系列に沿っていて、シベリアの閑散とした風景から、次第に都会的な風景に変わっていくのが興味深い。ウラジオストクなど極東ロシアの町並みは、西洋の影響が少ないせいか、逆にロシア的センスのエッセンスを蒸留した感があって、「ああ、ロシアって、こういうセンスだよね」というのが判りやすい。建物はレンガ造りでガッチリしているのだが、ボストンやブリュッセルのような重苦しさはない。かといって新宿の様に未来的でも、大阪のよう生活感あふれる雰囲気でもなく、ロシア的な伝統センスが溢れている。その理由の一つは色使いだろう。青や赤などの明るい原色と、白の組み合わせが巧みで、幾何学的な几帳面さ・重厚さと、ファンシーな可愛らしさが同居した、不思議な魅力がある。

 車窓から見た風景も、まばらな白樺の林から、次第に畑が多くなって、モスクワ近辺では都市的な風景になっていく。シベリア近辺で見かける木造の粗末な小屋が、西に向かうに従って次第に減っていく。やっぱり、ロシア国内でも東西の経済格差があるんだろうか。木造小屋の屋根に、白くて丸い衛星TV受信用のパラポラ・アンテナがあるのは、ちょっとシュール。

 旅行記とはいっても、基本的に昼は列車に乗っていて、たまに大きな町でホテルに一泊する、という形なので、大きな事件やトラブルもない。そのせいか、文章の1/4~1/3ぐらいは、ロシア/シベリアの薀蓄で占められている。具体的なホテル名や値段も明記されている上に、「食事は食堂車で取るより駅や街のお惣菜を買ったほうが安くて美味しいよ」とか「ロシアじゃ白タクは珍しくないよ、あまし勧めないけど」などと、旅行ガイドとして役に立つ情報も、少し載っているのが、蔵前氏の著作にしては珍しい。いや、あくまでも少しであって、これ一冊でシベリア鉄道に乗るのは無茶だけど←そんな馬鹿やるのは俺ぐらいだ

 街の紹介を見ると、「石油採掘で繁栄した」とか「金鉱で栄えた」など、地下資源の開発で出来た町が多い。または「シベリア鉄道開発の基地として建設された」なんてのもあって、ロシアという国は、本当に地下資源で持っている国なんだなあ、と感じる。

 薀蓄としては、シベリア鉄道開拓悲話が印象に残る。バイカル湖を横断するために冬の氷上に線路を敷くとか、えらい無茶をやっている。それだけ開通に苦労したんだから、維持にも相当のコストがかかっているだろうに、あまり遅延もなくキチンと運営しているのは、さすが大国ロシアの意地というか。

 社会主義体制が崩壊したとはいえ、今でも鉄橋や駅を写真に撮ると警官に咎められる事があるそうで。そういう秘密主義的な部分は、なかなか払拭が難しいんだろうなあ。

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