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2010年9月20日 (月)

町井登志夫「血液魚雷」ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

「敵の位置は」
「確認できません。しかしかなり下の方です」

 ヒトの動脈を戦場として繰り広げられる、ガジェット盛りだくさんの医療SFアクション長編。あとがきで作者が自ら、アシモフの「ミクロの決死圏」へのオマージュである、と告白しているように、人体という異郷を舞台に、正体不明の敵との攻防を描いている。いかにもライトノベル出身の作者らしく、娯楽のツボはガッチリ抑えており、特にクライマックスでの次々と襲い掛かる危機と、それに対抗するため続々と繰り出される「新兵器」の場面は燃える燃える。このままハリウッドで映画化してもいいぐらいにサービスの行き届いた、娯楽の王道を行く傑作。

 ソフトカバー二段組で約260頁。文章は素直でクセが少なく読みやすい。医療物らしく緊迫したあわただしいシーンが多く、読者は一気に物語りに引き込まれる。多少の専門用語は出てくるものの、しつこくない程度に平易に解説しており、特に気になる程でもない。

 近未来の総合病院。主人公は放射線科医の石原祥子。日頃は、X線やCTなどの写真を見て診断を下す、治療より診断、現場よりデスクワークが中心の仕事だった。その日はたまたま救急で駆り出され、心筋梗塞で担ぎ込まれた患者の心臓カテーテルに立ち会う。心臓カテーテルは、大腿動脈から冠動脈まで動脈内に細い管(カテーテル)を通す手術だ。診断の結果、この患者は心臓にエネルギーを送る冠動脈に血栓が詰まっていた。血栓を除去するためにカテーテル沿いにバキュームを送り、血栓を吸い出した。
 手術そのものは無事成功したが、どうにも不自然な謎が残った。血栓は脂肪がたまりやすい中高年層に多いのだが、患者は若くスマートな女性だ。また、カテーテルのモニターにも、奇妙なモノが移っていた。血栓かと思われたが、この患者で同時に複数の血栓が出来るとは考えにくい。万が一、脳の血管が詰まれば脳梗塞に陥ってしまう。何より、動脈内を血流の逆方向に動いているのは異常すぎる。
 患者の家族の同意もあり、奇妙なモノの正体を暴くために、最新鋭カテーテル機器「アシモフ」の投入が決まる。アシモフはビームを細く絞ったため、従来のCTに対しレントゲンの被爆量が1/100と安全な上に、ナノ単位の豊富なセンサーを搭載しており、桁違いに高い解像度を誇る。
 アシモフのゴーグルをかぶった祥子は、異様な世界に放り込まれる。脈動で伸び縮みする動脈、クラゲのようにたゆたう赤血球、その合間を流されていく栄養物。呆然としながらアシモフを内頚動脈まで導いた祥子は、敵から思わぬ「攻撃」を受ける…

 タイトル「血液魚雷」が示すように、正体不明の敵とのチェイスは、深海で互いを探り合う潜水艦同士の戦闘を思わせる。こちらが広範囲を高解像度でスキャンできる強力なソナーを持つのに対し、敵は圧倒的な機動力とパワーを誇る。当初は及び腰だったヒロインが、敵を目の当たりにしてヒステリックなまでに攻撃的になる経緯も面白い。

 登場人物では、アシモフを売り込む、クリニカル・サイエンス社の担当者・加藤の、誇らしげに専門用語満載で長ったらしい技術説明を繰り広げる、いかにもオタク然としたウザいキャラクターがいい味を出してる。

みんながうわさしていた。あれ(アシモフ)はすごい、すごいけど何の役にも立たないと。

 いいねえ。エンジニアはこうでなくちゃ←違うだろ
 是非、今度はクリニカル・サイエンス社の面々を主役とした、マッド・サイエンティストが跳梁跋扈する連作短編集を書いて欲しい。これ、本気です。

 どうでもいいけど、カマキリは害虫を捉えて食べる益虫です。邪険にしないで下さい。いや私は昔からカマキリが好きなんで、嫌われ者扱いされると、ちょっとアレなのよ。ほんと、どうでもいい話だけど。

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