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2010年7月 4日 (日)

宮部みゆき「スナーク狩り」光文社文庫

 おっさんは、生きてきた。ショボくてさえなくてお人よしに見えるけど、結構苦労してんのよ、これでも。

 物語は結婚式場に散弾銃を持つ美女、関沼慶子が潜入するシーンから始まる。彼女が異様な行動に出た理由とその結末が序盤の山場。次のシーンは上野の呑み屋で釣具店に勤める男二人、若い佐倉修二とオッサン織口邦男が一杯ひっかけるシーン。若い同僚に「お父さん」と親しまれる織口が、珍しくあからさまに別の同僚の女性と修二の仲を取り持とうとする。

 文章の読みやすさは抜群。読者を引き込む力も初期のスティーヴン・スピルバーグ並で、開幕直後から関沼慶子のブラコンぶりの描写、中でも妹が兄を振り回す様子などは宮部節が全開で炸裂し、一気に引き込まれてしまう。こういう「2ちゃんの鬼女板」的な人間関係を書かせたら、この人は実に巧い。特に巧いのはオッサンとオバハンの造形。「あー、いるよね、こういうオバハン」と、ついつい頷いてしまう。 この作品も、若く鮮やかな美女・慶子の衝撃的な登場で幕をあけるが、話が進むに従って彼女は脇に追いやられ、ショボくて優柔不断で冴えない、けど優しいオッサン織口が、スポットライトを攫っていく。

 他にも魅力的なオッサンが登場する。マザコンの妻と支配的な義母に振り回されるお人よしの月給取り、神谷。人当たりは穏やかだがしたたかな古参刑事、桶川。息子の決意を促す佐倉修二の父親の懐の深さも、少ない出番で鮮やかな印象を残す。

  「お前は間違ったって人間のクズなんかにはならねえよ。
   何があったって、他人様に迷惑をかけるような人間にはならねえ。
   それは俺が保障してやる。」

 父親の啖呵としちゃ、これほどカッコいい台詞は滅多にあるまい。

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