アーノルド・パーシー「世界文明における技術の千年史 生存の技術との対話に向けて」新評論 林武監訳 東玲子訳
日本語版への序文より
本書の目的の第一は、重要な意味を持つ技術は世界のあらゆる地域で発達してきたことを示す点にある。これはいわゆる「西欧」技術がただヨーロッパでのみ創造されたとする幻想を明らかにして、アメリカやヨーロッパの技術革新が技術の真空地帯である非西欧世界に無修正で「移転」されるべきだとする状況認識に反撃を加えるものである。(略)
また、第二の目的は、(略)長い間絶え間なく続いてきた技術移転の全過程は、受け取り側の反応によって生まれる発明、改良、応用、逆方向への技術移転が不断に続いてきた結果であり、それはまさに時代を貫く「対話」として特徴づけられる過程であったことに留意すべきである、ということにある。
様々な分野の技術の発生と移転と発展の歴史を、豊富な具体例で、先に引用した二つの主題を繰り返し主張している。引用している分野は、土木や灌漑を含む農業・製鉄を中心とした冶金・水車から内燃機関に至る動力・製紙と印刷・造船技術と貿易・紡績から漂白・火薬と銃や大砲などの火器など、実に幅広い。
ハードカバーで本文300頁ちょい、加えて序文・原註・参考文献・翻訳ノート・索引。索引と参考文献の充実も半端なく、どう考えても学術書。序文でわかるように、文章も怠惰な読者向けとは言いがたく、読み下すには結構苦労する。
じゃあ素人にはつまらないかというと、実はそうでもない。先に挙げた幅広い分野の技術発展の具体例は、技術や工学に興味を持つ者には結構美味しい話題だったりする。歴史的に由緒あるイラストが多く収録されていて、これが読者のイマジネーションを刺激する。序盤は紡績機械が多くて、その大半は人力なんだけど、11世紀には水力を使った大型の紡績機が出来ていて、力を伝える仕組みとしてベルトが使われている。水力の利用は直感的に解るから嬉しくて、他にも水車による揚水機は、頭の中で色々と改良してみたくなってしまう。
古代日本で大陸からの帰化人が大きな役割を果たしたように、他国から技術者を招く政策は常道らしく、モンゴル支配のイランやモスクワにも中国人技術者が居た模様。以下、箇条書きで興味深い記述を並べる。
- 金属活字が最初に印刷に使われたのは朝鮮で、おそらく1234年。
- マヤ・インドネシア・アフリカでは、多層農業が行われている。例えばマヤではナッツ類の樹木の下でキャッサバ等の野菜を栽培する。樹木が土地の侵食を防ぎ、落葉が肥料になり地力維持を助ける。耕地と休耕地を分けてトウモロコシを栽培する方法の10倍以上の食糧生産量を達成できる。
- ジャガイモとサツマイモはアメリカ大陸原産。
- 1600年の中国の年間書籍発行部数は世界一といわれた。
- 1850年ごろまで鋼生産の一大中心地はで有名なイラン・イラク・シリアで刀ではダマスカス鋼が最高とされていたが、それに使う「ウーツ」といわれる最高品質の鋼はインド産。
- 中国では1580年に五色刷りで挿絵入りの本が出版されている。
プログラミングの世界で有名な言葉がある。「ユーザとのコミュニケーションが円滑なら、開発効率は10倍になる」。実際、自分が欲しくて作ったソフトは、他の人にも好評だったりする。使う人の置かれた状況を理解するのって、大事だよね。
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