鳥井順著「イラン・イラク戦争」第三書館
イラン・イラク戦争の概要を掴むには、文句なしの逸品。ハードカバーで600頁を越えるため、読み通すのはかなりホネだけど。
主に報道や政府発表などの公開記事を元に著者なりの解説を加え、噛み砕いて説明するというスタイルを取っている。要所ではジェーン年鑑など民間の調査機関の資料やロイズ保険などで裏をとり、矛盾がある場合は表で比較するなど、正確さや信頼性には細心の注意を払い、眉唾な数字には「眉唾ですよ」と釘をさすのも忘れない。
というとお堅く無味乾燥な本になりがちなんだが、著者の文章はこなれていて読みやすい。翻訳物にありがちなとっつきにくさもなくて、やはり日本人の書いた本はいいよね、と思った次第。
八年間に渡る戦争だけに内容は盛りだくさんな上に、著者の視点が幅広いんで、内容の充実ぶりは凄まじい。個々の戦闘に関しても、まずイランやイラクの政治状況から始まって米ソの思惑や周辺諸国の出方など、舞台背景をキッチリ描いている。戦闘に使われた武器の輸入元や資金調達法までしっかり調べている。当然、部隊編成やその問題点、兵器の稼働率など現場の情報も忘れない。
イラン空軍のトムキャットの稼働率が常時10%程度だったりして、そりゃもう涙もんです。装備じゃ圧倒的に劣勢なイラン軍が健闘した理由の一つは戦場。南部は湿地帯なんで大規模な戦車戦が難しく、人海戦術でもそれなりに対応できてしまった。北部は山岳地帯で、もともと大部隊を展開するのが難しい。もう一つはイラクの国内状況で、北部じゃクルド人が独立を求めて騒いでる。イランが煽ってる部分もあるけど。シリアも背後を突こうと虎視眈々と狙ってるんで、イラクも戦力を割かなきゃいけない。国内で多数派のシーア派はイランに同情的とまではいかなくても、戦意はナッシング。
対するイラク空軍は装備が優秀な割りに活動は不活発だったり高高度爆撃に拘って充分な戦果をあげられなかったり。指揮系統の問題で(全て最高指揮官のサダム・フセインを通さなきゃいけない)陸軍の要請に空軍が応えられなかったり、空軍の偵察情報が陸軍に渡らなかったり。その分、陸軍のヘリは活躍してるんだけど。エアランド・バトルの概念があれば、イラクの圧勝だったかも。とはいえ、戦力を統合して運用できるほど、フセインの立場は安定してなかったって事なんでしょう。
反面、直接のインタビューや取材がない分、映画の脚本としては向かない。ラピエール&コリンズとは対照的な手法ですね。生の声が聞きたい人には物足りないかも。
出版がイラクのクウェート侵攻の直前なんで、そっちには触れてない。けど、そっちまで書かれたら、ダンベル並の重さになっちゃうよなあ。
笑えるのがイスラエル。どっちに味方しても地獄とはいえ、イランに都合したTOWが大活躍してるんだよね。その余力をかったイランはレバノンのヒズボラに肩入れして、イスラエルに跳ね返ってきてる。なんともはや。
以降、ただの愚痴、というか言い訳なんでそのつもりで。
本は読んでるんだけど、なんとなく文章を書くのが億劫になってて、書評、というよりブログそのものを書かなくなってしまった。これじゃイカンと思い、出来は無視してとりあえず書くようにしよう、ってんでこんな具合になってしまった。内容の具体例を出して書こうにも、なにせ内容が充実しすぎてオツムがオーバーフローを起こしてる。暫くはリハビリって事で意味不明な内容が続くと思う。ご容赦下さい。
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