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2010年7月の27件の記事

2010年7月31日 (土)

柴田錬三郎「岡っ引どぶ」講談社文庫

 大江戸ハードボイルド捕物帖の三中篇。文庫本で580頁超だが、文章は読みやすく、あっさりと読み終えてしまった。

 住所不定でその日暮らし、女好きだが不細工でイマイチモテず、それでもめげずにコナかけまくる。飲む打つ買うの三拍子、裏社会はお手の物で悪投共にも顔が利く。度胸もあれば腕も立つ、地べたはいずり証拠を探す。しかし「どぶ」って名前は酷すぎるだろw
 相方は与力の旗本、町小路左門。盲目の美青年で腕は抜群。頭脳明晰にして性格は怜悧。屋敷に居ながら大江戸の全てを見通す智恵者。
 この二人が組んで、江戸の町を騒がず謎を解き、大名旗本の悪を暴く。

名刀因果
三河譜代の近藤右京亮友資の用人・佐倉より左門に依頼が来た。近藤家に伝わる名刀・大盗正宗を隠れて守って欲しい、と。将軍家斉が職を家慶に譲るにあたり、祝賀の品として大盗正宗を所望されたのだ。近藤家は怨霊屋敷と呼ばれている。当主友資は齢六十を終えているが、二十年前に乱心している。長男の市之助は三十を過ぎているが、いまだ子供並の知能しかない。娘の雪は絶世の美女でだが、あいにくと盲目である。依頼を受けたどぶは近藤家に忍び込み…
どぶ・左門・治郎吉・小夜など、以降でも活躍するレギュラーの紹介も兼ねた登場編。登場していきなり5人のつけ馬相手に大立ち回りを演じるどぶの、いかにも荒んだ、けれど妙にセコくて抜けた雰囲気は愛嬌がある。
白骨御殿
花火見物に出かけたどぶは、奇妙な土左衛門を見つける。比較的新しいが、ところどころ白骨化していて、顔の目や鼻や耳はなくなっている。翌朝、左門の屋敷を訪ねる途中で、どぶは酔ったように夢見心地の女形、中村菊也に出会う。菊也を探るどぶは、将軍のご息女にたどり着き…
ただの岡っ引が、端女の娘とはいえ将軍ご息女が抱える謎に挑む潜入活劇。潜入後、謎を追うに従ってお話と仕掛けがエスカレートしていく急展開はサービス満点。ダイナミックなクライマックスなど、映像化した際に、最も映える一編だろう。
大凶祈願
江戸で流行る犬神様信仰。ただの縁起担ぎならともかく、鬼門云々で引越しまでする輩が続出し始める。元締めらしき「お犬の方さま」をの霊廟を叩き潰したどぶだが、その背景に元若年寄の土井但馬守光貞がいるらしいと示唆される。霊廟の土地を提供したのが光貞なのだ。光貞は利殖に長け、莫大な資産を築き上げた。彼の屋敷へ潜入したどぶは、連続する怪異に巻き込まれる。
綱吉時代の生類憐みの令を揶揄し、返す刀でたたりなどの迷信もバッサリ切り捨てる序盤から心地よい。そのためか、中盤以降に現れる怪異は、ホラーというよりミステリーの味わいが濃くなっている。

 柴田錬三郎を読むのは初めてなんで、とりあえず一冊で完結している作品を選んだんだが、彼が得意とする作風とは違う方向性なのかも。

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2010年7月29日 (木)

高井三郎「第四次中東戦争 シナイ正面の戦い」原書房

 素人向けじゃない。恐らく想定読者は自衛官、特に陸上自衛隊、またはそれに準ずる知識を持つ人。内容は書名どおり、第四時中東戦争のシナイ半島での、イスラエルとエジプトとの戦いの概要を、陸戦中心にまとめた資料。素人の私は想定読者から外れるわけで、適切な評価はできません、と予めお断りしておく。

 ハードカバー横組みの一段組みで本文220頁+付録。専門家むけの内容のわりに、文章自体はこなれている。が、いかんせん内容が専門的で多くの前提知識を要求するんで、素人が読みこなすのは流石に無理。戦場の部隊配置の地図を見て、ある程度の状況が把握できる人向け。

 内容は。まず消耗戦争など開戦前の国際情勢などを駆け足で解説。ついで開戦前夜のエジプト・イスラエル相互の戦闘計画や能力・配置・陣の様子、地勢やなどをじっくり記述して、相互の条件を明らかにする。以後はエジプト軍の攻撃開始から壊走するイスラエル軍の様子、第一次停戦、イスラエルの反撃から第二次停戦まで、戦場を中心に描いてる。記述は交戦したどちらかに偏らず、エジプト側・イスラエル側の双方にまんべんなく注がれている。資料収集が困難であろうエジプト側の資料の充実ぶりには驚いた。立場が立場とはいえ(奥付を見ると、著者は81年当時は陸上自衛隊の二等陸佐で、幹部候補生学校教育部)、よく集めたものだと感心する。陸自の方らしく視点は陸軍が中心で、空軍は支援的な役割で記述されている。

 と、素人には歯応えがありすぎる本だが、文章を理解するのを諦めてしまえば、実は結構楽しめる。とにかく図版や写真が多くて充実しているんだ。戦車や兵員輸送車などのイラストも楽しいが、見所は写真。どういうルートで入手したのか、素人目にも貴重ぶりが想像できる写真が多い。モノクロで解像度が荒いのが欠点だが、紙質や価格を考えれば仕方がないか。例えば。

  • パーレブライン構築前と構築後の東海岸の航空写真
  • パーレブライン上のイスラエル軍拠点の断面図
  • エジプト軍の対空ミサイルSA2の発射時の航空写真
  • イスラエル軍の火砲と、それを攻撃するミグの機影
  • エジプト軍の対空ミサイルがイスラエル空軍のスーパーミステールを撃墜する瞬間
  • 会議中のイスラエル軍のエラザール参謀総長とゴネン軍司令官
  • シャロン師団長自筆の渡河作戦計画図
  • エジプト軍がイスラエル軍の戦車から鹵獲した作戦地図
  • イスラエル空軍のガンカメラが撮影した炎上するミグ21

 …どう考えても民間の従軍記者が撮影したものじゃない。エジプト・イスラエル両軍から提供された写真だろう。

 最終章近辺で記述があるが、エジプト・イスラエル両政府とも、「いつ、どんな状態で停戦するか」を念頭において作戦計画を立て、実行しているのには感心した。米ソをはじめ世界中が停戦圧力をかけているという国際情勢があり、双方の政府ともそれを計算に入れて、「こういう状態なら有利な停戦条件を獲得できる」と冷静に考えている。アラブ側は「とにかく一発ガツンとやりゃいいんだよ」的な勢いに流されがちと思い込んでいたんで、大きく見直した。

 鳥井順氏の「中東軍事紛争史」が第四時中東戦争の直前で終わっていたために、適当に選んだ本だったが、そっちはアブラハム・ラビノビッチの「ヨム・キプール戦争全史」が詳しいとの事なので、機会があれば漁ってみようと思う。

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2010年7月28日 (水)

菅浩江「プリズムの瞳」東京創元社

 菅浩江の底意地の悪さが見事に炸裂したSF連作短編集。一見ロマンチックで甘い衣に包んだ強烈な毒は、イーガンやレム、またはJ.P.ホーガンなど「まっとう」なSFを読み慣れたすれっからしにこそ、強烈な衝撃を与える。

 ソフトカバー340頁。文章は菅浩江にしてはやや硬い感触があるが、その気になれば軽く読み飛ばせる…ただ、どうにも読み飛ばす気になれないんだ、この作品集は。テーマを考えれば、文章の硬さも意図したものである可能性が捨てきれないのが、彼女の怖いところ。

 近未来。医師や設計など、専門技能を必要とする市場を狙った人型ロボットPシリーズは、当初は歓迎されたものの、やがて人々の反発を招き、廃れてしまった。行き場を失ったPシリーズは残存種(レリクト)と呼ばれ、絵を描きながら放浪している。

 元々が特定分野の専門技能をセールスポイントとするPシリーズは、絵心があるわけでもなく、その作品に特別な魅力があるわけでもない。人との会話も機械的であり優雅とは言いがたく、特に相手を和ませるわけでもない、どころか機械的な対応は相手を苛立たせることが多く、それがPシリーズの失敗の原因でもある。

 昼下がりの公園で、自然農法の農園で、老人ホームで、病院で、Pシリーズは絵を描き続ける。彼氏の気持ちを確かめたい女性が、やり場のない怒りを抱えた若者が、のし上がる野望を秘めたチンピラが、Pシリーズの瞳を覗き込む。

 表紙がいかにも「女性向け」な雰囲気だし、書名もロマンチックで可愛らしい。ガジェットもいわゆる理系的な描写は少なく、仮に出てきても読み飛ばして結構。けれど、扱うテーマは根源的で深遠な、SFでなければ書けない、SFの王道真正面の問題に挑んでいる。ある意味、イーガンが好んで描く「人の業」と似たテーマではあるものの、菅浩江が突きつけるテーマは、多くのSFファンに居心地の悪い感情を呼び起こす。その居心地の悪さこそが近年の彼女の本領であり、私が彼女の作品を漁る魅力でもある。まったく、とんでもない作家を日本のSF界は抱え込んじまったもんだよなあ。

 ロボットの研究は同時に人間の研究でもあり、ヒトが何をどう感じどう解釈しているのかを、論理的に分解して再構築する作業でもある。研究者はその過程でヒトの正体を知る事が出来るが、一般ユーザの我々がそれを実感するのは難しい。この作品は、研究者達が思い知る(または今後思い知るであろう)人間の正体を、菅浩江なりに予想したレポートとも言える。同時に、ロボットが商品として成功するために克服しなければならない、切実で重大な問題も提起している。

 かつて、MYCIN という感染症診断治療支援エキスパートシステムがあった。誤診率は大抵の医師より低かったにも関わらず、あまり普及しなかった。医師は患者の命を預かっており、診断には重大な責任が伴う。医師は、重い責任を伴う判断を、コンピュータに預ける気になれなかった。性能に問題があったわけではない。医師が感情的に受け入れられないため、普及しなかったのだ。

 明らかに王道正面のSFであるにも関わらず、どうにも悪口が先行してしまうのは、見てくれと内容の落差が大きすぎるからかも。いかにも綺麗で口当たりのいいチョコレートケーキみたいな雰囲気なのに、実は最後の一行まで気の抜けない仕掛けに満ちている。つくづく意地の悪い作家だと思う。

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2010年7月27日 (火)

ジョン・パドニー「スエズ レセップスの運河」フジ出版社 弓削善治訳

 スエズ運河建設から現代に至る、政治・外交・経済面に焦点をあてた、19世紀のプロジェクトX。中東戦争に興味を持ったついでに読んだ本だが、意外な拾い物だった。こういうのがあるから図書館通いは止められない。

