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2009年9月の7件の記事

2009年9月30日 (水)

坂本康宏「歩行型戦闘車両ダブルオー」徳間書店

 極めて現代に近い未来の日本を舞台に、合体ロボットが怪獣と戦う、そーゆーお話です。そーゆーのが苦手な人はお引き取り下さい。そーゆーのを受け付ける人は、文句なしに楽しめます。ロボットが合体するからといって、某○ンダムとは関係ありません。偶然です、たぶん、いやきっと。

 2001年の第三回日本SF新人賞の佳作入選作。事実上のデビュー作。坂本康宏は、これといい逆境戦隊×[バツ]といい、子供向け特撮/アニメっぽいテーマを、現代の情けない月給取りにオトナの事情を交えて演じさせるといい味を出す。今回も、三人の失業した27歳の青年達がパイロットとなって活躍する話。

 雨月蛍太郎。格闘技に長けた体育会系。会社をリストラされた同じ日に彼女に振られ、呆然としたスキにスカウトされる。
 妹尾環。シューティングゲームの天才。しかしゲームセンターは次第にオタクの溜まり場からカップルや家族が楽しむ明るい娯楽場に変わり、鬱憤が溜まっていた時に「難しいゲーム」という餌に釣られる。
 胡子竜二。腕のいい重機乗りだったが事故を起こし大怪我で入院。やっと退院したが事故の噂が祟って再就職はなかなか決まらない。妻と子を抱え困っていた所に再就職先を紹介されて飛びつく。

 情けない男女の描写も坂本氏の得意技だろう。それでも世を恨むでもなく自分を責めるでもなく、溜息をついて呆然とする、そんな描写が彼の十八番かも。今回もうらぶれた三人の男たちが、安月給で命がけの戦いを繰り広げる傍ら、それぞれが抱えた心の傷にケリをつけ、少しづつ絆を深めチームとしてまとまっていき、熱血ヒーローに相応しいタンカを切りながら、爽やかで切ない終幕を迎える。綺麗に終わっちゃいるが、やっぱり続く形にして欲しかった、ってのは贅沢な不満かな。続き、なんとかなりません?坂本さん。

 なぜ合体するかという深刻な問題も、ちゃんと答えを用意してて、序盤できっちり説明している親切設計。これがまた現実的というかオトナの事情と言うか、それでも否応無しに納得されられると言うか身につまされるというか。なぜ怪獣が現れるか、なぜ日本ばかりが狙われるのか、なぜ自衛隊では歯が立たないのか等もちゃんと説明がついてて、それは読んでのお楽しみ。

 やっぱり彼の作品にはキメ台詞がないとね。絶対崩壊!ゼロバスター!

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2009年9月29日 (火)

マイケル・バー=ゾウハー&アイタン・ハーバー「ミュンヘン オリンピック・テロ事件の黒幕を追え」早川文庫

 原題は「The Quest for the Red Prince」。1972年9月のミュンヘン・オリンピック・テロ事件を頂点とするパレスチナのテロ組織「黒い九月」の興亡と活躍、それを追うイスラエル軍および情報部の暗殺部隊の追走劇。ノンフィクションの筈が、まるで小説の様な盛り上がりと興奮に満ちている。プロローグも72年5月のハイジャック事件の緊張感溢れる場面から始まっていて、小説家でもあるマイケル・バー=ゾウハーの構成の妙が光る。ファタハをはじめパレスチナ側抵抗組織はとことん悪し様に書かれていて、そういう意味では完全にイスラエル寄り。

 Red Prince は「黒い九月」の首領ハサン・サラメの事。380p中、冒頭の160p近くは彼の父で同名のハサン・サラメの生涯を中心に、イスラエル独立前後のパレスチナ人の生活と抵抗運動を生々しく描く。貧しい村に生まれ、チンピラとして愚連隊を率いる立場になり、アラブの大蜂起の波に乗って農民を率い、ユダヤ人のみならず穏健派のアラブ人すら餌食にしてのし上がっていく。1948年にイルグンとの戦いの中で彼は命を落とし、パレスチナの抵抗運動のふたりの指導者のひとりとして記録される(もう一人はアブドゥル・カーデル)。長くなったけど、子ハサンが Prince と呼ばれる所以は、彼の父が偉大な英雄だからなのですね。Red は…うん、ご想像のとおり。

