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2010年8月の21件の記事

2010年8月30日 (月)

COMICリュウ編集部・編「非実在青少年読本」徳間書店

吾妻ひでお「そこまでいわれたら困る(笑)。」

 予め私の姿勢を明示しておく。私は表現規制に反対です。

 東京都の2010年の青少年健全育成条例改正案にちなみ、創作や編集に関わる多くの人々の声を集めたムック。144頁で¥800。軽く読み飛ばすつもりなら、簡単に読了できる。内容は、以下。

  • 読んでみよう、考えてみよう。東京都青少年健全育成条例:現行の条例文と改正案、およびその解説
  • インタビュー:藤本由香里、山口貴士、安彦良和、東浩紀、押井守、赤井孝美、中村公彦
  • 対談:吾妻ひでお×山本直樹×とり・みき、鈴木みそ×青木光恵
  • COMICエッセイ:鈴木みそ「山口弁護士会見記」、ちばてつや「--と、ぼくは思います!!」
  • アンケート100人組手:作家・漫画家・アニメ制作関係者など100名へのアンケート
    1)条例改定と、「非実在青少年」についてご存知でしたか?
    2)今回の改正案に対してどう思っていらっしゃいますか?
    3)↑の回答について、その理由をお答えください。
    4)ご自身の創作・表現・評論活動で気をつけていることは?
    5)成立した場合、ご自身の活動にどんな影響が生じると思いますか?
  • コラム:兼光ダニエル真
  • 東京都青少年健全育成条例改正についての意見書:宮台真司

 緊迫した状況の中、突貫作業で作っただけあって、さすがに粗さは目立つ。だが、それが逆に奇妙なライブ感と高揚感を伝えてもいる。現在、条例の矢面に立っているクリエイターの、緊迫感あらわな生の声が伝わってくるのはありがたい。反面、条例改正の背景などの記述がすっぽり抜けているので、関心のない人に取っては、説明不足で「何がナンやら」な部分も多い。例えば、藤本由香里氏インタビューに出てくる、東京都小学校PTA協議会の話。青少年問題協議会のメンバーでもある新谷珠恵氏が、東京都小学校PTA協議会の名で賛成の意見書を出した、という背景を説明しないと、藤本氏が何を言っているのか、意味不明となってしまう。

 やはり読みどころは「アンケート100人組手」。短期間によくこれだけ声をかけ、意見を集めたものだと思う。特に、質問 5) の回答は、思わず噴出してしまう気の利いた回答が多かった。さすが創作者、センスが違います。

  • 伊藤伸平さん、全くおっしゃる通りでございます。
  • 沖方丁さん、できれば具体的に。
  • 海猫沢めろんさん、ぶっちゃけすぎ。
  • 大塚英志さん、正直すぎます。
  • 菅野洋紀さん、酒・タバコ・賭博の例えは見事。
  • 桐生真琴さん、出来れば長文コラムを寄稿してください。
  • 高千穂遥さん、ドサクサに紛れてナニ言ってんスか。
  • 谷口悟郎さん、あなたにも長文コラムを是非。
  • 永野のりこさん、書いてて次第に熱がこもってきたのがヒシヒシと伝わってきます。
  • 速水漣さん、なんて正直な人なんだろう。
  • 藤井あやさん、よく言ってくれました。
  • 魔矢峰央さん、パタリロとタマネギが踊り狂うシーンを妄想しちゃいました。

 限られた時間の中での作業なので、文句を言うのは気が引けるが、いくつか記になった点をまず挙げておく。なお、私がココで述べた事を全て実現しようとすると500頁以上の重厚長大な書籍になるだろう事は確実なんで、関係者の方は、素人によるイチャモンだとお考え頂きたい。

  • 文字が小さすぎ。特に条例文と、宮代氏の意見書。若い人はいいんだろうけど、年寄りには辛いのよ。
  • 表紙がポップすぎ。これじゃオヂサン・オバサンは躊躇しちゃうよ。まあ、対象読者は若い人なんだろうけど。
  • 吾妻ひでお分が足りない。もっと話を引き出してよ。ムックの主旨から外れてもいいから。←無茶言うなよ、俺
  • 反対派だけでなく、規制しようとする人の意見も載せて欲しい。インタビューが取れないなら、公開されている議事録を採録するとか。例えば第28期東京都青少年問題協議会議事録第8回専門部会の、前田先生の断固たる意思を示す p18 の発言「統計的に、こういうものがあるから増えたという立証は、データとしてはそんなに明確には無いんだということなんですね。」は、外しちゃいけないでしょう。同じ会の、大葉ナナコ先生の「認知障害」発言も、熱意ほとばしる名言だし。

 そして、最大の不満。続編はまだ?条例改定のいきさつや、それに対する反応など、話題性は充分あると思う。企画があるなら、アナウンスだけでも、して欲しい。

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2010年8月29日 (日)

吉田一郎「世界飛び地大全 不思議な国境線の舞台裏」社会評論社

…では、なぜ飛び地のような奇妙な国境線が引かれたのでしょう。飛び地をきっかけに国境線や、国境線を明確にすることで生まれた近代国家というものを、改めて考える手がかりになれば幸いです。 --まえがきより

 飛び地という特異現象をテコに、ややこしく複雑に絡み合った国際関係を解説した本。現在残っている飛び地だけでなく、かつて飛び地だった所も、有名無名とりまぜ、豊富に例を挙げている。また、飛び地が出来た経緯に加え、今、飛び地に住む人々が、飛び地である事で受ける利害も語っている。素材としては面白くても、ややこしくて堅苦しくなりがちな話題を、著者と編集者が巧みな工夫と細心の努力で、わかりやすく親しみのある形に料理している。

 ソフトカバー420頁。文章は今風のくだけた文体で、読みやすさは抜群。飛び地の性格ごとに8章に加え、解説一章の全9章に分かれている。各章は更に数頁ごとに分かれており、読者は興味の赴くまま適当に拾い読みできる。

 飛び地が出来る経緯は様々だ。アジアやアフリカで多いのが、イギリス・フランス・スペインなどの植民地獲得競争で、宗主国同士の取引で勝手に国境を決められてしまった場合。インドの多くをイギリスが支配していたけど、所々に残ったフランスやボルトガルの支配地域が飛び地として残っていたゴアやシャンデルナゴルがその例。

 かつてソビエト連邦が、連邦内の共和国の境界として適当に引いていて、当時は何の問題もなく行き来できたのが、ソビエト連邦崩壊で深刻な問題に発展してしまった、なんてケースとして、リトアニアに囲まれたロシア領のビスティティス湖畔・エストニアに囲まれたロシア領のドゥブキなどを紹介している。

 愉快なのが、ロンドンのクラリッジス・ホテル、スイート212号室。1942年にユーゴスラビアでクーデターが起き、イギリスに亡命したペタル二世が、ギリシャ王室のアレクサンドラ姫と結婚して、212号室で暮らしていた。45年にアレクサンドラ皇太子が生まれた。ユーゴスラビアでは国内で生まれた者にしか王位継承権が認められないため、チャーチルが212号室を一日だけユーゴスラビアに割譲し、皇太子の王位継承権を守った、というもの。無茶苦茶な屁理屈なだあ。

 もちろん、アラスカ・香港・マカオ・ベルリン・ガザなど、有名どころはキッチリおさえてあります、はい。

 飛び地の生活も色々だ。インドとバングラデシュが入り組むクチビハールでは、通行が阻害されるため、選挙にも学校にも病院にもいけない。税金を納めずに済む反面、インフラ整備や開発援助もない。警察も来ないので、山賊が跳梁する。 かと思えば、マカオのように、カジノと売春でうまいこと稼いでいるところもある。マカオの男は隣の中国領で安く買春し、中国の女はツアーを組み相場の高いマカオで売春する。人間って、逞しいもんです。

 法の違いは様々な利権を生む。スペイン内のイギリス領ジブラルタルには、免税品の買い物が目的の観光客が押し寄せ、タバコの消費量が世界一になった。インド内のフランス領ヤナムには、イギリスが幼女婚を禁じたので、それを出し抜くためにヤナムで式を挙げるインド人が殺到した。オランダとベルギーの飛び地が入り組むバールレでは、フェミス銀行が国境線の真上にビルを立て、オランダ・ベルギー両国の税務署職員を締め出し、麻薬取引のマネーロンダリングなどに使った。

 ローマ北部のバチカンの電波塔は酷い。付近で白血病患者が多発していることに気がついたイタリア政府は、この塔からイタリアの基準を三倍も上回る強力な電磁波が出ている事を突き止め、バチカンの聖職者を起訴した。しかしバチカンは「治外法権だからイタリアの法を守る義務はない」と反論。おいおい、いいのかよ。

 他にも、世界の歴史や文化の違いや、ちょっとしたトリビアが楽しめるのも、この本の魅力。例えば、サウジアラビアの国境が不明確だった理由。住民は遊牧民が中心であり、土地を押さえても住民はすぐ入れ替わる。そこで部族ごとに各王家に帰属させることで、支配を確立していた、という次第。土地に定住する文化と、定住しない文化とでは、支配の方法も全く違うんだなあ。国民党の落人と麻の関係とか、全然知らなかった。京大の植物学者、中村佐助氏がブータンの首都を「発見」するくだりとかは、ちょっと愛国心を刺激される。

 などといった内容の充実ぶりはもちろんなのだが、それ以上に、読みやすさ・親しみやすさを追求した、著者と編集者の工夫と努力が素晴らしい。かつて雑誌を編集していた著者の経験が活きているのか、一見、軽く見られる危険を敢えて犯してでも、読者の便宜を図ろうとする姿勢には、ひたすら頭が下がる。

 まず、全体の構成。各飛び地ごとに数頁にわけ、改頁して大きな見出しと地図をつけているため、読者は興味のある所だけをつまみ食いできる。また各飛び地に、一行程度の「まとめ」がつけ、興味を引くと同時に、内容を簡単に把握できるようにしている。所々に、2~4頁のユーモラスなコラムを挟んでいるのも嬉しい。

 頁のデザインも秀逸で、ノンブルの背景に薄いノイズをつけ、ポップな雰囲気を醸し出している。脚注の使い方も巧い。本文中に入れても差し支えない様な内容でも、頁の下に横組みの脚注として記述することで、版面に変化をもたせて雑誌の様な印象を与え、堪え性のない読者を曳きつける。

 文章にも工夫がこらされていて、基本は「だった」「なった」「ようだ」など、説明に適した「だ・である」調でありながら、段落の終わりなどでは「でした」「でしょうね」と「です・ます」調を織り交ぜ、硬くなりがちな印象を巧く和らげている。

 極めつけが、製本。内容の充実ぶりと著者の労力を考えればハードカバーでも問題ないだろうに、ソフトカバーにしている。もし、これが「親しみやすさ」を演出するための工夫だとしたら、見事な英断だと思う。

 飛び地といえば、この本でも紹介されているベルリン。Barclay James Harvest の Berlin は如何?

