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2010年9月の14件の記事

2010年9月29日 (水)

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」早川書房 土屋政雄訳

「ネバーレットミーゴー…オー、ベイビー、ベイビー…わたしを離さないで…」

 キャシー・Hは介護人だ。介護人を勤めて十一年以上になる。長い職歴を持つだけあって優秀との評判も高く、今では介護する相手を選べるまでになった。彼女が育ったのは、ヘールシャム。そこで彼女は、ルースやトミーなど、多くの仲間たちと一緒に、多感な子供時代を過ごしたのだった。近未来のイギリスを舞台に、彼女や仲間たちの数奇な生き様を淡々と描く、話題の小説。

 ハードカバー一段組みで約340頁。訳文は異国の香りを残しながらも、日本語としてはこなれていて読みやすい。時系列は多少前後するものの、視点はキャシー・Hの一人称で統一されているため、お話の混乱も少なく、物語そのものの吸引力の強さも相まって、読み始めたら一気に読める。

 なんともまあ、紹介の仕方に困る小説である。介護人・提供者・ヘールシャムなど、物語のキーとなる言葉やその意味が、物語の中で少しづつ明かされていくのだが、ジワジワと背景が明かされていく様、読者をじらす工夫が見事で、ネタばれを避けると、ほとんど書ける事がなくなってしまう。まあ、私の文才がないのが悪いと言われれば、素直に認めるしかないけど。

 序章、現在のキャシー・Hの独白で始まった物語は、次に彼女が子供時代を過ごしたヘールシャムの思い出話になる。全寮制の宿舎学校っぽい環境なのだが、妙に世間と隔離されている。「子供と先生と、稀に来る外部の人」という、一種の閉鎖環境である。そんな中でも、ありがちな女の子グループ内の組織力学みたいなものはあって、キャシーとルースが互いを測りあいながら友情を育てていく様子は、「ああ子供だなあ」という微笑ましさと同時に、「子供とは言っても、やっぱり人間だよな」と思わせる毒もたっぷり含んでいて、著者の冷徹で底意地の悪い観察眼の冴えがじっくり味わえる。

 いささか見栄っ張りで、女の子らしい虚勢を張りながらも、優れた統率力を示すリーダー然としたルース。その横に控え、常に空気を読んで、時にはルースのハッタリを見抜きながらも、敢えて波風を立てる事は避けるキャシー。同室のよしみもあって、二人は次第に自他共に認めるいいコンビとなっていく。

 幼いながらも男女の意識はあって、もう一人の重要な登場人物、トミーが二人と深く関わるのは、もう少し後になる。ちょっとした事で仲間はずれになったトミーは、その激しやすい性格も災いして、いじめの標的となってしまう。気まぐれで彼に声をかけたキャシーは、彼へのいじめが止んだ後も、周囲からなんとなくトミーの相方と看做されてしまう。

 謎の多いヘールシャム。その謎を、キャシーはルースやトミーと秘密を共有しつつ、少しづつ解き明かしていく。とはいえ所詮は子供、入手できる情報も限られているため、往々にして彼女たちの推測は的を外れているのだが…

 と、ヘールシャムでの子供社会の心理描写や葛藤を描く著者の緻密さは見事で、私はこの辺が一番楽しめた。子供とはいっても無邪気なわけじゃなく、それなりに面子や駆け引きもあるんだよね。で、幼馴染ってのは、息が合ってる面もあれば、お互いの手口を見透かしてる分、やりにくい面もあるわけで。

 さて。肝心の物語の背景事情は相当に過酷なわりに、語り手のキャシー・Hはやたらと落ち着いていて、素直に運命を受け入れているのが、なんとも不気味というかなんというか。この小説に似た舞台装置のお話は日本の漫画じゃ珍しくなくて、その多くはこの小説の結末から始まる物語で、中身は血しぶき舞い飛ぶド派手なバトル・アクション物になる訳ですが、私はそういうバイオレンスな方向の方が好きです。結末近くでのエミリ先生の告白には、反発しか覚えないし。

 一応、参考資料として。双方共にネタバレを含むけど、著者カズオ・イシグロ氏のインタビューを挙げておく。私としては、むしろ瀬名秀明氏の立場に共感を覚える事も、申し添えておきます。

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2010年9月27日 (月)

蔵前仁一「わけいっても、わけいっても、インド」旅行人

これらの絵が示す世界は、なんとヒンドゥー教以前の世界であるというのだ。
ヒンドゥー教以前!
この言葉に僕はめまいさえ覚えたほどだ。ヒンドゥー教が成立するのはおよそ1700~2200年年前のことだ。およそ2000年前の文化の痕跡が、インドにはこうやってまだ残っているなんて!

 のほほんとしてペーソス漂う、アジア・アフリカを中心とした海外貧乏旅行エッセイで知られる、蔵前氏のインド旅行記。いつもは特に目的もスケジュールも明確でなく、行き当たりばったり興味と体調の赴くまま、旅先で仕入れたネタを元にフラフラと彷徨う蔵前氏だが、今回は珍しく明確な目的を持って旅立っている。ミティラー画をはじめとする、インドの民俗美術・工芸を見て回る事だ。そのためか、他の著作では随所にあった氏のイラストが、この本には全く載っていない。その代わりに収録されているのが、豊富な絵画・壁画・工芸品、そして風景の写真だ。従来の氏の著作は時系列も場所もランダムだったのに対し、この著作では、ほぼ旅行の時系列に沿った構成になっている。

 とはいえ蔵前氏のこと、相変わらず個人旅行者の立場で各地をウロついているので、その辺はご安心を。一応の目的地はあるものの、スケジュールも適当なら、バスや列車のチケット・宿泊地なども現地調達。肝心の絵画や壁画も、ホテルやチャイ屋での聞き込みで探り当てている。こういった、「単なる旅人と、そこで生活している人」という姿勢が染み付いていて、間違っても政府に交渉して手配してもらおうなどという発想にはならず、あくまでも旅人視線の魅力は全く変わっていない。まあ、それでも、バス停などでたむろしていた人から紹介された相手が、偶然地元の有力者だったりする場合もあって、著者はえらく恐縮しているのだが、それはそれでエキサイティングで面白い。

 ソフトカバー一段組みで280頁ちょい。多くのカラー写真を掲載するためか、氏の他の著作より質のいい紙を使っているのと、トボけた味わいの氏のイラストがないせいか、一見とっつきにくい印象をうける。しかし、文体は、ドミトリーで旅行者同士が交わすような、素直で気取りのない雰囲気で、読みやすさは相変わらずの通常運転です。

 さて。本書の主要テーマは、ネパール国境に近いミティラー地方のミティラー画や、パキスタン国境に近いバンニ地域の土塀のペイント、ムンバイに近いタラサリのワルリー画を求める旅だ。いずれも著名な観光地ではなく、旅行ガイド本でもほとんど扱っていない。とはいえ秘境というわけでもなく、普通の人が普通に暮らしている普通のインドの町や村である。とはいえ文化の坩堝インドでは、「普通」の幅がやたらと広いんだが。ヒンディー語やベンガリー語がほどんど出来ず、日本語と英語しかできない著者が、地元の人にその暴挙をあきられつつ、目的物を探して右往左往する様が、本書の最大の魅力だろう。

著者「わかりました、(朝)七時ですね」
(略)彼が現れたのは八時三十分だった。
某氏「何時から待ってた?」
著者「七時」
某氏「日本人は時間に正確だなあ。ははは、これがインド人」
自分でいってどうする。

 などと、インド人のいい加減さに呆れて内心で突っ込みをかます著者だが。

しかし、カリフォルニアからやってきたというそのアメリカ人は、こんな辺鄙な村へ何をしにやってきたのだろうか。正直いって、ピトラ画がなければ、一日ももたないほど何もないところだが、世の中には物好きな人はいるものだ。

