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2010年7月 3日 (土)

チャールズ・ストロス「アッチェレランド」早川書房世界SFノベルズ 酒井昭伸訳

 なんという俺得。ポスト・サイバーパンク風ワイドスクリーン・バロック。Jargon File の語彙で書かれた「幼年期の終わり」。21世紀のアルフレッド・ベスターが書く銀河ヒッチハイクガイド。デジタル世代のノウンスペース・シリーズ。

 アクの強いチャールズ・ストロスの作品の中でも、これは最もトンガってる。ストロス流のクセの強い文体に加え、専門用語が頻発する文章で、ハードカバー二段組で500頁を越えるボリューム。普通の人は最初の数頁で根を上げるだろう。相当にSFを読み込んでて、かつ特殊な方面のコンピュータ用語に詳しくないと、意味不明な用語が頻発してくる。インスタンスだのスレッドだのと言われてピンとくるのはプログラマぐらいで、モート人がわかるのは相当な年寄りのSFマニアだ。これが単なるお遊びなら雰囲気で読み飛ばせばいいんだけど、一部は重要なネタに絡んでるからタチが悪い。こんなもん誰が喜ぶんだと思うんだが、なぜかローカス賞を受賞してる。私みたいな変態って、意外と多…あ、いや、つまり、その、そういう変態の世界に興味がある人向けの、カレーで言うなら激辛かつ大盛りって事で。

 お話はシンギュラリティ・テーマ。「ムーアの法則に沿って演算能力を上げたコンピュータの進歩がある一点を突破した時、劇的な変化が起こるだろう」という仮説に基づき、シンギュラリティへのカウントダウンと突破、そしてシンギュラリティの向こう側を、ある一族の世代交代と並行して描いている。同時に舞台も地球→太陽系→銀河へと、大きくスケールアップしていき、それぞれにとんでもない知性体のゲストが出演する。物理的に大きく広がっていく点がサイバーパンクとの大きな違いで、その点では、いにしえのスペース・オペラに近い。

 全体は三部構成。第一部の離昇点は、Free Software Foundation の体現者マンフレッド・マックスを主人公に、シンギュラリティへ向けて変化を加速させようとする人々を描く。マックス君のネット中毒ぶりは身に沁みる。旧来の著作権を出し抜く案は、やたら痛快。
 第二部の変曲点は、マックスの娘アンバーを主人公に物語が進むが、その背景で、様々な形でヒトは太陽系へ進出していく。ラリィ・ニーヴンのリングワールドを越えた、馬鹿すれすれのマトリョーシカ世界創造が楽しい。
 第三部の特異点では、アンバーの息子サーハンを中心に、銀河への進出が描かれる。しかし銀河に進出しても、相変わらずヒトは痴話喧嘩を繰り広げているわけで、なんだかなあw

 第三部で描かれる世界は「なんでもあり」のユートピアそのもので、「人生が二度あれば」どころの話じゃないんだが、なぜか雰囲気はギスギスしてるのが可笑しい。どうにもヒトという情報モデルには根本的な欠陥があるんじゃなかろうか。釈迦にデバッグしてもらった方がいいのかも知れない。でも、そうしたら、一気にシンギュラリティを迎えちゃいそう。

 ああそう、"アッチェレランド"でググると、これとは別の魅力的なナニがトップにきますが、アレとコレは特に関係ないんで、そこんとこは誤解なきよう。…って書いてて気がついたけど、第三部の世界って、本気で「長門は俺の嫁」が実現できるよね。早くこいこい特異点。

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