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2010年8月28日 (土)

ヴィトルト・リプチンスキ「ねじとねじ回し この千年で最高の発明をめぐる物語」早川書房 春日井晶子訳

「彼はどんな道具を使っていても、見る者に喜びを与えてくれました。とりわけ、長さ一八インチのやすりを扱っているところは、たいした眺めでした」 --発明家・起業家ヘンリー・モーズレーを評した職人の言葉

 著者ヴィトルト・リプチンスキは、「この千年で最高の道具(工具)」というテーマのコラムの依頼を受ける。自らの手で家を建てた経験もある著者は、工具箱を漁り錐・のこぎり・釘・ものさし等を引っ張り出すが、発明が古過ぎたり特化しすぎたりで、どうもしっくりこない。が、妻のひと言で鉱脈を掘り当てる。
   「ねじ回しはいつだって何かに必要なのよ」
 かくして著者はねじとねじ回しのルーツを辿って図書館を廻り博物館を巡礼し、ねじとねじ回しの起源に迫り、その普及と発展の歴史を辿っていく。果たして最古のねじは…

 本文160頁ほど。文章は早川の翻訳物にしては、まあ合格点。その気になればあっさり読み終えられるけど、工具に詳しくない人には不慣れな名詞が頻出する。図版も多いのだが、それでも私はPCでぐぐりながら読み進めました、はい。いや言わないでしょ普通、「フィリップスねじ」なんて。プラスねじだよねえ。「ロバートソンねじ」(ねじ穴が四角錐のねじ)も日本じゃ見ないよなあ。六角のねじは多いけど。

 ねじの歴史を追って中世の書見台に至った著者は、突然ひらめく。「技術革新は兵器から始まる事が多い。じゃ、銃を手繰ればいんじゃね?」かくして博物館に足を運び銃を眺めると、その隣の甲冑が目に付く。なんと大兜の後ろに、見事な蝶ねじがあるではないか。
 さて甲冑の歴史だが、6世紀ごろのアーサー王の時代は甲冑ではなく鎖帷子だった。鉄板が使われるようになったのは13世紀頃。まずは脛と膝、ついで腕が覆われた。体全体が覆われるようになるのは1400年ごろ。そもそも中世の馬上槍試合というのは…

 と、まあ、そんな感じに、一直線にルーツに迫るのではなく、あちこちフラフラと道草をくいながら、工具の意味と発展の歴史を探っていく。一見軽いコラム風でありながら、技術と技術史の面白さを、少ない頁数に凝縮した一冊。夏休みの読書感想文の課題には持ってこいですぜ、そこの中高生諸君…って、もう遅いか。

 ねじ製作の歴史が、これまた面白い。中世のヨーロッパでは、女性の刺繍と同様、旋盤いじりが紳士のたしなみだったとは。当時は手工業でねじ山を切っていたので、生産効率が悪く精度が悪かった。1760年にイングランドのワイアット兄弟が旋盤を工夫して大量生産を可能にする。ねじの頭も、当時は作りやすい「マイナスねじ」が中心だったが、溝をナメてダメにしやすい。カナダ人のロバートソンが四角錐にする事を思いつき…

 などと、ねじ製作が工業化され大量生産を追及していく過程で、旋盤も精度向上を目指し進歩していく。この機械工作の精度向上が、ピストンやシリンダなど高精度の部品を求める蒸気機関や内燃機関の実現と普及を支える。こういう技術進歩の相互作用とダイナミズムが、肌で感じられる過程はゾクゾクしてくる。ワットが蒸気機関の父なら、精度に拘り標準化を達成したモーズレーは産業革命の母と言っていい。

 第6章「機械屋の性」は、ハッカーを気取るソフト屋の魂と激しく共振する。

第一に、彼らが仕事をしていた世界では、熟練した技術のみならず、発明の才も必要だった。たんに伝統的な手法に代わるものをデザインするだけでなく、それまでは想像もつかなかったような精度を可能にする工具を発明していたのだ。

 これ、某ハッカーの言葉、「道具を作るんじゃなくて、道具を作る道具を作りたい」と、どこかで繋がっている気がする。

 最終章、ねじの歴史を追った著者は、とんでもないシロモノ(リンク先を見ると重大なネタバレになってしまうので、そのつもりで)を発見してしまう。このシロモノも日本じゃ馴染みのない名前で、リンク先の名称の方が一般的だと思うが、それはともかく。この道具の洗練されたアイディアには、ひたすら感動をおぼえた。天才って、いるもんなんだなあ。

 ちょっとした工夫で少しだけ便利にしようとする、そんなハッカー気質の人には至福の一冊。

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2010年8月27日 (金)

ベルナール・ヴェルベール「星々の蝶」NHK出版 山本知子訳

"最後の望み、それは逃げること"

 戦争や環境汚染などで崩壊寸前の地球を飛び出し、全長32kmの光子帆船に14万4千人を乗せ、世代を重ねながら千年間の旅を続け、二光年先の恒星系に移住する。この壮大な、いや狂った計画を実現するために、数人の男女が集った。
 少々ニューエイジ系の香りがする、寓意に満ちた神話。

 ソフトカバーで360頁ほど。原作は恐らくフランス語なんだろうけど、文章は極めて読みやすく、ジュブナイルと言っても差し支えない。ただし、性的な描写が所々にあり、かつ重要なテーマに関わっているんで、一応お断りしておく。この辺、日本とフランスのお国柄の違いもあるのかもしれない。

 著者の履歴を読むと、科学ジャーナリストの経験がある。にしては、科学・工学の部分は穴だらけだ。宇宙船の形は建築物としてすぐに崩壊するだろうし、建設の手順も地上で作るなんてありえない。また、主要人物の言動も矛盾だらけで、「んな事も気がつかんのか」「おまえがソレを言うか」と、突っ込みどころ満載。

 などという粗探しは、野暮だろう。表紙を裏返して見ると、メビウスによる流麗なイラストが目に入る。これを「ありえない」と見るか、「綺麗だな」と見るか。イラストの帆のサイズは工学的にあり得ない(小さすぎる)んだけど、現実的な大きさにすると、イラストとしての美しさが損なわれてしまう。つまり、力学より美学を、論理より感覚を優先した作品であり、「綺麗なんだからいいじゃん」で流せる人向きですよ、そうイラストで宣言しているんだと私は解釈した。

 科学的・論理的な矛盾に目をつぶると、全く評価が違ってくる。まず気がつくのが、心地よいリズムを刻む、まるで詩のような文章。特に冒頭の数十頁は、そのままミュージカルになりそうなほど、気持ちの良い緩急に溢れている。とてもじゃないが翻訳物のレベルではない。ちょっと冒頭の三行を引用しよう。

はじめに風があった。
強い潮風だ。
その風が、果てしない大海にヨットを滑らせていた。

 以後、少しづつ文章は加速して、急激に読者を物語に引き込んでいく。短気な読者を数頁で没入させる、現代の小説作法のお手本のようなオープニングだと思う。これを見事に日本語に移し変えた、訳者の山本氏のセンスにはひたすら感服する。冒頭の数小節はみなこんな感じに、短いパラグラフで始まり次第に段落が長くなる形式に揃えてある。これがいかにも組曲風で、そのままハリウッド映画のシナリオになりそうなほど、娯楽作品としての完成度が高い。

 もう一つの魅力は、いかにもフランス風に気の利いた会話の数々。まずは主人公イヴと、父ジュールの会話。

イヴ「痛みはどうしてあるの?」
ジュール「行動を変えるためだよ」

 物語の構造上、ジュールの出番は少ないのだが、その分、イヴの友ガブリエルが素敵な台詞を連発してくれる。

「何か新しいことをしようとする者は誰でも、三種類の敵に立ち向かわなくてはならない。ひとつ目は、反対のことをしなければならないと考える者。ふたつ目は、同じようなことをしようとしていて、自分のアイデアを盗まれたと思い、きみを撃ち落したとたんに、いそいそときみのまねをする輩。そして三つ目は、なにもせずに、変化や目新しいものをとにかく嫌がる連中だ。三つ目の敵が最も数が多く、きみの計画をなんとかして阻もうとするはずだ」

「人間には嫌われるタイプがふたつある。成功する者と失敗する者だ」

 もうひとつだけ、やはりイヴと深く関わるエリザベートの台詞。

「人間の脳の半分は詩的、半分は数学的にできているのと同じよ。半分はアナログ、半分はデジタル。つまり、半分は夢見る人のため、半分は技術者のためのゾーンよ」

 物語は終末に近づくにつれ、次第に神話的な色合いを濃くしてゆく。まあ、登場人物の名前や移住計画の内容から、かの有名な世界一のベストセラーの影響は明らかなのだが、開き直ったようにあからさまなエピソードが頻出する。ここに至り、鈍い私もやっと「なるほど、SFじゃなくて神話なのね」と腑に落ちた次第。ああ情けない。

 出版社が出版社なだけに、アニメ化するんじゃないかという期待と不安が入り混じってしまう。仮に映像化するなら、動力には「スピンデイジー」と名づけて欲しいなあ。それなら、口煩いSF者も「スピンデイジーじゃしょうがない」と、野暮な突っ込みを遠慮するだろうから。あ、それと。

 ダイスの出番を増やしてください。お願いします。

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2010年8月26日 (木)

高村薫「照柿」講談社

「…あんた、律儀に金払うから組関係では評判いいけどな。そっちは一時の捜査だからいい顔も出来るだろうが、こっちは三百六十五日やってんだから。身を削りたくても限界がある。うちの若い奴らが嫉くから、管内ではちょっと控えてほしい」

 夏の数日間、疲れて擦り切れたオッサン・オバサンたちが、溜め込み押さえ込んだ情念の圧力に押され、惰性で続けた日常から少しだけはみ出し、カオスの淵で踊る千鳥足のダンス。ハードカバー二段組で約500頁。リアリティに富む文章は読みやすいものの、人物描写に関しては額面どおりの解釈は危険で、軽々しく読み飛ばせるものではない。

 主な登場人物は二人。
 まず刑事の合田雄一郎、34歳バツイチ。大阪出身、本庁から八王子署に出向している。傍から見れば高学歴のキャリア組、かといって決して四角四面という事はなく、捜査の都合とあらばツテを作るために賭場に出入りするなど、清濁併せ呑む度量を備える。問題は勤務熱心どころか仕事にのめり込みすぎる点で、それが上層部との軋轢に加え心身の不調をも招いている。無骨な外見に似合わず、破綻した結婚生活にウジウジ悩み、未だ立ち直っていない。
 次に野田達夫35歳、若い頃は「ヤンチャ」でならし、女にも手が早いが、今は教師の妻と10歳になる息子がいる。鉄鋼部品工場で勤続17年のベテラン、勤務歴に相応しく職長を勤め、最近は100人以上の部下を抱える臨時の工程長も任される。灼熱地獄の熱処理工程で、不調が続く炉をだましだまし運用しつつ、厳しい生産ノルマを足りない人手でやりくりしている。

  合田と部下の森は、八王子の強盗殺人事件を追っている。マンションで一人暮らしのホステスが殺され、現金などを奪われた。物証が少なく難航する捜査線上に、二人の容疑者が浮かび上がる。
 一人は建設労働者の土井幸吉。家族もなく同僚との付き合いもない。勤務は真面目で酒も飲まず女にも縁がない。ただし賭場の常連で借金があった。
 もう一人は堀田卓美。元暴力団員で覚醒剤中毒。傷害など前科4犯で、被害者の高校時代の同級生。袖に身柄を押さえている事もあり、捜査本部は堀田がホンボシという線で決まりかかっている。

 土井を追った合田と森は、拝島駅で轢死事故を目撃する。男と言い争った若い女がはずみで線路に飛び出し、運悪く進入してきた列車に轢かれたのだ。オタついて逃げた男を、森が追う。現場に残った合田は、白いブラウスと青いスカートが印象的な女、佐野美保子に出会う。「逃げた男は私の主人だが、落ちた女は知らない」と美保子は語る。