 には爆笑した。「物好きな人」って、お前が言うなw

 肝心のミティラー画やワルリー画については、ミティラー美術館の頁を参考にして欲しい。いずれも専門の画家が始めたわけではなく、主婦などが生活の中で描き続けた絵や壁画が、インド政府や海外の画家の注目を浴びたものだ。本書には、それらの写真が豊富に収録されている。こればっかりは、実際に写真を見ていただきたい。私のつたない文章でその魅力を伝えるのは無理と、きっぱり諦めた。敢えて自分のイラストを排し、写真を掲載した著者の気持ちがよくわかる。

 とりあえず、インドの地方で何かを探すには、チャイ屋の親父に聞けばいいらしい。親父に聞く → 常連客が割り込む → 客同士で相談しあう → 勝手に話が決まって案内役がつく、という風に、インドの田舎の人は異様に親切で人懐っこかったりする。その代償として中学校や高校に授業のゲスト講師として呼ばれ、特別講義という名目で単なる見世物役をやる羽目になったりするけど。

 自然だふれあいだなどと妙な暑苦しさもなく、旅は苦しくて当たり前的な押し付けがましさもない、なにやら偉そうな人の前に出れば恐縮してしまう普通の人でありながら、煩い親父には「人の話も聞けよ」と突っ込みをかます、肩の力の抜けた不思議な魅力の蔵前ワールドにようこそ。

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2010年9月25日 (土)

フランク・シェッツィング「深海のYrr 上・中・下」ハヤカワ文庫NV 北川和代訳

「そのとおり!つまり、賢い年寄りの科学者は、若いってだけの能無しの小僧のために死ななければならないのだ」

 ハリウッド風のアクションや謎と陰謀が盛りだくさん、ステレオタイプとすら言えるクセの強い多数の登場人物が入り乱れ対立しては共闘し、世界中の荒れ狂う海と静謐な深海を駆け巡り、全地球規模の災厄に立ち向かう、サービス満点の海洋パニックSFサスペンス。

 文庫本とはいえ上・中・下の三巻すべてが500頁越えの大ボリューム。文章は翻訳調で日本語としては多少の違和感がある。とはいえ、登場人物がアメリカのソープ・オペラやパニック映画の定型っぽく変に饒舌なので、そいいう雰囲気を巧く伝えるには、こういう不自然な文体の方が向いているように思う。西洋人ってのは、会話の度にいちいち下手なジョークを飛ばさにゃ気がすまない連中なんだろうか。これじゃ話が一向に進まないではないか。

「いつだってやって来るさ、ベイビー。さあ、連中に素敵なショウを披露しておやり。拍手がなければ、あんたがストリップを見せればいい。私が必ず拍手してやるよ」

 …と、冗談はさておき、内容紹介といこう。

 ペルーの漁師ウカニャンは、その日、珍しく沖合いまで漁に出た。大漁に気をよくして再び網を投げ入れたが、何かに引っかかったらしく引き上げられない。仕方なく網を外すため海に潜ったが、網はズタズタに切り裂かれていた。一旦、水面に上がろうとした彼は、水面近くにヘダイの大群を見る。大漁の予感に喜んだのもつかの間、群れの異様な大きさに彼はおののく。なんと、水平線まで群れは続いていた。
 ノルウェイ工科大学の海洋生物学者シグル・ヨハンセンの元に、奇妙なゴカイが届く。スタットオイルの研究者、ティナ・ルンからの依頼だ。大陸斜面に石油採掘施設を建設するための調査で、深度700mのメタン・ハイドレート上層部に大繁殖しているのを発見したのだ。アゴが発達したソレは、体長も他の種の三倍以上の17cmある。自動潜水艇で撮影した画像には、異様な大きさの蒼い発光物体が映っていた。
 カナダの西海岸でホエール・ウォッチングのガイドを務める海洋生物学者のレオン・アナワクは商売あがったりだ。今年は回遊のクジラを全く見かけず、客も不満を抱いている。そこに奇妙な調査依頼が飛び込む。6万トンの貨物船の舵が効かなくなり、タグボートに救援を頼んだところ、タグボートがクジラに襲われたのだ。貨物船の舵やスクリューは、びっしりとゼブラ貝に覆いつくされていた。貝は、ゼラチン状の物質で船体にへばりついている。サンプルを回収しようと潜った彼は、奇妙な閃光を見る。
 コスタリカやオーストラリアでは猛毒のクラゲが大繁殖して人間を襲う。パリではロブスターが爆発し、潜んだ猛毒のバクテリアが下水を介して大繁殖する。ゴカイは大繁殖してメタン・ハイドレートに潜り込み、ブローアウトを誘う。クジラは次々と人間を襲い始め…

 と、同時期に多数の海洋生物が人類に敵対するかのような異常行動を見せはじめ、少しづつ恐怖を高めていく。ノルウェイ・カナダ・ドイツ・グリーンランドなど、各地で個々に異常事態を発見した研究者達が、次第に異常現象が全地球規模で発生している事に気がついていく過程は、なかなか緊迫感がある…ものの、いかんせんお話が長すぎて、少々水増し感が拭えない。

 私が楽しんだのは、中巻で訪れる大規模な破滅シーン。我々日本人にとってはお馴染みの災害が、ソレに不慣れな北欧・西欧の海岸線を襲い、都市が次々と破滅していく。いやあ、大災害によって都市が跡形もなく破壊されていく模様は、やっぱり怪獣映画の楽しみの一つだよね。

 海洋冒険物のもう一つの楽しみは、海で活躍する様々なガジェット。上巻で登場する石油採掘施設の見上げるような威容もさることながら、やっぱりワクワクするのは潜水艇。下巻で活躍するディープフライトは、その形といい潜行能力といい機敏な機動力といい、読者の男の子な部分を思いっきりくすぐってくれます。

 登場人物では、善玉役の科学者がいまいちキャラが薄いんだよね。中では、ちょっと斜に構えたジャック・グレイウォルフと、ニコチン中毒のサマンサ・クロウがキャラが立ってるかな。その分、悪役が思いっきりマッドで、科学者を食っちゃってる。ラスボスを勤める米国司令官ジューディス・リーの、野心溢れる冷酷で狡猾なキャラクターもさることながら、CIA副長官のジャック・ヴァンダービルドの、いかにも噛ませ犬フラグ立ちまくりな小物臭溢れるウザさがたまらない。

 メタン・ハイドレートにおけるゴカイの大量繁殖は何をもたらすのか。クジラの異常行動の原因は。謎のゼラチン状物質の正体は。そして、Yrr とは何か。秋の夜長を潰すには充分なボリュームを誇る娯楽大作をどうぞ。

どうでもいいけど、このAAは巧いよなあ。ネタバレを避けるため、敢えて文字は見えなくしてあります。あしからず。

■■■仮モデル■■■
津波をよくご存じない人へ。
4メートルの波と、4メートルの津波の違いはこのようになっております。

●4メートルの波
            ザッパン

                          波
                         波
                      波波         ●
                    波波波         人
波波波波波波波波波波波波波波波波--------------

●4メートルの津波
  ←何十キロもの彼方までおんなじ高さ

          ゴゴゴゴゴゴゴ‥         
波波波波波波波波波波波波波波波波波波
波波波波波波波波波波波波波波波波波  
波波波波波波波波波波波波波波波波          Σ ●
波波波波波波波波波波波波波波波波           人
波波波波波波波波波波波波波波波---------------

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2010年9月21日 (火)

ウォルター・ブロック「不道徳教育 擁護できないものを擁護する」講談社 橘玲訳

ダフ屋は貧しい人々に仕事を与え、忙しくて列に並ぶ時間のない中産階級のためにチケットの購入代行をしているのだ。 --「ダフ屋」の項より引用

 経済学者による、リバタリアニズムの刺激的で挑発的な入門書。経済学と聞くと、いかにも堅苦しく小難しい印象があるが、本書は売春婦やシャブ中など身近?であまり人聞きのよくない立場の人々を例に取り、読者の興味と反発を引き起こしつつ、リバタリアニズム的な理論展開で彼らの職業や立場を「擁護すべきヒーロー」として祭り上げる。「んな連中を擁護するって、一体どんな屁理屈を並べりゃそうなるの?そもそも、リバタリアニズムって、何なの?リバタニアンって、何者?」と思ったら、あなたは既に著者の仕掛けた罠に嵌っている。野次馬根性で楽しみながら、アメリカ的価値観の根底に流れるリバタリアニズムを学べる、オトクでエキサイティングな一冊。

