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2010年9月21日 (火)

ウォルター・ブロック「不道徳教育 擁護できないものを擁護する」講談社 橘玲訳

ダフ屋は貧しい人々に仕事を与え、忙しくて列に並ぶ時間のない中産階級のためにチケットの購入代行をしているのだ。 --「ダフ屋」の項より引用

 経済学者による、リバタリアニズムの刺激的で挑発的な入門書。経済学と聞くと、いかにも堅苦しく小難しい印象があるが、本書は売春婦やシャブ中など身近?であまり人聞きのよくない立場の人々を例に取り、読者の興味と反発を引き起こしつつ、リバタリアニズム的な理論展開で彼らの職業や立場を「擁護すべきヒーロー」として祭り上げる。「んな連中を擁護するって、一体どんな屁理屈を並べりゃそうなるの?そもそも、リバタリアニズムって、何なの?リバタニアンって、何者?」と思ったら、あなたは既に著者の仕掛けた罠に嵌っている。野次馬根性で楽しみながら、アメリカ的価値観の根底に流れるリバタリアニズムを学べる、オトクでエキサイティングな一冊。

 訳者あとがきも含め、一段組み310頁ちょい。4~10頁程度の短い独立したコラムが連続する形なので、興味深い部分だけ拾い読みできる親切設計だ。読みやすさへの配慮は訳文も徹底的で、訳者が自ら「意訳を通り越して超訳」と告白している。例えば、原書では1970年代の日米貿易摩擦について日本を擁護するコラムを、本書はアメリカを日本に、日本を中国に置き換え、「中国は安い農工業製品を輸出して日本の農家と町工場を痛めつけ大量の失業者を生み出した」とする保護貿易論者に対し、中国を擁護するコラム、題して「中国人」と訳している。なんとも皮肉で気の利いた翻訳だと思う。

 さて。肝心のリバタリアン・リバタリアニズムとは何か。ひと言で言えば、自由原理主義者だ。個人の自由を最大限に尊重し、それを制限しようとするあらゆる思想や制度に抵抗する。奴隷制度に反対し、婦人参政権や公民権運動を支持する。というとリベラリストに似ているようだが、リバタリアンはアダム・スミス の言う「神の見えざる手」を高く評価し、政府による規制や市場介入すら嫌う点が違う。リバタリアンは小さな政府を望み、市民が武装する権利を認め、時として社会資本の整備すら民間に任せよと主張する。これを極限まで突き詰めると、「個人から税金をふんだくる国家なんて害でしかない」と主張する、無政府主義に行き着く。

 そんなリバタリアンが本書で擁護するのは、以下の方々。

売春婦/ポン引き/女性差別主義者/麻薬密売人/シャブ中/恐喝者/2ちゃんねら/学問の自由を否定する者/間人の映画館で「火事だ!」と叫ぶ奴/ダフ屋/悪徳警察官/ニセ札づくり/どケチ/親の遺産で暮らす馬鹿息子/闇金融/慈善団体に寄付しない冷血漢/土地にしがみつく頑固ジジィ/飢餓で大儲けする悪徳商人/中国人/ホリエモン/ポイ捨て/環境を保護しない人たち/労働基準法を遵守しない経営者/幼い子どもをはたらかせる資本家

 売春婦は、なんとなく想像がつくかもしれない。「需要があって供給がある、正当な取引じゃないか、そりゃヒモとかいるけど、非合法だからヤクザが介入するんだろ、合法化しちまえよ」、と。本書の論も、それに近い。ポン引きもその延長だ。「つまりは仲介業者でしょ、不動産や株式の仲介がいいのに、なんで売春の仲介はイカンのよ」とくる。闇金融も似ている。「借りる方も納得して借りたんでしょ、貸し倒れの危険があるんだから利率が高いのは当然じゃん、金利制限なんかしたら誰も貧乏人に貸さなくなるよ」という理屈だ。つまる所、個人の自由意志を原理主義的なまでに尊重し、市場の流動性を徹底的に信用するのがリバタリアンの立場である。

 規制撤廃を求める点では保守主義者に近いのだが、伝統より個人の自由を優先する点で保守に対立する。例えばリバタリアンは妊娠中絶を肯定しているので、宗教的な保守主義者と深刻な対立関係になる。かと思えば「最低賃金の規制が失業者を生み出している」と主張して、リベラリストとも対立する。なんともまあ、面倒くさい立場だよなあ。2ちゃんなら、ネトウヨ・ブサヨ、どっちになるんだろう?

 SFだと、J.P.ホーガンの「断絶への航海」が、リバタリアンの理想郷を描いている。SF作家で最も有名なリバタリアンは、R.A.ハインラインだろう。大胆な暴力肯定の「宇宙の戦士」と、左翼的な「異星の客」の齟齬に悩んでいるなら、この本は優れた参考書になる。

 ところで、「2ちゃんねら」は、ヒドくね?そこは vipper にしてよ←一般人は vipper なんて言葉は知りません 

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