 不精な読者に、高村薫の筆はいささか厄介だ。舞台背景となる警察や工場の職場風景は、会話に出てくるジャーゴンの使い方も自然で、圧倒的なリアリティを持って迫ってくる。そこで働く人々の姿も、それぞれの立場ごとの考えや利害の違いが見事に現れていて、立体感のある舞台を築き上げる。加えて上記二人の心象は、ふんだんに独白を費やし技巧を凝らして詳細に描写するため、怠惰な読者は、「なんとまあ親切な作者なんだろう」と、ついつい受身の姿勢に陥ってしまう。

 が、しかし。恐らくは意図的にだろう、周辺人物から見た主人公達の姿は、一切省かれている。周辺人物の心象風景も、全く出てこない。それらは全て主人公の視点を通じて読者に提示されるので、主人公達の客観的な姿や周辺人物の心象を、読者は自ら積極的に読み解かなければならない。肝心の視点を提供する主人公達が、これまた思い込みが激しく屈折しまくっている連中なんで、誤解と曲解のフィルターが強烈にかかっている。

 ありていに言えば、作者は「嘘ですよ」と断わりながら、嘘をついているのだ。このシリーズが腐女子に人気がある理由も、その辺の深読みを要求されるためかもしれない。

 例えば合田と達夫の三角関係の頂点をなす、佐野美保子。彼女については、ミステリアスかつ官能的に、合田と達夫の視点を通して執拗に描かれるのだが、彼女自身が心情を明かす場面は、ほとんどない。合田や達夫に気持ちを打ち明ける台詞もあるのだが、あくまでも合田や達夫に語りかける台詞であり、決して独白ではない。
 達夫にしても、客観的に見れば、低学歴ながら安定した生活を手に入れた勝ち組なんだよな。なんだよ手帳に100以上の女の電話番号って。すんげえリア充じゃん←妬んでます、はい。
 極めつけが合田。逃げた嫁に未練タラタラ、ウジウジと思い悩みヤケ酒を喰らい、美保子に惹かれつつもその想いに戸惑って唖然とする。いかにも情けないオッサンだが、それも全ては彼自身の主観的な本人像。客観的に見れば姿勢の良い長身で高学歴、職務熱心で度胸満点(これはヤケの開き直りでもあるけど)、クールでぶっきらぼうだがそれを自覚する繊細さも併せ持つ、部下思いのツンデレさんだったりする。そういう主観と客観のギャップが、女性ファンの心に響くんだろうなあ。

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2010年8月24日 (火)

リジー・コリンガム「インド カレー伝」河出書房新社 東郷えりか訳

 書名の親しみやすさとは裏腹に、中身はとんでもなく本格的な内容である。「カレー」の成り立ちと流布を廻る、インドとイギリスの社会史・民族史・文化史を漁った、真面目な書物。日頃食べ慣れたカレーライスを期待して注文したら、山盛りのチャパティ満載の本場のターリーが出てきて、なんとかチャパティを片付けたらお替りを盛られた、そんな読書感。

 ハードカバーで本文330頁程度、量的にはそう多くない。が、読み通すには相応の覚悟が要る。原注は31頁あり、その多くが出典で占められている事でわかるように、内容はとても真面目な本である。と同時に、各章の節目にレシピを挟んでいる事から、決して専門家向けの学術書というわけではなく、一般の人も読者として想定している。

 ムガル帝国の王、虎のバーブル(1483~1530)は中央アジアのウズベキスタン近辺に生まれ、ヒンドゥスタン(北インド)を征服した。当時のムスリムは、食事を快楽とみなし、精力を増す肉食を奨励した。しかしカーストを重んじるヒンドゥスタンの民にとって、食事は医療的・道徳的行為であり、牛肉を食べることは「ひどく卑しい、穢れたことで、想像もつかないほど罪深いこと」だった…タテマエ上は。美食を愛するムガルの王達は、毎日の饗宴に100もの料理を並べた。そのために中央アジア・ペルシア・ヒンドゥスタンなど様々な国の料理人を抱え、彼らが互いに学びあって、ムガル料理を作り上げる。

 と、まあ、一つの料理の成り立ちを説明するのに、王朝の成立から、王の持ち込んだイスラム文化と地元ヒンドゥスタン文化の対立と融合、当時の食事風景など、多くの挿話で説明していく。

ポルトガル人が新大陸から唐辛子とトマトとジャガイモを持ち込む。インド人は新しい食材をなかなか取り入れないが、唐辛子は驚異的な早さでインドに浸透する。次にやってきたのがイギリス人だ。荒稼ぎする現地イギリス人=アングロ・インディアンの生活に、インド文化が静かに忍び込む。現地人の料理人が彼らの食卓に供する様々なシチューには、個々の名前があったが、アングロ・インディアンはそれを総称して「カレー」と呼び始める。

インドでは、新鮮さを保つため、一日に使う香辛料を、毎朝挽く。これを標準化・マニュアル化してカレー粉にしたのは、本土のイギリス人だ。それによりカレーはイギリスの家庭に普及し…

 などと綺麗にまとめられるほど、カレーの歴史は単純ではない。それが本書の構成に影響しているのか、話がアチコチに飛びまくるので、とにかく読みにくい。具体的なエピソードを紹介して当時の様子を再現する、という形式が文章の大半を占め、全般に著者の考察は控えめである。料理もカレーばかりでなく、チャイに一章を割いているように、インド料理全般を述べている。多くの資料を漁った真面目で誠実な労作であり、扱う内容も多岐に渡る。個々の食材の成立事情・当時の社会構造や人々の価値観・食べる人々の服装や食卓・食器の風景など、多くの具体例を挙げて、こと細かに論じている。

 例えば、シルヘット人の物語。アッサムの茶の農園とカルカッタを結ぶ水路に面していたシルヘットの人々は、蒸気船の火夫として雇われた。英語が出来れば甲板で高い給料が稼げたが、出来ない者は機関室で低賃金重労働に喘いだ。外洋船に乗り込みイギリスで脱走した彼らは、イースト・エンドにネットワークを築く。彼らが集うカフェが、イギリスの「カレー」普及に大きく尽力した。

 他にも「ガンディは食事に苦労したため、彼が書いたインド人留学生むけのロンドン案内書の半分以上は食事に割かれていた」とか「元ベンガル総督マーカス・サップが地元の業者に持ち込んだソースのレシピは辛すぎたが、業者が自分用に取っておいた分が熟成したら美味しい匂いがした、これがウスターソースのはじまり」など、面白い挿話が沢山収録されている。しかし、編集の工夫が足りないがために、読みやすさがだいぶ削がれている感がある。全体は10章に分かれているが、どうせなら、更に1~5頁程度ごとにわけ、それぞれが連続しつつも独立したコラムとして読める形にすればいいのに、と思う。

 末尾近く、イギリスに次いでカレーが普及している国として、日本のカレー事情の紹介がある。「カレーの作り方を登場人物が熱心に議論する漫画」として「美味しんぼ」を挙げてるけど、ここは包丁人味平(1973~1977)を挙げて欲しかったなあ。ミスター味っ子でも宿命のライバルは「カレーの王子様」こと堺一馬だったよね。

 と、まあ、文句タラタラではあるが、読了後にカレー専門店に駆け込んだ事は、正直に告白しておく。大変おいしゅうございました。

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2010年8月23日 (月)

トレース疑惑

こっち見んな

Minnna

…つまんなくてすんません。

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2010年8月22日 (日)

犬村小六「とある飛空士への恋歌 4」小学館ガガガ文庫

「かっこいい男になれ、ってお父さんよくあんたに言ってたよね。お父さん、あんたに、見本示してくれたんだよ。こういうのがかっこいい男だ、って、態度と行動であんたに教えてくれてるんだ。きっとたぶん絶対、お父さん、そういう人だもん」

 運命の恋と空への憧れと若者の成長を爽やかに描く、王道の青春ファンタジー・シリーズ第四弾。今までじっくり書き込んだ舞台の上で、物語と途上人物たちが本格的に動き始める。いやほんと、「やっと本編が始まった」って感じ。

 文庫本で380頁ちょい。文章は若い読者に相応しい読みやすさを備えている。ただし会話には「ツンデレ」など今風の言葉も出てくるため、ライトノベル風の文体にアレルギーがある人は要注意。シリーズ物でもあり、いきなりこれから読み始めるのはさすがに無茶で、興味のある人は、まず同じ世界を舞台にした「とある飛行士への追憶」から入り、シリーズの1~3と順に読み勧めるのが無難。

 今までのうれしはずかしツンデレとセイシュンと初恋な展開から打って変わり、空族の襲撃により明らかになった敵の存在・虚空に散ったライバルと戦友・そしてお互いの秘密に悩むカルエルとクルスなど、暗い暗いシーンから始まる。クルスについてウダウダ悩むカルエルは、実に鬱陶しく、背中が痒くなる。が、ここが我慢のしどころ。

 アリエルが再び登場するところから、物語は俄然走り始める。やっぱね、この物語、アリーが出ないと。過酷な運命にもめげず、カルの尻を蹴っ飛ばし、戦友に活を入れ、住民を励ます。いい子だよなあ。しかしカルは、なんでクルスかね。私なら絶対にアリーを選ぶけどなあ←誰も聞いてねえよ

 そして再び襲い来る空族。イスラ絶体絶命の危機に、立ち向かうのは意外なメンバー。確かにあの役割に最も適した人物たちではあるけど、それにしても巧い見せ場を用意したもんです。前巻のファウストもそうだけど、こういう、意外な人が意外な活躍を見せる場面って、好きだなあ。アクション場面では、空に加え、艦どうしの「海の戦い」も味わえるのが、お得感あり。雰囲気的に二次大戦ごろの技術レベルでもあり、傷だらけになりながら使命を全うする運命は、ドイツ海軍の悲劇の戦艦ティルピッツを彷彿とさせる。

 暗く沈みこむ主人公達の鬱々とした雰囲気が続く序盤、危機また危機の緊張したアクションの中盤、爽やかなカタルシスが訪れる終盤、そしていかにも「次回予告」な雰囲気の引き。ゴタゴタ考えず、素直に娯楽の王道として作者に翻弄されよう。

 でもさ、アリーの出番、少なくね?もっとアリーを活躍させてよ。それが最大の不満←しつこいぞ俺

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2010年8月21日 (土)

アブラハム・ラビノビッチ「ヨム キプール戦争全史」並木書房 滝川義人訳

「おばあさん、あなたの国防大臣は能なし。そのため、あなたの孫が3000人も死んだ」

 第四次中東戦争のドキュメント。現時点では文句なしの決定版。質量ともに、充実度は凄まじい。唯一の欠点は、とにかく物理的に重い事。通勤中に読むと、いい運動になります。

 ソフトカバー2段組、約540頁。文章は決して読みにくくないが、とにかく量が凄まじい上に、登場人物がやたら多いので、読み通すのは相当に時間がかかる。重要な戦場には地図がついているので、地図を参照しながら記述を追いかける形になるため、それなりの時間は覚悟しよう。とまれ、決して眠い内容ではなく、開戦前の政治的状況の解説を除けば緊張する場面の連続であるため、決して苦痛な時間ではない…本を持つ腕の疲労を除けば。

