池上永一「テンペスト 上・下」角川書店
誰が言ったか琉球版「ベルサイユのばら」。または「火の鳥」琉球編。
ハードカバー二段組で上下巻とも400頁を超えるボリュームでありながら、読み始めたら止められない止まらない。通勤電車の中で読むには危険な本。
19世紀の琉球王国。清と薩摩藩の二重支配を綱渡りで独立を維持してきた琉球に、西欧の帝国主義の嵐が押し寄せる苦難の時代。原色あでやかな琉球を舞台に繰り広げられる、絢爛豪華な王宮絵巻。
幼女の身で和文漢文に加え欧州5ヶ国語を操る天才少女・真鶴が主人公。救国の熱意に燃える彼女は、宦官と偽って男性名・寧温を名乗り、高級官僚への難関試験・科試に挑み見事突破、王のお眼鏡に適い要職につく。王の期待と時代の激変もあり、王宮の財政再建・英国船の漂着・後宮の勢力争いなど、次々と難問がふりかり、やがては琉球王国存亡をかけた外交問題に立ち向かう羽目に…。
レキオスやシャングリ・ラに連なる、池上永一のノンストップ・エンタテイメント、ただしオカルトは控えめ。いっそ漫画と言っていいほどの危機また危機が続くストーリーもさることながら、やぱり彼の作品の一番の魅力はアグレッシブで自分勝手でエネルギッシュな人間いや怪人たち。優れた才能を持つ若い女性の主人公が、怪人たちの巻き起こす騒動に巻き込まれ翻弄されながらもしたたかさを獲得していく、というのが彼のお得意のパターン。男たちが妙に脆くて情けないのに対し、女がしぶとく執拗でたくましいのも、彼の作品の特徴のひとつ。
兄の嗣勇は父の期待に沿うため科試の勉強に励むが、出来はイマイチ。実は踊りが好きで才もあり、色で権力者に取り入っては妹のために尽くす。
真鶴の最初の師ベッテルハイムは13カ国語を操る才人、医師であり宣教師。切支丹はご法度の時代、外出時は「問診に行く」と言えば問題ないのに、わざわざ「布教に出る」と宣言しては門番に止められ「無体だ~」と騒ぐ。
寧温のライバルで親友の朝薫は、ソツのない気のいいヤツ。正体を隠した寧温に惹かれながらも、「うああ俺はノーマルだぁ~」と悩む。
同門の多嘉良は酒好き。「酔いが回らないから名文がかけない」とうそぶきながら、幼くして父を失った主人公を暖かく見守る。
薩摩藩士・浅倉雅博。真鶴には恋心を、寧温には尊敬と友情を抱きながら、立場の違いで想いがすれちがう。実直と思わせておいて、案外と手は速いw
男性陣がやもすれば情けない連中なのに対し、女性陣は欲望に忠実でいっそ清々しい。
女官大勢頭部は巨体で女官を統べ、御内原を仕切って寧温に対抗する。
王妃は清に働きかけ、王子を世継ぎにすべく陰謀をめぐらす。
幼いながらエロ質問で周囲を困惑させ、厄介払いで宮中に追い払われた思戸は、主人公に励まされなりふり構わず出世の階段を駆け上がる。
名門出身の真美那は才色兼備で度胸も満点、陰謀渦巻く御内原で主人公への友情を隠さぬ天真爛漫さを示すかと思えば、旺盛な好奇心を満たすために家名の利用も厭わなぬしたたかさを併せ持つ。
そんなクセ者ばかりの中でも圧倒的な存在感を示すのが、悪役の聞得大君。自分勝手で傲岸不遜、蹴落とされても蹴落とされても持ち前の神通力と生命力でゾンビの如く復活しては、主人公の前に立ちはだかる。
先のシャングリ・ラでは地球温暖化で東京を沖縄にするという荒業を使ってまで沖縄に拘る彼が、その鬱屈を晴らすかの様に書き込んだ濃厚な琉球の華美で彩色豊かな風景もまた魅力。
とはいえ、掲載誌(野生時代)のせいか、彼お得意の破天荒な仕掛けと、殺しても死なないオバァが控えめなのは少し不満。こっちの方が売れるのは間違いないけど、やっぱり思いっきり馬鹿をやらかして欲しかったなあ。ベッテルハイムには期待したのに←何をだ
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