山本周五郎「おごそかな渇き」新潮文庫
短編集。突然、紅梅月毛が読みたくなって借りてきた。既に5~6回は読んだにも関わらず、今回も泣けてしまった。
時は慶長十年。家康は将軍位を秀忠に譲る祝宴の一環として、伏見城で馬術競技が開く。伊勢桑名の本多家からは家中でも馬術の名手である深谷半之丞が選ばれる。この半之丞、腕は立つが無口で周囲からも一目おかれている。馬術のみならず馬の育成も評判で、下僕の和助の妹・お梶と共に熱心に世話をして、平凡な馬を名馬に育て上げる。関ヶ原では愛馬の紅梅月毛を駆り大手柄を立てたものの、紅梅月毛は戦場ではぐれ行方知らずとなってしまった。
晴れ舞台ということで家中の馬自慢が己の馬を半之丞に乗ってもらおうと押しかけるが、徳川秀忠にさえ所望された名馬・牡丹を老臣の松下河内が差し出すに到り、誰もが納得して引き上げる。牡丹を曳いて家に戻ると、松下の娘・阿市が牡丹の世話係として下女を連れ押しかけてきた。名家の娘にもかかわらず阿市は甲斐甲斐しく牡丹の世話をする。あでやかで明るい阿市は自然と深谷の家に馴染むが、和助兄妹はなんとなく取り残されてしまう…
無口で実直な半之丞を廻る、お梶と阿市の恋の鞘当も楽しいけど、やっぱり馬でしょう。最後の一頁がひたすら切ない。
以降、ネタバレなのでそのつもりで。まあ、ネタが割れても充分に楽しめる作品ではあるけど、一応。
実は三つ疑問が残ってる。とりあえず今の解釈。
- なぜ半之丞は予め言わなかったのか:無口だから…じゃ面白くない(をい)。半之丞の選択は身勝手な我侭であり、決して本多家の為ではない事を自覚している。打ち明けてしまえば彼女も共犯となる。自分の身勝手に彼女を巻き込みたくなかった。
- なぜ半之丞は最後に打ち明けたのか:事は終わり巻き込む心配もなし、最も大切なナニを預けたワケで、馬にかこつけ…言うだけヤボだね。
- なぜ半之丞は競技で真相を話さなかったのか:これが一番わからない。冒頭の関ヶ原のエピソードも考えれば、あの熱弁は完全な嘘じゃないんだろうけど。家臣の教育不徹底のカドで主君に累が及ぶのを避けたかった、ってのが今の私の解釈。でも、なんか釈然としないんだよね。半之丞は無口がウリなワケで、その彼がゴマカシの為に熱弁を振るうってのは自分でも納得いかない。解説には「軍部にへつらう文壇への風刺」とあるけど、この作品の爽やかさには似合わない気がする。盛り上げるための山本氏の演出ってのも下世話すぎるし。「そりゃ速くはないさ、でも俺はコイツとやってきたんだ、今だって俺とコイツが組めば…」みたいな相棒への想い、なのかなあ。
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コメント
ありがとうございます。深夜にすみません。トラックバックとは?何でしたか?どうぞ、よろしいようにお願いします。リンクかな?時間ある時に教えてくださいね。ではおやすみなさい。(^∀^)
投稿: 金田拓三 | 2014年9月17日 (水) 02時46分
「クロノスジョウンターの伝説」は私も大好きです。私のようなオッサンには少し気恥ずかしいロマンチックな話の連作短編集ですが、好きなモンはしょうがないw ロバート・F・ヤングの「たんぽぽ娘」も、SFファンに根強い人気があります。「何がSFか?」をSFファンに尋ねると、数時間の暑苦しい演説を聞く羽目になるので注意しましょうw 「なんかSFっぽい」と「この話、面白い」が両立するなら、SFにしちゃっていいと思います。ブログ拝見しました。お互いコメントにしては長めの文章になるので、トラックバックの往来にしてはいかがでしょう?
投稿: ちくわぶ | 2014年9月16日 (火) 23時27分
こんにちは。お元気ですか?「アニヴァーサリー」読みました。良いお話でしたありがとうございました。これから、梶尾さんの「クロノスジョウンター」というのを読もうと思ってます。梶尾さんが、後書きの中で書かれていた外国作品の「たんぽぽ娘」というのが、なんだか心に残りました。私の幼稚な意見ですみませんが、「浦島太郎」も「かぐや姫」も、ひょっとしたらSFですね?何年か前にテレビ東京で深夜放送されていた現代版「ウルトラQ」は、SF要素満載されていて楽しかったですよ。あ、私は、ヤフーとアメブロもやってますので、良かったら覗いてください。
ではまたお邪魔します。失礼しますo(^-^)o
投稿: 金田拓三 | 2014年9月16日 (火) 16時12分
いやありがたいです。知らない本ばかりです。本屋さんで探して勉強します。ありがとうございました。
投稿: 金田拓三 | 2014年9月 2日 (火) 15時44分
「紅梅月毛」に並べる作品となるとハードルが高いですねえ。私が好きなのは梶尾真治の「アニヴァーサリィ」(光文社文庫「ムーンライト・ラブコール」収録)です。NHKラジオで朗読されたこともあります。老夫婦が主人公で、クリスマス・シーズン向きのメルヘンです。時代物では半村良の「おまんま」(扶桑社昭和ミステリ秘宝「どぶどろ」収録)が好きです。うだつのあがらぬスネたオッサンが嫁を貰い…という話。菅浩江の「そばかすのフィギュア」(ハヤカワ文庫「そばかすのフィギュア」収録)も傑作ですが、SFだし若い女性の視点なのが難点かも。
投稿: ちくわぶ | 2014年9月 1日 (月) 23時46分
いやいや、
私もたまたま気がついただけですよ。
あと、本多忠勝は、あまり秀忠のことが好きじゃないようにも感じました。
ところで、
ちくわぶさん、何かお勧め日本の短編教えてくださいませんか?よろしくお願いします。
投稿: 金田拓三 | 2014年8月31日 (日) 23時45分
なるほど、確かに、秀忠の立場だと牡丹の活躍を見るのは複雑な気分ですね。「稽古してて気がついた」そうですが、声に出して読むと、黙って読んだ時に見逃していた事も、見えてくるんでしょうか。短いのに、多くの味を隠している作品ですね。単に私の目がフシ穴なだけかもしれませんが。
投稿: ちくわぶ | 2014年8月31日 (日) 21時53分
おはようございます。昨日の朗読会は、おかげ様で無事、小成功に終わりました。『紅梅月毛』やりました。昼夜二回。私は立って読むのですが、ちょっとくたびれました。54歳。頑張るぞうと改めて思いました。
軍部へのなんとかもわかる気がします。今回稽古してて気がついたことがありました。牡丹は、晴れの舞台には乗りたくなかったことですが、前に、秀忠が牡丹をくれと言ったのを、河内は断っていたから、また改めて、秀忠に牡丹を見せつけるのも深谷は、なんとなくまずいなあと思ったのではないかなあ?そのモヤモヤを抱えて、牡丹を走らせていた時に、ボロボロの紅梅月毛に再会したというのはラッキーでしたね。昨日のお客様は、半分ぐらいが、ボロボロの馬は紅梅月毛だと気がついたようでした。朗読は難しいですが、楽しいです。てはまた。今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿: 金田拓三 | 2014年8月31日 (日) 09時12分