 時間的には1973年10月5日、つまり開戦の前日から、双方が本格的な戦闘をやめるまでの2週間程度を中心に記述している。視点はイスラエル側が大半であり、前線の兵卒から小隊・中隊・大隊指揮官、旅団・師団長、参謀総長ダビッド・エラザール、国防大臣モシェ・ダヤン、そして首相ゴルダ・メイヤーに及ぶ。エジプトはサダト大統領・イスマイル国防省・シャズリ参謀総長の他は、バーレブライン攻略に従軍した軍曹が少し顔を出す。シリアはアサドぐらいしか名前が出てこない。これは資料収集の関係だろう。加えて両超大国を代表して、米はキッシンジャーを中心にニクソン、モスクワはブレジネフが出てくる。

 六日間戦争の決定的勝利に湧くイスラエルは空軍中心の国防方針を立て、また陸軍は戦車万能論がまかり通る。それに対しエジプトはソ連製の武器を大量に獲得し、SA-6等の地対空ミサイルと、サガーやRPGなど歩兵用の対戦車兵器を充実させる。シリア・エジプト両国はスエズ運河沿いとゴラン高原に戦力を集結させるが、イスラエル情報部は「戦略爆撃機とスカッドを入手しない限り、アラブは開戦しない」と判断、停戦ライン沿いの戦力集結を怠る。

 1973年10月6日午後2時、エジプトはスエズ運河を渡河し、シリアはゴラン高原に雪崩れ込む。いずれも大兵力を広く展開して力で押し込む形である。特にエジプトは巧妙で、対戦車兵器を大量に装備した歩兵を先頭に立て、次に戦車が続く。ゴラン高原の北側では寡兵ながらイスラエルが善戦してなんとか前線を保持するが、南部では方面司令部のナファクまで攻め込まれる。ちなみにゴラン高原の戦力比は、イスラエル戦車144に対しシリア1400、歩兵200名に対しシリア4万。押し込むわな、そりゃ。以下、ゴラン高原に動員され集結した予備兵の様子。

将校たちが即座に「できちゃった婚」をやった。たまたま同じバスに乗っていた者同士が、一緒に働いたこともないのに、その場で車長、操縦手、砲手、装填手の組に編成されたのである。

 六日間戦争でパーフェクト・ゲームを演じたイスラエル空軍は地対空ミサイルにバタバタと落とされる。私の好きなスカイホーク隊が壊滅する場面は涙が出たよ。シナイでは戦車万能論を信じ突撃するイスラエル軍だが、エジプト軍歩兵のサガーやRPGに次々と屠られる。砲兵は遥か後方に位置していて援護射撃ができない上に、出来ても砂地の多いシナイでは効果が薄い;岩場の多いゴラン高原、特に北側では長距離砲が大きな戦果を挙げたようだが。

 イスラエル領内まで攻め込む覚悟だったアサドに対し、サダトは「地対空ミサイルの傘」からは出ず、「イスラエルに一発食らわせた」状況でソ連を介して停戦に持ち込むつもりだった。しかし勢いに乗ってシナイ南部では東に出すぎてしまい、イスラエル軍の逆渡河を招き、南部を受け持つ第三軍を包囲されてしまう。イスラエル軍も対戦車ミサイルへの対策を編み出した。戦車の前を砲撃して砂塵を巻き上げ、同時に戦車を激しく前後に動いて狙いを外し、敵兵近辺を砲撃する。サガーは有線で手動誘導のため、歩兵は狙いがつけられない。

 ほとんど戦車一両でゴラン高原南部を一晩支えたツビカ・グリンゴールド中尉など、細かいエピソードはてんこもり。以下、空軍司令部の作戦部長アビフ・ビンヌン大佐のエピソード。

テルアヴィブの空軍司令部で作戦部長として勤務するかたわら、三日ごとにファントムに搭乗し、自分の立てた作戦に参加した。早朝、攻撃任務を発令すると、車で基地へ行き、自分がだした攻撃任務について、ほかのパイロットと一緒にブリーフィングを受け、出撃するのである。帰投すると基地で結果報告を受けて司令部へ戻り、今度は作戦部長の立場で、夕方に報告を受けるのである。

 この戦争の後、サダトは急速に和平路線に舵を切り、イスラエルとの首脳会談まで実現してしまう。ナセルは英雄だったが、単なるリリーフと思われたサダトも相当な政治家だと思う。以後、ソ連崩壊などの世界情勢の変化に伴い、エジプトはイスラエルに対し穏健かつ現実的な対応に変わる。

 第四次中東戦争に限らず、現代の戦記物としては一級品。戦車が戦車らしい活躍を見せた最後の戦争であり、また対戦車ミサイルが華々しくデビューした、画期的な戦争でもある。歯応えは充分。気合を入れて読もう。

 なんと、この本をネタに「やる夫」シリーズを作ってる人がいる。なかなかの労作。まだ途中だけど、是非ご覧あれ。 →やる夫達は第四次中東戦争を戦うようです

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2010年8月17日 (火)

スタニスワフ・レム「Fiasko 大失敗」国書刊行会 久山宏一訳

訳者あとがきより引用

 「大失敗」は暗い物語です。たぶんこれは、手術の後にウィーンで、かなり憂鬱な気分でこの本を書いたことから来ているのでしょう(略)これらの小説を書いたときの私は、軍備は地球で最も重要な現象だと考え、軍備を宇宙に拡大することがどのような結果をもたらすかを示したかったのです。 --チェコ語への翻訳者ヴァイゲルと、レムとの対話

 スタニスワフ・レム晩年の、ファースト・コンタクト・テーマのSF長編。深い思索と奇抜なアイディアに満ちたレムの作品の中でも、これはとりわけ晦渋で苦い。「砂漠の惑星」に見られるほのかな希望や、「完全な真空」や「虚数」に見られるユーモアが影を潜め、この作品では冷戦末期の不安な社会感情を反映してか、混乱と挫折と絶望が全体を覆っている。

 ハードカバーで一段組み、本文404頁。分量もさることながら、文章も硬く読みにくい。とはいえ、「すらすら読める娯楽性」をレムにを求める人は滅多にいないし、下手にライトノベル調の文体にしたら、重厚な雰囲気を求めるファンから袋叩きにあうだろうから、これはこれでいいんでしょう。レム初心者は、いきなりこれに挑戦するより、「完全な真空」か「虚数」で肩慣らしするのが無難。この二冊が軽いとはいわないけど、「大失敗」に比べれば、多少はユーモアが効いてて消化しやすいはず。

 お話は土星の衛星、タイタンの基地に宇宙船が着陸したシーンから始まる。船を降りた指揮官兼操縦士パルヴィスは、自分が手違いから異なった基地に着陸した事を知る。同時に、パルヴィスの恩師であり尊敬する先輩でもある、ピルクス船長がこの地の難所、「バーナムの森」で連絡を絶った事も。基地の者の反対を振り切り、パルヴィスは巨大歩行機械でピルクスの捜索に出発し、ピルクスが遭難した「バーナムの森」に彷徨いこむ…

 序盤の「バーナムの森」だけでも、独立した短編として充分に成立しちゃってる。行き当たりばったりの開発計画に翻弄される現場の混乱は、いかにも当時のポーランドに育ったレムらしい。ピルクスの名前に「おお、懐かしい」と郷愁をそそられる人も多かろう。が、しかし、本編は「バーナムの森」の終了後にアサッテの方向に進み、思っても見ない展開をみせる。

 SETI計画は、ハルピュイア星系ゼータ恒星の第五惑星クウィンタに知性の兆しを発見した。活発に短波と超短波を発信しているのだ。また、火星近辺の宇宙探査機は、クウィンタの極で強力な電磁気の閃光を観察する。人類はコンタクトを求めて、有人の探索船を派遣した。クウィンタで何が起きているのか、異性人との接触はどのように行うべきか。クウィンタに近づき情報が増えるにつれ謎は深まり、クルーは盛んに意見を戦わせる。

 はっきり言って、レムは人間が書けない作家だと思う。人類すら怪しい。けれど、「知性」を書かせたら、彼の右に出る者はおるまい。この作品でも、人類と異性人に加え、人工知能も参戦して、面白い議論を展開している。人工知能が人間に近づいたらどうなるか。彼の皮肉な考察は、AI学者の頭に冷水を浴びせる。自律飛行が可能な無人攻撃機が盛んにアフガニスタンを飛ぶ現在、彼の突きつける問いは、むしろ切実さを増している。まあ、あたしゃそれでもいいと思うけどね。「どりゃあ~」とか言って廊下を掃除してくれりゃ←自粛しろ俺。

 彼の描くガジェットも、ちょっとズレてて昭和に育った私には「懐かしい未来」を感じさせる。クルーが資料をモニタではなく紙で読んでたり、写真をデジタルではなくフィルムで処理してたり。とはいえ理論的な部分ではそれなりに楽しい部分もあって、探索船がウラシマ効果を出し抜く手口などは、いかにも屁理屈屋のレムらしい。

 途中に長い御伽噺や、クルー同士の長い会話、主人公の自省など、物語は迷路を彷徨うようにフラフラと進む。じっくりと、落ち着いて、彼の論理的なホラ話に翻弄されよう。

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2010年8月15日 (日)

このアクセスは人?ロボット?スパム?

 ブログのアクセス履歴を見ると、中には "ブックマーク/URL直接入力"なんてのがある。「お気に入りに登録してくれるとは嬉しい」などと喜んだりもするのだが、どうも様子が違う。そんな奇妙なアクセス履歴を調べ、大きく4種類に分けて整理してみた。

  1. 携帯電話からのアクセス
  2. 検索エンジンなどのロボット(クローラー)
  3. 迷惑コメント投稿などが目的のもの
  4. その他

では、それぞれの特徴を見ていこう。

1.携帯電話からのアクセス

  1. リンク元が http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/ユーザID/ブログID
    携帯電話からのアクセス。ココログは携帯電話でも見える。携帯電話向けの URL は上のようになる。(*1)
    例えばこの頁は http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/238772/201750/64409631 で、
    このブログのトッページhttp://app.m-cocolog.jp/t/typecast/238772/201750 となる。