 ハードカバー一段組み本文390頁。一見威圧的に見えるが、訳文は日本語としてこなれていて、翻訳物にありがちな不自然さは全くない。19世紀の外交文書を多く引用しているため、やや古めかしく感じる部分もあるが、それが格調をかもしてもいる。表紙をはじめ随所に掲載されているエドワール・リュウの挿絵の魅力も手伝って、物語のように楽しく読める。内容の健全さや読みやすさは、中高生向けの課題図書に指定してもいいぐらいの口当たりの良さと、読後の充実感を与えてくれる。

 スエズ運河を主体としながらも、本文の多くは、建設計画を推し進めたフランス人、フェルディナン・ド・レセップスの奮闘に割いている。元外交官。明るく活動的、乗馬に長け友情に篤い。礼儀正しく外交的、その魅力は時として政敵すら虜にする。機を見るに敏だが時を待つ忍耐力もあり、楽天的な表情の下に幾多の困難にもめげない不屈の意志を秘めている。ほとんどこの本の主人公みたいな人物だから多少の主人公補正はかかっているにせよ、彼の残した外交文書からは、外交官としての彼の優れた手腕がうかがえる。

 領事の子に生まれ、親の後を継いで外交官となる。アレクサンドリア副領事任官時にエジプト太守イスマイル・パシャとその子サイード(後のエジプト太守)と親しく交わる。44歳で一旦隠居を余儀なくされるが、50歳の時にサイードが太守に即位する。表敬訪問に訪れ旧交を温めた際に、長年の夢であった運河建設へとサイードを導く。計画に対しエジプトとフランスは乗り気だが、太守の主筋にあたるトルコと、その宗主国イギリスは反発する。「運河は世界に開かれていなければならない」と主張するレセップスは、持ち前の活力と闊達さでパリ・ロンドン・カイロ・イスタンブールを飛び回り、あの手この手で説得に努める。論敵である在トルコ英国大使ストラトフォードに宛てた書間に、彼の人柄が出ている。

 …この問題がフランスあるいはオーストラリア一国で論じられることを好まないように、イギリス主導のもとロンドンで論じられ、一国の政府の手で決定されることには難色を示すだろうと思われます…
 …閣下は聡明な愛国者であられるとともに、英仏両国間の同盟-私自身もこの同盟の熱烈な支持者の一人であることを誇りとしていますが-
 …正直に申しますと私はこれまで閣下に対して誤った印象を持っておりました。しかしそれも霧散いたしました…

 相手の利益を説き、相手を罵倒するのではなく持ち上げ、相手との相違点より相手との共通点を強調し、あくまで礼儀正しく振舞う。官としても優秀だが、民間企業の経営者としても優秀である由は、この後の運河開発・運営を取り仕切る会社での、計画推進や資金調達で遺憾なく発揮される。

 レセップスばかり述べてしまったが、彼の先達、英国海軍士官ワグホーンの執念も素晴らしい。「スエズ地峡を越える陸路を開発すれば英国の利益になる」由を母国に認めさせるために、自ら母国からインドへ公文書の写しを運ぶ仕事を引き受け、七年間を費やす。結局、官は動かなかったが、英国商人たちには認められ、事業を起こして地峡の駅馬制度を整備する。その意思と行動力には、ひたすら感服してしまう。

 最終章近くは、「今世紀の人類は、運河改良計画よりも封鎖計画のほうに熱を入れてきた」とあるように、暗い話題で終始する。21世紀の終わりには、明るい最終章を追加できたらいいなあ。

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2010年7月26日 (月)

グレッグ・イーガン「TAP」河出書房新社 奇想コレクション 山岸真編訳

 テッド・チャンと並び現在最もホットなSF作家、グレッグ・イーガンの短編集。意図してかしてないのか、この作品集は大きく二つの系統に分かれている。ホラーとSFで、SFは「脳科学の進歩と社会の軋轢」をテーマにした作品が多い。

 ヒトは世界をどう認識しているか、その部分にテクノロジーが進出した時、社会にどんな軋轢が起きるか。ヒトは長く抱えてきた業を潔く切り捨てるのか、子孫へ荷を受け継がせるのか。この短編集は近未来を舞台にした作品が多く、それだけ「今、ここにある問題」として、厳しく読者に問いを突きつける。

 ソフトカバーで一段組み、本文約350頁。テーマ的にはチャールズ・ストロス同様に最先端でディープなSFでありながら、文章はアクも強くなく、不必要に専門用語が混じる事もない。テーマの性質上、「インプラント」など、どうしても必要な言葉は出てくるけど。

新・口笛テスト

…1960年代に某レコード会社が、ある曲をリリースするかしないか決めるのに、会社のビルの掃除夫-たいてい老人だったという-をいいくるめて、その曲を聞かせていた。もしこの、ロックンロールに反感を持っているであろう保守的な年寄りが、いちど聞いただけでそのメロディを口笛で吹けたなら、その歌はレコード化する価値がある…

その昔、某音楽雑誌の投書欄で見た傑作。
 「竹田和夫さん、試験中に勝手に僕の頭の中でスピニング・トウ・ホールドを弾きまくらないで下さい」
視覚
臨死体験の一つに、幽体離脱がある。魂が肉体から離れ、ベッドに寝ている自分の姿を天井近くから見下ろす、という体験だ。その現象をイーガンが扱うと… ちなみにホラーじゃありません。猫の首輪にカメラを仕込み、散歩する猫の視点で撮った動画があった。視点が地面に近く、狭い所も遠慮なく潜り込むためか、幼い頃に自分が見ていた風景を思い出した。
ユージーン
ヒトの遺伝子改変技術が発達した時代。我が子にはできるだけ優れた能力を授けてあげたいと考える人もいるし、自然のままが最善と考える人もいる。では、音楽の好みや、性欲の傾向まで制御できるとしたら?というシリアスな問いを突きつけた挙句に、なんだこのオチはw
悪魔の移住
シドニーに聳え立つ医療総合ビル。あらゆる専門医が揃い、最先端の研究が行われる未来的な医学のモニュメント。しかしそこに潜む怪物は…
散骨
ブラッドベリの「10月はたそがれの国」を思わせるホラー。幼い頃に見た殺人鬼。その貧相な姿に心を囚われた少年は、カメラマンとなって殺人事件のニュースのスクラップを集め続け、現場に出かけては写真を撮り続ける。彼の心に住み着いた幻影は、少しづつ彼をたぐりよせ…
銀炎
ウイルス性の伝染病、銀炎。ウイルスは皮下結合組織の繊維芽細胞を暴走させ、患者の皮膚を内側から剥ぐ。麻酔を与えられなければ、患者は全身を生きながら焼かれる感覚を味わう。未だ感染経路も特定できず、適切な治療法も見つからない。1980年代にラジオ伝道師がAIDSを「神の御業」と称したように、銀炎も神秘的な解釈をする者達がいた。その銀炎の感染経路に見えた、かすかなパターンを追う主人公。追跡劇の形態を取りながら、偶然のパターンに神秘的な解釈を捨てきれない人間の業を描く。
自警団
正義を掲げ、ガーディアン・エンジェルを気取る奴らと、連中が契約した凶暴な怪物。契約に縛られながらも、怪物は犯罪者を餌食にして己の欲望を満たす。怪物が契約に縛られてる事を承知で、怪物をからかい挑発する少年。怪物は時を待ちながら、少年を毒牙にかける機会を伺い… 怪物の一人称で語られるホラー。
要塞
その強姦事件には奇妙な特徴があった。強姦は事実であり、犯人のものとおぼしき精液もある、どころか精子すら生きていた。しかし、DNA指紋法で見つかったのは、被害者のDNAだけ。
大洋の侵食により太平洋の島々は陸地を失った。オーストラリアに押し寄せる難民に対し、極右勢力はもちろん、リベラル派まで拒否反応を示し始める。
人種差別問題と遺伝子テクノロジーが鮮やかに結合した掌編。
森の奥
銃を持つ60過ぎの男と、彼の銃に脅され森の奥へと追い詰められる若者。取引を持ちかけ、金で釣り、同情をひいて、老人の銃から逃れようとする若者。しかし老人は何も聞き入れようとしない。やがて人気のない所へ来て、老人はある要求を若者に突きつける…
TAP
TAPインプラント。科学が実現したエスペラント、またはテレパシー。あらゆる概念・精神状態・感情を伝達でき、人間のすべての体験を表現・伝達・理解できる。TAPの使い方には大きく分けて二つの側面がある。「単語」を分析的に理解する「スキャン」、体験的に味わう「プレイ」だ。そのTAPの最年長ユーザが死んだ。製品の不良による事故か、または何者かによる事件なのか。
「プレイ」だけなら、従来のSFで何度も扱われているし、私も使い方を思いつく。釘宮病パンデミックのいい温床となるだろう←をい。「スキャン」を加えたのがこの作品のミソであり、いかにもイーガンらしい展開を見せる。そりゃ困るわなあ、あの手の商売やってる人には。

 相変わらずイーガンは冒涜的というか身も蓋もないというか。延々と作り上げたヒトの尊厳ってやつを、鮮やかに覆してくれる。イーガンには長編もあるけど、アイディアが剥き出しになる分、短編集の方が彼の思想性・先鋭性が明確に出て、イーガンという作家の本質がわかりやすい。

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2010年7月25日 (日)

貸し出しカード

まずは図書の貸し出しカードのリンク集。

以降は与太話なんで、実用的な情報をお求めの方には、無価値な文章です。


 最近の公営図書館の貸し出し管理は、会員カードを使った電子データベース管理になってるけど、昔は厚紙のカードで管理してた。図書の奥付や最終頁に紙袋を貼り付け、そこに書名を書いた厚紙のカードを入れる。貸し出し時にはカードに日時と借りた人の名前を記入して、カードは図書館で保存する。返却時にカードを図書の紙袋に入れる。こうすると、図書館は手元にあるカードで貸し出し中の図書一覧がわかるって寸法…だったかな?今でも中学校や高校の図書室などでは、初期費用がかかるデータベースではなく、厚紙のカードで管理してる所も多いと思う。

 この方法だと、利用者が図書カードを見れば、今までどんな人がその本を借りたのか、わかってしまう。個人情報保護云々って点じゃ問題も大きいんだろうけど、マニアックな分野の本の貸し出し記録を見て「意外と人気あるんだ」と感心する事もあった。「…やっぱ人気ないのね」とガッカリする事の方が多かったけどw

 電子式になって嬉しい事の一つは、開架になくて書庫にある図書を検索できる点。近所の図書館だと、自宅や職場のPCで市内の全図書館の蔵書が検索できて、貸し出し状況の確認や予約も可能。さすがに他図書館からの取り寄せや新規購入は、図書館まで出向かないとできないけど。「王様と大統領」や「UMAハンター馬子2」ではお世話になりました。

 最近は iPad とかで書籍本体の電子化も進んでるけど、公共の図書館はどう対応するんだろうね。

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2010年7月24日 (土)

