海堂尊「ジェネラル・ルージュの凱旋」宝島社
「チーム・バチスタの栄光」「ナイチンゲールの沈黙」に続く、東城大学付属病院を舞台にした医療ミステリ、通称「田口・白鳥シリーズ」の第三弾。未読の人は、できれば前作を読んでからの方がいい。登場人物の性格や経歴が、より明確にわかる。特に「ナイチンゲールの沈黙」は、同時期に起きた二つの事件を扱っていて、同じ作品の上下巻に近い関係にある。
ハードカバーで380頁、挑発的な比喩が多いが、文章もまあ悪くない。医療現場の専門用語が頻発するけど、ノリが大事な娯楽作(少なくともそういう体裁を取っている)なので、わからなければ適当にトバして読もう。
今回はジェネラル・ルージュこと、救急救命センター部長の速水が主役で、怪人白鳥すら片隅に追いやられる。全般に強引な展開が多いが、速水の魅力が無茶を押し通す原動力になっている。彼を気にいるか否かが作品の評価を決めるだろう。速水ファ ンのために用意された作品と言っていい。
この速水、わたしたち素人が思い浮かべる救急の指揮官の理想そのもので、とにかくカッコいい。独断専行でその場を仕切り、迅速果断に適切な判断を下す。目前の患者を 救うためなら融通無碍に組織の力学を無視し、それを自然と周囲に納得させてしまう。力強く勇敢で賢い、多くの人が憧れる理想のリーダーで、看護士にモテモテ。 ああ悔しい。何故か常にチュッパチャップスを咥えているけど、それも女性からは「ソコが可愛いんじゃない!」と、チャーム・ポイントになるんだろうなあ。 ああ、人生って不公平。
そんな速水と特定業者の癒着を告発する文書が、田口の元に届く。院内で安穏と昼行灯を決め込んでいた田口は、面倒を避けるために院長に預けようとする。しかし立場上の弱みもあり、否応無しに事件に巻き込まれ、田口に恨みを抱く面々との対決を余儀なくされる。
前二作はやや鬱々としたシーンが多く、それが前半のたるみを感じさせたが、今回は主役の速水のせいか疾走感・躍動感が全編に満ちている。その分、怪人白鳥の登場の衝撃が弱まってしまうのは、まあ仕方がないか。前二作なら白鳥がブルドーザーよろしく場を破壊するはずのシーンでも、速水がスポットライトをかっさらてしまう。それだけではあきたらず、クライマックスでも駄目押しの如く速水の独壇場が用意され、胸のすく活躍を見せる。
「なんで速水が独身なの?」とか「いやあの能力はオカルトだろ」とか「同じ場所で事件が起き過ぎじゃね?」とか、ご都合主義っぽい所は、確かに多いが、それがこの作品の娯楽性を高めてもいる。ライトノベル的なノリで楽しむのが吉。この作者らしい医療現場の問題提起もなされていて、今回のテーマは救急医療と採算。前作「ナイチンゲールの沈黙」の小児科とあわせ、説教臭くならない程度に触れられている。作者お得意のオートプシー・イメージングも、少しだけ登場する。
当作品の後は「螺鈿迷宮」に続く。今作で少しだけ顔を見せた氷姫こと姫宮が、やっと活躍します。
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