レイチェル・ブロンソン「王様と大統領 サウジと米国、白熱の攻防」毎日新聞社
訳は佐藤陸雄。主にサウジアラビア側、それもサウド王家から見た、サウジアラビアとアメリカ合衆国の外交史。ハードカバーで本文が400頁を越えるが、実に読みやすく、かつ面白い。時代的には冷戦を中心に1932年から2005年までを扱っている。
一般に中東の近代/現代史を扱った読み物は、我々日本人には馴染みのない人名が頻出してやたら読みにくいんだが、この本は登場人物を巧くサウド王家中心に絞っているため、読んでてほとんど混乱しない。主に米国の公文書や新聞などの公開記事を中心に、エピソードの羅列に近い形で書かれている。下手すると散漫な印象を与えがちな手法だけど、各エピソードは物語風にアレンジしてあるため、感情移入しやすく、すんなりと頭に入ってくる。
で、結論から言うと、サウジアラビアがアメリカの財布としていいカモにされ続け、今もカモにされつつある外交史なのですね。老獪なアラブ商人的な印象を持っていたんで、かなり意外だった。
サウジアラビアはサウド王家の絶対王政だ。よって政策の根幹は二つ、1)サウド王家の利益・王制を守る事 と 2)サウジアラビア国家の利益を守る事 となる。この二つの政策は国内外に敵をもたらす。とりあえず国内の敵は置いといて、外部の敵は近隣諸国、つまりエジプト・イラク・イラン・イスラエル等だ。当時は冷戦であり、エジプトとイラクの背後にはソ連がいる。絶対王政を維持したいサウド王家にとって共産主義ははなはだ都合が悪い。よって共産主義を「神を信じぬ不逞の輩」とみなし、石油取引で絆のある米国をパートナーに選んで、ソ連&友好国と敵対する。
のはいいんだけど、ここから先が切ない。石油の輸出で金はあるけど工業力はないんで、戦闘機などの武器がない。軍の近代化も進んでないんで、自国だけじゃ防衛できない。そうこうしてるうちにソ連の後押しを得たエジプトのナセルはいい気になってサウジの裏庭イエメンを引っかきまわし、御大ソ連はアフガニスタンに攻め込み、挙句の果てにはイラクのフセインが隣国クェートを占領してしまう。なんてこったい。
ってんで米に泣きついてみたが、米軍をサウジ国内に展開させるわけにはいかない。仇敵のイスラエルを支援してる米国の軍を迎えたら、サウジ国民が黙っちゃいない。なんとか武器を仕入れようとしてホワイトハウスは説得できても、今度はわからずやの米国議会が邪魔をする。うへえ。
…てな感じで足元を見られて武器の輸入じゃボラれっぱなし、おまけに「共産主義との戦い」との名目で東側に敵対する勢力、具体的にはソ連に抵抗するアフガニスタンのムジャヒディン、リビア&エチオピアを牽制するスーダン、挙句はニカラグアのコントラにまで出資する羽目になる。
国内の敵もややこしくて、これはイスラム教をテコに懐柔しようとしたのはいいが、元来サウド王家が守護するワッハーブ派は厳格なせいもあってか、やたら戦闘的な原理主義勢力が勢いを増し、アフガニスタン等に義勇兵として出かけていく。まあ海外で暴れてるうちはともかく、ソ連が撤退したら実戦経験を積んだ荒くれどもが帰国して気勢を上げ始め、「イスラエルを潰せ」と騒ぎ始める。米国と馴れ合うサウド王家も、いつ標的になるかわかったもんじゃない。そんなサウジの国情がアルカイダを産み、9.11 の悲劇につながっていく。
絶対王政で報道に強い管制が敷かれ実情がわかりにくい現在のサウジアラビアを理解するには、楽しくて手ごろな本だと思う。サウジの登場人物は王族が中心で庶民の生活には全く触れられていないけど、それは仕方ないね。
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