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2010年7月11日 (日)

鳥井順「中東軍事紛争史Ⅰ 古代~1945」第三書館パレスチナ選書

 中身は書名そのもの、紀元前から第二次世界大戦終戦直前、すなわち第一次中東戦争開戦直前までの中東の歴史を俯瞰した本。以後、Ⅱで第一次中東戦争~スエズ動乱、Ⅲで第三次中東戦争、Ⅳで第四次中東戦争へと続く消耗戦争を扱い、第四次中東戦争直前で終わる。

 ハードカバーで付録を含まず516頁。付録の参考文献が33頁もあり、入門書および読書ガイドとしての充実ぶりは凄まじい。扱っている範囲がやたら広く、時間的にはメソポタミア文明~第二次世界大戦まで、空間的にはジブラルタルから中国西部までをカバーしている。ローマと地中海の覇権を争うイスラム帝国や、パレスチナ問題の重要な当事者であるユダヤ民族のヨーロッパやロシアにおける放浪と苦難も扱っており、欧州史にも多くの頁を割いている。特に前半は、もはや軍事関連書籍というより、中東から見た世界史の教科書というべきだろう。歴史の参考書としては役立つが、読み物としての面白さには欠ける。まあ、娯楽としての面白さを目指した本じゃないけど。

 二十世紀以降、パレスチナからイラクまでは、一応は落陽のオスマン帝国の支配下となっていた。ロシアの南下を恐れるトルコは一次大戦でドイツに組する。英仏は空手形で地元の勢力に独立をそそのかし、トルコに対抗する。敗戦を喫したトルコは小アジアに押し込められる。トルコを苦しめた地元勢力は、英仏の都合でイラク・シリア・ヨルダン・レバノンに分割される。北アフリカは英仏の植民地として食い荒らされる。あの辺の国は、みな英仏や米の都合で国境を決められた人工国家なわけだ。

 一次大戦後、欧州やロシアで強まった弾圧から逃れたユダヤ人が、組織的にカナンの地へ入植を始める。不在地主から土地を買い、キブツなどの集団農場で自給自足に近い生活をする。キブツでは自衛団を組織し、それがハガナ(イスラエル防衛軍の母体)のルーツになる。当初はユダヤ人の数も少ないために比較的軋轢も少なかったが、入植者が増えるに従い衝突が増えてくる。ナチス・ドイツの組織的な弾圧が入植を加速し、アラブ側の反発も組織化されていく。

パレスチナ・ユダヤ社会の防衛責任者に任じられたデビッド・ベングリオンは、軍事については何も知らなかったので、専門書 を机にうず高く積んで勉強を始めた。ハガナの指導者が支持を仰ぎに来ても彼は、「ちょっと待ってくれ。まだ勉強が終わっていない」と答えたという。

 組織的な入植の初期、1920年代からヘブライ大学を設立し、計画的・組織的にユダヤ文化の育成と人材の育成を始めたユダヤ人の、計画性と組織力には恐れ入る。土地を追われた小作人が多いパレスチナ人が圧倒されるのも、致し方あるまい。

 一読で人名や年表を覚えるのは無茶だが、中東問題のややこしさ・因縁の深さはよくわかる。パレスチナ問題で「イギリスの二枚舌が悪い」、イラク問題で「アメリカは横暴だ」と決め付けるのは簡単だが、「どないせえちゅうねん」という問いには、読めば読むほど答えに詰まるようになるだろう。

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