アハメド・ラシッド「タリバン」講談社
訳は坂井定雄・伊藤力司。著者はパキスタンのジャーナリストで、20年近くアフガニスタンに関わってきた人。タリバンという組織の成長過程・兵士たちの背景・思想・政治手腕などに加え、タリバンをめぐる各国の利害など、ややこしい情勢を解りやすく解説してくれてる。敢えて欠点を挙げれば、日本語版の初版は2000年10月20日と9.11の前なんで、それ以降の情勢には触れていない点。まあこれはないものねだりでしょう。タリバンに限らず、アフガニスタンと周辺諸国の情勢の理解には今まで読んだ中では最適かも。
アフガニスタンの多くはスンニ派のパシュトゥン人。他にハザラ人やタジク人などが少数民族として北部を中心に住んでいる。タリバンと対立した北部同盟はハザラ人やタジク人も多い。
タリバンは多数派のパシュトゥン人から生まれた。ソ連の侵略は多くの孤児や難民を生み、彼らはパキスタン西北部の部族直轄地域に避難した。そこのマドラサ(神学校)で、孤児や難民の子供を預かり、共産主義と戦う聖戦士を育てたのが始まり。主な支援者はサウジアラビアの原理主義者とアメリカ、パキスタン。イスラムでも厳格なサウジのワッハーブ派から派生した原理主義とパシュトゥンの民間信仰の混合物を、家庭から切り離した男だけの合宿生活で叩き込む。その結果、死を厭わず戦う事しか知らない狂戦士が量産される。まあ、ある意味、彼らも被害者ではあるんだ。ただ、ソ連と戦ったムジャヒディンとは異なり、その次の世代にあたる。
ソ連撤退後のアフガンは武装勢力が群雄割拠して相争っていた。特にパシュトゥン人が住むカンダハルは多数の軍閥や強盗の縄張り争いが激しく、民間人を略奪・虐待していた。94年春にオマル率いるタリバンが決起し、カンダハルを支配する。そこにマドラサの学生一万二千人が加わり、3ヶ月ほどでアフガン32州中の12州を支配する。
タリバンは女性の家庭外労働を禁止する。小学校教師や医療関係者の大半を占めていた女性(その多くは戦争未亡人)は職場を追われ、その子供たちも飢えに直面する。女学校閉鎖で女性は就学を禁じられる。教師が消えたので男児も放置される。98年、ユニセフは「少女の90%、少年の1/3は学校に行っていない」と報告している。異性への医療も禁じたため、事実上女性は医療が受けられない。国連援助機関やNGOが撤退し、民衆が飢えに苦しむ中でオマルは答える。「イスラムが彼らを救うであろう。」つまり、タリバンは民衆を救う能力はおろか、意思すら持ってないと宣言したのだ。
98年8月、タリバンは北部のマザリシャリフを陥落させる。オマルは2時間の虐殺を許可した。実際には2日間、無差別な虐殺が続き、その後数日間、ハザラ人を目標とした虐殺が続いた。タリバン兵は抑制が効かず、多くのタジク人が巻き添えになった。女性は強姦され、400人ほどが愛人として誘拐された。国連と赤十字国際委員会は虐殺の被害者を五千~六千人、著者は六千~八千人と推定している。それまで略奪せず規律正しかったタリバンは、マザリシャリフを境に破綻し、占領後は略奪と虐殺に酔うようになる。
タリバンの重要な収入源は密貿易で、アフガニスタン経済に年間30億ドルをもたらす。アフガニスタンは内陸国なので、。貿易保護のため、アラビア海から陸揚げしアフガニスタンに運ぶ貨物に、パキスタンは関税をかけていない。これをパキスタンのマフィアとタリバンが悪用する。貨物を一旦アフガニスタンまで運びパキスタンに戻し、無関税で物品をパキスタンに売りさばく。国内の産業保護のためパキスタンがかけた関税は無意味となり、安く高品質な欧米の工業製品が市場に出回り、パキスタンの産業は崩壊する。マフィアはパキスタンの軍と役人に賄賂を握らせ、政府の腐敗が進む。北部辺境州の闇経済を潤し、中央政府の影響力を削ぐ。
もう一つの収入源はケシで、ケシ栽培農民の現金収入は年1億ドル、タリバンは少なくとも2千万ドルを税金として徴収している。当初ヘロインはパキスタンで精製していたが、やがてアフガンに施設が移る。必要な無水酢酸は中央アジアから密輸する。麻薬は国内でも消費され、98年までにパキスタン・アフガニスタンでアヘン全生産量の52%が地域内で消費された。汚染はウズベキスタン・タジキスタン・トルクメニスタン・キルギスに広がり、パキスタンに500万人以上、イランですら少なくとも120万人の中毒者がいる。
とどめは道路の通行料。タリバンは勝手に道路に検問所を設け、高い通行料を徴収する。アラビア海と中央アジアの交易は阻害され、中央アジアの発展は妨げられる。
カスピ海に接するトルクメニスタン。そこが産する原油と天然ガスの利権を米企業ユノカルが取得した。これをパキスタンに運ぶパイプラインが出来れば、ユノカルと合衆国は勿論、パキスタンとトルクメニスタンの利益にもなる。現在、トルクメニスタンのパイプラインはロシア経由の線しかないため、トルクメニスタンはロシアに服従せざるを得ない。新ラインによりトルクメニスタンはロシア依存から脱却できるだろう。
アフガニスタンはユーラシアの交通の要所だ。アラビア海と中央アジアを結ぶ道はアフガニスタンを通る。この安定が確保できれば、トルクメニスタン・ウズベキシタン・タジキスタンはロシアを介せず欧米と貿易でき、中央アジアの発展とロシア依存脱却に貢献する…カザフスタンはロシアべったりなんで難しいけど。
そんな訳で、欧米はアフガニスタンの安定を願っている。98年まで、合衆国はISI(パキスタン軍統合情報部)を介してタリバンを支持していた。ロシアを牽制し、アフガニスタンの安定に役立つだろうと計算した。意外なのはイランで、シーア派保護と女性開放のために北部同盟を支援している。すんません、イランを見直しました。
今でもISAFとタリバンの激戦は続いている。オバマ大統領は増派を決めたが、米国と欧州の世論は撤兵に傾きつつある。自衛隊の給油継続も危ない。アフガン安定はアフガン国民のみならず日米欧すべてに配当をもたらすが、かと言って「じゃお前が行け」といわれたら、やっぱし尻込みしちゃうなあ。ヘタレでごめんなさい。
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