 訳者あとがきも含め、一段組み310頁ちょい。4~10頁程度の短い独立したコラムが連続する形なので、興味深い部分だけ拾い読みできる親切設計だ。読みやすさへの配慮は訳文も徹底的で、訳者が自ら「意訳を通り越して超訳」と告白している。例えば、原書では1970年代の日米貿易摩擦について日本を擁護するコラムを、本書はアメリカを日本に、日本を中国に置き換え、「中国は安い農工業製品を輸出して日本の農家と町工場を痛めつけ大量の失業者を生み出した」とする保護貿易論者に対し、中国を擁護するコラム、題して「中国人」と訳している。なんとも皮肉で気の利いた翻訳だと思う。

 さて。肝心のリバタリアン・リバタリアニズムとは何か。ひと言で言えば、自由原理主義者だ。個人の自由を最大限に尊重し、それを制限しようとするあらゆる思想や制度に抵抗する。奴隷制度に反対し、婦人参政権や公民権運動を支持する。というとリベラリストに似ているようだが、リバタリアンはアダム・スミス の言う「神の見えざる手」を高く評価し、政府による規制や市場介入すら嫌う点が違う。リバタリアンは小さな政府を望み、市民が武装する権利を認め、時として社会資本の整備すら民間に任せよと主張する。これを極限まで突き詰めると、「個人から税金をふんだくる国家なんて害でしかない」と主張する、無政府主義に行き着く。

 そんなリバタリアンが本書で擁護するのは、以下の方々。

売春婦/ポン引き/女性差別主義者/麻薬密売人/シャブ中/恐喝者/2ちゃんねら/学問の自由を否定する者/間人の映画館で「火事だ!」と叫ぶ奴/ダフ屋/悪徳警察官/ニセ札づくり/どケチ/親の遺産で暮らす馬鹿息子/闇金融/慈善団体に寄付しない冷血漢/土地にしがみつく頑固ジジィ/飢餓で大儲けする悪徳商人/中国人/ホリエモン/ポイ捨て/環境を保護しない人たち/労働基準法を遵守しない経営者/幼い子どもをはたらかせる資本家

 売春婦は、なんとなく想像がつくかもしれない。「需要があって供給がある、正当な取引じゃないか、そりゃヒモとかいるけど、非合法だからヤクザが介入するんだろ、合法化しちまえよ」、と。本書の論も、それに近い。ポン引きもその延長だ。「つまりは仲介業者でしょ、不動産や株式の仲介がいいのに、なんで売春の仲介はイカンのよ」とくる。闇金融も似ている。「借りる方も納得して借りたんでしょ、貸し倒れの危険があるんだから利率が高いのは当然じゃん、金利制限なんかしたら誰も貧乏人に貸さなくなるよ」という理屈だ。つまる所、個人の自由意志を原理主義的なまでに尊重し、市場の流動性を徹底的に信用するのがリバタリアンの立場である。

 規制撤廃を求める点では保守主義者に近いのだが、伝統より個人の自由を優先する点で保守に対立する。例えばリバタリアンは妊娠中絶を肯定しているので、宗教的な保守主義者と深刻な対立関係になる。かと思えば「最低賃金の規制が失業者を生み出している」と主張して、リベラリストとも対立する。なんともまあ、面倒くさい立場だよなあ。2ちゃんなら、ネトウヨ・ブサヨ、どっちになるんだろう?

 SFだと、J.P.ホーガンの「断絶への航海」が、リバタリアンの理想郷を描いている。SF作家で最も有名なリバタリアンは、R.A.ハインラインだろう。大胆な暴力肯定の「宇宙の戦士」と、左翼的な「異星の客」の齟齬に悩んでいるなら、この本は優れた参考書になる。

 ところで、「2ちゃんねら」は、ヒドくね?そこは vipper にしてよ←一般人は vipper なんて言葉は知りません 

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2010年9月20日 (月)

町井登志夫「血液魚雷」ハヤカワSFシリーズ Jコレクション

「敵の位置は」
「確認できません。しかしかなり下の方です」

 ヒトの動脈を戦場として繰り広げられる、ガジェット盛りだくさんの医療SFアクション長編。あとがきで作者が自ら、アシモフの「ミクロの決死圏」へのオマージュである、と告白しているように、人体という異郷を舞台に、正体不明の敵との攻防を描いている。いかにもライトノベル出身の作者らしく、娯楽のツボはガッチリ抑えており、特にクライマックスでの次々と襲い掛かる危機と、それに対抗するため続々と繰り出される「新兵器」の場面は燃える燃える。このままハリウッドで映画化してもいいぐらいにサービスの行き届いた、娯楽の王道を行く傑作。

 ソフトカバー二段組で約260頁。文章は素直でクセが少なく読みやすい。医療物らしく緊迫したあわただしいシーンが多く、読者は一気に物語りに引き込まれる。多少の専門用語は出てくるものの、しつこくない程度に平易に解説しており、特に気になる程でもない。

 近未来の総合病院。主人公は放射線科医の石原祥子。日頃は、X線やCTなどの写真を見て診断を下す、治療より診断、現場よりデスクワークが中心の仕事だった。その日はたまたま救急で駆り出され、心筋梗塞で担ぎ込まれた患者の心臓カテーテルに立ち会う。心臓カテーテルは、大腿動脈から冠動脈まで動脈内に細い管(カテーテル)を通す手術だ。診断の結果、この患者は心臓にエネルギーを送る冠動脈に血栓が詰まっていた。血栓を除去するためにカテーテル沿いにバキュームを送り、血栓を吸い出した。
 手術そのものは無事成功したが、どうにも不自然な謎が残った。血栓は脂肪がたまりやすい中高年層に多いのだが、患者は若くスマートな女性だ。また、カテーテルのモニターにも、奇妙なモノが移っていた。血栓かと思われたが、この患者で同時に複数の血栓が出来るとは考えにくい。万が一、脳の血管が詰まれば脳梗塞に陥ってしまう。何より、動脈内を血流の逆方向に動いているのは異常すぎる。
 患者の家族の同意もあり、奇妙なモノの正体を暴くために、最新鋭カテーテル機器「アシモフ」の投入が決まる。アシモフはビームを細く絞ったため、従来のCTに対しレントゲンの被爆量が1/100と安全な上に、ナノ単位の豊富なセンサーを搭載しており、桁違いに高い解像度を誇る。
 アシモフのゴーグルをかぶった祥子は、異様な世界に放り込まれる。脈動で伸び縮みする動脈、クラゲのようにたゆたう赤血球、その合間を流されていく栄養物。呆然としながらアシモフを内頚動脈まで導いた祥子は、敵から思わぬ「攻撃」を受ける…

 タイトル「血液魚雷」が示すように、正体不明の敵とのチェイスは、深海で互いを探り合う潜水艦同士の戦闘を思わせる。こちらが広範囲を高解像度でスキャンできる強力なソナーを持つのに対し、敵は圧倒的な機動力とパワーを誇る。当初は及び腰だったヒロインが、敵を目の当たりにしてヒステリックなまでに攻撃的になる経緯も面白い。

 登場人物では、アシモフを売り込む、クリニカル・サイエンス社の担当者・加藤の、誇らしげに専門用語満載で長ったらしい技術説明を繰り広げる、いかにもオタク然としたウザいキャラクターがいい味を出してる。