池上永一「テンペスト 上・下」角川書店

 誰が言ったか琉球版「ベルサイユのばら」。または「火の鳥」琉球編。

 ハードカバー二段組で上下巻とも400頁を超えるボリュームでありながら、読み始めたら止められない止まらない。通勤電車の中で読むには危険な本。

 19世紀の琉球王国。清と薩摩藩の二重支配を綱渡りで独立を維持してきた琉球に、西欧の帝国主義の嵐が押し寄せる苦難の時代。原色あでやかな琉球を舞台に繰り広げられる、絢爛豪華な王宮絵巻。
 幼女の身で和文漢文に加え欧州5ヶ国語を操る天才少女・真鶴が主人公。救国の熱意に燃える彼女は、宦官と偽って男性名・寧温を名乗り、高級官僚への難関試験・科試に挑み見事突破、王のお眼鏡に適い要職につく。王の期待と時代の激変もあり、王宮の財政再建・英国船の漂着・後宮の勢力争いなど、次々と難問がふりかり、やがては琉球王国存亡をかけた外交問題に立ち向かう羽目に…。

 レキオスやシャングリ・ラに連なる、池上永一のノンストップ・エンタテイメント、ただしオカルトは控えめ。いっそ漫画と言っていいほどの危機また危機が続くストーリーもさることながら、やぱり彼の作品の一番の魅力はアグレッシブで自分勝手でエネルギッシュな人間いや怪人たち。優れた才能を持つ若い女性の主人公が、怪人たちの巻き起こす騒動に巻き込まれ翻弄されながらもしたたかさを獲得していく、というのが彼のお得意のパターン。男たちが妙に脆くて情けないのに対し、女がしぶとく執拗でたくましいのも、彼の作品の特徴のひとつ。

 兄の嗣勇は父の期待に沿うため科試の勉強に励むが、出来はイマイチ。実は踊りが好きで才もあり、色で権力者に取り入っては妹のために尽くす。
 真鶴の最初の師ベッテルハイムは13カ国語を操る才人、医師であり宣教師。切支丹はご法度の時代、外出時は「問診に行く」と言えば問題ないのに、わざわざ「布教に出る」と宣言しては門番に止められ「無体だ~」と騒ぐ。
 寧温のライバルで親友の朝薫は、ソツのない気のいいヤツ。正体を隠した寧温に惹かれながらも、「うああ俺はノーマルだぁ~」と悩む。
 同門の多嘉良は酒好き。「酔いが回らないから名文がかけない」とうそぶきながら、幼くして父を失った主人公を暖かく見守る。
 薩摩藩士・浅倉雅博。真鶴には恋心を、寧温には尊敬と友情を抱きながら、立場の違いで想いがすれちがう。実直と思わせておいて、案外と手は速いw

 男性陣がやもすれば情けない連中なのに対し、女性陣は欲望に忠実でいっそ清々しい。

 女官大勢頭部は巨体で女官を統べ、御内原を仕切って寧温に対抗する。
 王妃は清に働きかけ、王子を世継ぎにすべく陰謀をめぐらす。
 幼いながらエロ質問で周囲を困惑させ、厄介払いで宮中に追い払われた思戸は、主人公に励まされなりふり構わず出世の階段を駆け上がる。
 名門出身の真美那は才色兼備で度胸も満点、陰謀渦巻く御内原で主人公への友情を隠さぬ天真爛漫さを示すかと思えば、旺盛な好奇心を満たすために家名の利用も厭わなぬしたたかさを併せ持つ。
 そんなクセ者ばかりの中でも圧倒的な存在感を示すのが、悪役の聞得大君。自分勝手で傲岸不遜、蹴落とされても蹴落とされても持ち前の神通力と生命力でゾンビの如く復活しては、主人公の前に立ちはだかる。

 先のシャングリ・ラでは地球温暖化で東京を沖縄にするという荒業を使ってまで沖縄に拘る彼が、その鬱屈を晴らすかの様に書き込んだ濃厚な琉球の華美で彩色豊かな風景もまた魅力。

 とはいえ、掲載誌(野生時代)のせいか、彼お得意の破天荒な仕掛けと、殺しても死なないオバァが控えめなのは少し不満。こっちの方が売れるのは間違いないけど、やっぱり思いっきり馬鹿をやらかして欲しかったなあ。ベッテルハイムには期待したのに←何をだ

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2010年7月23日 (金)

鳥井順「中東軍事紛争史Ⅳ 1967~1973」第三書館パレスチナ選書

 第三次中東戦争後から第四次中東戦争前夜までを扱う誠実かつ重厚なシリーズ第四弾にして、最新刊。

 前巻最後がイスラエル空軍の圧倒的な活躍という「絵になる」流れだったのに対し、今回はダラダラと続く小競り合いの消耗戦争と、ソ連に接近して軍備増強を続けるエジプト・シリア、ヨルダン内戦・レバノン内戦など、くすぶりながら発火直前まで圧力上昇が続く緊迫した政治状況が中心。

 スエズ開通を目指し仲介をもちかける国連の試みはことごとく空振りに終わり、イスラエルとエジプト・シリアは際限のない小競り合いが続く。運河東岸に要塞線バーレブ・ラインを築くイスラエルに対し、エジプトは大胆にソ連軍将兵や技術者を招く。エジプト人の電子機器操作能力に疑問を抱くソ連も同調する。防空体制を整える。急逝した英雄ナセルの後継サダトは当初ナセル路線を引き継ぎながら、次第に独自色を強める。高空を高速で強行偵察する Mig25 に手も足も出ないイスラエル空軍の F4ファントム。リビアの革命で成功したカダフィはエジプトに急接近する。

 地歩を固めたPLOは、ゲリラ的な武力闘争をエスカレートさせ、ついにハイジャック事件を起こす。シリアは難民の受け入れには消極的ながらも、パレスチナ・ゲリラの武力闘争は支援する。

 ヨルダンでは、第二次難民の流入で膨れ上がったパレスチナ人口が政府の統治が及ばぬ国内国家を形成、政情を不安定化させる。PLOのゲリラ活動はイスラエルの報復を招き、ついにキレたフセイン王は忠実なベドウィン族を従えてパレスチナ・ゲリラ掃討に乗り出す。ゲリラを支援するシリアは300両近くのT54/55まで繰り出すが、ヨルダン軍のセンチュリオンに撃退される。

モザイク国家レバノンもパレスチナ難民は国内のパワー・バランスを崩し、ゲリラの巣となった南部はイスラエルの報復攻撃にさらされ、ここでもシリアが介入の機会をうかがう。

 湾岸ではバーレーン・カタール・UAEなどが米国の強い影響下で独立し、サウジアラビア同様に保守派を形成する。イランは米の影響下で軍事増強を続け、湾岸の憲兵を自認しはじめる。

 開戦前夜の緊迫した状況が中心なので明確な焦点はないながら、気になったエピソードを幾つか並べよう。

  • エジプトに派遣されたソ連の戦車教官「エジプト人は、普通必要な時間の半分で技術を習得したがっている。」
  • 69年12月26日、イスラエル特殊部隊が(スエズ運河沿いの)ラアス・ガーリブに上陸して、ソ連製地対空ミサイルSA-2ガイドライン・システムの射撃統制レーダーP-12を鹵獲・分解し、シューベル・フルロン・ヘリコプターに総重量7トンのシェルターを吊るして持ち去った。
  • ヨルダン内戦で壊走したパレスチナ・ゲリラの一部数百人は。白幡をあげてヨルダン川を渡りイスラエルに降伏した。
  • 71/72年のサウジアラビアの識字率は10~15%だった。
  • 70年のオマーンの識字率は5%、乳幼児死亡率は75%。

 この巻の最大ののショックは奥付。著者の鳥井氏は1998年12月に亡くなってる。初版が2000年6月10日なんで、晩年は最後まで執筆を続けていらした模様。その熱意には頭が下がる。鳥井氏は次のⅤ巻までを予定していらしたんじゃないかな、と思う。根拠は無いけど。

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2010年7月21日 (水)

強烈な本の次にはユルい本が欲しくなる

 どんな順番で本を読むか、というお話。

 映画「アバター」を観た人が現実に失望するなんて話があった。私はアバターを観てないけど、その気持ちは少しわかる。劇場でトランスフォーマーを観て外に出て、車道で走っている車を見た時、「ああ、ここは自動車がトランスフォームしない世界なんだなあ」などと妙な感慨を味わった。

 妄想に囚われやすい性分なんだろう。特にゲームは妄想を喚起する力が強くて、塊魂にハマった時は道を歩きながら「今ならあの植木鉢を巻き込めるな、その次は自転車」などと頭の中で塊を転がしてたりする。傍からみたら単なるアブない人だね。

 何かにハマった時というのは、同じ傾向のコンテンツが欲しくなる。ところが世の中は巧くいかないもんで、極端に特定コンテンツに入れ込んでると、似た傾向のモノを与えられても、劣化コピーにしか感じられない。ポップ・ミュージックで特定の曲に入れ込んだ時は、似た曲を探しても大抵は失望する羽目になる。などと偉そうに書いてるのは他でもない、そういう失敗を今まで何度も重ねてきたからで、いやお恥ずかしい。アニメだと脚本家の岡田麿里さんのタッチが独特で、暫くは登場人物の気持ちを考えて不眠に陥ってしまった。

 そんな訳で、いつからかイメージ喚起力の強い本を読んだ後は、ユーモア小説やノンフィクション・入門書に手が伸びるようになった。最近だと「ペルディード・ストリート・ステーション」の世界観が強烈で、頭を現実に切り替えるためにノンフィクションの「中東軍事紛争史」を読みふけった。読者に要求される視点もステーションは人物に密着しているのに対し、紛争史は俯瞰してるのが都合がいい。ノンフィクションでも強烈な本は多くて、「カルトの子」を読んだ後は、思い切り夢想的な本を求めて「神獣聖戦」に手が伸びた。これは大当たりでしたね。いつだって山田正紀さんのブッ飛んだアイデアには驚かされてきて、今回も期待に違わぬ内容でした、はい。

 内容だけでなく量と読みやすさで決める時もある。ストロスのアッチェレランドみたくクセが強い文章の長編の後には、文章巧者の宮部みゆきさんが美味しそうに見えたり、短編集の後には長編が欲しくなったり。

 とはいえ、シリーズ物は一気読みしたいよね。図書館戦争は驚愕の展開の連続で、とにかく次が待ち遠しかったなあ。今はガンパレード・マーチのシリーズが面白く、幸い榊さんも健筆なんで助かってる。少しは見習って下さい、小野主上。

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2010年7月20日 (火)