  2. ユーザーエージェントに (KHTML, like Gecko; Google Wireless Transcoder) を含む(*2)
    携帯電話からのアクセス。Googole のモバイル検索で見つかった頁にアクセスすると、Google がプロクシのような役割をする。手順は、こんなかんじ。
     1)携帯電話の利用者が Google で検索し、検索結果から目的の頁をクリックする。
     2)Google が目的の頁にアクセスし、その頁の HTML を携帯電話用に変換する。
     3)Google が、変換した頁を利用者の携帯電話に転送する。
    2011.12.08 現在でアクセスを確認した IP アドレスまたはホスト名を挙げる。
    • 64.233.182.80 64.233.182.81 64.233.182.82 64.233.182.83 64.233.182.84 64.233.182.85 64.233.182.86 64.233.182.87 64.233.182.88 64.233.182.89
      64.233.182.90 64.233.182.91
    • 72.14.192.1 72.14.192.66
    • 72.14.202.80 72.14.202.81 72.14.202.82 72.14.202.83  72.14.202.84
      72.14.202.85
       72.14.202.86 72.14.202.87 72.14.202.88 72.14.202.89
      72.14.202.90
       72.14.202.91
    • 72.14.212.85
    • 74.125.74.129  74.125.74.196
    • 74.125.152.80 74.125.152.81 74.125.152.82 74.125.152.83 74.125.152.84 74.125.152.85 74.125.152.86 74.125.152.87
    • 74.125.154.80  74.125.154.82
    • 209.85.174.80  209.85.174.87
    • google-proxy-66-249-80-156.google.com(IPアドレス 66.249.80.156)
    2012.02.29追加:最近の Google Wireless Transcoder は、ホスト名を名乗る時もある。nslookup コマンドで存在を確認したホスト名(IPアドレス)を以下に挙げる(*8)。
    • nx-in-f80.1e100.net(209.85.174.80) ~ nx-in-f99.1e100.net(209.85.174.99)
    • tb-in-f80.1e100.net(74.125.16.80) ~ tb-in-f99.1e100.net(74.125.16.99)
    • tx-in-f80.1e100.net(72.14.202.80) ~ tx-in-f111.1e100.net(72.14.202.111)
    • we-in-f16.1e100.net(173.194.66.16) ~ we-in-f19.1e100.net(173.194.66.19)
    • we-in-f20.1e100.net(216.239.32.20) ~ we-in-f30.1e100.net(216.239.32.30)
    • we-in-f31.1e100.net(173.194.66.31) ~ we-in-f109.1e100.net(173.194.66.109)
    • we-in-f204.1e100.net(173.194.66.204) ~ we-in-f208.1e100.net(173.194.66.208)
    • we-in-f209.1e100.net(74.125.16.209) ~ we-in-f227.1e100.net(74.125.16.227) または
      tf-in-f208.1e100.net
      (74.125.16.208) ~ tf-in-f239.1e100.net(74.125.16.239)
    • google-proxy-66-249-80-1.google.com(66.249.80.1) ~
      google-proxy-66-249-85-255.google.com(66.249.85.255)
    以下はホスト名とIPアドレスの対応表。ホスト名(IPアドレス)の形で示す。
    実際に自分の頁を Googole モバイル検索 で表示して、アクセス履歴を見てみよう。Google Wireless Transcoder からのアクセスがある筈だ。
    whois で調べると、Google は少なくとも以下7つの IPアドレス領域を確保している。今後、Google のビジネス拡張に伴い、 Google Wireless Transcoder が使う IP アドレスも増えるだろう。
     64.233.160.0-64.233.191.255 72.14.192.0-72.14.255.255 74.125.0.0-74.125.255.255
     173.194.0.0-173.194.255.255 209.85.128.0-209.85.255.255 216.239.32.0-216.239.63.255
     66.249.64.0-66.249.95.255
    Google は同じ IP アドレスを別の目的にも使っている(4.その他 の b. 参照)ので、ユーザーエージェントも確認しよう。Google Wireless Transcoder なら携帯電話、Google Web Preview ならプレビュー収集だ。

2.ロボットらしきもの

 Googlebot が有名だが、ここではそれ以外のものを挙げる。

  • ユーザーエージェントに HeartRails_Capture を含む、または リモートホスト に hosted.static.webnx.com を含む
    Web頁のキャプチャ画面を収集しているサービス。http://capture.heartrails.com/。(*3)
    リモートホストは 216-18-209-28.hosted.static.webnx.com など、
    ブラウザは HeartRails_Capture 1.0.3 など、
    ユーザーエージェントは Mozilla/5.0 (X11; U; Linux i686; en-US; rv:1.9.2.8) Gecko/20100730 HeartRails_Capture/1.0.3 ( http://capture.heartrails.com/) Namoroka/3.6.8 など。
     
  • ユーザーエージェント に TinEyecrawler を含む
    イメージ(画像)検索用のロボットらしい。(*4)
     
  • リモートホストに b132108.ppp.asahi-net.or.jp を含む
    記事を投稿してから1~2時間以内にアクセスがある。ブログ検索サービスに送った更新通知の ping に基づいてアクセスしている模様。ホスト名はインターネット・プロバイダ ASAHIネット のもの。
     
  • リモートホストに 221x251x239x234.ap221.ftth.ucom.ne.jp を含む : 挙動は上に同じ。
    ホスト名はインターネット・プロバイダ UCOM のもの。
     
  • リモートホスト に msnbotsearch.msn.com を含む : MSNサーチ用のロボット。
     
  • ユーザーエージェントが facebookexternalhit/1.1 ( http://www.facebook.com/externalhit_uatext.php) である(*10*11)
    Facebook 内で誰かが、あなたの記事を紹介したので、ロボットがキャッシュまたはサムネイルを収集した。
    Facebookが確保したIPアドレスは、少なくとも以下二つの範囲がある。リモートホストも確認しよう。
    • 173.252.64.0173.252.127.255
    • 69.171.224.069.171.255.255
    下にFacebookが確保しているIPアドレスの一覧を挙げる。

3.迷惑コメントの投稿など

  • リモートホスト(ユーザーエージェントではない)に googlebot を含む(*5)
    迷惑サイトに誘導しようとしている。
     
  • リモートホストに static.reverse.softlayer.com を含む
    ポートスキャンをかけているらしい。クラッカーのアタック?
     
  • リモートホストに rad.tsai.es を含む
    あちこちの掲示板に迷惑コメントを投稿している。ドメインはスペインのもの。
     
  • リモートホストに 91.201.66.6 を含む
    あちこちの掲示板に迷惑コメントを投稿している。IP アドレスはロシアのもの。

4.その他

  • RSS リーダー経由(*6)
    リンク元が http://127.0.0.1:4474/top?* または http://127.0.0.1:4474/folder?* (* は6~7桁の数字)
    RSS更新チェッカー cococ 経由のアクセス。 あなたの頁に常連さんが出来た模様です。
     
  • ユーザーエージェントに (KHTML, like Gecko; Google Web Preview) を含む
    Google の虫眼鏡アイコンによるプレビュー。以下2つのケースがある。
    • ロボットによる自動巡回
    • 人が Google で検索してプレビューを見た=検索結果で虫眼鏡アイコンをクリックした。
    まだロボットが巡回していない頁を、人が虫眼鏡で見た場合も、Google Web Preview がアクセスに来る(実際に自分の頁を虫眼鏡で見て、アクセスを確認した)。
    2010.11.12現在、以下3つののIP アドレスを確認した。
     72.14.202.85 74.125.74.129 74.125.152.80
    今後も、 IP アドレスは上記1.b..Google Wireless Transcoder で挙げたアドレスを使うだろう。
     
  • 商用のプロクシ Blue Coat によるもの(*7)
    ユーザーエージェントが Mozilla/4.0 (compatible;) だけでリンク元などの情報はなく、数秒間に4~5頁を連続してアクセスする。ほぼ同時に、同じホストからユーザーエージェントやリンク元などの情報を含むアクセスがある。
    アクセスの例を示そう。アクセス元のホスト名は架空のもの(qgkp.gn.jp)に変えた。
    2010/12/15 09:19:15,*,トップページ,qgkp.gn.jp,"Mozilla/4.0 (compatible;)",-,-,-,-
    2010/12/15 09:19:15,*,離島ミステリ,qgkp.gn.jp,"Mozilla/4.0 (compatible;)",-,-,-,-
    2010/12/15 09:19:15,*,スタニスワフ・レム「Fiasko 大失敗」国書刊行会 久山宏一訳,qgkp.gn>.jp,"Mozilla/4.0 (compatible;)",-,-,-,-
    2010/12/15 09:19:16,*,このアクセスは人?ロボット?スパム?,qgkp.gn.jp,"Mozilla/4.0 (compatible; MSIE 6.0; Windows NT 5.1; SV1; .NET CLR 1.1.4322; .NET CLR 2.0.50727; .NET CLR 3.0.4506.2152; .NET CLR 3.5.30729)","http://www.google.co.jp/search?q=74.125.152.81&hl=ja&lr=&prmd=iv&ei=QgkITdOAOZCAvgOt89XGDw&start=10&sa=N",1280x800(32bpp),ja,5F466E2CE7651E16
    企業など、ファイアウォール内からのアクセス。リンク元などを含むアクセスが、利用者が見たかった頁だ。上の例では、"このアクセスは人?ロボット?スパム?" が、目的の頁となる。他の頁(トップページ、離島ミステリ、スタニスワフ・レム)は、目的の頁からリンクされているはずだ。他の頁は、Blue Coat がキャッシュするため、自動でリンクを手繰って「先読み」したものと思われる。
     
  • 商用のファイアウォール WebSence 経由のもの(*9)
    リンク元が http://##.##.##.##:$$$$$/cgi-bin/blockOptions.cgi?ws-session=%%%%%%%%%%
     例:http://10.160.84.233:15871/cgi-bin/blockOptions.cgi?ws-session=1397795008
    • ##.##.##.##:プライベートIPアドレス(→Wikipedia)。
    • $$$$$:数字。5桁の場合が多い。
    • %%%%%%%%%%:数字。10桁の場合が多い。

  • リンク元が http://ime.nu/記事のURL(*12,, *13)
    誰かが、電子掲示板「2ちゃんねる」に記事のURLを投稿した。
    具体的にどのスレッドでどう言及されているか知りたい時は、Google で記事のURLをキーワードにして検索しよう。最近(2013.01.20現在)の Google は収集が早いため、投稿されてから数時間以内で検索結果に反映される。例えばこの頁「このアクセスは人?ロボット?スパム?」なら、キーワードに http://chikuwablog.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-0cc2.html を指定する。

おわりに

 このブログだと、ロボットやスパムなどのアクセス頻度は、だいたい一日に1~2回程度。一日のアクセスが千件を越えるような人気ブログなら、割合にして総アクセスの0.2%以下なので誤差でしかないけれど、片隅でひっそりやってるブログにとっては、結構な比率になる。困ったもんです。

以下の頁のお世話になりました。

  1. abc_newsココログのapp.m-cocolog.jpとは
  2. 風見鶏の目Google Wireless Transcoderって何者?
  3. ロボ避けとアクセス制限のための覚え書きサムネイル・キャプチャ作成サービス
  4. 寝込み屋蔵amazonのクローラー?TinEyeってやつですか
  5. 摩耶舞薮露愚 「googlebot.com 口座」\(^o^)/
  6. あんてぃかんけいとかhttp://127.0.0.1:4474
  7. ぼくんちのバックステージUA「Mozilla/4.0 (compatible;)」のみは商用プロキシ
  8. ぺんたんinfo1e100.netとは - [その他 + その他] ぺんたん info
  9. SEO Chat ForrumsWhat is this?
  10. Facebook の サーバーのログにFacebookが記録されているのはなぜですか?
  11. trapon : experiencefacebookexternalhit っていうログをみつけた
  12. 教えて!goo http://ime.nu/って?
  13. はてなキーワードime.nu とは

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2010年8月13日 (金)

離島ミステリ

 小野不由美の「黒祠の島」を読んで、思ったこと。こういう、横溝正史風の因習と伝奇と血縁がドロドロの離島ミステリって、もしかして日本のお家芸なのかしらん、とはいえ私はミステリにトンと疎いので、海外の作品は全く知らないんだけど。とりあえず適当に舞台を設定して妄想してみた。

 舞台はスコットランド沖のシェトランド諸島。寒風吹きすさぶ荒れた北海、岸壁に打ち寄せる波頭、ぶ厚い羊毛のセーターを着込んだ大柄で頑健で荒っぽく酒好きの漁民達。…をを、いい感じかも。
 そこに現れた三人の男。ネオナチに心酔するザクセン訛りの若いドイツ人、コックニー訛りの元SAS軍曹、ベルファスト出身の元IRAの闘士。そして流れるヒトラーの遺産の噂。なんでも洞窟に座礁したU-ボートが隠されているらしい
 …全然、伝奇じゃない。つか「鷲は舞い降りた」かよ←いやそれも違うし。

 次いこう次。今度はアドリア海。海辺の別荘でカクテルを片手に寛ぐ若い人妻、その傍らに控える無表情な使用人の青年、アル中の親父を抱えながら元気に店を切り盛りするオリーブ色の肌の少女。そこに現れた古物商の中年男は、タビンチの名画を追っていた…
 淫靡にはなりそうでも伝奇にはつながりそうにない。