 第二部になって、やっと主人公のハサンが登場。粗野で野蛮な雰囲気の父とは対照的に、知的で線の細いハンサムでスマートな、やや陰のある青年に描かれている。お洒落なのは父譲り。アラファトの寵を得て酷薄で優秀なテロリストとして成長し、PLOの隠然たる保護の下に過激なテロ組織「黒い九月」を成長させ、次々とテロを成功させていく。黒を愛用するお洒落なセンスに享楽的で華やかな生活、ホテルを泊まり歩いてスポーツカーを飛ばす。しかし慎重で注意深く身元を隠し、世界各地を飛び回ってモサドから逃れ続ける彼の姿は、まるきしジェームズ・ボンド。対するモサドの面々を完全に食っちゃってる。作者はモサドの活躍を書きたかったのか、書いてるうちにハサンの魅力に取り憑かれたのか、どっちなんだろ。

 父ハサンの章でわかるんだが、早期に軍の体裁を整えたイスラエルと異なり、パレスチナ側は多数の武装組織が合い争い、虐殺と復讐で無駄に戦力を消耗していく。この内情が実に面白い。武装組織というより暴力団の抗争に近い雰囲気に描かれていて、「そりゃ確かに正面戦闘じゃイスラエルに勝てん、こりゃテロしかないわなあ」と納得させられる。

 著者あとがきはむしろ最終章というか次回予告というか。解決は遠いなあ。

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最相葉月「星新一 1001話を作った人」新潮社

 日本SFの、そしてショート・ショートの巨人、星新一の伝記。ハードカバーで550pを越え、分量はもちろん、資料やエピソードも充実していて、星氏の伝記としちゃ、最初から決定版が出ちゃった感がある。今後、これを越えるのはちと無理じゃなかろうか。最相さん、お見事です。第39回星雲賞ノンフィクション部門受賞も当然でしょう。

 伝記らしく、物語は父親の星一の生涯から始まる。アメリカナイズされた合理的精神で星製薬を日本有数の製薬企業に育て上げ、後藤新平など当時の日本の指導者層と交流し、参議院議員にまで上り詰めながら、同業他者や官吏のイチャモンンで倒産に追い込まれ、それでも最後まで前向きで野心的な姿勢を持ち続けた男。詳しくは新潮文庫の「人民は弱し、官吏は強し」をどうぞ←をい

 父親の死を機にお坊ちゃんだった親一がいきなり会社整理の生臭い状況に叩き込まれ、組合や債権者・会社ゴロなどに揉まれる過程はせつない。最相氏の文章が事実を重視するノンフィクション・ライターらしく冷静なのが救われる。

 黎明期の日本SF界の赤裸々な姿は、いわゆる「SFファン」でなはい、普通のノンフィクション・ライターだからこそ書けた感がある。福島正実と柴野拓美の確執などは、SFファンを自認する人には書けなかっただろう。SFの外から星氏の決定版が出ちゃったのは悔しいが、だからこそ書けるのもあるんだろうなあ、と否応無しに納得させられる。矢野徹と江戸川乱歩の「陰謀」も楽しい。

 星氏は晩年まで、改版の度に作品に手を入れていた。「ダイヤルを回した」を「電話をかけた」に変えるなど、時代の流れで変化する風俗に流されない形に改めると共に、若い読者でもすんなり読めるよう、わかりやすい文章を心がけていた。この辺は、手塚治虫の姿にも重なる気がする。

 SF作家のファンクラブでも、星氏のファンクラブ「ほしづるの会」は会員の年齢層が広いのが特徴だそうだ。古いファンを捕まえて離さず、かつ常に新しく若いファンを獲得し続けている証だろう。星氏は晩年まで現役に拘っていた。少なくとも彼の作品は現役だったわけだ。

 私は仕事で操作手引きなどを書くとき、出来る限りわかりやすく書く事を心がけていた。星氏について語られる際は、その奔放なアイディアが話題になる事が多いが、同時に彼の文章の「わかりやすさ」も、もっと脚光をあびていいと思う。読書に慣れない小中学生のファンを常に獲得し続けている現実が、その実力を証明している。彼には日本語の作文作法を一冊の本にまとめて欲しかった。恐らく文壇や国語教師からは非難轟々で論議を巻き起こすだろうが、多くのテクニカル・ライターや会社員、作家の卵や新人作家担当の編集者はそれをバイブルと崇めたに違いない。

 散歩がてらに近所の本屋を覗いたら、新潮文庫の棚には星氏のゾーンがちゃんと生き延びていた。嬉しいなあ。

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2009年9月21日 (月)