鳥井順「中東軍事紛争史Ⅲ 1956~1967」第三書館パレスチナ選書

 イスラエル空軍最強伝説。

 ハードカバー550頁超え。第二次中東戦争後、動乱の続く地中海沿いのアラブ諸国に対しテコ入れを強めるソ連、ソ連のバックアップを得て周辺への軍事的圧力を強めるエジプトのナセ ル、対照的に米国への帰順を強める湾岸の産油国など混迷を深める中東情勢を舞台に、第三次中東戦争でのイスラエル空軍のパーフェクト・ゲームをクライマッ クスとしたシリーズ第三弾。

 Ⅰ巻で「読み物としての面白さに欠ける」と書いたが、お詫びして訂正します。少なくともこの巻は、下手な漫画よかよっぽどエキサイティングです。いや真面目な研究書なんだけど、アンサイクロペディアのルーデルシモ・ヘイヘと同じ意味で狂ってます。

 第二次中東戦争で大敗を喫した東アラブは政情不安が続く。ヨルダンは内戦が勃発し、シリアとイラクはクーデターが頻発してソ連の介入が強まる。エジプトとシリアはアラブ連合を結成するが、すぐに潰れる。ナセルはイエメンに介入し、北イエメンは泥沼化する。紛糾の末にアルジェリアはフランスから独立する。独立したクウェートは石油収入を国民に還元して国情を安定させる。イランは石油収入と米国の支援で「上からの改革」を進めるが3%近い人口増加率に追いつかない。

 パレスチナ難民はPLOを結成、それとは別に武力闘争を掲げるアラファトのファタハがゲリラ活動を始め、シリアが支援する。戦乱を機に中東進出を狙うソ連の誘いもあり、ナセルはスエズからイスラエル船を追い出しチラン海峡を封鎖、イスラエルの海上補給を絶ち、同時に陸軍をシナイ半島に集結させる。シリア・ヨルダン・イラクも国境付近に軍を進め、イスラエル包囲網を完成させるアラブ連合軍の戦力は兵員19.5~26.4万、戦車1000~1200両、航空機780~840機。イスラエルは兵員22万、戦車800両、航空機350機。一見、アラブ有利に見えるが。

 1967年6月5日午前7時45分、イスラエル空軍の先制攻撃で戦闘が始まる。初日でエジプト空軍は壊滅、二日でヨルダンとシリアも空軍壊滅。6日間の戦闘でエジプトはシナイ半島を、シリアはゴラン高原を失う。哀れなのはヨルダンのフセイン王。ナセルの「イスラエル空軍の7割が潰れアラブ連合陸軍はネゲブを進軍中、イラク空軍はテルアビブを灰にした」という嘘につられ空軍を出撃させたが、イラクは主力派兵を渋り、シリアは日和ってゴラン高原から撤退、結果空陸の主力に加えヨルダン川西岸とエルサレムを失ってしまう。酷すぎるだろナセル。

 以下、面白エピソードを。

  • バトル・オブ・ブリテン時の英国ハリケーンとスピットファイアの稼働率は90%、ドイツ軍は64%。開戦時イスラエル空軍の稼働率は96%、アラブ連合は50%。
  • 戦前、イスラエル空軍パイロットはヨルダン空軍パイロットを最も高く評価していた。戦後はイラク軍が最強、シリアが最低と評価した。
  • ナセルは高飛車だったが、シナイ半島にほとんど備蓄を置いていなかった。
  • イスラエルの識字率は9割以上、エジプト・シリア・ヨルダンの平均識字率は32%。
  • イスラエル空軍司令官ホッド将軍「優れた空軍は敵機が飛び立つ前に地上で一挙に撃破する、空中戦は戦力の浪費で戦術の誤り」。第一撃の目的は敵空軍が飛び立つ前に殲滅する事。空中戦回避に多くの努力を割いた。
  • イスラエル空軍は保有機の90%以上を第一撃のエジプト航空基地攻撃に使った。
  • 初日のイスラエル空軍攻撃計画は7段階25目標。エジプト17、ヨルダン2、シリア5、イラク1。
  • 攻撃開始を7:45にした理由は敵の警戒心が緩み、レーダー員の交代・パイロットの朝食の時間だから。アラブ連合福総司令官アメル元帥は当時シナイ半島を飛行視察中で、カイロに戻ったら空軍壊滅の報が待っていた。
  • イスラエル空軍機はレーダーを避けるため地上10~50メートルの超低空飛行で侵入した。
  • カイロ西基地の航空機の40%はベニヤのダミーだが、ダミーは無傷で実機は壊滅した。
  • イスラエル空軍パイロットには1回の航過、都合10秒ほどしか許可されなかった。地上40~50メートルの超低空を800km/hの低速で侵入、特殊爆弾で滑走路を潰し、次に30mm/20mm機関砲でエプロンや滑走路の機体を潰す。AAMやナパームは使わなかった。
  • イスラエル空軍の初日の出撃は3000ソーティー、うち2000ソーティーが敵航空戦力攻撃。ちなみに保有機は350機。大半のパイロットは8回以上出撃した。
  • イスラエル空軍1ソーティーの時間は57.5分。行き22.5分、上空での攻撃7.5分、帰還20分、補給7.5分。アラブ連合は出撃まで26分が必要。
  • 戦争開始3時間以内に敵空軍壊滅の報がラビン参謀総長に届いた。同ニュースがアラブ連合首脳に届くまで12時間近くかかった。
  • イスラエル軍の参謀「アラブ連合の兵や整備員は農奴のように扱われている。彼らが我が軍の指揮官と兵の関係を知ったら驚くだろう」

ちょっと「ヨハネスブルグのコピペ」風に。

  • 「今日はもう来ないだろう」と飯を食ってる間に基地のMig21が壊滅した
  • 唖然としてたら一時間後に再び爆撃され滑走路が穴だらけになった
  • なんとか50機が離陸したが32機が落とされた
  • 350機のイスラエル空軍が550機以上のエジプト空軍を3時間で殲滅した
  • エジプト空軍のパイロットはあまり戦死してない 基地に辿りつく前に乗機が全滅してるから
  • ナセルから「イスラエル空軍の7割は潰れた」とヨルダンのフセイン王が聞いた時、エジプト空軍の9割が消えてた
  • フセイン王が開戦を命じた日にヨルダン空軍のホーカーハンター22機が蒸発した
  • 出撃したヨルダンのハンター機が戻ったら基地が消えていたので、イラクまで飛ぶ羽目になった
  • Mig21の帰りが遅いと思ってらイスラエル軍パイロットを乗せて戻ってきた
  • 最新鋭の Su-7 なら大丈夫だろうと思っていたら速攻で鹵獲された
  • つか最新鋭機ほど危ない ユダ公が空戦するのは敵機をブン取るため
  • 戦争が終わったらイスラエルの保有ガソリンが増えていた 鹵獲分が戦闘に使った分より多かった
  • ナセルが「ロマニまで撤退しろ」と命令した時、ロマニは既に占領されていた
  • 「今時シャーマンだっておw」と笑ってたT-55やパットンがアイ・シャーマンの一撃で吹っ飛んだ

 真偽の程はご自分でご確認ください。

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2010年7月19日 (月)

シオドア・スタージョン「海を失った男」河出文庫 若島正他訳

 「人間以上」や「スタージョンの法則」で有名なSF作家、シオドア・スタージョンの短編集。だがこの作品集に関しては、いわゆるSFを期待すると肩透かしを食う。SF的な仕掛けを含む、奇妙な味の短編集とでも言うべきか。クセの強い作家なので、とりあえず冒頭の「音楽」を味見してみる事を勧める。わずか3頁の掌編ながら、この短編集の味見用に相応しい風味を備えている。

 文庫本で本文451頁の短編集、量は少ないが文章は難物。訳が云々というより、スタージョンの文章が元来そういうものだからだろう。軽く読みとばす類の 本ではない。じっくり注意深く読み進め、なおかつ二度三度読み返さなければ作家の真意は伝わってこない。彼の作品は、作品そのものがミステリーなんだろう。ただし、正解はどこにも明示されていない。

 スタージョンは、厄介な作家だ。特に短編集だと、厄介さが際立つ。一つのテーマを追求した長編では、娯楽性と深い思索を併せ持つSF作家として、初心者にも自信を持って勧められる。しかし、短編では傾向がバラバラな上に、独特の技巧を凝らした文章が、怠惰な大量消費を望む読者の理解を阻む。一編が短ければ短いほど、技巧は巧みになり、主題を掴むのが困難になる。

音楽 吉村満美子訳
夜、病院から抜け出した患者の一人称で語られる、不気味な物語。
ビアンカの手 若島正訳
スタージョン初期の代表作。白痴の少女の手に魅せられた男の話。何度も読み返したが、私にはオチがわかららなかった。
成熟 霜島義明訳
病気により精神的に子供のままの男、ロビン。旺盛な好奇心と溢れる創意は優れた発明や創作物を生み出すが、成果を惜しみなく他人に与えるため借金生活。絶えず悪戯を繰り返し、周囲の人を混乱させる。学者のペグとメレットは彼の治療を試みるが…。タイトルどおり、人の成熟とは何かというテーマの作品。前の二作に比べれば遥かにわかりやすい。
シジジイじゃない 若島正訳
レオはいきつけの店で理想の恋人グロリアに出会い、思わず話しかける。話せば話すほど二人の相性はピッタリで…。タイトルからディックっぽいなあと思ったら、やっぱりそうだった。
三の法則 吉村満美子訳
地球の観測に訪れた宇宙人は、恐ろしいウイルスの繁殖に驚き、対策を試みるが…。別れた奥さんとパーティーで出会った男は、どう反応すりゃいいんでしょうねえ。
そして私のおそれはつのる 今本渉訳
不良少年ドンは、配達先で老婦人フィービーに過去の悪行を咎められる。ドンは誤魔化そうとしたが、フィービーは奇妙な力を持っていた。彼女の指導に導かれ、ドンは更正の道を歩みはじめるが…。「なんか抹香臭い作品だなあ」と思いつつ読み進めると、いかにもスタージョンらしい皮肉なオチが待っている。
墓読み 大森望訳
男ってのは、言わなきゃわかんない生き物なんです。
海を失った男 若島正訳
砂浜で遊ぶ少年と、佇む男。男が思い出すのは、スキン・ダイビングの記憶。「ビアンカの手」同様、スタージョンの技巧が味わえる作品。

 スタージョンは、長編と短編で全く異なった顔を見せる。長編では優れた物語作家だが、短編では意地の悪い叙述巧者だ。正直言って、私は長編の方が好きです、はい。

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2010年7月18日 (日)

安岡孝一+安岡素子「キーボード配列QWERTYの謎」NTT出版

 コンピューターのキーボードの配列はなぜQWERTYになったのか、それについてまことしやかに言われる様々な噂の真偽と出所の解明を軸に、タイプライターの黎明期からコンピューターまで、キーボードのデザインと生産の歴史に挑んだ力作。身近な謎で読者の興味を牽引しながらも決して週刊誌的な内容ではなく、大量の一次資料の綿密な調査に基づいていて、索引・参考文献・図版一覧なども充実しており、立派な研究書と言える。

