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2010年9月18日 (土)

吉村萬壱「バースト・ゾーン 爆裂地区」ハヤカワ文庫JA

…寛子は夢中で椹木を想った。今迄の人生の中で、これ以上身も心も自分に合うと感じた男はいなかった。何百、何千もの男と体を合わせてきたが、椹木は特別の存在だった。何もかも、まるで精密に計測したように自分にピッタリなのだ。椹木の代わりは絶対にいない。会いたい、会いたい、会いたい。…

 暴走した妄想力が炸裂する、近未来を舞台とした、愛と情欲と狂気と暴力の戦時/戦争暗黒ファンタジー長編。文庫本で本文は約550頁。純文学出身の作家に相応しく、文章はややクセがあり、濃厚で執拗な描写も相まって、慣れないと少々辛いかも。

 舞台は近未来の日本。「テロリン」なる敵と交戦中で、街には戦意高揚を煽るポスターや放送であふれ、傷痍軍人が志願兵を募るチラシを配っている。民衆の愛国の意欲は高く、誰もがテロリンへの憎悪に燃えている。ところが肝心のテロリンは全くもって正体不明で神出鬼没であり、国内でも爆弾テロやサイバー・テロが頻発している。「黒くてひょろ長い」という噂もあるが、それも真偽は不明だ。
 人々は互いに疑心暗鬼になり、「あいつはテロリンだ!」などと指差され叫ばれたら最後、凄惨なリンチにより袋叩きになり、撲殺され捨てられる。冤罪が証明される事はまず、ない。民衆の暴力衝動は高まり、それは社会が勧める志願を後押しする。志願者が生きて戻ることも滅多にないが、ラジオは快勝を告げる大本営発表を繰り返すのみ。
 と、まあ、つまりは、太平洋戦争時の国家総動員体制を戯画化したような社会だと思ってくださいな。

 そんな息苦しい社会の中で、足掻くように生きている数人の男女たち。

 小柳寛子は売春婦だ。元はホステスだったが、いわゆる「だめんず」体質とでも言うか、椹木に入れ込んでしまい、体を売っては金を椹木に渡している。
 その椹木は、妻と娘を抱える建設労働者だ。たまたま飲みに入った店で寛子と出会い、逢瀬を重ねた末に寛子を売り飛ばす。チラシに曳かれ志願を決意するが、ずるずると先延ばしになっている。
 寛子の客、井筒は画家を目指すダメ男。己の才能の無さをうすうすと自覚しつつも、絵を描くことをやめられない。中途半端な生き方を、芸術家のはしくれであるという見栄で支え、たまたま買った寛子に執心する。
 暴力組織の親玉、大門。薬物を売り捌いて荒稼ぎし、中毒症状で壊れた客は徹底的に陵辱して嬲殺しにする、頭は切れるが冷酷で、精神のどこかが死んでいる男。
 医者の斉藤は、「言われた事を言われたとおりにこなす」事に深い喜びを見出す人間だ。愛国心とテロリンへの戦意に燃え、戦争の鍵を握ると想われるプロジェクトへの参加を希望するが、未だ許されていない。

 テロリンとは何者なのか。戦場はどこなのか。そもそも存在するのか。戦争の実態は全く不明でありながら、民衆の戦意は異様に高い。人々の暴力騒動は更に高まり、リンチが頻発する。テロリンの正体など情報不足への苛立ちや、いつ自分にテロリン疑惑がかけられるかわからない恐怖は、更にテロリンへの憎悪と暴力衝動を高めていく。全三章中の第一章は、そんな息苦しさに満ちた社会の中で、それでも欲望に突き動かされ交わり続ける男女の生々しい姿を、ねっとりとした筆致で描いている。

 これが第二章に入ると、一気に雰囲気が変わり、ここで作者の妄想力が炸裂する。SFというより、むしろ永井豪や平野耕太の漫画に近い。理屈や整合性を勢いと妄想力とインパクトでねじ伏せる類の、死と狂気と臭気あふれる悪夢の世界が展開する。頁が進むにつれ、それこそ「人がゴミのよう」に死ぬ、阿鼻叫喚のシーンがエスカレートしていく。

 解説が佐藤亜紀なんで、オシャレで高尚な話なのかなと思ったら、全然違った。とにかく濃密で変態で妄想満開というか。荒唐無稽って点では、SFというよりライトノベルなんだけど、登場人物の年齢と生臭さは、ライトとは程遠い。かと言って、どう見ても純文学の世界じゃ受け入れられる訳はないし、やっぱしSFぐらいしか受け入れる所はないのかも。

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