アハメド・ラシッド「タリバン」講談社

 訳は坂井定雄・伊藤力司。著者はパキスタンのジャーナリストで、20年近くアフガニスタンに関わってきた人。タリバンという組織の成長過程・兵士たちの背景・思想・政治手腕などに加え、タリバンをめぐる各国の利害など、ややこしい情勢を解りやすく解説してくれてる。敢えて欠点を挙げれば、日本語版の初版は2000年10月20日と9.11の前なんで、それ以降の情勢には触れていない点。まあこれはないものねだりでしょう。タリバンに限らず、アフガニスタンと周辺諸国の情勢の理解には今まで読んだ中では最適かも。

 アフガニスタンの多くはスンニ派のパシュトゥン人。他にハザラ人やタジク人などが少数民族として北部を中心に住んでいる。タリバンと対立した北部同盟はハザラ人やタジク人も多い。

 タリバンは多数派のパシュトゥン人から生まれた。ソ連の侵略は多くの孤児や難民を生み、彼らはパキスタン西北部の部族直轄地域に避難した。そこのマドラサ(神学校)で、孤児や難民の子供を預かり、共産主義と戦う聖戦士を育てたのが始まり。主な支援者はサウジアラビアの原理主義者とアメリカ、パキスタン。イスラムでも厳格なサウジのワッハーブ派から派生した原理主義とパシュトゥンの民間信仰の混合物を、家庭から切り離した男だけの合宿生活で叩き込む。その結果、死を厭わず戦う事しか知らない狂戦士が量産される。まあ、ある意味、彼らも被害者ではあるんだ。ただ、ソ連と戦ったムジャヒディンとは異なり、その次の世代にあたる。

 ソ連撤退後のアフガンは武装勢力が群雄割拠して相争っていた。特にパシュトゥン人が住むカンダハルは多数の軍閥や強盗の縄張り争いが激しく、民間人を略奪・虐待していた。94年春にオマル率いるタリバンが決起し、カンダハルを支配する。そこにマドラサの学生一万二千人が加わり、3ヶ月ほどでアフガン32州中の12州を支配する。

 タリバンは女性の家庭外労働を禁止する。小学校教師や医療関係者の大半を占めていた女性(その多くは戦争未亡人)は職場を追われ、その子供たちも飢えに直面する。女学校閉鎖で女性は就学を禁じられる。教師が消えたので男児も放置される。98年、ユニセフは「少女の90%、少年の1/3は学校に行っていない」と報告している。異性への医療も禁じたため、事実上女性は医療が受けられない。国連援助機関やNGOが撤退し、民衆が飢えに苦しむ中でオマルは答える。「イスラムが彼らを救うであろう。」つまり、タリバンは民衆を救う能力はおろか、意思すら持ってないと宣言したのだ。

 98年8月、タリバンは北部のマザリシャリフを陥落させる。オマルは2時間の虐殺を許可した。実際には2日間、無差別な虐殺が続き、その後数日間、ハザラ人を目標とした虐殺が続いた。タリバン兵は抑制が効かず、多くのタジク人が巻き添えになった。女性は強姦され、400人ほどが愛人として誘拐された。国連と赤十字国際委員会は虐殺の被害者を五千~六千人、著者は六千~八千人と推定している。それまで略奪せず規律正しかったタリバンは、マザリシャリフを境に破綻し、占領後は略奪と虐殺に酔うようになる。

 タリバンの重要な収入源は密貿易で、アフガニスタン経済に年間30億ドルをもたらす。アフガニスタンは内陸国なので、。貿易保護のため、アラビア海から陸揚げしアフガニスタンに運ぶ貨物に、パキスタンは関税をかけていない。これをパキスタンのマフィアとタリバンが悪用する。貨物を一旦アフガニスタンまで運びパキスタンに戻し、無関税で物品をパキスタンに売りさばく。国内の産業保護のためパキスタンがかけた関税は無意味となり、安く高品質な欧米の工業製品が市場に出回り、パキスタンの産業は崩壊する。マフィアはパキスタンの軍と役人に賄賂を握らせ、政府の腐敗が進む。北部辺境州の闇経済を潤し、中央政府の影響力を削ぐ。

 もう一つの収入源はケシで、ケシ栽培農民の現金収入は年1億ドル、タリバンは少なくとも2千万ドルを税金として徴収している。当初ヘロインはパキスタンで精製していたが、やがてアフガンに施設が移る。必要な無水酢酸は中央アジアから密輸する。麻薬は国内でも消費され、98年までにパキスタン・アフガニスタンでアヘン全生産量の52%が地域内で消費された。汚染はウズベキスタン・タジキスタン・トルクメニスタン・キルギスに広がり、パキスタンに500万人以上、イランですら少なくとも120万人の中毒者がいる。

