鵜浦裕「進化論を拒む人々 現代カリフォルニアの創造論運動」勁草書房
合衆国における、「公立学校では創造論を教えるべきだ」とする人たちと、「いやソレ科学じゃないし」と排斥しようとする人達の、争いの報告。創造論そのものの是非には敢えて触れず、人々の争う様子に焦点を絞ったノンフィクション。現代アメリカにおける進化論の危機的状況、創造論者の執拗さ加減とその戦術の分析など、参考になる点は多い。
ハードカバーながら一段組みで200頁ちょいと容量は手軽で、難解になりがちな法的論争の内容も、著者がなるべく平易な言葉で説明しようとしているため、すんなり読み通せる。テーマも真面目だし、夏休みの読書課題に悩む中高生にはいいかも。但し、その後の平和な生活は保障できないけど。
予め私の姿勢を明確にしておく。「あらゆる創造論は世迷言、学校で教える価値はない…空飛ぶスパゲッティモンスター論(Flying Spaghetti Monsterism, 略して FSM)を除いて」って立場。FSM はむしろ積極的に教えてもいいと思う、イカサマに対する免疫をつけさせるためにも。
序盤で米国の熱心なキリスト教徒の社会的なパワーの強力ぶりを示し、彼らにとって進化論が信仰を揺るがす重大な問題なのだ、と述べる。信仰こそが道徳の拠ってたつ基礎なのであり、それを揺るがす進化論は到底受け入れられないのだ、と。「公立学校の教育はヒトの起源をどう教えるべきか」というアンケートの結果が恐ろしい。
ダーウィン進化論を教えるな 18%
進化論と創造論の両方を教えるべき 47%
問題を避けるためヒトの起源は教ない 8%
創造論は不要、進化論だけを教えろ 27%
創造論のみ(18%) | 両方(47%) | 避けろ(8%) | 進化論のみ(27%) |
なんとまあ、積極的にダーウィン進化論を支持する声は3割に満たない。ただ州により勢力は違うそうで、東部ではリベラルな進化論が優勢、南部では創造論が優勢、拮抗しているのがカリフォルニアだそうだ。この本の舞台がカリフォルニアなのもそういう理由で、現在の激戦区であるため。
著者は進化論者の戦術の杜撰さにも容赦ない。1920年代のスコープス裁判など進化論側の勝利とされた事例の内幕も暴き、進化論側の作戦の杜撰さを明らかにする。またカリフォルニア州の創造論大学院取り潰し事件で、進化論を支持して大学院を潰そうとした州教育長の苦戦も苦い。創造論を支持する教員への嫌がらせなど、小さなエピソードも紹介している。「じゃあ逆はないの?」という疑問も湧くんだけどね。
連邦裁判所では「科学の時間に創造論を教えちゃダメ」と結論が出た。しかし最後に近い四章では、群などの地方に戦場を移して巻き返しを図ってる創造論者の模様を紹介している。創造論者は全米によく組織されており、全国から有力な論客を招くのに対し、進化論者は組織が貧弱で地元の者が対抗するため劣勢になりがちだそうだ。創造論の候補者が正体を隠して選挙に臨むステルス・アタックや、他の政策と抱き合わせで創造論を通そうとする戦術も怖い。
他にも創造論の様々な派閥、創造の一日を地質学的な長期間と解釈するオールド・アース派、宇宙の歴史を4千年~一万年とするヤング・アース派、賢い誰かさんが進化を促したとするインテリジェント・デザイン(ID)論なども紹介している。ID論は聖書が表立ってない分、タチが悪い。手を変え品を変え、しつこいと言うかあざといと言うか。
中央から地方に戦場を移す手口は、最近になって国会から地方議会に戦場を移した児童ボルノ規制派と似ている。もはや日本でも他人事ではない。
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店 酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳(2023.12.01)
- 「アメリカ政治学教程」農文協(2023.10.23)
- ジャン・ジーグレル「スイス銀行の秘密 マネー・ロンダリング」河出書房新社 荻野弘巳訳(2023.06.09)
- イアン・アービナ「アウトロー・オーシャン 海の『無法地帯』をゆく 上・下」白水社 黒木章人訳(2023.05.29)
コメント