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2010年7月16日 (金)

鳥井順「中東軍事紛争史Ⅱ 1945~1956」第三書館パレスチナ選書

 イスラエル独立の第一次中東戦争からスエズ動乱の第二次中東戦争、そしてOPEC結成までを扱ったシリーズ第二巻。相変わらず鳥井氏の著作は数字などのデータに関しては詳細かつ誠実で頭が下がる。ハードカバーで491頁、文章は平易だが、なにせ扱う主題が中東の現代史なんで、歯応えは充分。前半では私の好きなラピエール&コリンズの「おお、エルサレム!」が引用されてて、少し嬉しい。

 今回のクライマックスは、第一次中東戦争と第二次中東戦争。着々と地歩を固めるイスラエルと、エジプトで英雄にのし上がるナセル。その裏で続々と独立しては政権が変転する中東各国、静かに影響力を失っていく英仏、そのスキに付け入ろうとする米ソ両大国、台頭する産油国など。特に英国が坂を転げるように没落していく有様は、少し可哀相になってくる。

 前半はイスラエルが中心だが、本書の主役は後半に登場するのエジプトのナセルだろう。第二次中東戦争が軍事的には完全な敗北であるにも関わらず、米ソを手玉に取りながら国際的な圧力で政治的な勝利に変える辣腕は、英雄の名に相応しい。

 ナチスの弾圧から逃れパレスチナへ入植する人々の増加と、周辺の独立機運の高まりに伴い、ユダヤとアラブの対立は激しくなり、増加するテロがそれを煽る。生まれたての国連においても、一歩も妥協しないアラブ諸国の態度は、解決を更に困難にするが、米ソの後ろ盾とバチカンの思惑も絡み、1947年に分割案が決議される。

 48年5月、英国の撤退と共にエジプト・トランスヨルダン・シリア・レバノンのアラブ連盟が雪崩れ込む。ユダヤは密かに組織した民兵ハガナを中心にイルグン・バルマッハなどで防衛するが、兵器調達には苦労していた。ハイファ港で英国戦車兵をユダヤ娘が誘惑するスキにシャーマンをパクったり、英国の映画俳優が撮影で飛行機に乗り込みそのままトンズラするエピソードは笑ってしまう。英国人グラブ・パシャが指揮するヨルダンのアラブ軍団を筆頭にアラブ優勢のまま、6月11日~7月8日まで一次停戦が成立。ユダヤは停戦中にイルグンの粛清も含め軍組織の改革や武器の密輸に励み、停戦明けではヨルダンを除くアラブ軍を圧倒し、停戦を迎える。

 国連調停案からユダヤ側がはみ出た停戦ラインにアラブ・ユダヤ双方が不満を持つ。デイル・ヤーシンの虐殺などでイスラエルはパレスチナ人を叩き出す。難民化したパレスチナ人を、アラブはショウケースとして利用する。人口で劣るイスラエルは、二次対戦前のドイツを参考に軍を組織する。常備軍は士官・下士官中心に最小限に留め、緊急時に迅速かつ大量の予備役を招集する。

 エジプトでは軍のクーデターで王制を廃し、土地改革を進める。赤字に苦しむエジプトにソ連がつけこみ、武器供与を始める。サウジでは成金となったサウド家が100台近いキャデラックを買うなど浪費で注目を集める。イランでは英国資本に牛耳られた石油を制裁に苦しんだ末に名ばかりとはいえ国有化を果たし、そのスキに米国資本が進出する。

 アスワン・ハイダム建設資金に苦しんだエジプトのナセルはスエズ国有化を宣言する。怒る英仏はイスラエルをけしかけ、第二次中東戦争が勃発、エジプト軍を蹴散らしてイスラエル軍はシナイ半島を席巻する。通信網攪乱のため砂の上4メートルの低空飛行で翼やプロペラで電話線を切るイスラエル空軍のP51ムスタング。IDAF最強伝説の始まり。文盲率8割のエジプト軍は自陣正面からの攻撃には強いが、回り込まれたら弱い。対するイスラエル軍は教育レベルが高く、下級指揮官に大幅に権限を委任して効果を上げた。

 調停を装って英仏が介入し、ここでもエジプト軍を蹴散らしてスエズを占拠する。高高度爆撃に拘る空軍機は大きな戦果をあげられず、艦載機が大戦果をあげる。また負傷兵の後送や治療にへり空母が活躍する。しかし米ソを中心に国際世論は英仏イスラエルを非難する。エジプトは戦力の95%を失いながらもシナイ半島を回復し、ナセルは英雄となる。

 エジプト軍の弱さは教育レベルの低さが要因、とある。太平洋で日本軍は司令部と通信が断絶しても小隊・分隊レベルでよく健闘したと聞く。その秘訣の一つは高い識字率じゃないかな、と思う。第二次中東戦争で軍事では壊滅的な敗北を被りながら外交で勝利を収めたナセルが、ひたすらカッコいいⅡ巻でありました。

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