 とどめは道路の通行料。タリバンは勝手に道路に検問所を設け、高い通行料を徴収する。アラビア海と中央アジアの交易は阻害され、中央アジアの発展は妨げられる。

 カスピ海に接するトルクメニスタン。そこが産する原油と天然ガスの利権を米企業ユノカルが取得した。これをパキスタンに運ぶパイプラインが出来れば、ユノカルと合衆国は勿論、パキスタンとトルクメニスタンの利益にもなる。現在、トルクメニスタンのパイプラインはロシア経由の線しかないため、トルクメニスタンはロシアに服従せざるを得ない。新ラインによりトルクメニスタンはロシア依存から脱却できるだろう。

 アフガニスタンはユーラシアの交通の要所だ。アラビア海と中央アジアを結ぶ道はアフガニスタンを通る。この安定が確保できれば、トルクメニスタン・ウズベキシタン・タジキスタンはロシアを介せず欧米と貿易でき、中央アジアの発展とロシア依存脱却に貢献する…カザフスタンはロシアべったりなんで難しいけど。

 そんな訳で、欧米はアフガニスタンの安定を願っている。98年まで、合衆国はISI(パキスタン軍統合情報部)を介してタリバンを支持していた。ロシアを牽制し、アフガニスタンの安定に役立つだろうと計算した。意外なのはイランで、シーア派保護と女性開放のために北部同盟を支援している。すんません、イランを見直しました。

 今でもISAFとタリバンの激戦は続いている。オバマ大統領は増派を決めたが、米国と欧州の世論は撤兵に傾きつつある。自衛隊の給油継続も危ない。アフガン安定はアフガン国民のみならず日米欧すべてに配当をもたらすが、かと言って「じゃお前が行け」といわれたら、やっぱし尻込みしちゃうなあ。ヘタレでごめんなさい。

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2009年9月17日 (木)

Beatles Radio.com, 4 Ever Floyd

2010.06.18追加:この記事、リンクが間違ってて使い物にならんです。ラジオ局をお探しの方はお手数ですが iTunes のラジオ局 をご覧下さい。えろうすんません。

 RadioDead に続き、再び  iTunes ラジオの話。iTunes を 9.0.0.70 に v-up したついでに局も漁ってみたら、ありましたね特定ミュージシャン専用局。今回は納得のビートルズと Pink Floyd。 

Beatles-A-Rama
128kbps:The Beatles' Story in words and music.
http://pri.kts-af.net/redir/index.pls
4 Ever Floyd
128kbps:Where The PINK FLOYD Never Stops
http://pri.kts-af.net/redir/index.pls

RadioDead はちと呆れたけど、この2局はなんか納得しちゃうってのはなんだろうねw ごめんなさい DeadHeads の皆様。

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2009年9月13日 (日)

進化論の名称を考える

 いやどうもね。「進化」って言葉が誤解を招いてる気がするんですよ。なんかさ、「後から出現した種は、ご先祖様より優れてる」みたいな印象を与えちゃうでしょ。というか私も昔はそんな風に思ってたし。違うよね。こんな感じでしょ。

  • 遺伝子配列は(たぶんランダムに)突然変異を起こす。
  • 大抵の突然変異は、子孫を残すのに不利か、そうでなくても有利ではない。不利な変異はたいてい淘汰される。
  • ごく稀に有利な突然変異があって、巧くいけば新しい種になる。

 種の分化の条件とか細かい所はグールドとドーキンスで意見が違ったりするけど、基本的には「ランダムに変異を起こし、環境の変化とかで淘汰され、生き延びて子孫を残した種が繁栄する」的な、行き当たりばったりとゆーか、環境に振り回され右往左往とゆーか、ラッキーにも子孫を残せた奴が生き延びたとゆーか。

 つまり、進化論の言う「進化」ってのに方向性みたいのはない、そういう事です。

 一見、複雑な方向に向かってるように見えて、それは間違いではないけど、意図してそうなったわけじゃなくてですね。マトモに動作するシロモノを単純化するのって、限界があるんですよ。最終的には単細胞生物になっちゃうわけで(とりあえずウイルスは生物の範疇に含まないって事にしときます)。おまけに単純なシロモノほど、デザインに幅がないっつーか、変わったデザインにする余地が少ないとゆーか。だから、ランダムに種を増やしてくと(いや実際にはランダムじゃなくて淘汰が入るんだけど)、複雑なデザインばっかりがどんどん増えてって、全体的には複雑な方向に向かっている様に見えちゃう。

