鳥井順「中東軍事紛争史Ⅲ 1956~1967」第三書館パレスチナ選書
イスラエル空軍最強伝説。
ハードカバー550頁超え。第二次中東戦争後、動乱の続く地中海沿いのアラブ諸国に対しテコ入れを強めるソ連、ソ連のバックアップを得て周辺への軍事的圧力を強めるエジプトのナセ ル、対照的に米国への帰順を強める湾岸の産油国など混迷を深める中東情勢を舞台に、第三次中東戦争でのイスラエル空軍のパーフェクト・ゲームをクライマッ クスとしたシリーズ第三弾。
Ⅰ巻で「読み物としての面白さに欠ける」と書いたが、お詫びして訂正します。少なくともこの巻は、下手な漫画よかよっぽどエキサイティングです。いや真面目な研究書なんだけど、アンサイクロペディアのルーデルやシモ・ヘイヘと同じ意味で狂ってます。
第二次中東戦争で大敗を喫した東アラブは政情不安が続く。ヨルダンは内戦が勃発し、シリアとイラクはクーデターが頻発してソ連の介入が強まる。エジプトとシリアはアラブ連合を結成するが、すぐに潰れる。ナセルはイエメンに介入し、北イエメンは泥沼化する。紛糾の末にアルジェリアはフランスから独立する。独立したクウェートは石油収入を国民に還元して国情を安定させる。イランは石油収入と米国の支援で「上からの改革」を進めるが3%近い人口増加率に追いつかない。
パレスチナ難民はPLOを結成、それとは別に武力闘争を掲げるアラファトのファタハがゲリラ活動を始め、シリアが支援する。戦乱を機に中東進出を狙うソ連の誘いもあり、ナセルはスエズからイスラエル船を追い出しチラン海峡を封鎖、イスラエルの海上補給を絶ち、同時に陸軍をシナイ半島に集結させる。シリア・ヨルダン・イラクも国境付近に軍を進め、イスラエル包囲網を完成させるアラブ連合軍の戦力は兵員19.5~26.4万、戦車1000~1200両、航空機780~840機。イスラエルは兵員22万、戦車800両、航空機350機。一見、アラブ有利に見えるが。
1967年6月5日午前7時45分、イスラエル空軍の先制攻撃で戦闘が始まる。初日でエジプト空軍は壊滅、二日でヨルダンとシリアも空軍壊滅。6日間の戦闘でエジプトはシナイ半島を、シリアはゴラン高原を失う。哀れなのはヨルダンのフセイン王。ナセルの「イスラエル空軍の7割が潰れアラブ連合陸軍はネゲブを進軍中、イラク空軍はテルアビブを灰にした」という嘘につられ空軍を出撃させたが、イラクは主力派兵を渋り、シリアは日和ってゴラン高原から撤退、結果空陸の主力に加えヨルダン川西岸とエルサレムを失ってしまう。酷すぎるだろナセル。
以下、面白エピソードを。
- バトル・オブ・ブリテン時の英国ハリケーンとスピットファイアの稼働率は90%、ドイツ軍は64%。開戦時イスラエル空軍の稼働率は96%、アラブ連合は50%。
- 戦前、イスラエル空軍パイロットはヨルダン空軍パイロットを最も高く評価していた。戦後はイラク軍が最強、シリアが最低と評価した。
- ナセルは高飛車だったが、シナイ半島にほとんど備蓄を置いていなかった。
- イスラエルの識字率は9割以上、エジプト・シリア・ヨルダンの平均識字率は32%。
- イスラエル空軍司令官ホッド将軍「優れた空軍は敵機が飛び立つ前に地上で一挙に撃破する、空中戦は戦力の浪費で戦術の誤り」。第一撃の目的は敵空軍が飛び立つ前に殲滅する事。空中戦回避に多くの努力を割いた。
- イスラエル空軍は保有機の90%以上を第一撃のエジプト航空基地攻撃に使った。
- 初日のイスラエル空軍攻撃計画は7段階25目標。エジプト17、ヨルダン2、シリア5、イラク1。
- 攻撃開始を7:45にした理由は敵の警戒心が緩み、レーダー員の交代・パイロットの朝食の時間だから。アラブ連合福総司令官アメル元帥は当時シナイ半島を飛行視察中で、カイロに戻ったら空軍壊滅の報が待っていた。
- イスラエル空軍機はレーダーを避けるため地上10~50メートルの超低空飛行で侵入した。
- カイロ西基地の航空機の40%はベニヤのダミーだが、ダミーは無傷で実機は壊滅した。
- イスラエル空軍パイロットには1回の航過、都合10秒ほどしか許可されなかった。地上40~50メートルの超低空を800km/hの低速で侵入、特殊爆弾で滑走路を潰し、次に30mm/20mm機関砲でエプロンや滑走路の機体を潰す。AAMやナパームは使わなかった。
- イスラエル空軍の初日の出撃は3000ソーティー、うち2000ソーティーが敵航空戦力攻撃。ちなみに保有機は350機。大半のパイロットは8回以上出撃した。
- イスラエル空軍1ソーティーの時間は57.5分。行き22.5分、上空での攻撃7.5分、帰還20分、補給7.5分。アラブ連合は出撃まで26分が必要。
- 戦争開始3時間以内に敵空軍壊滅の報がラビン参謀総長に届いた。同ニュースがアラブ連合首脳に届くまで12時間近くかかった。
- イスラエル軍の参謀「アラブ連合の兵や整備員は農奴のように扱われている。彼らが我が軍の指揮官と兵の関係を知ったら驚くだろう」
ちょっと「ヨハネスブルグのコピペ」風に。
- 「今日はもう来ないだろう」と飯を食ってる間に基地のMig21が壊滅した
- 唖然としてたら一時間後に再び爆撃され滑走路が穴だらけになった
- なんとか50機が離陸したが32機が落とされた
- 350機のイスラエル空軍が550機以上のエジプト空軍を3時間で殲滅した
- エジプト空軍のパイロットはあまり戦死してない 基地に辿りつく前に乗機が全滅してるから
- ナセルから「イスラエル空軍の7割は潰れた」とヨルダンのフセイン王が聞いた時、エジプト空軍の9割が消えてた
- フセイン王が開戦を命じた日にヨルダン空軍のホーカーハンター22機が蒸発した
- 出撃したヨルダンのハンター機が戻ったら基地が消えていたので、イラクまで飛ぶ羽目になった
- Mig21の帰りが遅いと思ってらイスラエル軍パイロットを乗せて戻ってきた
- 最新鋭の Su-7 なら大丈夫だろうと思っていたら速攻で鹵獲された
- つか最新鋭機ほど危ない ユダ公が空戦するのは敵機をブン取るため
- 戦争が終わったらイスラエルの保有ガソリンが増えていた 鹵獲分が戦闘に使った分より多かった
- ナセルが「ロマニまで撤退しろ」と命令した時、ロマニは既に占領されていた
- 「今時シャーマンだっておw」と笑ってたT-55やパットンがアイ・シャーマンの一撃で吹っ飛んだ
真偽の程はご自分でご確認ください。
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