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2010年6月 5日 (土)

藤崎慎吾「鯨の王」文芸春秋

 平成のモビー・ディック、または海洋冒険怪獣物語。いや実は白鯨を通読してません、ごめんなさい。

 出だしはホラー仕立て。合衆国海軍の攻撃型原子力潜水艦ツーソンで事故が起きる。背筋に寒気を感じたクルーが、怪現象によりバタバタと倒れ始める。ある者は顔中の穴から血を流し、ある者は頭を焼かれ、ある者は頭が爆発する。

 怪現象の犯人は早めに見当がついちゃって(つか既にネタバレしちゃってるけど)、後は追いかけっこになる。主な追跡者は三派。まず海洋生物学者の須藤秀弘。アル中の中年で学会の嫌われ者。嫁と娘に愛想をつかれ、大学でも爪弾きになりつつある。それでも普通は読むに従っていい所も出てきそうなもんだが、コイツは最後までいけすかないダメ男で、「そりゃ嫌われるよ」と納得しちゃったりする。いいのか、こんなのが主人公で。でも面白いから許す。

 次に合衆国海軍調査研究所のドナルド・ライス博士。少々線が細い感はあるが、海洋冒険物語の主人公に相応しいマトモな人。活躍してるんだけど、周囲の連中のアクが強すぎてイマイチ目立たない。

 最後は合衆国海軍原子力潜水艦艦長エイブラム・オールト。まさしくエイハブ船長に相応しく執念の人。弟をモビー・ディック(仮)に殺され、己の立場を利用して復讐に賭ける。その狂気っぷりはいっそ清清しい。やっぱ大海獣相手のバトルは、こういう人が出ないと。

 どうも藤崎さんの小説からは「俺は、海が好きだ~!」という心の叫びが聞こえてるように感じるのは、気のせいだろうか。藤崎と、相棒のパイロットのドツキ漫才も面白いけど、読みどころは深海の風景。初頭に出てくる鯨骨生物群集の生態系も魅力的だが、熱水噴出孔の風景はまさしくセンス・オブ・ワンダー。

 当然、モビー・ディックといえば主役はアレなんだけど、「鯨の王」という書名に相応しい威容と実力を備えております。アレとオールトのバトルが一つのクライマックス。巨体と正体不明の武器で迫るアレに対し、現代の最新鋭兵器を駆使するオールト。この最新鋭兵器も本書の魅力のひとつ。

 しかし加藤秀弘教授(須藤秀弘のモデル)も心が広い。私なら、こんなダメ男に捏造されたらブチ切れるw

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