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2010年8月 2日 (月)

マイケル・クライトン「タイムライン 上・下」ハヤカワ文庫NV 酒井昭伸訳

「この馬鹿が。いずれ地獄に突き落としてくれる。」

 現代の歴史学科教授と学生たちが、タイムマシンで中世のフランスに赴き、英仏戦争の真っ只中で遭難する、娯楽アクション・サスペンス。

 文庫本で上下、ともに450頁ほど。酒井氏の訳は翻訳調の洒落た香りを残しつつも、日本語としての読みやすさも兼ね備えている。波乱に富んだストーリーも手伝って、読み始めたら一気に読める。

 エドワード・ジョンストンは老齢の歴史学教授だ。弟子達を引き連れ、フランスで14世紀の城砦や修道院の発掘調査をしている。助教授のアンドレ・マレクは中世オタクで、当時の複数の言語を流暢に話す。休日には騎士の嗜みとして、馬に跨りランス(槍)の訓練に励む。クリス・ヒューズは中世の科学史専攻の学生。女好きで女性がらみのトラブルが絶えない。ケイト・エリクソンは建築学から歴史学に編入した学生。登山に親しみ、発掘調査中の今も近所の岸壁に挑戦している。

 彼らのスポンサーは新興ハイテクク企業のITC。ある日、教授のジョンストンがスポンサーに呼ばれ、そのまま音信不通となる。教授不在のまま発掘調査を続けるメンバーは、「あるはずのないもの」を発掘する。ジョンストン教授の眼鏡のレンズ、羊皮紙に書かれた現代英語のメッセージ「Help Me」。ITCに呼ばれたマレクたちは、教授を救援するため、14世紀のフランスに出かけ…

 現代科学から一歩だけ進んだテクノロジーを巧みに物語にはめ込むマイケル・クライトンが、今回の素材に選んだのは量子力学と実践歴史学。大仕掛けの量子力学は胡散臭さプンプンだが、現代のホットな技術を上手に煙幕に使い、なんとなく納得させてしまう。とまれこの辺は別に理解しなくても物語りの面白さには大きく影響しないので、わからなければ無視して結構(解説の菊池誠さん、ごめんなさい)。私が面白いと思ったのは実践歴史学で、これは当時の技術で当時の道具を再現し、実際に使ってみようというもの。上巻でマレクが披露する、決闘用のランスの訓練は、ワイルドな中世の雰囲気をよく表現している。また、エルシー・カストナーが披露する筆跡鑑定の薀蓄も、いかにもクライトンらしい。

 上巻は様々な薀蓄で読者の興味を曳きつけつつ、物語が走り始めるのは下巻。14世紀のフランスに飛ばされたマレクたち救援チームは早速トラブルに見舞われて、帰還が危うくなる。目標のジョンストン教授を探すうちに地元領主と侵略軍の争いに巻き込まれ、囚われたマレクとクリスは騎士のトーナメント(騎馬試合)に出場する羽目に。以後、チーム・メンバーの救出や追っ手との競争、隠し通路の探索などお約束のアクションが連発し、規模がエスカレートしていく。
 そういったアクションで物語をひっぱりつつ、要所に薀蓄をはさむのがクライトンの魅力。中世の衣装の詳細から着方、粉をひく水車小屋の構造、騎士の試合風景、城砦の役割、農具と種まきの模様、各種兵器と攻城方法など、好きな人には嬉しいトリビアが詰まっている。

 最初からハリウッドでの映像化を意識していたのか、いかにも絵になりそうなシーンも多いが、「ああ、ここは予めカットされるのを覚悟してたのかな」と感じさせる場面もある。あまし難しいことは考えず、娯楽作として楽しみつつ、少しだけ賢くなった気分も味わえる、いつものクライトンでありました。

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