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2010年7月29日 (木)

高井三郎「第四次中東戦争 シナイ正面の戦い」原書房

 素人向けじゃない。恐らく想定読者は自衛官、特に陸上自衛隊、またはそれに準ずる知識を持つ人。内容は書名どおり、第四時中東戦争のシナイ半島での、イスラエルとエジプトとの戦いの概要を、陸戦中心にまとめた資料。素人の私は想定読者から外れるわけで、適切な評価はできません、と予めお断りしておく。

 ハードカバー横組みの一段組みで本文220頁+付録。専門家むけの内容のわりに、文章自体はこなれている。が、いかんせん内容が専門的で多くの前提知識を要求するんで、素人が読みこなすのは流石に無理。戦場の部隊配置の地図を見て、ある程度の状況が把握できる人向け。

 内容は。まず消耗戦争など開戦前の国際情勢などを駆け足で解説。ついで開戦前夜のエジプト・イスラエル相互の戦闘計画や能力・配置・陣の様子、地勢やなどをじっくり記述して、相互の条件を明らかにする。以後はエジプト軍の攻撃開始から壊走するイスラエル軍の様子、第一次停戦、イスラエルの反撃から第二次停戦まで、戦場を中心に描いてる。記述は交戦したどちらかに偏らず、エジプト側・イスラエル側の双方にまんべんなく注がれている。資料収集が困難であろうエジプト側の資料の充実ぶりには驚いた。立場が立場とはいえ(奥付を見ると、著者は81年当時は陸上自衛隊の二等陸佐で、幹部候補生学校教育部)、よく集めたものだと感心する。陸自の方らしく視点は陸軍が中心で、空軍は支援的な役割で記述されている。

 と、素人には歯応えがありすぎる本だが、文章を理解するのを諦めてしまえば、実は結構楽しめる。とにかく図版や写真が多くて充実しているんだ。戦車や兵員輸送車などのイラストも楽しいが、見所は写真。どういうルートで入手したのか、素人目にも貴重ぶりが想像できる写真が多い。モノクロで解像度が荒いのが欠点だが、紙質や価格を考えれば仕方がないか。例えば。

  • パーレブライン構築前と構築後の東海岸の航空写真
  • パーレブライン上のイスラエル軍拠点の断面図
  • エジプト軍の対空ミサイルSA2の発射時の航空写真
  • イスラエル軍の火砲と、それを攻撃するミグの機影
  • エジプト軍の対空ミサイルがイスラエル空軍のスーパーミステールを撃墜する瞬間
  • 会議中のイスラエル軍のエラザール参謀総長とゴネン軍司令官
  • シャロン師団長自筆の渡河作戦計画図
  • エジプト軍がイスラエル軍の戦車から鹵獲した作戦地図
  • イスラエル空軍のガンカメラが撮影した炎上するミグ21

 …どう考えても民間の従軍記者が撮影したものじゃない。エジプト・イスラエル両軍から提供された写真だろう。

 最終章近辺で記述があるが、エジプト・イスラエル両政府とも、「いつ、どんな状態で停戦するか」を念頭において作戦計画を立て、実行しているのには感心した。米ソをはじめ世界中が停戦圧力をかけているという国際情勢があり、双方の政府ともそれを計算に入れて、「こういう状態なら有利な停戦条件を獲得できる」と冷静に考えている。アラブ側は「とにかく一発ガツンとやりゃいいんだよ」的な勢いに流されがちと思い込んでいたんで、大きく見直した。

 鳥井順氏の「中東軍事紛争史」が第四時中東戦争の直前で終わっていたために、適当に選んだ本だったが、そっちはアブラハム・ラビノビッチの「ヨム・キプール戦争全史」が詳しいとの事なので、機会があれば漁ってみようと思う。

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