ジェイムズ・R・チャイルズ「機械仕掛けの神 ヘリコプター全史」早川書房 伏見威蕃訳
「おれはベトナムにいたこともあるから、こんな程度のことで英雄扱いされなくてもいんだよ。どんなヘリコプター・パイロットにも、人を自動的に助けるばね式スイッチがついているんだ。」 --1992年にカリフォルニアの洪水で率先して救出活動に携わったKNBC所属のニューズヘリ・パイロット兼レポーター、ボブ・ペティー
ヘリコプターの歴史を、開発・普及・運用など、多方面から描いたノンフィクション。固定翼機とは異なり、狭い場所でも離着陸でき、多様な機動ができるヘリコプターに魅入られ、人生を捧げた者たちの物語。主に20世紀の歴史の中で、ヘリコプターがどんな場面でどの用に使われたのかを掘り起こす記録。そして、多くのヘリコプター愛好家(ヘリコプトリアン)が夢見た、自動車のように普通の人々がヘリコプターを乗りこなす時代がなぜ来なかったのか、現代に至ってもなおヘリコプターの普及を阻む原因を探るミステリー。
ハードカバー一段組みで本文360頁ちょい。訳文は早川のノンフィクションとしては平均点といったところか。特にクセの強い文章でもないので、読み通すのは難しくない。歴史・技術・ビジネスそして運用と、扱っている範囲は過不足がない。それぞれの方面の重要なイベントについて、重要な人物にスポットをあてながら語っているため、物語としても楽しめる。
開発面で印象深いのは、ロシアから流浪の果てに合衆国に移民した、イーゴリ・シコルスキー。1889年にロシアに生まれ、重爆撃機イリヤ・ムウロメツなど優れた固定翼機を開発して母国に尽くす。革命で母国から逃れ、合衆国に辿りつく。そこで同胞のロシア移民たちの力をまとめあげで航空機会社を設立した。当初は資金繰りに悪戦苦闘したが、今ではシコルスキーといえば米軍ご用達の名ブランドとなっている。
本文の要所に掲載されているイラストも図鑑のようで楽しい。特に、仕組みを表す二つの図が解りやすくて助かった。一つは「ローターブレードのマストへの取り付け」で、ローターブレードの根元の構造がアップのイラストで描かれている。これで、各ブレードごとのピッチを変える仕組みが、直感的にわかる。もう一つは「ローターブレードのピッチを変える仕組み」。ヘリコプターが姿勢を変える際に、ローターブレード全体を傾ける仕組みがわかる。この二つの図だけでも、ローター制御の基本が多少はわかった気になれる。
現在の米軍は世界で最もヘリコプターをコキ使う組織だが、最初にヘリコプターの軍事的な利用価値に注目したのが海兵隊というのも面白い。核攻撃に対抗するためには一箇所に大兵力を結集するわけにはいかず、小兵力を分散して配置し、高速で移動して橋頭堡を確保しなければならない。徒歩で山や谷を越えていては間に合わないため、地形の制約を受けずに高速移動できるヘリコプターが注目された、という次第。
ヘリコプターの利用は軍事に限らず、民間でも救急医療や災害救助で活躍している。変わったところではロサンゼルスの報道ヘリで、警察と凶悪犯のカーチェイスの映像を撮る為に飛び回る、若く野心的なヘリコプトリアンの紹介が印象的だった。残念ながら伸び悩んでいるのは旅客運送で、騒音とコストがネックになっている模様。
エンジンがレシプロのピストン・エンジンからガスタービンに変わってパワーと燃費は格段に向上したものの、未だ乗りあいバスに比べれば1桁以上も費用は高い。都市部では騒音も問題で、エンジンは改良できても、渦を切り裂くローター・ブレードが起こす音の軽減は難しい。人が空を自由に飛び交う時代は、残念ながらもう少し先の話のようだ。
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