アラン・B・クルーガー「テロの経済学 人はなぜテロリストになるのか」東洋経済新報社 薮下史朗訳
テロリストのプロフィールから、経済学・統計学の手法で、相関関係の高い要素を洗い出そうと試みている。
良くも悪くも学者の書いた本で、記述は冷静かつ慎重、悪く言えば煮えきらず退屈かも。とにかく統計の表が多く、誠実である反面、扇情的な文章や憶測での断定がなく、サービス精神には乏しい。まあ私は細かい数字はすっとばして文章を中心に追っかけたんで、あまし退屈はしなかったw
結論だけが欲しい人は表紙をひっくり返してカバー裏を見ればいいというのは親切設計かもw
- テロリストは充分教育を受けており、裕福な家庭の出である傾向がある。
- 社会で最高の教育を受けている人や高所得の職業に就いている人のほうが、社会的にも恵まれない人たちよりも過激な意見を持ち、かつテロリズムを支持する傾向がある。
- 国際テロリストは貧しい国よりも中所得国の出身である傾向が強い。
- 市民的自由と政治的権利が抑圧されているとテロに走りやすい。
1.は意外だった。ただしこれにはオチがあって、教育と貧困が蔓延した国や地域ではテロではなく内戦が発生するそうです。余計タチが悪いw
なお、傾向の例外として北アイルランドを挙げている。
読んでて気になったのは、サンプルに偏りがあるんじゃないかって点。米国で入手可能な資料を基にしているため、イラクやイスラエル/パレスチナのサンプルが多いんじゃないか、という疑問が残る。その結果、サウジアラビアやエジプト出身のテロリストがサンプルの多くを占める結果になってるのではないかしらん、と。最も、例えば中華人民共和国内やサウジアラビア国内のテロの統計資料は信頼性に問題があるわけで、ある程度は仕方がないのかも。
もう一つ、所得は豊かだが政治的権利は抑圧されている国家としてはシンガポールが思い浮かぶんだが、あそこはあまりテロと縁がない。とまれサウジアラビアに比べれば信仰の自由は保障されているわけで、政治的権利・市民的自由をどんな尺度で数値化したか/その値はいくつか、それが明示されてないんで、それが関係してるのかも。人口がサウジの1/4なんで、テロリストの実数が少ないのも当然の話。加えて本書ではイスラム教との関係を示唆する部分もあり、それが要因になっている可能性もある。
統計を重視しつつ慎重に議論しているため、自然と懐疑的な読み方をするようになるため、そんな疑問を持つように誘導している気配もある。
著者の本業は経済学者で、本業の手法で分析をしている。経済学者が日頃どんな議論をしてるのか、それを興味深いサンプルでやってくれるのは面白かった。
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