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2010年9月 1日 (水)

田中哲弥「やみなべの陰謀」ハヤカワ文庫JA

 やみなべにも陰謀にもほとんど関係ない、吉本風味の漫才SF連作ライトノベル短編集。文庫本で本文260頁程度、文章は大阪弁のスタッカートが効いた強烈なリズムがあるので一気に読み通せる。というより、バック・トゥ・サ・フューチャーっぽいタイム・トラベルの仕掛けがあり、下手に間を置くと読んでて混乱をきたすんで、一気に読む事を勧める。などと言うまでもなく、作品自体が読者を引き込むパワーを充分に備えているんで、欲望と本能に任せれば何の問題もない…少々、ギャグが大阪風味なんで、そういうのに抵抗がなければ、だけど。

千両箱とアロハシャツ
 大学生で一人暮らしの栗原守の元に、千両箱が届いた。届けに来たのは、アロハシャツを着た筋骨逞しい大男。宅急便だろうと考えて思わず受け取ってしまった守だが、改めて考えれば、アロハを着た宅急便なぞいるはずもない。つか千両箱って何よ、今時。というわけで、近所で養鶏場を営むドブさんに相談したのだが…
 守とドブさんの会話がとにかく笑える。なんだってこう、大阪弁ってだけでギャグが爆笑ギャグににランクアップするんだろう。やっぱり、リズムが軽快だからかなあ。
ラプソディー・イン・ブルー
 大学での守は、なぜか変な奴につきまとわれている。美女なら嬉しいんだが、食い意地が張って見栄と性欲をむき出しにした気色悪いデブじゃあ全然嬉しくない。その男、大村井は、トランペットが巧いというのが唯一の自慢で、女は全て「ぶっさいく」か「性格悪そう」のどちらかだ。ならホモかというとそうでもなくて、可愛い子を見つければ空気読まずにすかさず…
 大村井君の暑苦しいキャラクターが見事に光る短編。いやもう、これだけ強靭な精神力は是非見習いたいもんです。しかもタッグでくるんだもんなあ。
秘剣神隠し
 時は(多分)江戸時代。勘定方に勤める下級武士の吉岡信次郎は、とある事情で藩主のお手元金から、一両をクスねてしまった。別に金に困っての犯行ではない。翌日、すぐに返すつもりであったのだ。しかし、間が悪い事に…
 この作品のきっかけとなった事件を記す、短編集の中核をなす部分。今までのカラーと打って変わり、ホロ苦く切ないセイシュン小説。
マイ・ブルーヘヴン
 大阪府知事の村安秀聡は、大阪のイメージアップを図るが、あえなく失敗する。そこで彼は発想を逆転する。「大阪を持ち上げるより、他の地方を引き摺り下ろせばいい」。かくして始まった日本大阪化計画。大阪の侵略は着々と進み…
 世界観が抜群。いやもう、爆笑モンです。「SFとは法螺話だと思っている」という筒井康隆の言葉が、しみじみ実感できる作品。いやこれ法螺話というより馬鹿話だけど。大阪のオバチャンがゲリラとなって日本各地に散らばり、行列を見れば割り込む。女はエバい化粧を義務付けられ、男はナンパしなければ逮捕される。オッサンはオッサンでギャグをかまさねば思想犯と疑われ…案外、いい世界かもしんないw
千両は続くよどこまでも
 この作品の鍵となる人物が主役を務め、全体のタネあかしをする最終話。少々ヤヤコシイ説明もあるけど、わかんなけりゃテキトーに読み飛ばしても…って、おいおい。なんだってコイツを相方に選ぶかなあ、と思ったけど、ツインズは面白かったよね、確かに。

 トリを勤める短編の名前で解るように、SFと言っても小難しいシロモノではない。ただし通勤電車の中や、口に飲み物を含んだ状態での読書は、あまりお勧めできない。リラックスした姿勢で、コテコテな浪速の風味をお楽しみあれ。

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