 ハードカバーで一段組み本文186頁、ただし本文の下1/3は脚注用の領域で空白が多い上に、図版も豊富なので分量的には軽い。しかし特許権や株式の保有関係などややこしい内容が多く、文体もクールなので読み応えはある。昔の機械式タイプライターの図版は、なかなか見ていて楽しい。

 1860年代、クリストファー・レイサム・ショールズの「活字書字機械」の特許取得から始まり、様々なタイプライターの登場・タイピストのコンテスト・電信機との融合など、興味深いエピソードを交えてながらお話は進む。以下、印象に残った部分を適当に。

  • 初期のタイプライターは、ピアノみたく黒鍵と白鍵が配置されていた。使いづらくてすぐに廃れたけど。
  • キーも大文字のみで、鍵盤数を減らすため、O(オー)と0(ゼロ)、I(アイ)と1(イチ)は同じキーで兼用していた。
  • 初期のタイプライターにはペダルがついていた。
  • 商品化したのは、銃で有名なレミントン。
  • 同じキーで大文字と小文字が打てる機構も発明された。ライバル社は特許を避けるため、大文字と小文字の両方のキーを持つ製品を作った。
  • 女性参政権運動家が、女性の社会進出を促す技術としてタイプライターに注目した。
  • タッチ・タイピングはタイピストの間から自然発生した。この頃はメーカーごと・製品ごとに様々なキー配列があったが、それぞれの配列のタイピストが各個独自にタッチタイプを習得していた。
  • 初期のタイピングのコンテストでは、二本指打法のタイピストとタッチタイプのタイピストに大きな差はなかった。
  • 19世紀末には、特定の配列に慣れたタイピストは他の配列への移行に苦労する事をメーカーは把握していた。この頃には特許などの問題もあり、大半の製品で配列はQWERTYに統一されていた。
  • ショールズが「文字を探しやすい配列」を追求した途上でQWERTYになり、上記の理由でほぼ固定してした。

 他にもテレタイプとの互換性やドボラックの暗躍、IBMのQWERTY採用など、キーボードに関するトリビアネタが詰まっている。

 そうそう、タイプライターといえばこの曲、マーチン・アンダーソンのタイプライター。BGM にするには、ちとユーモラスでリズミカルすぎるかも。

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2010年7月17日 (土)

梶尾真治「あねのねちゃん」新潮社

 蒸し暑くて眠れぬ夏の夜が少しだけ涼しくなる、サイコ・ホラー風味の小品。

 ソフトカバー281頁と手軽な分量のうえに、梶尾氏の文章は抜群に読みやすい。基本的に主人公のみの視点で、時系列も大きく前後しない、一直線の物語なので、大きな混乱もなく、あっというまに読了できる。

 イマジナリー・コンパニオン。孤独な幼児が作り上げる、想像上の友人。人見知りする性格の玲香には、幼稚園児の頃、他の人には見えない、あねのねちゃんという友達がいた。物怖じしないあねのねちゃんに手をひかれ、玲香は幼稚園に馴染んでいく。やがて玲香が小学校に上がる頃、あねのねちゃんは現れなくなった。
 時は一気に20年ほど進み、成人して就職した玲香。いい感じだと思っていた彼氏に突然フラれ、仕事では粗暴で無責任な営業課長からミスの責任を押し付けられ、嫌味な同僚から冷笑を浴びせられ、最低な気分で部屋に引きこもるの玲香の前に、突然あねのねちゃんが現れる。あねのねちゃんは自分の想像上の人物だと自覚しながらも、彼女にひきずられ街に出た玲香は、粗暴な営業課長を見かけ…

 誰だって嫌いな奴はいるし、思わず尻込みしてしまう時もある。性格を変えたい、無邪気に物怖じせず振舞えたら、と思う時もある。そんな押さえ込んだ気持ちが別の人物として具象化し、現実世界で振舞い始め、それを自分で制御できなくなったらどうなるか。そういった恐怖と、あねのねちゃんの正体の謎を中心に、押し付けがましい親に窒息しそうになる娘という親子の葛藤を盛り込んで物語りは進む。

 おおサイコホラーかと思わせておいて、さすがカジシン。終盤になって、「あれ?なんか様子が変だぞ」と感じた後に、いかにも多芸なカジシンらしい「殿、ご乱心」な展開が待っている。この怒涛の展開、スピーディーではあるものの、いささかボリュームが少ないのが少し不満。あねのねちゃんの正体など謎もきっちり、解き人間関係も収まるところに収め、ベテラン作家らしく綺麗に手堅くまとめたのは、新潮社だからかなあ。

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2010年7月16日 (金)

鳥井順「中東軍事紛争史Ⅱ 1945~1956」第三書館パレスチナ選書

 イスラエル独立の第一次中東戦争からスエズ動乱の第二次中東戦争、そしてOPEC結成までを扱ったシリーズ第二巻。相変わらず鳥井氏の著作は数字などのデータに関しては詳細かつ誠実で頭が下がる。ハードカバーで491頁、文章は平易だが、なにせ扱う主題が中東の現代史なんで、歯応えは充分。前半では私の好きなラピエール&コリンズの「おお、エルサレム!」が引用されてて、少し嬉しい。

 今回のクライマックスは、第一次中東戦争と第二次中東戦争。着々と地歩を固めるイスラエルと、エジプトで英雄にのし上がるナセル。その裏で続々と独立しては政権が変転する中東各国、静かに影響力を失っていく英仏、そのスキに付け入ろうとする米ソ両大国、台頭する産油国など。特に英国が坂を転げるように没落していく有様は、少し可哀相になってくる。

 前半はイスラエルが中心だが、本書の主役は後半に登場するのエジプトのナセルだろう。第二次中東戦争が軍事的には完全な敗北であるにも関わらず、米ソを手玉に取りながら国際的な圧力で政治的な勝利に変える辣腕は、英雄の名に相応しい。

 ナチスの弾圧から逃れパレスチナへ入植する人々の増加と、周辺の独立機運の高まりに伴い、ユダヤとアラブの対立は激しくなり、増加するテロがそれを煽る。生まれたての国連においても、一歩も妥協しないアラブ諸国の態度は、解決を更に困難にするが、米ソの後ろ盾とバチカンの思惑も絡み、1947年に分割案が決議される。

 48年5月、英国の撤退と共にエジプト・トランスヨルダン・シリア・レバノンのアラブ連盟が雪崩れ込む。ユダヤは密かに組織した民兵ハガナを中心にイルグン・バルマッハなどで防衛するが、兵器調達には苦労していた。ハイファ港で英国戦車兵をユダヤ娘が誘惑するスキにシャーマンをパクったり、英国の映画俳優が撮影で飛行機に乗り込みそのままトンズラするエピソードは笑ってしまう。英国人グラブ・パシャが指揮するヨルダンのアラブ軍団を筆頭にアラブ優勢のまま、6月11日~7月8日まで一次停戦が成立。ユダヤは停戦中にイルグンの粛清も含め軍組織の改革や武器の密輸に励み、停戦明けではヨルダンを除くアラブ軍を圧倒し、停戦を迎える。

 国連調停案からユダヤ側がはみ出た停戦ラインにアラブ・ユダヤ双方が不満を持つ。デイル・ヤーシンの虐殺などでイスラエルはパレスチナ人を叩き出す。難民化したパレスチナ人を、アラブはショウケースとして利用する。人口で劣るイスラエルは、二次対戦前のドイツを参考に軍を組織する。常備軍は士官・下士官中心に最小限に留め、緊急時に迅速かつ大量の予備役を招集する。

 エジプトでは軍のクーデターで王制を廃し、土地改革を進める。赤字に苦しむエジプトにソ連がつけこみ、武器供与を始める。サウジでは成金となったサウド家が100台近いキャデラックを買うなど浪費で注目を集める。イランでは英国資本に牛耳られた石油を制裁に苦しんだ末に名ばかりとはいえ国有化を果たし、そのスキに米国資本が進出する。

 アスワン・ハイダム建設資金に苦しんだエジプトのナセルはスエズ国有化を宣言する。怒る英仏はイスラエルをけしかけ、第二次中東戦争が勃発、エジプト軍を蹴散らしてイスラエル軍はシナイ半島を席巻する。通信網攪乱のため砂の上4メートルの低空飛行で翼やプロペラで電話線を切るイスラエル空軍のP51ムスタング。IDAF最強伝説の始まり。文盲率8割のエジプト軍は自陣正面からの攻撃には強いが、回り込まれたら弱い。対するイスラエル軍は教育レベルが高く、下級指揮官に大幅に権限を委任して効果を上げた。

 調停を装って英仏が介入し、ここでもエジプト軍を蹴散らしてスエズを占拠する。高高度爆撃に拘る空軍機は大きな戦果をあげられず、艦載機が大戦果をあげる。また負傷兵の後送や治療にへり空母が活躍する。しかし米ソを中心に国際世論は英仏イスラエルを非難する。エジプトは戦力の95%を失いながらもシナイ半島を回復し、ナセルは英雄となる。

 エジプト軍の弱さは教育レベルの低さが要因、とある。太平洋で日本軍は司令部と通信が断絶しても小隊・分隊レベルでよく健闘したと聞く。その秘訣の一つは高い識字率じゃないかな、と思う。第二次中東戦争で軍事では壊滅的な敗北を被りながら外交で勝利を収めたナセルが、ひたすらカッコいいⅡ巻でありました。

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2010年7月15日 (木)

チャイナ・ミエヴィル「ペルディード・ストリート・ステーション」早川書房 日暮雅通訳

 早川書房のプラチナ・ファンタジイの最新作。ハードカバー二段組で650頁を超える大ボリュームはずっしりとした読み応えがある。汚泥から浮かび上がる怪人や粘液を垂れ流す怪物が好きで、奔放で不道徳でグロテスクな妄想に翻弄されたい人向けの、長い長い悪夢の物語。

 謝辞に延慶を受けた作家としてM・ジョン・ハリスンとマーヴィン・ピークを挙げている。ハリスンは未読だが、マーヴィン・ピークには納得。ゴーメンガースト三部作を思わせる、時も場所も不明な舞台で、陰鬱で重苦しい雰囲気の中、奇矯な者たちが繰り広げる、饒舌な物語。SFともホラーともファンタジィとも分類できない、なんともすわりの悪い、その不安定さを味わう小説。

 時は不明。19世紀風の科学と、錬金術的な魔術が共存する世界。場所はロンドンをモデルとしたとおぼしき都市、ニュー・クロブソン。水棲人ヴォジャノーイ・サボテン人カクタシー・翼人ワイルマンなど様々な種族に加え、人体を改造したリメイドなど異形の者たちが、ヒトと入り混じり、時にはにらみ合いながら暮らしている。