みんながうわさしていた。あれ(アシモフ)はすごい、すごいけど何の役にも立たないと。

 いいねえ。エンジニアはこうでなくちゃ←違うだろ
 是非、今度はクリニカル・サイエンス社の面々を主役とした、マッド・サイエンティストが跳梁跋扈する連作短編集を書いて欲しい。これ、本気です。

 どうでもいいけど、カマキリは害虫を捉えて食べる益虫です。邪険にしないで下さい。いや私は昔からカマキリが好きなんで、嫌われ者扱いされると、ちょっとアレなのよ。ほんと、どうでもいい話だけど。

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2010年9月19日 (日)

吉田太一「遺品整理屋は見た!! 天国へのお引越しのお手伝い」扶桑社

「私とあなたの仕事は、考古学的な仕事なんですよ」

 日本初の遺品整理専門会社「キーパーズ」を起業した吉田氏が、その業務で出会った様々な人間模様を綴ったエッセイ集。キーパーズの主な業務は孤独死した人の遺品の整理だ。本書にも腐敗した遺体やゴミに埋もれた部屋など、陰惨な場面も多く出てくる。しかし、タイトルの「!!」が思わせる扇情的な描写は押さえ気味だ。むしろ、副題の「天国へのお引越しのお手伝い」に現れているように、吉田氏は落ち着いて常識的な視点で事件を綴っていく。

 ソフトカバー一段組みで約250頁。4~10頁程度の独立した34本のエピソードとコラムが6本、それに元監察医の上野正彦氏との対談を収録している。語りかけるように自然な口語の文章は読みやすく、文字も大きめなので、軽く読み通せる。

 最初のエピソードは、読者の予想通りに悲惨なシーンから始まる。夜の八時を過ぎて入ってきた急ぎの仕事。血痕と死臭が酷い。従業員は帰ってしまったため、残っていた吉田氏が自ら現場に赴く。床に広がる体液を拭き取り、凝固した血液を擦り取り、消毒液を散布する。これをたった一人の作業で2時間で仕上げるんだから、さすがプロは違う。

 扱うのが孤独死だけに、家族との縁が薄い人が多い。妻子を捨て女を作って出て行った男、酒に溺れてゴミに埋もれて死ぬ男、親離れできなかった中年男。かと思えば、天涯孤独と自称していた男に家族がいたり、闊達で明るい人が「旅行にでも行っているのだろう」と見過ごされていたケースもある。
 民間の営利企業なので、誰かが費用を負担しなければならない。なんとか見つかった親族が「はとこ」で大家と費用の支払いで揉める事もあれば、隣人から出た異臭の苦情を大家から押し付けられる羽目になったり。

 つくづく感心したのは、鬱を自称する女性から、リストカットの跡を吉田氏が見せられた際の受け答え。ある意味、直球ド真ん中の受け答えなのだが、自然で屈託が無いくせに意外性に富んでいる。こういう事業を起こす人はさすがに違うというか、なんとも軽妙で機知に富んだ会話を展開してみせる。とっさにこういう会話をできる人が、つくづく羨ましい。

 後半では、どうやって孤独死を防ぐかという問題を我々に突きつけ、吉田氏なりの回答も示している。孤独死の現場の映像を中高年に見せて現実を直視させ、朝の散歩でもいいから世間とのつながりを維持しろ、と。

 三面記事的な内容を期待して野次馬根性で読んだ本だったが、意外と抑制の効いた文章だった。そういう点では、末尾の上野氏との対談が面白い。根底では二人とも合理的な部分を共有していながら、上野氏は豪快で専門バカ的なキャラクターを、吉田氏は常識豊かな企業人らしく受けて見せる。「ユーレイが出てきたらどうするか」という問いへの、両者の回答は爽快で爆笑物。

 一見陰惨な事件を、独特のトボけた味で落ち着いた雰囲気に料理し、シメは豪快に爆笑させる。思ったよりも明るく楽しい一冊でありました。

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2010年9月18日 (土)

吉村萬壱「バースト・ゾーン 爆裂地区」ハヤカワ文庫JA

…寛子は夢中で椹木を想った。今迄の人生の中で、これ以上身も心も自分に合うと感じた男はいなかった。何百、何千もの男と体を合わせてきたが、椹木は特別の存在だった。何もかも、まるで精密に計測したように自分にピッタリなのだ。椹木の代わりは絶対にいない。会いたい、会いたい、会いたい。…

 暴走した妄想力が炸裂する、近未来を舞台とした、愛と情欲と狂気と暴力の戦時/戦争暗黒ファンタジー長編。文庫本で本文は約550頁。純文学出身の作家に相応しく、文章はややクセがあり、濃厚で執拗な描写も相まって、慣れないと少々辛いかも。

 舞台は近未来の日本。「テロリン」なる敵と交戦中で、街には戦意高揚を煽るポスターや放送であふれ、傷痍軍人が志願兵を募るチラシを配っている。民衆の愛国の意欲は高く、誰もがテロリンへの憎悪に燃えている。ところが肝心のテロリンは全くもって正体不明で神出鬼没であり、国内でも爆弾テロやサイバー・テロが頻発している。「黒くてひょろ長い」という噂もあるが、それも真偽は不明だ。
 人々は互いに疑心暗鬼になり、「あいつはテロリンだ!」などと指差され叫ばれたら最後、凄惨なリンチにより袋叩きになり、撲殺され捨てられる。冤罪が証明される事はまず、ない。民衆の暴力衝動は高まり、それは社会が勧める志願を後押しする。志願者が生きて戻ることも滅多にないが、ラジオは快勝を告げる大本営発表を繰り返すのみ。
 と、まあ、つまりは、太平洋戦争時の国家総動員体制を戯画化したような社会だと思ってくださいな。

 そんな息苦しい社会の中で、足掻くように生きている数人の男女たち。

 小柳寛子は売春婦だ。元はホステスだったが、いわゆる「だめんず」体質とでも言うか、椹木に入れ込んでしまい、体を売っては金を椹木に渡している。
 その椹木は、妻と娘を抱える建設労働者だ。たまたま飲みに入った店で寛子と出会い、逢瀬を重ねた末に寛子を売り飛ばす。チラシに曳かれ志願を決意するが、ずるずると先延ばしになっている。
 寛子の客、井筒は画家を目指すダメ男。己の才能の無さをうすうすと自覚しつつも、絵を描くことをやめられない。中途半端な生き方を、芸術家のはしくれであるという見栄で支え、たまたま買った寛子に執心する。
 暴力組織の親玉、大門。薬物を売り捌いて荒稼ぎし、中毒症状で壊れた客は徹底的に陵辱して嬲殺しにする、頭は切れるが冷酷で、精神のどこかが死んでいる男。
 医者の斉藤は、「言われた事を言われたとおりにこなす」事に深い喜びを見出す人間だ。愛国心とテロリンへの戦意に燃え、戦争の鍵を握ると想われるプロジェクトへの参加を希望するが、未だ許されていない。

 テロリンとは何者なのか。戦場はどこなのか。そもそも存在するのか。戦争の実態は全く不明でありながら、民衆の戦意は異様に高い。人々の暴力騒動は更に高まり、リンチが頻発する。テロリンの正体など情報不足への苛立ちや、いつ自分にテロリン疑惑がかけられるかわからない恐怖は、更にテロリンへの憎悪と暴力衝動を高めていく。全三章中の第一章は、そんな息苦しさに満ちた社会の中で、それでも欲望に突き動かされ交わり続ける男女の生々しい姿を、ねっとりとした筆致で描いている。

 これが第二章に入ると、一気に雰囲気が変わり、ここで作者の妄想力が炸裂する。SFというより、むしろ永井豪や平野耕太の漫画に近い。理屈や整合性を勢いと妄想力とインパクトでねじ伏せる類の、死と狂気と臭気あふれる悪夢の世界が展開する。頁が進むにつれ、それこそ「人がゴミのよう」に死ぬ、阿鼻叫喚のシーンがエスカレートしていく。