 記を取り直してエーゲ海。ギリシャの老いた富豪が各国の VIP を招いて開催するパーティと、そこに取材で潜り込んだ若い女性記者。パーティーで披露されるは××カラットのダイヤモンド。しかし実は予告状が届いていた。多くの人が見守る中、惨劇は起きる…
 豪華絢爛にはなっても、ドロドロにはなりそうもない。つかルパン三世かよ。

 日本は、仏教と神道と民俗信仰がごっりゃになってる上に、中国やインドから流れてきた伝説の類もあって、混沌と深みを演出できるけど、アメリカじゃ歴史が浅いし、ヨーロッパじゃバチカンの威光が強すぎて、どうも難しいねえ。それ以前のドルイドやケルトまで遡ると、現代までどうやって生き延びさせるか、ってのが問題になるし。フィリピンやインドネシアなら島も迷信も沢山ありそうだけど、馴染みがなさすぎてピンとこない。カリブ海じゃゾンビで決まりだしなあ。難しいもんです…って、自分の教養と想像力の欠落をごまかすなよ→をれ。

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2010年8月12日 (木)

鴇田文三郎「チーズのきた道 世界のチーズと乳文化探訪」河出書房新社

チーズの種類は、現在約六百種類とも、約八百種類あるともいわれている。また、フランスのチーズだけで、四百種類あるともいう。近年、アジア地方のチーズ様食品も少しずつ明らかになっており、それも加えると約千種類にもなろうか。

 博覧強記の著者が、世界中の文献とチーズを漁ってしたためた、チーズおよび乳製品を軸とした文化論。農学部卒、チーズの生化学的研究で博士号という経歴にも関わらず、分子式など科学的な話は必要最低限に抑え、古代の文献に出現する乳製品の考察や、当時の人々の生活様式、各国語のチーズを示す単語など、むしろ文化論的な話題が中心になっている。

 ハードカバーで本文210頁ほど。量的には軽いものの、扱う範囲は時間的にも空間的にも広いため、読者がついていくのは少々骨が折れる。チーズ同様、消化には時間がかかるかも。気軽に読める随筆というより、充分な取材と文献に基づいた、立派な教養書。

 チーズという食品の性質のせいか、とにかく扱う範囲が広い。時間的には、例えば紀元前10世紀あたりのホメロスのオディッセイアから、チーズの記録を抽出している。空間的にはユーラシア大陸全体を彷徨い、イギリスから日本列島まで。チーズは牛・羊・山羊などの家畜の乳から作る。そういった家畜を放牧できる気候と風土、それに基づいた社会の元でチーズは発生した。というわけで、各国の歴史と当時の社会を紐解き、どんな民族が、どんな社会を作り、どんな農業・牧畜が営まれ、どんなチーズを作り、どんな風に食べていたか、その根拠となる文献は何か、などと説いていく。とは言っても教科書的に時間を古代から現代に向かうわけでもなく、大雑把にはむしろ地理的に欧州からアジアへ向かって記述は進む。

 チーズが発展するには、ある程度の美食を許容する風潮が必要である、と著者は説く。欧州では、古代ギリシャで料理・菓子・パンにチーズを混ぜて食べていた。ローマ時代も美食が盛んで、アピキウスという美食家の家系が、数種のチーズ菓子にアピキウスの名を冠していた。しかし中世の欧州では抑圧的な社会であったのでチーズは発展せず、修道院の中で細々と生き延びた。教会って、身勝手だねえ。まあそんな訳で、欧州のチーズは案外と歴史が浅く、といってもイタリアのゴルゴンゾラが九世紀、イギリスのチェダーが十六世紀。

 アジアは中央アジアの遊牧民が興味深い。モンゴル兵が強かった理由の一つは、優れた保存食であるチーズにあるのでは、と説いている。以下、著者がマルコ・ポーロの旅行記を引用した部分。

…ミルクを太陽で乾燥させる。遠征に出かける時には、各自乾燥ミルクを10ポンド位もって行く。朝方にこれを半ポンド皮袋の中に入れ、好きなだけ水を加えておく。騎行している間に乾燥ミルクと水は皮袋の中で溶けあって、パン粥のようなものになり、これを昼飯とする。

 日本でも貴族文化華やかな平安時代は醍醐がもてはやされたが、武家社会となって乳文化は廃れた。明治維新以降、西欧からの輸入で盛り返したが、戦争で一旦潰れ、最近また盛り返してきたけど、今後は大丈夫なんかねえ、などと著者はボヤいている。

 とはいえ食も欧米風を充分に取り入れ、「ピザでも食ってろデブ」などという言葉すら一部で流行っている現在、既にチーズは日本に定着したと言ってもいいんじゃないでしょうか、鴇田先生。まあ、米とチーズを組み合わせた料理が少ないのは不満だけど。

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2010年8月11日 (水)

榊涼介「ガンパレード・マーチ 逆襲の刻 極東終戦」電撃文庫

 どこかの誰かの未来のために。

 テレビ新東京により明らかにされた九州奪還線の薄氷の勝利と、強硬派によるクーデターの本心、そしてシベリアの居留地の存在。揺れる国民感情をよそに、着々とクーデターの残党に手を打つ大原首相。シベリアに派遣されミハイルとの和平交渉に赴いた善行と原は、「青森での自衛軍の勝利」という困難な条件つきながらも、前向きな返事を勝ち取る。ハミルカルを抑えるための作戦に赴く来須と石津。全ての焦点となった津軽の前線では、怒涛のように押し寄せる幻獣軍に対し、自衛軍はじりじりと後退を余儀なくされる。更に追い討ちをかけるように、ミノタルスとゴルゴーンによ る集団砲撃や、人型幻獣の投入による浸透作戦など、知性体を活用した戦術で攻勢を強めるアリウスに対し、自衛軍は次第に疲労の色を濃くする。

 文庫本で354頁。一部の登場人物の妙な口調を除けば、ライトノベルにありがちなクセの強い文体でもなく、読みやすさは抜群。ただし長いシリーズ物の例に漏れず登場人物は異様に多いため、初挑戦の方は同シリーズの「5121小隊の日常」から入る事を勧める。

 カバーはカップルが尽きたのかヨーコさんとののみとブータ、口絵はターニャ、ミハイル、姫野真子、能見喜三郎、そして久萬正治。久萬には笑った。まるで鈴原トウジ。もちょい、ふてぶてしい丸顔を想像してたんだが。

 青スキュラ隊の隊長が板につき「黄色の将軍」の二つ名に相応しい風格を示す滝川、ライザちゃんに懐かれる滝川に嫉妬メラメラの舞、いかなる苦境にも平然としながら壬生屋の事となると無謀になる瀬戸口、名言暴言を連発の茜に突っ込む田代のドツキ漫才、ソックス・ダンクを鍛えようと陰謀をめぐらす岩田と中村など、5121小隊の連中はいつも通り。中盤から終盤にかけての整備班の試練は、今までの物語を凝縮した感がある。

 オリジナル・キャラクターでは、肉の裁き方を覚えカレーの王子様となりつつあるソックスダンクが可愛い。彼と山川中将の親子の対話に整備班が絡むシーンは、中将の懐の深さが再確認できる、前半のハイライトかも。相変わらずたどたどしく司令部のマスコットを務める島村さんがけなげ。

 津軽決戦に一応の決着はつくものの、あとがきも解説もなく、10年近く続いたシリーズの最終巻にしては、幾つか重要な場面が省略されているとしか思えない構成で、あわただしく唐突な印象を受ける。電撃ゲーム文庫の存続とか、なにかオトナの事情がからんでいるのかしらん。まさかこれっきりって事はないよね、榊さん。まあ今まで月間ガンパレ状態の猛烈な健筆ぶりを示してこられたんで、暫くは夏季休戦期間を取っていただく として、充電した後は是非とも「自衛軍の日常」を続けていただきたいもんです。

 というのも、激戦続きで将兵が疲弊したシーンがこれまでずっと続いてきたわけで、彼らが日常に復帰していく様子を見守りたい気分なんですよ、ファンとしちゃ。幾つかのカップルの行く末が気になるってのもあるけど。

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2010年8月10日 (火)

小野不由美「黒祠の島」祥伝社文庫

 神道は、そもそも非常に民俗的なものであり、土俗的なものである。それが徐々に統合され、体系化されていった。特にこれを決定的に促したのが、明治政府の執った祭政一致政策だった。(略)
この統合に与しないものは迷信として弾圧されなければならなかった。
 「そう--ここは黒祠あのですよ」
 黒祠とは、統合されなかった神社を言う。それは迷信の産物であり、言わば邪教である。

 プチ屍鬼。十二国記で名を挙げた小野不由美が描く、横溝正史風の離島ミステリ(って実は私は横溝正史を読んだ事がないんだけど)。文庫本で約470頁、所々に見慣れない漢字が出てくるけど、それはテーマの性質上、むしろ必須でしょう。しかも初出の時にはルビがついてる親切仕様。こういう離島ものはやたら修飾語が多くて鬱陶しいかなあ、と思っていたらさにあらず、さすが主上、文章は自然で意外と読みやすく、舞台が島に移ってからもスラスラ読める。

 式部剛は表向き探偵事務所の看板を挙げているが、実際はライターや作家の取材の請け負いを主にこなしている。ノンフクション作家の葛木志保は彼の常連客で、主に刑事事件を取り扱う。冷静で偏りのない志保の仕事を、式部は高く評価していた。彼に鍵を預けて消息を絶った志保を追う式部は、志保の出身地である夜叉島に辿りつく。海が荒れれば本土と切り離され、民宿が一つしかなく、駐在所すらない小さな島。迷信深い島人は、よそ者を嫌うといわれる。島に乗り込み聞き込みを始めた式部は、島人が何かを隠している、と感じ…

 「なんでも大昔、夜叉岳に鬼が棲んでいたとかで、その鬼をカンチと言うんだそうです。村に降りてきては村人を取って喰らうのを、旅の行者が鎮めて祀ったのがこの神社の始まりだとか」

 入り組んだ血縁関係、狭い社会に隠然と君臨する名家、不思議な由来の神社、島人が信じる奇妙な迷信、それをなぞるように行われる凄惨な事件、何かを隠している島人、外からやってくる探偵、探偵に協力的な一部の人々。体裁はいかにも教科書どおりの離島ミステリのフォーマットに沿っているし、犯人も推理小説のルールに沿い、早い段階で登場する。

 とまれ、この作品のテーマにミステリのフォーマットはあまり合ってない気がする。ミステリは、その性質上、どうしても主題が結末近くで明らかになるため、少ない文字数で語らねばならず、充分に語りつくすのが難しい。これが十二国記のようなファンタジーや、屍鬼のようなホラーなら、同じ主題に対し、作中の様々な人物が各々の立場で繰り返し語られるため、主題が読むに従い自然と明らかになるんだが、ミステリじゃ結末近くで全てが明らかになるため、素直に読み進めただけだと、私のように不注意な読者には、巧く伝わってこない。かと言って、ネタバレありのレビューを読みながら、ってのも、ミステリの読み方としては邪道だし。

 などと色々文句言ってますが、それは結末近くに登場する人物の活躍が少ないのが不満だからなのですね。いやもう、少ない登場場面で鮮やかにスポットを攫っていきます。かと言って物語の構造上、序盤から登場させるわけにもいかないお方でして、この辺の不満が屍鬼じゃ充分に解消されています。