 大学から追い出され、街の者に技術を提供して暮らす、異端の科学者(つまりマッド・サイエンティスト)でオッサンのアイザックが主人公。鳥人ガルーダの一人、ヤガレクがアイザックに依頼を持ち込む。「翼を失った。再び飛べるようにしてくれ」と。興味をそそられたアイザックは、研究材料として、珍しい鳥・昆虫・卵・幼虫を集めるよう、仲介人レミュエルに頼む。
 集まった物の中に、奇妙な芋虫がいた。ドリームシットというドラッグを食べ、異様な速度で巨大に成長する。繭を作った芋虫は成虫スレイク・モスとなって脱走し、街中に大きな災厄をもたらす。
 リンはアイザックの恋人で、昆虫人ケプリだ。唾液で彫刻を作る芸術家の彼女にも、街の裏を仕切る正体不明のボス、モトリーから大きな依頼が舞い込む。

 大筋はアイザックと仲間達のスレイク・モス退治だが、この小説の魅力はニュー・クロブソンの退廃的で腐臭漂う風景と、ヴォジャノーイなど異形の者たちだろう。私が最も印象的だったのは、人体に様々な改造を施したリメイド。犯罪の刑として、または自らの意思で、牛の足腰やピストンなどを、人体に移植された者たち。サイボーグというか改造人間というか。特に対スレイク・モス用に作られたリメイド兵のおぞましさといったら。他にも敵役の魔蛾スレイク・モスを始め、異次元生物ウィーヴァーや機械知性コンストラクト・カウンシルなど怪物たちも暴れまわるし、解析機関などスチームパンク風のガジェットも楽しい。「お祈りジャック」は、やっぱり切り裂きジャックがヒントなのかな。

 これが坂本康宏なら爽快で感動的なヒーロー物になるだろうし、牧野修なら天才や美少女が暗躍するホラーになるんだろうけど、登場人物が精神的には等身大の小物ばかりなのは英国人だからかな。特にアイザック。緊急時に恋人の心配したり、優柔不断でチームを危機に陥れたり。カッコいいヒーローを期待しちゃいけません。気が小さいくせに自分の研究には異様な執念を燃やす、情けなくて小狡い、けど研究には有能なマッドサイエンティストです。

 エース不在でジョーカーが大活躍するワイルド・カード…などと考えたけど、んな例え、通じんわな、今更。台所に浸透するゴキブリに苦戦を強いられている私には、いささか刺激の強すぎる作品でありました。

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2010年7月14日 (水)

ありがとう、そしてさよなら、ジェイムズ・パトリック・ホーガン

SF作家ジェイムズ・P・ホーガン 逝去

 ハードSF作家と呼ばれる人は沢山いるけど、SFを読みなれていない人が興奮できる作品を書くって点では、ダントツの魅力を持っていた。「星を継ぐもの」に始まるガニメアン・シリーズは勿論、「造物主の掟」の出だし、機械生命が誕生するシーンは、私が読んだ全ての小説の中で、最高の導入部だと今でも思っている。思想的には「断絶への航海」で明確に示されるように、徹底した自由主義者だった。この作品で提示される社会は、「技術偏重やデジタル化を危惧する人々」に対し、「モノやエネルギーが充分に行き渡れば、ヒトがヒトであるが故に価値がある社会ができるはず」という、素敵なアンチテーゼを示していた。

 彼の物語の読後は、いつだって限りない爽快感に満ちていた。「未来の二つの顔」のエンディングの素晴らしさ、スパルタカスのけなげさ可愛さしたたかさと言ったら。あれ、ハリウッドで映画化すのに最適な作品だと思うんだけど、なんとかなりません、キャメロンさん?

 明るい未来を、科学や技術の進歩が切り開く開放的で希望に満ちた世界を、若い頃の私に垣間見せてくれた。ありがとう、ジェイムズ・パトリック・ホーガン。

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2010年7月12日 (月)

Grateful Dead の Podcast 2

ゆうべ iTunes をチェックしたら、The DeadPodmvyradio Shakedown Stream と Rob Cork’s Music Grateful Dead Shows and Rob Tunes, Personal Stash から新着が届いていた。Shakedown Stream は相変わらず長く4時間超え。いつ聞けばいいんだぁ~と、嬉しい悲鳴。

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2010年7月11日 (日)

鳥井順「中東軍事紛争史Ⅰ 古代~1945」第三書館パレスチナ選書

 中身は書名そのもの、紀元前から第二次世界大戦終戦直前、すなわち第一次中東戦争開戦直前までの中東の歴史を俯瞰した本。以後、Ⅱで第一次中東戦争~スエズ動乱、Ⅲで第三次中東戦争、Ⅳで第四次中東戦争へと続く消耗戦争を扱い、第四次中東戦争直前で終わる。

 ハードカバーで付録を含まず516頁。付録の参考文献が33頁もあり、入門書および読書ガイドとしての充実ぶりは凄まじい。扱っている範囲がやたら広く、時間的にはメソポタミア文明~第二次世界大戦まで、空間的にはジブラルタルから中国西部までをカバーしている。ローマと地中海の覇権を争うイスラム帝国や、パレスチナ問題の重要な当事者であるユダヤ民族のヨーロッパやロシアにおける放浪と苦難も扱っており、欧州史にも多くの頁を割いている。特に前半は、もはや軍事関連書籍というより、中東から見た世界史の教科書というべきだろう。歴史の参考書としては役立つが、読み物としての面白さには欠ける。まあ、娯楽としての面白さを目指した本じゃないけど。

 二十世紀以降、パレスチナからイラクまでは、一応は落陽のオスマン帝国の支配下となっていた。ロシアの南下を恐れるトルコは一次大戦でドイツに組する。英仏は空手形で地元の勢力に独立をそそのかし、トルコに対抗する。敗戦を喫したトルコは小アジアに押し込められる。トルコを苦しめた地元勢力は、英仏の都合でイラク・シリア・ヨルダン・レバノンに分割される。北アフリカは英仏の植民地として食い荒らされる。あの辺の国は、みな英仏や米の都合で国境を決められた人工国家なわけだ。

 一次大戦後、欧州やロシアで強まった弾圧から逃れたユダヤ人が、組織的にカナンの地へ入植を始める。不在地主から土地を買い、キブツなどの集団農場で自給自足に近い生活をする。キブツでは自衛団を組織し、それがハガナ(イスラエル防衛軍の母体)のルーツになる。当初はユダヤ人の数も少ないために比較的軋轢も少なかったが、入植者が増えるに従い衝突が増えてくる。ナチス・ドイツの組織的な弾圧が入植を加速し、アラブ側の反発も組織化されていく。

パレスチナ・ユダヤ社会の防衛責任者に任じられたデビッド・ベングリオンは、軍事については何も知らなかったので、専門書 を机にうず高く積んで勉強を始めた。ハガナの指導者が支持を仰ぎに来ても彼は、「ちょっと待ってくれ。まだ勉強が終わっていない」と答えたという。

 組織的な入植の初期、1920年代からヘブライ大学を設立し、計画的・組織的にユダヤ文化の育成と人材の育成を始めたユダヤ人の、計画性と組織力には恐れ入る。土地を追われた小作人が多いパレスチナ人が圧倒されるのも、致し方あるまい。

 一読で人名や年表を覚えるのは無茶だが、中東問題のややこしさ・因縁の深さはよくわかる。パレスチナ問題で「イギリスの二枚舌が悪い」、イラク問題で「アメリカは横暴だ」と決め付けるのは簡単だが、「どないせえちゅうねん」という問いには、読めば読むほど答えに詰まるようになるだろう。

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2010年7月10日 (土)

日本史と世界史

高校の頃、歴史は日本史と世界史のどちらかを選ぶカリキュラムだった。
ここで日本史を選んだ某先輩の理由が面白い。

  「だって世界史って戦争ばっかりなんだもん。」

今、鳥井順氏の「中東紛争史」の一巻を読んでいる。古代から1945年までを扱っている。
この本の内容が、まさしく某先輩の言葉そのままだ。
まあ、書名からして紛争史なんだから、当たり前なんだけど。

冷蔵庫も原動機もない時代にマケドニアからペルシアを超えインドまで、
往復11年間3万kmの遠征したアレキサンダーとか、何を考えてるんだか。

現代のように明確に国家や国境が明確に定義されていない頃、庶民はどんな風に生活していたんだろう。
今でもバルチスタンやクルドなどは国境があいまいっぽいし、
行けばわかるのだろうけど、そういう所は、生きて帰れる保障がないんだよね。

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2010年7月 9日 (金)

海堂尊「ジェネラル・ルージュの凱旋」宝島社

 「チーム・バチスタの栄光」「ナイチンゲールの沈黙」に続く、東城大学付属病院を舞台にした医療ミステリ、通称「田口・白鳥シリーズ」の第三弾。未読の人は、できれば前作を読んでからの方がいい。登場人物の性格や経歴が、より明確にわかる。特に「ナイチンゲールの沈黙」は、同時期に起きた二つの事件を扱っていて、同じ作品の上下巻に近い関係にある。

 ハードカバーで380頁、挑発的な比喩が多いが、文章もまあ悪くない。医療現場の専門用語が頻発するけど、ノリが大事な娯楽作(少なくともそういう体裁を取っている)なので、わからなければ適当にトバして読もう。

 今回はジェネラル・ルージュこと、救急救命センター部長の速水が主役で、怪人白鳥すら片隅に追いやられる。全般に強引な展開が多いが、速水の魅力が無茶を押し通す原動力になっている。彼を気にいるか否かが作品の評価を決めるだろう。速水ファ ンのために用意された作品と言っていい。

 この速水、わたしたち素人が思い浮かべる救急の指揮官の理想そのもので、とにかくカッコいい。独断専行でその場を仕切り、迅速果断に適切な判断を下す。目前の患者を 救うためなら融通無碍に組織の力学を無視し、それを自然と周囲に納得させてしまう。力強く勇敢で賢い、多くの人が憧れる理想のリーダーで、看護士にモテモテ。 ああ悔しい。何故か常にチュッパチャップスを咥えているけど、それも女性からは「ソコが可愛いんじゃない!」と、チャーム・ポイントになるんだろうなあ。 ああ、人生って不公平。

 そんな速水と特定業者の癒着を告発する文書が、田口の元に届く。院内で安穏と昼行灯を決め込んでいた田口は、面倒を避けるために院長に預けようとする。しかし立場上の弱みもあり、否応無しに事件に巻き込まれ、田口に恨みを抱く面々との対決を余儀なくされる。

 前二作はやや鬱々としたシーンが多く、それが前半のたるみを感じさせたが、今回は主役の速水のせいか疾走感・躍動感が全編に満ちている。その分、怪人白鳥の登場の衝撃が弱まってしまうのは、まあ仕方がないか。前二作なら白鳥がブルドーザーよろしく場を破壊するはずのシーンでも、速水がスポットライトをかっさらてしまう。それだけではあきたらず、クライマックスでも駄目押しの如く速水の独壇場が用意され、胸のすく活躍を見せる。