 解説が佐藤亜紀なんで、オシャレで高尚な話なのかなと思ったら、全然違った。とにかく濃密で変態で妄想満開というか。荒唐無稽って点では、SFというよりライトノベルなんだけど、登場人物の年齢と生臭さは、ライトとは程遠い。かと言って、どう見ても純文学の世界じゃ受け入れられる訳はないし、やっぱしSFぐらいしか受け入れる所はないのかも。

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2010年9月15日 (水)

岡崎正孝「カナート イランの地下水路」論創社

…このように作付面積と作物は、用水供給量の多寡に左右された。これらは水の関数であった。

 カナートとは、イランなどに見られる人工的な地下水路で、カレーズとも呼ばれる(Wikipedia の記事)。乾燥地帯を灌漑するために作られる。イラン東部などの乾燥した平野部の地下水は、塩分を多く含んでいて利用価値が少ない。そこで地下水が清浄な山麓部に井戸を掘り、そこから横に平野部まで地下に水路を築き、塩分の少ない水を耕作地まで導く。深さは2~30mほど、長さは2km程度の短いものから、80kmを超えるものもある。水路に沿って20m~30mおきぐらいに竪穴が掘られている。

 縦に井戸とは異なり、カナートの建設には大規模な工事と高度な技術が必要である反面、カナートの利権を握った者は、耕作地における強大な権限も保持する。本書は、現在のイランにおける水とカナートの価値から始まり、その歴史・技術を掘り起こし、イランという国家の基礎をなす農業・農村の社会・権力構造までも、カナートを通して垣間見せてくれる。

序章 イランの水文化
第一章 沙漠とカナート--沙漠開発の主役・カナート
第二章 カナートの技術と文化--キャラジーの水書『地中に潜在する水の開発』を中心に
第三章 水の論理と土地制度
第四章 カナートとイラン社会の構造
第五章 水利開発の思想と歴史
イラン史主要事項
カナートに関する文献
カナート研究の現状

 ハードカバーで約270頁。内容は専門的で、著者はペルシャ関係の学者だが、文章は比較的こなれていて読みやすい。一部に数式が出てくるが、分からなければ無視して構わないだろう。歯応えのある中身の割には、興味深いエピソードが多いので、意外とスイスイ読めた。全般的に具体的な数値が多いのが特徴で、地主と小作人の収入の配分など、まず滅多に紹介されないであろう数値までも出てくるのが嬉しい。

 まず序章で、カナートの水量を保障するために、未亡人を「カナートの妻」として選ぶ風習などを紹介し、イランにおける水やカナートの重要性を印象付ける。水を表す単語の豊かさが、乾燥地域における水の重要性を示している。

 二章では、カナートの歴史を探り、掘削に使われた技術や、技術者集団の社会と収入までも掘り起こす。遅くとも紀元前700年代には始まっていたというから驚きだ。掘削技術では、測量の工夫、特に水平を測る技術・工夫が楽しい。ここでも、水路の傾斜が約6kmに0.5mという高精度を実現している。後半では工期と工賃までも、具体的な数値を示している。使用機器や人数、土壌条件などにもよるが、一年から二年ほどかかるようだ。

 三章は、イランでの水配分の制度から始まり、具体的な村ターレハバートを例にとって、独特の共同耕作制度ボネ制を解説する。この村ではカナートなしには耕作が不可能で、カナートを中心に人工的に作られた村だ。カナートは地主が握っており、雰囲気的に一族経営の会社組織に似ている。ターレハバートは300ヘクタールほどで、規模としては中小地主だが、その程度でも地主の収入が小作人の90倍を越えるというから、貧富の差は凄まじい。

 四章は、カナートを基礎としたイランの農村社会を構造を考察する。カナート建設には巨額の投資が必要だが、収益性は高く、毎年10~25%の利益を上げる。カナートを建設できる程度の資力があれば、一地域で絶対的な権力を振るえるため、小権力が乱立する羽目になり、国家全体を把握する絶対的な権力は育ちにくい。カナートは保守にも相応の投資が必要で、これがパハラヴィーによる農地改革のつまずきの原因となる。

 第五章では、イランの王の義務として、水利管理が重要視されてきた歴史を語り、歴史上の水利工事を紹介する。

 生臭いとも言える、ターレハバートの利益分配や住民移動の経緯を具体的に挙げており、それがこの本の迫力を増している。水が潤沢なカスピ海近辺では、作物の選択など小作人の裁量に任される部分が多いために、パハラヴィーの農地改革は比較的成功した。しかしカレーズによる灌漑が中心の東部では様子が違った。ある地主は、小作人に割り当てる水を減らした。別の地主は深井戸を掘って地下水を汲み上げ、カナートの保守を怠った。カナートは用水供給量が減ったり、酷い場合には枯渇し、いずれにせよ、小作人の収穫量は減ってしまった。

 恐らく、これはイランだけの現象ではなく、水が貴重な中東全域に共通した問題だろう。冒頭に引用した文章が、乾燥地域における水の重要性を見事に表現している。私は鳥井順氏の著作などで中東に興味を抱いた素人だが、水が社会構造に与える影響の大きさを、つくづく実感した。

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2010年9月14日 (火)

サイゾー&表現の自由を考える会「非実在青少年<規制反対>読本」CYZO

まず、"非実在青少年"という造語が噴飯ものである。
なぜ「実在に非ず」なんていう造語を作らねばならん?ちゃんと「架空」という単語がすでに存在するのに。 --大迫純一「見て、聴いて、考えよ」より引用

 再び私の姿勢を明示しておく。私は表現規制に反対です。
 東京都の2010年の青少年健全育成条例改正案に、反対する作家や編集者など著作に関わる人々による、反対運動の記録および意見表明などを集めたムック。127頁で¥800。そこらの文庫本より軽く読み通せるだろう。

 こういう明確な政治的意見を主張する本は、大きく分けて二種類の読者を想定している。片方は本の意見に同調する人であり、もう一方は無関心な人々だ。無関心層に対し「関心を持って欲しい」という訴えるタイプの本もあるが、この本は前者、つまり同調者を対象にしている。それは漫画っぽい表紙や、ライトノベル作家などが多い執筆陣を見れば明らかだ。

まだまだ目が離せない!どうなる?"非実在青少年"問題 --サイゾー編集部
都条例の経緯と表現規制問題のこれから --コンテンツ文化研究会 杉野直也
『非実在』な青少年と『不実在』な子供たち --五代ゆう
政治的な活動は苦手だけれど--動かなければ、何も始まらなかった --ひびき純
規制反対陳情ドキュメント~諦めません、否決まで~ --日高真紅
3月14日Jガーデン「血のホワイトデー」事件顛末 --深沢梨絵
声を紡ぐということ~一人の翻訳家による都議会への集団陳情の試み --兼光ダニエル真
兼光ダニエル真による解説つき第28期東京都青少年問題協議会議事録抜粋
陳情なう! --水戸泉(小林来夏)
マンガは犯罪を助長しているか? --山本弘
ヘドが出そうな思想であっても --山本弘
見て、聴いて、考えよ --大迫純一
仮想近未来 --「規制された後」の図書館にて --時海結似
誰のための何のためのものなのか --義月粧子
子供と性のあり方について --飯田雪子
ボーイズラブ漫画家として --天城れの
マルティン・ニーメラー『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』より --うめ
条例改正案の"真の狙い"とは --山口貴士
参考資料1「東京都青少年の健全な育成に関する条例」
参考資料2「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」
参考資料1「東京都青少年の健全な育成に関する条例改正案 質問回答集」
規制条例反対派コメント
資料

 これと同時期に似たような判型・内容で出た、COMICリュウ編集部・編の「非実在青少年読本」と比べると、正直言って意見表明としては迫力に欠ける。 あちらの「アンケート100人組手」に比べ、参加者が少ないのが痛い。特に日頃ネットに入り浸っている人にとっては、特に新鮮な議論展開があるわけでもない。