 やっぱ、ミステリのレビューって、難しいわ…って、己の文才のなさをミステリのせいにするなよ→をれ。

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2010年8月 9日 (月)

アーノルド・パーシー「世界文明における技術の千年史 生存の技術との対話に向けて」新評論 林武監訳 東玲子訳

日本語版への序文より

 本書の目的の第一は、重要な意味を持つ技術は世界のあらゆる地域で発達してきたことを示す点にある。これはいわゆる「西欧」技術がただヨーロッパでのみ創造されたとする幻想を明らかにして、アメリカやヨーロッパの技術革新が技術の真空地帯である非西欧世界に無修正で「移転」されるべきだとする状況認識に反撃を加えるものである。(略)
 また、第二の目的は、(略)長い間絶え間なく続いてきた技術移転の全過程は、受け取り側の反応によって生まれる発明、改良、応用、逆方向への技術移転が不断に続いてきた結果であり、それはまさに時代を貫く「対話」として特徴づけられる過程であったことに留意すべきである、ということにある。

 様々な分野の技術の発生と移転と発展の歴史を、豊富な具体例で、先に引用した二つの主題を繰り返し主張している。引用している分野は、土木や灌漑を含む農業・製鉄を中心とした冶金・水車から内燃機関に至る動力・製紙と印刷・造船技術と貿易・紡績から漂白・火薬と銃や大砲などの火器など、実に幅広い。

 ハードカバーで本文300頁ちょい、加えて序文・原註・参考文献・翻訳ノート・索引。索引と参考文献の充実も半端なく、どう考えても学術書。序文でわかるように、文章も怠惰な読者向けとは言いがたく、読み下すには結構苦労する。

 じゃあ素人にはつまらないかというと、実はそうでもない。先に挙げた幅広い分野の技術発展の具体例は、技術や工学に興味を持つ者には結構美味しい話題だったりする。歴史的に由緒あるイラストが多く収録されていて、これが読者のイマジネーションを刺激する。序盤は紡績機械が多くて、その大半は人力なんだけど、11世紀には水力を使った大型の紡績機が出来ていて、力を伝える仕組みとしてベルトが使われている。水力の利用は直感的に解るから嬉しくて、他にも水車による揚水機は、頭の中で色々と改良してみたくなってしまう。

 古代日本で大陸からの帰化人が大きな役割を果たしたように、他国から技術者を招く政策は常道らしく、モンゴル支配のイランやモスクワにも中国人技術者が居た模様。以下、箇条書きで興味深い記述を並べる。

  • 金属活字が最初に印刷に使われたのは朝鮮で、おそらく1234年。
  • マヤ・インドネシア・アフリカでは、多層農業が行われている。例えばマヤではナッツ類の樹木の下でキャッサバ等の野菜を栽培する。樹木が土地の侵食を防ぎ、落葉が肥料になり地力維持を助ける。耕地と休耕地を分けてトウモロコシを栽培する方法の10倍以上の食糧生産量を達成できる。
  • ジャガイモとサツマイモはアメリカ大陸原産。
  • 1600年の中国の年間書籍発行部数は世界一といわれた。
  • 1850年ごろまで鋼生産の一大中心地はで有名なイラン・イラク・シリアで刀ではダマスカス鋼が最高とされていたが、それに使う「ウーツ」といわれる最高品質の鋼はインド産。
  • 中国では1580年に五色刷りで挿絵入りの本が出版されている。

 プログラミングの世界で有名な言葉がある。「ユーザとのコミュニケーションが円滑なら、開発効率は10倍になる」。実際、自分が欲しくて作ったソフトは、他の人にも好評だったりする。使う人の置かれた状況を理解するのって、大事だよね。

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2010年8月 8日 (日)

川端裕人「The S.O.U.P.」角川文庫

「ハッカーというのは、もともと技術の高さと情熱の強さを言う言葉であり、クラッカーというのは、技術を悪用する者のことを言う」

 かつて仲間と組み S.O.U.P. という傑作オンラインRPG を作った男、周防巧。今は Linux のカーネル改良などオープンソース関係に貢献する傍ら、個人でセキュリティ・コンサルタントをしている。能力はの評価は高く、日本では数少ないリアル・ハッカーと呼ばれ、ホワイトハウスに攻撃を仕掛けたクラッカーを FBI と協力して追い詰めたこともある。その周防の元に、経済産業省の小杉玲子から依頼が入る。意見募集の掲示板が EGG なる者から攻撃を受け、ウェブページが書き換えられた、と。

 「ネットの秩序は、ネットより生まれる。あらゆるネットワーク規制にわれわれは反対する --EGG。」

 文庫本で本文440頁ちょい。妙に文体に凝ったが多いサイバー物にしては珍しく、いつもの川端氏らしい読みやすい文体で、肩肘張らずに読める。流石にテーマがテーマなので unix やネットワーク関係の専門用語は出てくるが、下手な入門書より遥かにわかりやすく説明しているので、あまり構える必要はない。仮に解らなくても、テキトーに読み飛ばして結構。

 「ハッカーとクラッカーの対決物にオンラインRPGを混ぜてみました」というと、いかにもお手軽でありがちな印象を受けるが、そこは川端氏、細かい技術的な部分も決して手抜きせず、キッチリ誠実に描いている。最近は流石に素人も ping ぐらいは使えるし、気の利く人なら traceroute ぐらいは知っているだろう。しかし SNMP によるネットワーク管理や、ftp のバッファオーバーフローのセキュリティ・ホールとなると、「お、案外とやるじゃん」と唸ってしまう。出てくる OS もSolaris, IRIX など、ツボを突いている。G4キューブの登場には感涙にむせんだよ、あたしゃ。

 などと技術的な部分だけでなく、ハッカー文化への深い造詣も、本書の読みどころ。ハッカーの指輪物語へのこだわり、プログラマとグラフィッカーの反目、直感型プログラマーと几帳面なプログラマーの対比、米国プログラマーの Grateful Dead への拘り、BSD 原理主義者と Linux ユーザの対立、政府による規制を出し抜く暗号自由主義者の戦い、バザール形式の開発手法、「ハッカー」を悪者扱いするネットワーク管理者とプログラマーの軋轢など、とても門外漢とは思えぬ博覧強記ぶりには恐れ入る。ネットワーク・コミュニティに関しても、初期からいる生え抜きユーザが、後から怒涛の如く押し寄せる「一般人」に圧倒され、コミュニティが崩壊していく様などは、それなりに経験のあるネットユーザなら身につまされるだろう。

 とまれ、プログラミングを齧った身としては多少居心地が悪い小説であるのも事実。主人公やグラフィッカーの心理描写は、門外漢でなければ書けない手厳しさがある。ピントが外れてれば「川端氏も所詮はここまでか」で笑ってすますのだが、なまじ身に覚えがあるだけに余計に腹が立つ。オトナってのは図星を指されると怒る生き物なんです。

 それとは別に、本作は川端氏が SF に向けたラブレターでもある。私は終盤になって、やっと気がついた。なんだよ、ラリー・パーネルとジェリー・ニーヴン、アーシュラ・ティプトリーって。竜の卵とか、きっと、楽しみながら書いたんだろうなあ。

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2010年8月 6日 (金)

マルク・レビンソン「コンテナ物語 世界を変えたのは[箱]の発明だった」日経BP社 村井章子訳

「コンテナは単に輸送手段の一種と考えるべきではない。コンテナリゼーションはシステムである。コンテナの全面活用を念頭において設計されたロジスティック・システムで使われてはじめて、コンテナの効果は最大化される。」 --合衆国海軍大将フランク・ベッソン

 いまや陸海空すべての運送分野でお馴染みとなったコンテナ。そのコンテナは、いつ、誰が、どんな目的で、どのように導入されてきたのか。また、導入過程で起きた軋轢や、コンテナが世界に与えた影響を、物語風に描くドキュメント。著者は主張する。コンテナは船の構造や港湾施設だけの問題ではなく、運送システム全般、いや製造から小売に至る産業全般に関わる問題であり、その導入は、国家の枠組みさえ超える商取引、いわゆるグローバリゼーションの基盤である、と。

 ハードカバー350頁ちょいに加え参考文献が80頁もあり、一級の資料だろう。かといって文章は決して堅苦しくなく、物語としての面白さも手伝って、エキサイティングで楽しみながら読める。特に主役を勤める風雲児マルコム・マクリーンの個性が劇的で、彼が政府や海運業界に挑み出し抜く様は、まるでドラマの様な波乱に満ちている。

「要するに私は起業家で彼らは経営者だった。経営者の集団に起業家を入れるとろくなことにならない。」 --マルコム・マクリーン

 マルコム・マクリーン、1913年生まれ。一台のトラックから出発し、徹底したコスト削減策で陸運会社事業を拡大する。やがて陸運のコスト削減のため、トレーラーごと船に乗せる事を思いつき、海運会社を買収する。今でいうRO-RO船だ。更なるコスト削減を追求した彼は、RO-RO船を実現する前に、更に偉大な発想に辿りつく。「トレーラーの荷台だけ船に乗て運べばいい」。

 当時、港の積み下ろしは沖仲仕(いわゆる波止場人足)に頼っていた。人手頼りなので時間的にも経済的にも効率が悪く、船が沖合いで数日間も埠頭の空きを待つ事も多かった。貨物も倉庫に長期間置きっぱなしになりがちで、荷主にとっては時間的にも海運は不安定だった。そこにコンテナが登場する。クレーンやトラックが入れる埠頭などの設備を必要とする反面、人足が不要で積み下ろしはスピーディーになる。当時、海運業は船を運用する企業であり、Door To Door を構成する一部、などという発想はなかった。だが、門外漢であるマクリーンにとって、海運は輸送ルートを構成する一部であり、それにかかる費用や時間は、陸運と組み合わせて計算すべき要素だった。

 コンテナ導入は多くの沖仲仕の仕事を奪い、組合から大反発を食らう。陸と海をシームレスに統合して考えるマクリーンの発想は、護送船団方式の米海運業界に激烈なアレルギーを引き起こす。陸運と海運を分けて考える政府や自治体が、規制を盾にマクリーンの前に立ちはだかる。

 当時は海運を含む運送費用が、関税以上の貿易障壁となっていた。コンテナを中心とした輸送システムは劇的な輸送費用の削減を引き起こす。もはや工場を港の傍に作る必要はない。いや、海外だっていい。コンテナはグローバリゼーションの恩恵を世界中に浴びせる…ただし、大型コンテナ船を扱える港を備えた国にだけ。波に乗ったのはシンガポール、乗り遅れたのはロンドンとリバプール。

 末尾近く、「世界のコンテナ港上位20」が怖い。トップが香港、次いでシンガポール・上海・深セン・釜山・高雄と続き、東京は17位で、ドバイに負け、タイのレムチャバンに猛追されている。頑張れ千葉港。

 当頁の冒頭の引用は、ベトナム戦争の兵站ででマクリーンと組み、米軍の兵站のコンテナ化を進めた海軍大将フランク・ベッソンの言葉。なんとまあ、今じゃ「フランク・S・ベッソンJr.大将級兵站支援艦」なんてもんまである(WORLD MILITARY GUIDE より)。

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2010年8月 5日 (木)

平山夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」光文社文庫

 人の精神と肉体の破壊の過程を丹精込めて描く、悪意と残虐性を濃縮して詰め込んだスプラッタ・ホラー短編集。日頃からキツい冗談をやりとりする相手以外に勧めたら、相手から人格破綻者と見なされて敬遠される羽目になるだろう。