 ところで生物の複雑さって、どうやって測るんだろ?DNA配列中のエクソン(要は有効なコード領域)の情報量ってわけでもないだろうし。

ああ、なんかよれたけど、言いたい事はですね。「進化」って言葉は、何か方向性があるっぽい印象があって、それが誤解を招いてるんじゃないか、そういう事です。そんなわけで、幾つか案を考えてみたんだけど。

  • 変異論
  • 変化論
  • 分化論
  • ホカ論

 …やっとオチた。

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2009年9月12日 (土)

レイチェル・ブロンソン「王様と大統領 サウジと米国、白熱の攻防」毎日新聞社

 訳は佐藤陸雄。主にサウジアラビア側、それもサウド王家から見た、サウジアラビアとアメリカ合衆国の外交史。ハードカバーで本文が400頁を越えるが、実に読みやすく、かつ面白い。時代的には冷戦を中心に1932年から2005年までを扱っている。

 一般に中東の近代/現代史を扱った読み物は、我々日本人には馴染みのない人名が頻出してやたら読みにくいんだが、この本は登場人物を巧くサウド王家中心に絞っているため、読んでてほとんど混乱しない。主に米国の公文書や新聞などの公開記事を中心に、エピソードの羅列に近い形で書かれている。下手すると散漫な印象を与えがちな手法だけど、各エピソードは物語風にアレンジしてあるため、感情移入しやすく、すんなりと頭に入ってくる。

 で、結論から言うと、サウジアラビアがアメリカの財布としていいカモにされ続け、今もカモにされつつある外交史なのですね。老獪なアラブ商人的な印象を持っていたんで、かなり意外だった。

 サウジアラビアはサウド王家の絶対王政だ。よって政策の根幹は二つ、1)サウド王家の利益・王制を守る事 と 2)サウジアラビア国家の利益を守る事 となる。この二つの政策は国内外に敵をもたらす。とりあえず国内の敵は置いといて、外部の敵は近隣諸国、つまりエジプト・イラク・イラン・イスラエル等だ。当時は冷戦であり、エジプトとイラクの背後にはソ連がいる。絶対王政を維持したいサウド王家にとって共産主義ははなはだ都合が悪い。よって共産主義を「神を信じぬ不逞の輩」とみなし、石油取引で絆のある米国をパートナーに選んで、ソ連&友好国と敵対する。

 のはいいんだけど、ここから先が切ない。石油の輸出で金はあるけど工業力はないんで、戦闘機などの武器がない。軍の近代化も進んでないんで、自国だけじゃ防衛できない。そうこうしてるうちにソ連の後押しを得たエジプトのナセルはいい気になってサウジの裏庭イエメンを引っかきまわし、御大ソ連はアフガニスタンに攻め込み、挙句の果てにはイラクのフセインが隣国クェートを占領してしまう。なんてこったい。

 ってんで米に泣きついてみたが、米軍をサウジ国内に展開させるわけにはいかない。仇敵のイスラエルを支援してる米国の軍を迎えたら、サウジ国民が黙っちゃいない。なんとか武器を仕入れようとしてホワイトハウスは説得できても、今度はわからずやの米国議会が邪魔をする。うへえ。

 …てな感じで足元を見られて武器の輸入じゃボラれっぱなし、おまけに「共産主義との戦い」との名目で東側に敵対する勢力、具体的にはソ連に抵抗するアフガニスタンのムジャヒディン、リビア&エチオピアを牽制するスーダン、挙句はニカラグアのコントラにまで出資する羽目になる。

 国内の敵もややこしくて、これはイスラム教をテコに懐柔しようとしたのはいいが、元来サウド王家が守護するワッハーブ派は厳格なせいもあってか、やたら戦闘的な原理主義勢力が勢いを増し、アフガニスタン等に義勇兵として出かけていく。まあ海外で暴れてるうちはともかく、ソ連が撤退したら実戦経験を積んだ荒くれどもが帰国して気勢を上げ始め、「イスラエルを潰せ」と騒ぎ始める。米国と馴れ合うサウド王家も、いつ標的になるかわかったもんじゃない。そんなサウジの国情がアルカイダを産み、9.11 の悲劇につながっていく。

 絶対王政で報道に強い管制が敷かれ実情がわかりにくい現在のサウジアラビアを理解するには、楽しくて手ごろな本だと思う。サウジの登場人物は王族が中心で庶民の生活には全く触れられていないけど、それは仕方ないね。

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