 むしろ読みどころは、陳情参加者たちが、改正案の内容を知ってから陳情に赴くまでの、事態の推移を綴った記録だろう。藤本由香里氏の文章を震源として、 ブログ・Twitter・メールなどを介して波紋が広がっていき、数日で核分裂反応のように賛同者が増え、陳情にいきつく様子が、現場で主導した人たちの筆で書かれている。全般的に寝不足の頭で書いたような説明不足の文章が多いものの、複数の筆者が繰り返し似たような状況を書いていて、それが相乗効果を成してライブ感を盛り上げる。そういった点では、ラピエール&コリンズの作品に似た面白さがある。
 大抵の筆者はノンポリで政治家との接触経験が少なく、恐れとおののきでおっかなびっくり、ネットで必死に効果的な陳情方を情報収集し、互いに連絡を取り合いながら、不承不承立ち上がる様は、まんまライトノベルのヘタレな巻き込まれ型主人公だ。

 最後に、年寄りからイチャモンをつけておく。字が小さい。年寄りの読者を切り捨てないでくれ。

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2010年9月13日 (月)

円城塔「Self-Reference ENGINE」ハヤカワ文庫JA

 日本SF期待の新鋭、円城塔のデビュー連作短編集。タイトル Self-Reference ENGINE(自己言及機関)が示すように、メタ的・再起的なトリックを駆使した論理遊戯と、アメリカ南部の法螺話のようなトボけた馬鹿話が混在した、どうにもとらえどころのない独特のSF(?)小説。

 文庫本で約360頁、22個の短編が並んでいる。頁数はたいした事ないんだけど、「時間束理論」など一見とっつきにくい難しげな言葉が出てくるんで、SFに慣れない人はたじろぐかもしれない。ナニやら小難しい言葉が出てきたら、とりあえず「ナニやら難しいことを言ってるんだな」ぐらいに解釈して読み飛ばすが吉。それより、再帰的・自己言及的な言葉遊びが多いんで、そういう部分に手こずるだろう。

Writting Self-Reference ENGINE
NearSide Farside
01 Bullet Return 20
02 BOX Echo 19
03 A to Z Theory Disappear 18
04 Ground 256 Infinity 17
05 Event Sacra 16
06 Tome Yedo 15
07 Bobby Socks Comming Soon 14
08 Traveling Japanese 13
09 Freud Bomb 12
10 Daemon Contact 11

 「なんなんだ、これは」というか、狐につままれた気分というか。幾何学的でクールなカバーからは、一見オシャレで難しげな難しげな印象をうける。が、読み進めるにしたがって、実は単なる馬鹿話ではないかという気分になってくる。実際、円城塔は様々な作家に例えられる。スタニスワフ・レム、グレッグ・イーガン、テッド・チャン。かと思えばレイフェル・アロイシャス・ラファティだったり、テリー・ビッスンだったり。果たしてその正体は…

 ぼく、リチャードの親友、ジェイムスはここら辺じゃ一番賢い奴だ。問題は、彼がリタに惚れちまったって事。リタはどこかネジの外れた規格外の女の子で、何かというとリボルバーをぶっ放すんだ。やがてジェイムスは「イベント」に巻き込まれ…

 などと、アメリカの田舎の少年少女の切ない初恋の物語があるかと思えば、時が乱れ因果律が混乱した世界で、巨大知性体たちがイカれた計画を実行し、争い、発狂し、消滅する小松左京ばりのスケールの大きい話もある。死んだ婆ちゃんの家の床下から22体のジクムント・フロイトが出てきて、親戚一同が額を寄せ合って始末を協議するなどという、人を食いまくった法螺話 Freud もある。私は Bobby Socks のタイトル・ロール、ボビー君が気に入った。

 小難しげな話かなと思って肩の力を入れると、人を食った馬鹿話が出てきて、「なんだこれは」と気を抜くと無限と有限の話が出てきたり。作者に翻弄されっぱなしの数時間でありました。

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2010年9月11日 (土)

松田磐余「江戸・東京地形学散歩 災害史と防災の視点から」之潮フィールド・スタディ文庫2

 素人向けに、東京近辺を具体例に取りながら、地形学的な土地の見方を紹介した本。関東住まいや東京近辺に勤めている人には、馴染みの土地が頻繁に出てくるため、興味深く読めるだろう。ソフトカバー縦組み1段組で約220頁。「海食崖」とかの専門用語が頻発するけど、漢字だとなんとなく意味が通じるのが嬉しい。

 地形学とは…えー、Wikipedia の地形学の項をご覧下さい…じゃ手抜きなんで、素人が間違いを承知で説明すると。
 どんな地形かは当然、その地形はどのような歴史で形成されたのか、その地下はどのような層が重なっているのか、取水や天然ガス採取などでそのような影響が出ると考えられるのか、大雨・高潮・地震などの災害時にどんな影響が出て、どう対策すれば防げるのか、など多岐に渡る学問…かな。
 プレートや断層の形成・堆積物などによる地形の歴史の推測などの地学、貝塚などの埋蔵物から当時の様子を探る考古学、古い文献や地図から歴史上の出来事や時代背景を求める史学、そして堤防や道路の配置を定める都市計画etc…と、科学と社会学の双方に跨る広範な範囲をカバーする学問、という事にしておこう。間違いがあったら指摘してください。

まえがき
第一章 武蔵野台地と東京低地の形成
当書籍のなかで、最も専門的で歯応えのある部分。ボーリングのデータによる、東京の地底はどんな層からなっているか、という話と、それはどのように形成されたのか、という話。
第二章 地形形成史を訊ねて
この章以降は、第一章から大きく雰囲気を変え、東京の各地を散策しながら、その地形の成り立ちと現在の有様を説明していく。愛宕山や上野の擂鉢山など、高低差の大きい場所の紹介が多い。特に上野近辺は昔よく行ったんで、親しみが湧いて楽しかった。
第三章 災害の跡を訊ねて
主に台風の堤防決壊による浸水地帯の紹介が中心。全般的に東京の下町、江東区や墨田区が多い。
第四章 災害対策を尋ねて
ここでも浸水被害が大きかった荒川・隅田川流域が中心。また、安政の震災と関東大震災の被害も下町が大きかったため、上野以東が中心となっている。ちなみに震災の被害で最も大きいのは火災による被害で、調査者にもよるけど死者の95%以上が火災による被害者だそうで。
あとがき
参考文献
索引

 昔は荒川流域のサイクリング・ロードを自転車で走っていたため、荒川流域が主役の三章と四章が楽しかった。全般的に23区以東が多いため、下町や千葉に住む人には親しみの湧く一冊。ちょっとした坂や階段にも、それなりの曰くがあると思うと、散歩やサイクリングの楽しみが増えます。

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2010年9月 9日 (木)

W.P.キンセラ「ジャパニーズ・ベースボール」DHC 田中敏訳

 傑作「シューレス・ジョー」の作者による、野球に関わる短編小説集。少し切なくてトボけた味わいは、世知辛い日常の中に、一服のお茶に似た小さなやすらぎのひとときをもたらす。ソフトカバー1段組で310頁ちょいで、訳の文体はいかにも現代アメリカ文学風。この辺は好き嫌いが分かれるところかも。