 文庫本309頁。量的には軽いのだが、いかんせん内容がキツすぎる。際限なく血や膿が流れる場面が苦手な人は、避けるが吉。間違っても夏休みの読書感想文の課題には選ばないように。

ニコチンと少年-乞食と老婆
幼い真面目な少年の視点で語られる、浮浪者との出会いの物語。社長令息のたろう君は、ある日から市長のめかけの子にいじめの対象にされる。悩むたろう君は、湖畔に住み着いた浮浪者と出会い、言葉をかわすようになり…
少年と浮浪者の暖かい交流を描くほのぼのとした物語かな、と思って読み始めたら、とんでもない。なまじ童話っぽい語り口が、作者の意地悪さを巧みに増幅している。ちなみに副題の老婆は全く登場しないんで無視して構いません。
Ωの聖餐
俺は売人スナギモの手伝いで食っていた。だがスナギモは兄貴分の女に手を出し、ハツに制裁として銃殺される。俺はハツの命令で不気味なオメガという生き物の世話をする羽目になり…
ヤクザの裏社会物かと思ったら、それを突き抜けて凄まじい悪臭と汚物の世界に放り込まれる。それと対照をなす、数学の薀蓄がなんとも奇妙な味わいをみせる。
無垢の祈り
宗教にはまり込んで正気を失った母親と、暴力を振るうしか能のない義父。怪我が絶えないため、学校では「おばけ」と蔑まれる少女、ふみ。両親の狂気に耐え切れなくなったふみは、町を騒がせる連続殺人犯に救いを求めて接触を試みるが…
母親の救いのなさもさることながら、義父のクズっぷりが凄まじい。クライマックスでは映画ターミネーターを髣髴とさせる暴れっぷり。
オペラントの肖像
1984や華氏451度に通じるディストピア物。近未来、犯罪傾向を抑制するために、人には「条件付け(オペラント)」が義務化された。だが条件付けは芸術により効果が損なわれる。国はスキナー省を組織し、密かに芸術を愛でる者たちを狩りたてた。捜査官の私は、被疑者の若い女性カノンと出会い…
まあ平山氏の芸風じゃ、結末はこうなるんだろうなあ。
卵男
その女性捜査官は猟奇連続殺人犯「卵男」を追い詰め、ついに監獄に送り込んだ。監獄で卵男は、放火犯205号の隣の独房に収監された。女性捜査官は行方不明の被害者の遺体を捜すため、卵男と面会を繰り返し…
物語は猟奇凶悪犯と敏腕捜査官の心理サスペンス風に進むが、オチはアサッテの方向にカッ飛んでいる。
すまじき熱帯
俺の親父はドブロクと呼ばれる。18年ぶりに会ったが、相変わらずの糞野郎だ。わかっちゃいたが、それでも俺は奴の甘い話に丸め込まれ、東南アジアのジャングルの奥に潜入する羽目に…
ジャングル奥地の狂気の王国は、映画「地獄の黙示録」を思わせる。現地の人間が話す言葉の空耳が間が抜けていておかしい。王国内の様子は、食前食後の読書には向きません。
独白するユニバーサル横メルカトル
道路地図帖の独白という、突飛な形式で語られる物語。その地図はタクシー運転手に仕え、地図なりに主人に尽くし、主人の職務遂行に貢献し、阿吽の呼吸を築き上げた。
地図のくせにいじましい、なんか可愛いじゃねーか…などと思っていると、やっぱ平山氏らしいアレな方向に曲がり始め…
怪物のような顔の女と溶けた時計のような頭の男
MCは突然同僚を失った。タタルは塩酸を飲んで自殺したのだ。MCは腕のいい拷問師だ。激しい職務にも関わらず、彼の精神は安定していた…
お話の筋より、MCの仕事振りが嫌でも印象に残る。どうすりゃこんなおぞましい光景を創造できるのやら。短編集の最後を飾るに相応しい、残酷で恐怖に満ちた一編。

 いやもう、正直、しばらく鬼畜系は勘弁して欲しい。

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2010年8月 4日 (水)

ジェイムズ・R・チャイルズ「機械仕掛けの神 ヘリコプター全史」早川書房 伏見威蕃訳

「おれはベトナムにいたこともあるから、こんな程度のことで英雄扱いされなくてもいんだよ。どんなヘリコプター・パイロットにも、人を自動的に助けるばね式スイッチがついているんだ。」 --1992年にカリフォルニアの洪水で率先して救出活動に携わったKNBC所属のニューズヘリ・パイロット兼レポーター、ボブ・ペティー

 ヘリコプターの歴史を、開発・普及・運用など、多方面から描いたノンフィクション。固定翼機とは異なり、狭い場所でも離着陸でき、多様な機動ができるヘリコプターに魅入られ、人生を捧げた者たちの物語。主に20世紀の歴史の中で、ヘリコプターがどんな場面でどの用に使われたのかを掘り起こす記録。そして、多くのヘリコプター愛好家(ヘリコプトリアン)が夢見た、自動車のように普通の人々がヘリコプターを乗りこなす時代がなぜ来なかったのか、現代に至ってもなおヘリコプターの普及を阻む原因を探るミステリー。

 ハードカバー一段組みで本文360頁ちょい。訳文は早川のノンフィクションとしては平均点といったところか。特にクセの強い文章でもないので、読み通すのは難しくない。歴史・技術・ビジネスそして運用と、扱っている範囲は過不足がない。それぞれの方面の重要なイベントについて、重要な人物にスポットをあてながら語っているため、物語としても楽しめる。

 開発面で印象深いのは、ロシアから流浪の果てに合衆国に移民した、イーゴリ・シコルスキー。1889年にロシアに生まれ、重爆撃機イリヤ・ムウロメツなど優れた固定翼機を開発して母国に尽くす。革命で母国から逃れ、合衆国に辿りつく。そこで同胞のロシア移民たちの力をまとめあげで航空機会社を設立した。当初は資金繰りに悪戦苦闘したが、今ではシコルスキーといえば米軍ご用達の名ブランドとなっている。

 本文の要所に掲載されているイラストも図鑑のようで楽しい。特に、仕組みを表す二つの図が解りやすくて助かった。一つは「ローターブレードのマストへの取り付け」で、ローターブレードの根元の構造がアップのイラストで描かれている。これで、各ブレードごとのピッチを変える仕組みが、直感的にわかる。もう一つは「ローターブレードのピッチを変える仕組み」。ヘリコプターが姿勢を変える際に、ローターブレード全体を傾ける仕組みがわかる。この二つの図だけでも、ローター制御の基本が多少はわかった気になれる。

 現在の米軍は世界で最もヘリコプターをコキ使う組織だが、最初にヘリコプターの軍事的な利用価値に注目したのが海兵隊というのも面白い。核攻撃に対抗するためには一箇所に大兵力を結集するわけにはいかず、小兵力を分散して配置し、高速で移動して橋頭堡を確保しなければならない。徒歩で山や谷を越えていては間に合わないため、地形の制約を受けずに高速移動できるヘリコプターが注目された、という次第。

 ヘリコプターの利用は軍事に限らず、民間でも救急医療や災害救助で活躍している。変わったところではロサンゼルスの報道ヘリで、警察と凶悪犯のカーチェイスの映像を撮る為に飛び回る、若く野心的なヘリコプトリアンの紹介が印象的だった。残念ながら伸び悩んでいるのは旅客運送で、騒音とコストがネックになっている模様。

 エンジンがレシプロのピストン・エンジンからガスタービンに変わってパワーと燃費は格段に向上したものの、未だ乗りあいバスに比べれば1桁以上も費用は高い。都市部では騒音も問題で、エンジンは改良できても、渦を切り裂くローター・ブレードが起こす音の軽減は難しい。人が空を自由に飛び交う時代は、残念ながらもう少し先の話のようだ。

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2010年8月 2日 (月)

マイケル・クライトン「タイムライン 上・下」ハヤカワ文庫NV 酒井昭伸訳

「この馬鹿が。いずれ地獄に突き落としてくれる。」

 現代の歴史学科教授と学生たちが、タイムマシンで中世のフランスに赴き、英仏戦争の真っ只中で遭難する、娯楽アクション・サスペンス。

 文庫本で上下、ともに450頁ほど。酒井氏の訳は翻訳調の洒落た香りを残しつつも、日本語としての読みやすさも兼ね備えている。波乱に富んだストーリーも手伝って、読み始めたら一気に読める。

 エドワード・ジョンストンは老齢の歴史学教授だ。弟子達を引き連れ、フランスで14世紀の城砦や修道院の発掘調査をしている。助教授のアンドレ・マレクは中世オタクで、当時の複数の言語を流暢に話す。休日には騎士の嗜みとして、馬に跨りランス(槍)の訓練に励む。クリス・ヒューズは中世の科学史専攻の学生。女好きで女性がらみのトラブルが絶えない。ケイト・エリクソンは建築学から歴史学に編入した学生。登山に親しみ、発掘調査中の今も近所の岸壁に挑戦している。

 彼らのスポンサーは新興ハイテクク企業のITC。ある日、教授のジョンストンがスポンサーに呼ばれ、そのまま音信不通となる。教授不在のまま発掘調査を続けるメンバーは、「あるはずのないもの」を発掘する。ジョンストン教授の眼鏡のレンズ、羊皮紙に書かれた現代英語のメッセージ「Help Me」。ITCに呼ばれたマレクたちは、教授を救援するため、14世紀のフランスに出かけ…

 現代科学から一歩だけ進んだテクノロジーを巧みに物語にはめ込むマイケル・クライトンが、今回の素材に選んだのは量子力学と実践歴史学。大仕掛けの量子力学は胡散臭さプンプンだが、現代のホットな技術を上手に煙幕に使い、なんとなく納得させてしまう。とまれこの辺は別に理解しなくても物語りの面白さには大きく影響しないので、わからなければ無視して結構(解説の菊池誠さん、ごめんなさい)。私が面白いと思ったのは実践歴史学で、これは当時の技術で当時の道具を再現し、実際に使ってみようというもの。上巻でマレクが披露する、決闘用のランスの訓練は、ワイルドな中世の雰囲気をよく表現している。また、エルシー・カストナーが披露する筆跡鑑定の薀蓄も、いかにもクライトンらしい。

 上巻は様々な薀蓄で読者の興味を曳きつけつつ、物語が走り始めるのは下巻。14世紀のフランスに飛ばされたマレクたち救援チームは早速トラブルに見舞われて、帰還が危うくなる。目標のジョンストン教授を探すうちに地元領主と侵略軍の争いに巻き込まれ、囚われたマレクとクリスは騎士のトーナメント(騎馬試合)に出場する羽目に。以後、チーム・メンバーの救出や追っ手との競争、隠し通路の探索などお約束のアクションが連発し、規模がエスカレートしていく。
 そういったアクションで物語をひっぱりつつ、要所に薀蓄をはさむのがクライトンの魅力。中世の衣装の詳細から着方、粉をひく水車小屋の構造、騎士の試合風景、城砦の役割、農具と種まきの模様、各種兵器と攻城方法など、好きな人には嬉しいトリビアが詰まっている。

 最初からハリウッドでの映像化を意識していたのか、いかにも絵になりそうなシーンも多いが、「ああ、ここは予めカットされるのを覚悟してたのかな」と感じさせる場面もある。あまし難しいことは考えず、娯楽作として楽しみつつ、少しだけ賢くなった気分も味わえる、いつものクライトンでありました。

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