 「なんで速水が独身なの?」とか「いやあの能力はオカルトだろ」とか「同じ場所で事件が起き過ぎじゃね?」とか、ご都合主義っぽい所は、確かに多いが、それがこの作品の娯楽性を高めてもいる。ライトノベル的なノリで楽しむのが吉。この作者らしい医療現場の問題提起もなされていて、今回のテーマは救急医療と採算。前作「ナイチンゲールの沈黙」の小児科とあわせ、説教臭くならない程度に触れられている。作者お得意のオートプシー・イメージングも、少しだけ登場する。

 当作品の後は「螺鈿迷宮」に続く。今作で少しだけ顔を見せた氷姫こと姫宮が、やっと活躍します。

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2010年7月 8日 (木)

鵜浦裕「進化論を拒む人々 現代カリフォルニアの創造論運動」勁草書房

 合衆国における、「公立学校では創造論を教えるべきだ」とする人たちと、「いやソレ科学じゃないし」と排斥しようとする人達の、争いの報告。創造論そのものの是非には敢えて触れず、人々の争う様子に焦点を絞ったノンフィクション。現代アメリカにおける進化論の危機的状況、創造論者の執拗さ加減とその戦術の分析など、参考になる点は多い。

 ハードカバーながら一段組みで200頁ちょいと容量は手軽で、難解になりがちな法的論争の内容も、著者がなるべく平易な言葉で説明しようとしているため、すんなり読み通せる。テーマも真面目だし、夏休みの読書課題に悩む中高生にはいいかも。但し、その後の平和な生活は保障できないけど。

 予め私の姿勢を明確にしておく。「あらゆる創造論は世迷言、学校で教える価値はない…空飛ぶスパゲッティモンスター論(Flying Spaghetti Monsterism, 略して FSM)を除いて」って立場。FSM はむしろ積極的に教えてもいいと思う、イカサマに対する免疫をつけさせるためにも。

 序盤で米国の熱心なキリスト教徒の社会的なパワーの強力ぶりを示し、彼らにとって進化論が信仰を揺るがす重大な問題なのだ、と述べる。信仰こそが道徳の拠ってたつ基礎なのであり、それを揺るがす進化論は到底受け入れられないのだ、と。「公立学校の教育はヒトの起源をどう教えるべきか」というアンケートの結果が恐ろしい。
   ダーウィン進化論を教えるな        18%
   進化論と創造論の両方を教えるべき   47%
   問題を避けるためヒトの起源は教ない  8%
   創造論は不要、進化論だけを教えろ   27%

注:TABLEタグで書いてるんで幅は不正確です
創造論のみ(18%) 両方(47%) 避けろ(8%) 進化論のみ(27%)

 なんとまあ、積極的にダーウィン進化論を支持する声は3割に満たない。ただ州により勢力は違うそうで、東部ではリベラルな進化論が優勢、南部では創造論が優勢、拮抗しているのがカリフォルニアだそうだ。この本の舞台がカリフォルニアなのもそういう理由で、現在の激戦区であるため。

 著者は進化論者の戦術の杜撰さにも容赦ない。1920年代のスコープス裁判など進化論側の勝利とされた事例の内幕も暴き、進化論側の作戦の杜撰さを明らかにする。またカリフォルニア州の創造論大学院取り潰し事件で、進化論を支持して大学院を潰そうとした州教育長の苦戦も苦い。創造論を支持する教員への嫌がらせなど、小さなエピソードも紹介している。「じゃあ逆はないの?」という疑問も湧くんだけどね。

 連邦裁判所では「科学の時間に創造論を教えちゃダメ」と結論が出た。しかし最後に近い四章では、群などの地方に戦場を移して巻き返しを図ってる創造論者の模様を紹介している。創造論者は全米によく組織されており、全国から有力な論客を招くのに対し、進化論者は組織が貧弱で地元の者が対抗するため劣勢になりがちだそうだ。創造論の候補者が正体を隠して選挙に臨むステルス・アタックや、他の政策と抱き合わせで創造論を通そうとする戦術も怖い。

 他にも創造論の様々な派閥、創造の一日を地質学的な長期間と解釈するオールド・アース派、宇宙の歴史を4千年~一万年とするヤング・アース派、賢い誰かさんが進化を促したとするインテリジェント・デザイン(ID)論なども紹介している。ID論は聖書が表立ってない分、タチが悪い。手を変え品を変え、しつこいと言うかあざといと言うか。

 中央から地方に戦場を移す手口は、最近になって国会から地方議会に戦場を移した児童ボルノ規制派と似ている。もはや日本でも他人事ではない。

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2010年7月 7日 (水)

レン・デントン「爆撃機」早川書房 後藤安彦訳

 第二次世界大戦中のイギリスによるドイツへの夜間戦略爆撃の一日を描いた小説。

ハードカバー2段組で550頁を超えるボリュームで、登場人物もやたら多い。原作の出版が1970年なんで、「絞り弁」とかの訳が少々古臭いのは、まあ仕方がないか。

 主な舞台は二つ。一つは爆撃機が飛び立つイングランド東部の北海沿いの英国空軍基地とその近辺。もう一つは夜間戦略爆撃の標的となったドイツ北西部の架 空の街。時は1943年6月の某日。英国側の登場人物は、爆撃機クルーを中心に、その家族や空軍基地、基地周辺の村人たち。ドイツ側はバラエティに富んでいて、レーダー基地関係者や迎撃する夜間戦闘機クルーなどの軍関係者に加え、爆撃される街の町長や救護・消火活動にあたる人々などの民間人が多く登場する。登場するメカは。英国側は四発の重爆撃機ランカスターが主人公。迎え撃つドイツ側はユンカース88、爆撃機から夜間戦闘機に転用された双発の機体。

 ほぼ一日の時系列に沿って物語りは進む。物語の前半は出撃までの様子で、緊張どころかむしろのんびりした戦時下の英独両国の日常が描かれるんだか、これ、実は読んでて結構退屈だったりする。ぐっと引き締まるのは後半、爆撃機が離陸してから。実用化されたばかりの地上レーダー基地の様子や、GPSがなく航法士が地図や天測に頼りながら進路を決定する夜間戦略爆撃の模様も興味深い。各爆撃機が互いを視認しながら飛ぶのではなく、機長と航法士が相談しながら各機が独自に航路を設定してたのね。
 爆撃隊の手順も新鮮だった。まずはモスキート爆撃機が照明弾で目標を設定する。高速かつ高空を飛ぶため、モスキートは高射砲の餌食になりにくいのだ。次にランカスターの第一陣が照明弾を多く混ぜて爆撃し、よりわかりやすい目標を設定する。続けてランカスターの第二陣が本格的な攻撃を加える。現在の航空機の操縦はフライ・バイ・ワイヤーが当たり前だが、当時はパイロットが腕力で四発の重爆撃機を操っていた。体力勝負であり、その悪戦苦闘ぶりが伝わってくる。対するユンカースも、前方向30度しか効かないレーダーで、地上基地の支援を受けながら闇の中で必死に索敵する。

ドイツ軍のレーダー基地が戦略爆撃機の群れを「川の流れ」と評したり、後続の爆撃機が先導機に比べ早めに爆弾を投棄する模様を「後ずさり」と呼ぶ模様も生々しい。

 最初の爆弾が落下してからの地上の様子はまさしく地獄絵図。爆弾処理が一息ついた頃に爆発する延期信管とか、一体誰が考えたんだか。水道管が次々と破裂していく中で、修理を続けながら消火・救援活動に走り回る消防団の面々こそ、真に英雄と呼ぶに相応しい。

 ドイツには貴族制の名残が残っており、イギリスは階級社会だ。それを誇りとして自らを律しようとする者もいれば、己の欲望を満たすために地位を利用する者もいる。恵まれない境遇に育ち人の優しさに触れた経験もない癖に、負傷した戦友を励ますため必死で声をかける若者もいる。ガムやチョコレート・バーを喜ぶランカスターの乗務員たちの若さが切ない。

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2010年7月 5日 (月)

Grateful Dead の Podcast

 「そういえば Podcast なんてのがあったなあ」などと今更思いつつ、Podcast Grateful Dead でぐぐったら、やっぱりありましたね Dead 専門の Podcast。とりあえず目に付いたのを4つほど。

名前 RSS iTunes 配信者 最終更新日
(2010.07.05現在)
記事の数
   (2010.07.05現在)
The Deadpod RSS iTunes John Henrikso 2010.07.02 6
mvyradio RSS iTunes mvyradio 2010.07.02 10
Rob Cork’s(略*) RSS iTunes Robert Cork 2010.06.27 5
Through The Years - iTunes Jack Straw 2006.08.30 8

*正式名称は Rob Cork’s Music Grateful Dead Shows and Rob Tunes, Personal Stash。

 iTunes をお使いの方は、下の表の iTunes の列のリンク先を開いて、「iTunes で見る」ボタンをクリックすればおk。全部、無料です。同頁の「リスナーはこれらも購読しています」とかを漁ってくと、もうキリがない。ああ、どんどんダメ人間になっていく…

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2010年7月 4日 (日)

宮部みゆき「スナーク狩り」光文社文庫

 おっさんは、生きてきた。ショボくてさえなくてお人よしに見えるけど、結構苦労してんのよ、これでも。

 物語は結婚式場に散弾銃を持つ美女、関沼慶子が潜入するシーンから始まる。彼女が異様な行動に出た理由とその結末が序盤の山場。次のシーンは上野の呑み屋で釣具店に勤める男二人、若い佐倉修二とオッサン織口邦男が一杯ひっかけるシーン。若い同僚に「お父さん」と親しまれる織口が、珍しくあからさまに別の同僚の女性と修二の仲を取り持とうとする。

 文章の読みやすさは抜群。読者を引き込む力も初期のスティーヴン・スピルバーグ並で、開幕直後から関沼慶子のブラコンぶりの描写、中でも妹が兄を振り回す様子などは宮部節が全開で炸裂し、一気に引き込まれてしまう。こういう「2ちゃんの鬼女板」的な人間関係を書かせたら、この人は実に巧い。特に巧いのはオッサンとオバハンの造形。「あー、いるよね、こういうオバハン」と、ついつい頷いてしまう。 この作品も、若く鮮やかな美女・慶子の衝撃的な登場で幕をあけるが、話が進むに従って彼女は脇に追いやられ、ショボくて優柔不断で冴えない、けど優しいオッサン織口が、スポットライトを攫っていく。

 他にも魅力的なオッサンが登場する。マザコンの妻と支配的な義母に振り回されるお人よしの月給取り、神谷。人当たりは穏やかだがしたたかな古参刑事、桶川。息子の決意を促す佐倉修二の父親の懐の深さも、少ない出番で鮮やかな印象を残す。

