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2010年7月28日 (水)

菅浩江「プリズムの瞳」東京創元社

 菅浩江の底意地の悪さが見事に炸裂したSF連作短編集。一見ロマンチックで甘い衣に包んだ強烈な毒は、イーガンやレム、またはJ.P.ホーガンなど「まっとう」なSFを読み慣れたすれっからしにこそ、強烈な衝撃を与える。

 ソフトカバー340頁。文章は菅浩江にしてはやや硬い感触があるが、その気になれば軽く読み飛ばせる…ただ、どうにも読み飛ばす気になれないんだ、この作品集は。テーマを考えれば、文章の硬さも意図したものである可能性が捨てきれないのが、彼女の怖いところ。

 近未来。医師や設計など、専門技能を必要とする市場を狙った人型ロボットPシリーズは、当初は歓迎されたものの、やがて人々の反発を招き、廃れてしまった。行き場を失ったPシリーズは残存種(レリクト)と呼ばれ、絵を描きながら放浪している。

 元々が特定分野の専門技能をセールスポイントとするPシリーズは、絵心があるわけでもなく、その作品に特別な魅力があるわけでもない。人との会話も機械的であり優雅とは言いがたく、特に相手を和ませるわけでもない、どころか機械的な対応は相手を苛立たせることが多く、それがPシリーズの失敗の原因でもある。

 昼下がりの公園で、自然農法の農園で、老人ホームで、病院で、Pシリーズは絵を描き続ける。彼氏の気持ちを確かめたい女性が、やり場のない怒りを抱えた若者が、のし上がる野望を秘めたチンピラが、Pシリーズの瞳を覗き込む。

 表紙がいかにも「女性向け」な雰囲気だし、書名もロマンチックで可愛らしい。ガジェットもいわゆる理系的な描写は少なく、仮に出てきても読み飛ばして結構。けれど、扱うテーマは根源的で深遠な、SFでなければ書けない、SFの王道真正面の問題に挑んでいる。ある意味、イーガンが好んで描く「人の業」と似たテーマではあるものの、菅浩江が突きつけるテーマは、多くのSFファンに居心地の悪い感情を呼び起こす。その居心地の悪さこそが近年の彼女の本領であり、私が彼女の作品を漁る魅力でもある。まったく、とんでもない作家を日本のSF界は抱え込んじまったもんだよなあ。

 ロボットの研究は同時に人間の研究でもあり、ヒトが何をどう感じどう解釈しているのかを、論理的に分解して再構築する作業でもある。研究者はその過程でヒトの正体を知る事が出来るが、一般ユーザの我々がそれを実感するのは難しい。この作品は、研究者達が思い知る(または今後思い知るであろう)人間の正体を、菅浩江なりに予想したレポートとも言える。同時に、ロボットが商品として成功するために克服しなければならない、切実で重大な問題も提起している。

 かつて、MYCIN という感染症診断治療支援エキスパートシステムがあった。誤診率は大抵の医師より低かったにも関わらず、あまり普及しなかった。医師は患者の命を預かっており、診断には重大な責任が伴う。医師は、重い責任を伴う判断を、コンピュータに預ける気になれなかった。性能に問題があったわけではない。医師が感情的に受け入れられないため、普及しなかったのだ。

 明らかに王道正面のSFであるにも関わらず、どうにも悪口が先行してしまうのは、見てくれと内容の落差が大きすぎるからかも。いかにも綺麗で口当たりのいいチョコレートケーキみたいな雰囲気なのに、実は最後の一行まで気の抜けない仕掛けに満ちている。つくづく意地の悪い作家だと思う。

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