九龍飯店
九龍飯店を建てたのはチェン・ワンという中国移民だ。彼はオハイオに住み着き、チャーリー・ワンと名を変え、以降はチャーリーの名で通してきた。九龍飯店を根城に、地道だが着実に事業を広げ、町の有力者と目される人物となる。40年後、大リーグの新球場を作るために、九龍飯店を取り壊す事になった。立ち退き交渉に赴いたチャーリーは、球団に奇妙な要求を出す。
典型的な中国系移民の成功者の物語。異郷の地で成功したチャーリーの、極東流の抑えた感情表現が静かに伝わってくる。
チューリップ
ぼくは有望選手としてロッキーズのスカウトから指名を受け、多額の契約金を勝ち取った。親父は大学に行けって言ってるけど、ぼくは早くがっぽり稼ぎたいんだ。でも問題は、幼馴染で恋人のジュリーなんだ。彼女はぼくに言うんだ。「あなたには想像力が足りないのよ」って。
期待のルーキーとして生まれ育った町を出て行く若者が、気まずくなってしまった恋人に、なんとか想いを伝えようとする話。リア充もげろ←をい
フェデリコ・ファリスの豪邸
貧しく政情不安定なコートグアイで生まれたフェデリコは、大リーグで華々しい成功を収めた。家族に多額の仕送りを続けつつ、フェデリコは次々と豪邸を建てる。
コートグアイのモデルはドミニカあたりかな?スペイン語だし。私は西武ライオンズにいた「カリブの怪人」オレステス・デストラーデを思い出した。
ジャパニーズ・ベースボール
3Aから日本の大洋ホエールズに移籍したクレイグ・ベヴァンス。日本とチームに溶け込み、勝利に貢献しようとする姿勢が実ってか、好成績を収めたクレイグは、オーナーに招待され、運命の恋人に出会う。
各登場人物のモデルは誰なんだろう?って野次馬根性も刺激される、日本プロ野球のガイジン選手を中心とした短編。日本人の名前はいかにも怪しげだけど、アメリカ人から見た日本人像がうかがえて興味深い。オチは「それぐらい気づけよ、クレイグ」って気もする。
鉄人ヘイドリアン・ウィルクス
会計士のリーボウィッツは、異様に怪我が多かった。彼は、自分と鉄人ヘイドリアン・ウィルクスの奇妙な因縁に気がつく。ルー・ゲーリックの連続試合出場記録を破り、カル・リプケンの記録に迫りつつある鉄人は、怪我を恐れず常に全力でプレイし、多くのファンに愛されている。
この短編集の中では、ちょっと浮いた感じがあるかなあ。
最初で最後の恒例試合
自家製の密造ウイスキーを飲みながら語り合うミネソタの田舎のオッサンどもは、ケッタイな計画を思いつく。「ジジィ達で野球チームを作ろう」。アイルランド系,ノルウェー系,ネイティブ・アメリカンなど、様々なルーツのオッサンたちが、飲んだくれてケンカしながら思いついたお馬鹿な計画を、騒動を撒き散らしながら進めていく。
アメリカの田舎を舞台にしたドタバタ・コメディ。
ライムの木
マクガリグルとフィッツは、いずれも80歳近い老人。妻に先立たれた二人は、ライムツリー・ハイツという高級マンションで、共同生活を始める。フィッツは、最近マクリガルがボケたんじゃないかと心配している。早寝早起きだったマクリガルが、ここ数週間は、夜更けに外のライムの木の下で、死んだ妻や娘と会話しているのだ。
老いと友情、そして捨てきれぬ家族への愛情。
アンパイヤ
アンパイヤは、妻から最後通牒を突きつけられた。仕事をとるか、家庭をとるか。「私はもう我慢できないのよ、一年のうちの八ヶ月は後家さん暮らし、残りの四ヶ月は他人と同居なんていうのはね」
決して目立たないながら、フィールドにおいては絶対的な権威となるアンパイヤに焦点をあてた短編。アンパイヤと選手や監督の関係、難しいジャッジのビデオ再生への想いなど、野球好きには興味深いネタだろう。
フレッド・ヌーナン飛行会社
カージナルスのレギュラーを勤めるぼくは、アリソンに夢中になった。ぼくはもう若くないし、妻とは別居してる。いい加減、どこかに消えちまいたいと思うけど、名前と顔が売れすぎた。そんな時に、アリソンから不思議な誘いを受けたんだ。
フレッド・ヌーナンは、アメリア・イアハートの航空士で、彼女と一緒に消息を絶った。つかリア充もげろ←しつこい
波長
ぼくはメジャーでプレーしたいと、いつも望んでいた。でも高校を出て最初の年のルーキーリーグの成績は二割一分二厘、このままじゃヤバい。相棒のブロディは二割七部六厘に加え、二十七本のホームランを打ち、3Aからお呼びがかかってるらしい…のに、もう二度と野球をやらない、なんて言い出した。西ワシントン州立大学に入って高校教師になるんだ、と。
なれるものと、なりたいものは違う。欲しいものと、手に入るものも違う。わかっちゃいるけど、それで納得できるかというと…まあ、結局、それぞれの立場で足掻くしかないんだけど…
リン・ヨハンセンをみくびっていた
高校時代、エース・ピッチャーだった私にコーチは言った。「お前は考えすぎるんだ」「考えるのを止めなければ、一流のピッチャーにはなれないぞ」。結局、大学は野球の練習環境より学科が充実しているミネソタを選び、経営学を専攻した。そんな私の高校時代は、不良娘のリン・ヨハンセンに首っ丈だった。いや、フォード・モーターズの副社長になった今でも、私は彼女の事をはっきり覚えている…
初恋ってのは往々にして美化されてくもんで。

 全ての短編は何かの形で野球が関わっている。もうひとつ気がついたのは、いかにも移民社会アメリカらしく、社会の多数派から外れた人々にスポットをあてた作品が多いこと。「九龍飯店」は中国系移民、「フェデリコ・ファリスの豪邸」は中南米系の大リーガー、「最初で最後の恒例試合」はアイリッシュとノルウェーとネイティブ・アメリカン、そして「ジャパニーズ・ベースボール」では日本でのガイジンが主役を勤めている。田舎出身の者、または田舎が舞台なのも、もう一つの特徴。

 少し切なくて、泥臭くて、ノスタルジック。気取らず肩肘張らず、リラックスして味わおう。

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2010年9月 8日 (水)

ロバート・S・デソヴィッツ「王様気どりのハエ」紀伊国屋書店科学選書7 記野秀人・記野順訳

 人と寄生虫を廻る、ユーモラスな科学エッセイ集。本書の楽しさは、複数の宿主を渡り歩く寄生虫の生態という、科学的な側面のみには留まらない。著者は、WHOの保健衛生のコンサルタントとして、世界中を飛び回った経歴を持つ。アフリカやボルネオなど様々な国で、保健衛生対策を進めていく過程で起きた、地元の文化や生活習慣との軋轢や事件も、本書の大きな魅力となっている。

 ハードカバー1段組みで本文約190頁。あの「利己的な遺伝子」と同じシリーズの一冊。訳者は生物学専攻で寄生虫の研究者らしく、所々に横文字で学名が出てくるなど、訳文は少々硬い。とはいえ十数頁のエッセイが14章続く構成で、各コラムはほぼ独立した内容になっているので、適当につまみ食いしながら読めるのも嬉しい。

