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2010年9月 9日 (木)

W.P.キンセラ「ジャパニーズ・ベースボール」DHC 田中敏訳

 傑作「シューレス・ジョー」の作者による、野球に関わる短編小説集。少し切なくてトボけた味わいは、世知辛い日常の中に、一服のお茶に似た小さなやすらぎのひとときをもたらす。ソフトカバー1段組で310頁ちょいで、訳の文体はいかにも現代アメリカ文学風。この辺は好き嫌いが分かれるところかも。

九龍飯店
九龍飯店を建てたのはチェン・ワンという中国移民だ。彼はオハイオに住み着き、チャーリー・ワンと名を変え、以降はチャーリーの名で通してきた。九龍飯店を根城に、地道だが着実に事業を広げ、町の有力者と目される人物となる。40年後、大リーグの新球場を作るために、九龍飯店を取り壊す事になった。立ち退き交渉に赴いたチャーリーは、球団に奇妙な要求を出す。
典型的な中国系移民の成功者の物語。異郷の地で成功したチャーリーの、極東流の抑えた感情表現が静かに伝わってくる。
チューリップ
ぼくは有望選手としてロッキーズのスカウトから指名を受け、多額の契約金を勝ち取った。親父は大学に行けって言ってるけど、ぼくは早くがっぽり稼ぎたいんだ。でも問題は、幼馴染で恋人のジュリーなんだ。彼女はぼくに言うんだ。「あなたには想像力が足りないのよ」って。
期待のルーキーとして生まれ育った町を出て行く若者が、気まずくなってしまった恋人に、なんとか想いを伝えようとする話。リア充もげろ←をい
フェデリコ・ファリスの豪邸
貧しく政情不安定なコートグアイで生まれたフェデリコは、大リーグで華々しい成功を収めた。家族に多額の仕送りを続けつつ、フェデリコは次々と豪邸を建てる。
コートグアイのモデルはドミニカあたりかな?スペイン語だし。私は西武ライオンズにいた「カリブの怪人」オレステス・デストラーデを思い出した。
ジャパニーズ・ベースボール
3Aから日本の大洋ホエールズに移籍したクレイグ・ベヴァンス。日本とチームに溶け込み、勝利に貢献しようとする姿勢が実ってか、好成績を収めたクレイグは、オーナーに招待され、運命の恋人に出会う。
各登場人物のモデルは誰なんだろう?って野次馬根性も刺激される、日本プロ野球のガイジン選手を中心とした短編。日本人の名前はいかにも怪しげだけど、アメリカ人から見た日本人像がうかがえて興味深い。オチは「それぐらい気づけよ、クレイグ」って気もする。
鉄人ヘイドリアン・ウィルクス
会計士のリーボウィッツは、異様に怪我が多かった。彼は、自分と鉄人ヘイドリアン・ウィルクスの奇妙な因縁に気がつく。ルー・ゲーリックの連続試合出場記録を破り、カル・リプケンの記録に迫りつつある鉄人は、怪我を恐れず常に全力でプレイし、多くのファンに愛されている。
この短編集の中では、ちょっと浮いた感じがあるかなあ。
最初で最後の恒例試合
自家製の密造ウイスキーを飲みながら語り合うミネソタの田舎のオッサンどもは、ケッタイな計画を思いつく。「ジジィ達で野球チームを作ろう」。アイルランド系,ノルウェー系,ネイティブ・アメリカンなど、様々なルーツのオッサンたちが、飲んだくれてケンカしながら思いついたお馬鹿な計画を、騒動を撒き散らしながら進めていく。
アメリカの田舎を舞台にしたドタバタ・コメディ。
ライムの木
マクガリグルとフィッツは、いずれも80歳近い老人。妻に先立たれた二人は、ライムツリー・ハイツという高級マンションで、共同生活を始める。フィッツは、最近マクリガルがボケたんじゃないかと心配している。早寝早起きだったマクリガルが、ここ数週間は、夜更けに外のライムの木の下で、死んだ妻や娘と会話しているのだ。
老いと友情、そして捨てきれぬ家族への愛情。
アンパイヤ
アンパイヤは、妻から最後通牒を突きつけられた。仕事をとるか、家庭をとるか。「私はもう我慢できないのよ、一年のうちの八ヶ月は後家さん暮らし、残りの四ヶ月は他人と同居なんていうのはね」
決して目立たないながら、フィールドにおいては絶対的な権威となるアンパイヤに焦点をあてた短編。アンパイヤと選手や監督の関係、難しいジャッジのビデオ再生への想いなど、野球好きには興味深いネタだろう。
フレッド・ヌーナン飛行会社
カージナルスのレギュラーを勤めるぼくは、アリソンに夢中になった。ぼくはもう若くないし、妻とは別居してる。いい加減、どこかに消えちまいたいと思うけど、名前と顔が売れすぎた。そんな時に、アリソンから不思議な誘いを受けたんだ。
フレッド・ヌーナンは、アメリア・イアハートの航空士で、彼女と一緒に消息を絶った。つかリア充もげろ←しつこい
波長
ぼくはメジャーでプレーしたいと、いつも望んでいた。でも高校を出て最初の年のルーキーリーグの成績は二割一分二厘、このままじゃヤバい。相棒のブロディは二割七部六厘に加え、二十七本のホームランを打ち、3Aからお呼びがかかってるらしい…のに、もう二度と野球をやらない、なんて言い出した。西ワシントン州立大学に入って高校教師になるんだ、と。
なれるものと、なりたいものは違う。欲しいものと、手に入るものも違う。わかっちゃいるけど、それで納得できるかというと…まあ、結局、それぞれの立場で足掻くしかないんだけど…
リン・ヨハンセンをみくびっていた
高校時代、エース・ピッチャーだった私にコーチは言った。「お前は考えすぎるんだ」「考えるのを止めなければ、一流のピッチャーにはなれないぞ」。結局、大学は野球の練習環境より学科が充実しているミネソタを選び、経営学を専攻した。そんな私の高校時代は、不良娘のリン・ヨハンセンに首っ丈だった。いや、フォード・モーターズの副社長になった今でも、私は彼女の事をはっきり覚えている…
初恋ってのは往々にして美化されてくもんで。

 全ての短編は何かの形で野球が関わっている。もうひとつ気がついたのは、いかにも移民社会アメリカらしく、社会の多数派から外れた人々にスポットをあてた作品が多いこと。「九龍飯店」は中国系移民、「フェデリコ・ファリスの豪邸」は中南米系の大リーガー、「最初で最後の恒例試合」はアイリッシュとノルウェーとネイティブ・アメリカン、そして「ジャパニーズ・ベースボール」では日本でのガイジンが主役を勤めている。田舎出身の者、または田舎が舞台なのも、もう一つの特徴。

 少し切なくて、泥臭くて、ノスタルジック。気取らず肩肘張らず、リラックスして味わおう。

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