  「お前は間違ったって人間のクズなんかにはならねえよ。
   何があったって、他人様に迷惑をかけるような人間にはならねえ。
   それは俺が保障してやる。」

 父親の啖呵としちゃ、これほどカッコいい台詞は滅多にあるまい。

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2010年7月 3日 (土)

チャールズ・ストロス「アッチェレランド」早川書房世界SFノベルズ 酒井昭伸訳

 なんという俺得。ポスト・サイバーパンク風ワイドスクリーン・バロック。Jargon File の語彙で書かれた「幼年期の終わり」。21世紀のアルフレッド・ベスターが書く銀河ヒッチハイクガイド。デジタル世代のノウンスペース・シリーズ。

 アクの強いチャールズ・ストロスの作品の中でも、これは最もトンガってる。ストロス流のクセの強い文体に加え、専門用語が頻発する文章で、ハードカバー二段組で500頁を越えるボリューム。普通の人は最初の数頁で根を上げるだろう。相当にSFを読み込んでて、かつ特殊な方面のコンピュータ用語に詳しくないと、意味不明な用語が頻発してくる。インスタンスだのスレッドだのと言われてピンとくるのはプログラマぐらいで、モート人がわかるのは相当な年寄りのSFマニアだ。これが単なるお遊びなら雰囲気で読み飛ばせばいいんだけど、一部は重要なネタに絡んでるからタチが悪い。こんなもん誰が喜ぶんだと思うんだが、なぜかローカス賞を受賞してる。私みたいな変態って、意外と多…あ、いや、つまり、その、そういう変態の世界に興味がある人向けの、カレーで言うなら激辛かつ大盛りって事で。

 お話はシンギュラリティ・テーマ。「ムーアの法則に沿って演算能力を上げたコンピュータの進歩がある一点を突破した時、劇的な変化が起こるだろう」という仮説に基づき、シンギュラリティへのカウントダウンと突破、そしてシンギュラリティの向こう側を、ある一族の世代交代と並行して描いている。同時に舞台も地球→太陽系→銀河へと、大きくスケールアップしていき、それぞれにとんでもない知性体のゲストが出演する。物理的に大きく広がっていく点がサイバーパンクとの大きな違いで、その点では、いにしえのスペース・オペラに近い。

 全体は三部構成。第一部の離昇点は、Free Software Foundation の体現者マンフレッド・マックスを主人公に、シンギュラリティへ向けて変化を加速させようとする人々を描く。マックス君のネット中毒ぶりは身に沁みる。旧来の著作権を出し抜く案は、やたら痛快。
 第二部の変曲点は、マックスの娘アンバーを主人公に物語が進むが、その背景で、様々な形でヒトは太陽系へ進出していく。ラリィ・ニーヴンのリングワールドを越えた、馬鹿すれすれのマトリョーシカ世界創造が楽しい。
 第三部の特異点では、アンバーの息子サーハンを中心に、銀河への進出が描かれる。しかし銀河に進出しても、相変わらずヒトは痴話喧嘩を繰り広げているわけで、なんだかなあw

 第三部で描かれる世界は「なんでもあり」のユートピアそのもので、「人生が二度あれば」どころの話じゃないんだが、なぜか雰囲気はギスギスしてるのが可笑しい。どうにもヒトという情報モデルには根本的な欠陥があるんじゃなかろうか。釈迦にデバッグしてもらった方がいいのかも知れない。でも、そうしたら、一気にシンギュラリティを迎えちゃいそう。

 ああそう、"アッチェレランド"でググると、これとは別の魅力的なナニがトップにきますが、アレとコレは特に関係ないんで、そこんとこは誤解なきよう。…って書いてて気がついたけど、第三部の世界って、本気で「長門は俺の嫁」が実現できるよね。早くこいこい特異点。

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2010年7月 2日 (金)

外交・軍事的対立の三段階

 ちょっと思いついた事。

 現代の国家間の外交的・軍事的な緊張は、両国家の政策が対立する場合に起きる。その深刻さの度合いは、大きくわけて三つの段階に区別できる。対立の浅い順に、1)状況 2)政権 3)体制 となる。表面的には政策の対立しか見えないが、その要因の根の深さと、解決の困難さが違う。

  1. 状況の対立:状況が変われば政策も変わるレベル。

     湾岸諸国への米軍進駐を例に取る。米国は湾岸への影響力を増やすために、軍事基地を持ちたがっている。しかし湾岸諸国の民衆は米国に反感を持っており、余計な火種を抱え込みたくない各国の王家も、米軍の存在には神経を尖らせている。イラクのクェート侵略がこの状況を劇的に変えた。国内の反米世論より、サダム・フセインの方が、より強大で緊急の脅威となった。そのためにUAEはカタールの米軍基地を容認せざるを得なくなった。
     国家間の対立の大半はこのレベルで解決可能で、武力行使や経済制裁にまで発展しない。外交の手札として経済的な手段を使う場合もあるが、大抵は双方あるいは一方の政策の転換によって解決する。日米交渉の大半は、このレベルで解決している。

  2. 政権の対立:政権が代われば政策も変わるレベル。

     湾岸戦争~経済制裁時の米国はイラクの政権交代を望んでいた。クリントン政権までの米国はクーデターによるサダム・フセイン政権の転覆を目論んでいて、バース党による支配体制の打倒までは望んでいなかった。サダムは折れそうにないなら、それに代わる親米の誰かさんが立てばいいんであって、バース党の支配体制を壊そうとまでは思っていない。対立の原因が政権の基本方針に基づく場合は、ここまで発展してしまう。

  3. 体制の対立:政権と体制が分かちがたく結びついているレベル。

     あまり民主的でない国家と対立すると、この状況に陥りやすい。北朝鮮がいい例かな。麻生政権が鳩山政権に変わっても日本の立憲君主制は変わらないし、ブッシュJr政権がオバマ政権に変わっても合衆国憲法は変わらない。けど金王朝が倒れるとするなら、北朝鮮の国家体制そのものが大きく変わりかねない。
     *「でも中国はどうなの?」と突っ込まれたら、すんません、反論できないっす。
     あの手の国は体制=政権で、政権を維持するために人権や言論を統制している。それを正当化するために、意図的に近隣諸国との軍事的な緊張を演出し、「非常時だから」と言い訳している。この場合、政権の維持には軍事的な緊張が欠かせないので、近隣諸国にとっては必然的に「困ったちゃん国家」となってしまう。

 民主主義国家だと、政権の対立に陥っても、選挙によって政権が交代すれば、政策の転換も期待できので、無血の対立緩和や解消も期待できる。しかし独裁体制の場合は、政権と体制が強く結びついているため、対立の解消にはクーデターまたは全面戦争などによる体制崩壊が必要な場合が多い。

 民主主義は正義じゃない、けど強くて生存に長けているんだ、と私は思っている。その理由の一つがコレで、選挙による政権交代→政策転換ができるため、他国家との緊張を緩和しやすいからだろうなあ、などと考えるわけですね。もう一つは民主主義国家は強大な軍事力を持てるって点なんだけど、それはまたの機会に。

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2010年7月 1日 (木)

パトリック・コバーン「イラク占領 戦争と抵抗」緑風出版 大沼安史訳

 「まともな政府がないから、イラク人は互いに憎みあってしまうんだ。」
 「そして憎みあっているから、まともな政府が出てこない。」

 原作は2006年10月出版。英国誌「インディペンデント」の記者による、占領下のイラクの実態報告。読了感はひたすら重く、暗い。怒りと恐怖と絶望に満ちたイラクの現状、そしてブッシュJr.&ラムズフェルドの無知無策無責任への怒りが、ひしひしと伝わってくる。

 著者は湾岸戦争時からバグダットに滞在しており、経済制裁下のイラクについても「灰の中から サダム・フセインのイラク」(私の書評)で詳しくレポートしている。広いコネと闊達な行動力で、バグダットはもちろん北部のクルド地区からスンニ派が治める南部、そしてあのファルージャまで駆け巡り、グリーンゾーンの要人・クルドの軍司令官・シーア派の指導者・怪我人を治す医師・レストランの主人・子供を誘拐された貧しい家族・スンニ派の村の族長など、あらゆるイラクの人々の声を聞く。

 ブッシュJr.はイラクの占領計画を、何も持っていなかった。サダムを倒せば、イラクの民衆は諸手を挙げて米軍を歓迎し、やすやすと植民地支配に甘んじると思っていた。イラクの実情についても、何も知らなかった。ブッシュJr.の傀儡である亡命政治家や元将軍に、イラクの民衆がひれ伏すと楽観していた。イラク暫定統治機構(CPA)のポール・ブレマー三世も同じだ。彼はバース党員を追放したが、それによって病院長や学校長が不在となり、病院や学校が閉鎖の危機を迎えた。

 イラクはスンニ派・シーア派・クルドのモザイクであり、それぞれの派閥も内紛を抱えていて、しかも民衆は当然のように武装している。イラクの民衆の多くは、欧米に深い恨みを抱えている。それについては前著にも詳しく書かれている。誤解を恐れずに要約すれば、多くのイラク人にとって、自分の村の一族以外は、全て敵なのだ。サダムも、米軍も。そこにサウジアラビアを中心にシリア・ヨルダン・エジプトから、米のイラク侵攻に怒るイスラム原理主義が雪崩れ込んでくる。

 人口の50%を占めるシーア派には親イラン派とイラク派がいるが、なんとか統一を保っている。少数派に転落したスンニ派は自爆でシーア派を攻撃する。バグダットのパン屋で働く男は大抵シーア派なので、いい標的になる。パン屋はAK47で自衛を始めた。スンニ派の殺し屋はクルド地区の病院にも潜り込んでいた。医師の一人が、入院した傷病兵や警官を、意図的な医療ミスで殺していた。

 バグダットでは略奪と誘拐がビジネスになっている。自宅近くに見知らぬ車が止まっていたら要注意だ。誘拐犯かもしれない。警察に訴えても無駄だ。現役の 警察幹部が誘拐犯の一味の場合がある。

 汚職も酷い。ブレマー指揮下のCPAでは88億ドルが行方不明になった。バスラの製油所の警備担当のオーストラリア人は、イラク・イスラム最高評議会(SCIRI)の密売に気づき、事務所を閉鎖した。SCIRIは英国に抗議し、オーストラリア人は解雇された。イラク政府軍構築のため国防省に割り当てられた兵器調達費用10億ドルも、どこかへ消えていた。

 著者がバグダットの古本屋街を訪ねる場面は、当書で唯一の楽しいシーンかもしれない。著者は書店主から、自著(灰の中から)のアラビア語訳の売れ行きの好調ぶりを聞く。勿論、海賊版のコピー本。どんな気分なんだろ。

 残念ながら日本の自衛隊の話は全く出てこない。この本を読む限り、サマワで陸上自衛隊が受け入れられたのは奇跡と言っていい。地元の有力者と充分に話し合い、巧みに利害調整し、かつ隊員も規律が取れていたのだろう。初代の佐藤正久隊長の卓越した手腕がうかがえる。

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