日本語版へのまえがき
第1章 寄生虫、進歩、そしてその過去
東南アジアでの保健衛生対策から始まり、本書のテーマを概観する導入部。ビルマ田舎では診察を受ける人の75%がマラリアのためである・タイの東北部では下痢が常態化しているなど、衝撃的な現状を紹介する。
アラカンのエピソードが切ない。マラリアの媒介者ハマダラカは、人工池に生える浮き草の陰で繁殖していた。政府は浮き草を刈り取ればマラリアを撲滅できると考えたが、地元民の反対で計画は頓挫した。浮き草は地元の名産物であり、数少ない商品価値のある作物だった。…ご当地の名産も知らない政府関係者って…
第2章 発汗・進歩・感染の統合説
ヒトの特徴のひとつは汗をかくことだ。汗は優れた体温調整機構だが、同時に多量の水を必要とする。ヒトは水場の近くで生活せざるを得ず、そのため多くの感染症と寄生虫に悩まされる羽目になった。
…という、ジョー・ワイナーの説の紹介。人の特徴といえば、脳と二足歩行ばかりが多く取り上げられるけど、汗腺の発達と体毛の薄さも大きな特徴だよね。
第3章 ニューギニアのサナダムシとユダヤ人のおばあさんのこと
豚や魚から感染するサナダムシと食習慣の話。インドネシア政府は、西ニューギニアのエカリを懐柔するために、バリ島から豚を送った。しかしバリ島とエカリの排便習慣の違いが、思わぬ悲劇を巻き起こす。
第4章 賢者はいかにしてアフリカへマラリアをもたらしたか
ケニアはテラピアを養殖するため一万個もの人工池を作ったが、どれはマラリアを媒介する蚊も増殖させてしまった。ガイアナでも、稲作(水田)の導入がマラリアで頓挫した。生態系の変化への充分な注意を怠った開発や産業転換がもたらす悲劇と、その生態学・疫学的な構造を紹介する。
第5章 豆と遺伝子とマラリアと
鎌状赤血球貧血は劣勢n遺伝病で、適切な医療を受けなければ滅多に十歳以上まで生きられない。ならとっくの昔に絶滅してよさそうなものだが、なぜ生き延びているのか。体質によりソラマメは猛毒となるが、それでも多くの地域で盛んに栽培されている。ふたつの謎はマラリアに関係していた。
第6章 王様気どりのハエ
アフリカで猛威をふるうトリパノソーマと、それを媒介するツェツェバエの話。殺虫剤でツェツェバエを駆除すると、牛が繁殖して牧草を食い荒らす。土地は裸になって日光の反射率が高まり、旱魃を引き起こす。ワクチンで対抗しようにも、トリパトソーマは5~10日で変異を引き起こす…
第7章 河川盲目症
ブユが媒介するフィラリアは、貧しい小作人から視力を奪う。流れの速い川で繁殖するってのが、タチが悪い。
第8章 貝のようにゆっくりと住血吸虫をコントロールする
貝を媒介者として感染する住血吸虫の話。台湾を攻略しようとした共産軍が、揚子江下流で住血吸虫に襲われ、無力化したエピソードが興味深い。その恨みか、中国は人海戦術で住血吸虫に対抗し、大きな効果を上げつつあるそうな。
第9章 宿主と調和した寄生虫
マラリア感染者は高血圧になりにくい。トリパノソーマに感染したマウスは寿命が長くなった。宿主に益をもたらす寄生虫の話。
第10章 喘息と寄生虫
寄生虫と免疫系の話。寄生虫は喘息を防ぐ・喘息を起こす・無関係の三説があるそうな。タータン博士のエピソードが面白い。実験で定期的に鉤虫の幼虫が必要になった博士は、自分を供給源とした。その二年間、博士は花粉症に苦しまずに済んだ。
第11章 ナンタキットのあぶない妖精
避暑でナンタキット島を訪れた金持ちに流行したバベシア。なぜ金持ちが多く感染するのだろう?バベシアを媒介するのはダニだ。ダニはシカやネズミに食いつく…
研究者が感染ルートを特定する過程の紹介。彼らはナンタキット島の歴史と、その生態系の変化を辿る。
第12章 板前さん、刺身に虫がいます
日本人には馴染み深い、刺身とアニサキスの話。「ケッ、虫が怖くて寿司が食えるかい」と息巻く方も多かろう。私はシャコが好きです。
第13章 ジアルジアについて
飲み水から感染し、下痢を引き起こすジアルジアの話。スキーヤーはジアルジアに感染しやすいそうな。
第14章 似つかわしくない行動
保健衛生対策にはトイレ対策がつきもの。ソマリアにトイレを導入する計画は、なぜ頓挫したかというと…
見知らぬ土地で、排便習慣まで調べるってのは、結構骨だよなあ。サモアで成功したフィラリア対策キャンペーンの話が面白い。予防薬は時として頭痛などの副作用を引き起こすので、人々に嫌われる。まずはヘルスワーカーが直接配ったが、人々は受け取るだけで飲んでくれない。次に語り部の力を借りたが、やはり失敗。ヤケになった彼らは、人類学者に相談し、アドバイスに従った。
あの板が2ちゃん最強といわれるのが、よくわかる。
注・訳者あとがき・参考文献

 優れた寄生虫物が往々にしてそうであるように、この本も、読んで暫くは寿司が食べられなくなる…人がいるかもしれない。でも、やっぱり、食欲には勝てないよね。

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2010年9月 1日 (水)

田中哲弥「やみなべの陰謀」ハヤカワ文庫JA

 やみなべにも陰謀にもほとんど関係ない、吉本風味の漫才SF連作ライトノベル短編集。文庫本で本文260頁程度、文章は大阪弁のスタッカートが効いた強烈なリズムがあるので一気に読み通せる。というより、バック・トゥ・サ・フューチャーっぽいタイム・トラベルの仕掛けがあり、下手に間を置くと読んでて混乱をきたすんで、一気に読む事を勧める。などと言うまでもなく、作品自体が読者を引き込むパワーを充分に備えているんで、欲望と本能に任せれば何の問題もない…少々、ギャグが大阪風味なんで、そういうのに抵抗がなければ、だけど。

千両箱とアロハシャツ
 大学生で一人暮らしの栗原守の元に、千両箱が届いた。届けに来たのは、アロハシャツを着た筋骨逞しい大男。宅急便だろうと考えて思わず受け取ってしまった守だが、改めて考えれば、アロハを着た宅急便なぞいるはずもない。つか千両箱って何よ、今時。というわけで、近所で養鶏場を営むドブさんに相談したのだが…
 守とドブさんの会話がとにかく笑える。なんだってこう、大阪弁ってだけでギャグが爆笑ギャグににランクアップするんだろう。やっぱり、リズムが軽快だからかなあ。
ラプソディー・イン・ブルー
 大学での守は、なぜか変な奴につきまとわれている。美女なら嬉しいんだが、食い意地が張って見栄と性欲をむき出しにした気色悪いデブじゃあ全然嬉しくない。その男、大村井は、トランペットが巧いというのが唯一の自慢で、女は全て「ぶっさいく」か「性格悪そう」のどちらかだ。ならホモかというとそうでもなくて、可愛い子を見つければ空気読まずにすかさず…
 大村井君の暑苦しいキャラクターが見事に光る短編。いやもう、これだけ強靭な精神力は是非見習いたいもんです。しかもタッグでくるんだもんなあ。
秘剣神隠し
 時は(多分)江戸時代。勘定方に勤める下級武士の吉岡信次郎は、とある事情で藩主のお手元金から、一両をクスねてしまった。別に金に困っての犯行ではない。翌日、すぐに返すつもりであったのだ。しかし、間が悪い事に…
 この作品のきっかけとなった事件を記す、短編集の中核をなす部分。今までのカラーと打って変わり、ホロ苦く切ないセイシュン小説。
マイ・ブルーヘヴン
 大阪府知事の村安秀聡は、大阪のイメージアップを図るが、あえなく失敗する。そこで彼は発想を逆転する。「大阪を持ち上げるより、他の地方を引き摺り下ろせばいい」。かくして始まった日本大阪化計画。大阪の侵略は着々と進み…
 世界観が抜群。いやもう、爆笑モンです。「SFとは法螺話だと思っている」という筒井康隆の言葉が、しみじみ実感できる作品。いやこれ法螺話というより馬鹿話だけど。大阪のオバチャンがゲリラとなって日本各地に散らばり、行列を見れば割り込む。女はエバい化粧を義務付けられ、男はナンパしなければ逮捕される。オッサンはオッサンでギャグをかまさねば思想犯と疑われ…案外、いい世界かもしんないw
千両は続くよどこまでも
 この作品の鍵となる人物が主役を務め、全体のタネあかしをする最終話。少々ヤヤコシイ説明もあるけど、わかんなけりゃテキトーに読み飛ばしても…って、おいおい。なんだってコイツを相方に選ぶかなあ、と思ったけど、ツインズは面白かったよね、確かに。

 トリを勤める短編の名前で解るように、SFと言っても小難しいシロモノではない。ただし通勤電車の中や、口に飲み物を含んだ状態での読書は、あまりお勧めできない。リラックスした姿勢で、コテコテな浪速の風味をお楽しみあれ。

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